第8章 エピローグ
第28話 はじまりはじまり
1ヵ月は瞬く間に終わり、和戸が4年間を暮らした借家はもぬけの殻になっていた、引越し業者に依頼するほどの荷物も無く休日を利用しちょくちょく家財を事務所に運びこんでいたおかげで、退去の日には荷物は衣服類ぐらいしかなかった。
(いままでありがとう)
和戸は最後の荷物を抱えながら、がらんとしたかつての棲家に名残惜しく心の中で礼を呟やき借家を出て大家さんを訪ね借家の鍵を返還しアパートを後にした。
もう通い慣れつつある事務所への道を荷物を過積載した自転車をがんがんとこいで事務所の目の前に辿り着いた。和戸は1ヵ月前の事を振り返った。
風変わりな面接、陰惨な殺人、今後もこのような事件が続かないことを祈りつつ二階にある玄関に続く階段を上がり玄関の扉に手を掛ける、扉には鍵が掛けられていない、これには理由があり荷解きの時間を確保するために開店時間の10時より2時間早く来ることを伝えていたのだ。
「おはようございますっ!」
勢い良く、そして威勢良く挨拶をする、だが返事は無い、事務所には誰もいない、和戸は少し考え約束した日を間違えたのではないかと思い至った、定休日かとも疑い玄関前の看板を見に戻る。
定休日 水曜日
和戸は携帯を起動し日付を確認したが携帯には金曜日と表示されている、二人が依頼に出向いているなら鍵を掛けていないのはおかしい、それに事務所を空けるのであれば二人にラインもメールアドレスも教えているの二人からは連絡は一切無い。携帯を操作し通知が来ていないか確認したがそれでもない。
(何かあったのだろうか)
三階の居住区に続く事務所奥の扉を開け三階に向かう、3階の突き当たりには台所があり明かりは点いていなく暗い。
(……!誰かいる!)
暗がりでよく見えないが台所のテーブルに誰か突っ伏している、間違いなく鹿屋か所長、二人のどちらかのはずなのだ確信できない、朝食という雰囲気ではない、何より明かりを点けていない時点でおかしい、和戸はしばらく硬直していたが腹を括りテーブルに突っ伏した人影に近づく。
「は?」
思わず心の声が零れる、突っ伏していたのは所長、二つの椅子をベッド代わりに横になって寝息を立てている鹿屋がいた。机の上にはどう見ても朝食ではないであろうレパートリーのコンビニ飯がた食べ掛けられた状態で放置されている、よくよく見るとぺペロンチーノを食べていたであろう所長の手にはフォークが握られている、食べられずに完全に溶けきったカップアイス、和戸はこの惨状を見てある仮説を立てた。
恐らく二人は夜遅くまで仕事があって深夜に到着、帰りの道中で晩飯のコンビニ飯を食している最中に寝落ちしてしまったのだ。
起こそうかとも思ったが食事中に寝入るほどの大仕事をこなしたのだから起こすのも忍びないと思った和戸は自転車に載せっぱなしの荷物を取りに事務所の車庫に向かい、なるべく音を立てないように荷物を担ぎ3階の新しい自室に向かった。
和戸が事務所に着いてかれこれ1時間は経過した頃には荷解きを終え部屋の内装も完了した頃、廊下からどたどたと騒がしい足音が響きだした。
「おはようございます」
台所の食べ残しをあわただしく片付ける所長と鹿屋がそこにいた、予想外の登場に二人は状況が理解できずに固まっていた。なぜそこにいるのかが理解できていないようなので和戸は今朝の状況を一から説明した。
「出勤初日から恥ずかしいところを見せてしまったね……」
「無駄な気遣いせずに起こせよ、馬鹿」
所長は申し訳なさそうに言った、一方鹿屋は憎憎しげに愚痴る。
「あまりにも疲れていそうだったので……」
「過ぎたことは仕方ない、ひとまず片付けて開店準備だ、手伝ってくれ」
「はい」
所長に促され散らかった台所の片付けに参加した、台所が片付いた頃には開店30前になっていた、片付けを終えて三人はあわただしく事務所である2階に降りる。
「ここが和戸君のデスクだ、好きに使ってくれ」
空席が目立つデスク、従業員は3人だというのに席はまだ2つも空いている。
「よし、じゃあ今日もよろしく」
所長が時計が10時を指したと同時に言った。
「よろしくお願いします!」
元気良く挨拶を返す和戸、デスクの前にはこれまで取り扱ったであろうファイルが並べられていた。
「まずは書類整理からだ、楽しみしていただろうけど依頼の担当はもう少し我慢してくれ」
「いえ、これも仕事ですので」
「いい、心がけだ、まずその事件ファイルの整理を頼みたい、1つのファイルで1ヵ月分を閉じるんだ、日付と対応日時に注意してファイリングしてくれ、完成してるファイルを参考にしてくれ」
「はい」
「何かあれば、私でも鹿屋でも暇そうな方に聞けばいい、よろしく頼むよ」
初歩中の初歩のような仕事であったが和戸は真面目に仕事に打ち込んだ、まずはどのような感じでファイルがまとめられているかを確認した。
(いままでこの事務所が担当した依頼の結果をファイリングしているようだ)
この事務所の本当の目的からして造作も無い案件もこと細かくのはそこから何かの異変を拾いあげる為なのだろう。
(年月日、依頼を受けた都道府県、一般依頼か公共依頼か、通常案件か異世界案件か……)
資料には受けた年月日、依頼が来た都道府県、個人の依頼か公共の依頼か、そして通常案件か異世界案件かがチェックされている。見本として用意されているファイルのカラーは4種類、日付はの表記は同じだがファイリングされている資料に明確な差がある。
ファイルに目を通すとその理由は一目で理解できた、異世界案件と通常案件のAパターンとBパターンを個人依頼と公共依頼の2種類に分類した4ファイルがある、和戸は早速新品の空のファイルを手に取り穴あけパンチで資料に穴を開けファイリング作業を進めた。
軽快なチャイムが響いたのは和戸が作業を始めて1時間半ぐらいであっただろうか。
「鹿屋、出てくれ」
所長が鹿屋に応対を頼む、彼の机にはなにやら帳簿らしきものがわんさか置かれており応対できないようだ。
「はいよ」
鹿屋は入り口に向かいインターホンで客人に対応する、事務所に入ってきた人は中年の女性、身なりは至って普通で外見からは依頼の内容はわからない。
「和戸君、手止まってるよ」
「す、すみません!」
所長が手が止まっている和戸に耳打ちする。応接用のエリアから客人と鹿屋の会話が聞こえるが詳細はわからない、パーテーションで仕切られている為、客人の顔を見ることもできず作業を続けながらも仕切りの向こう側でどのような話をしているのかとても気になった。
客人が鹿屋に頭を下げ事務所を退室する、どうやら女性の依頼は成立したらしい。
「ターゲットの名前はソラ」
鹿屋は所長の机に依頼人から預かったであろう写真を見せる、ソラという名前から男性であろうことが察せられる。
「長毛の白猫、オス」
失踪人調査ではなく迷い猫調査のようだ。
「脱走癖有りでちょくちょく外に出てたらしいけどいつもなら二日、三日くらいで帰ってくるのにもう1週間も戻ってこないんだって」
「それはちょっと不安ですね」
和戸が猫の安否を気になるようで写真を覗く、そこには依頼人の身内らしき女の子とターゲットらしき白猫が写っている、首にはオレンジの首輪がされている他、瞳はとても綺麗なターコイズ・ブルー、ソラという名前は恐らくこの瞳から来ているのだろうと和戸は推測した。
「それじゃ行ってきます、車借りてっていいよね」
「迷い猫捜査に車は要らんだろう?」
「いいじゃない、ちょっと寄りたい所もあるからさ」
押し負けたのかしぶしぶ車の鍵を机の引き出しから取り出し鹿屋に手渡す、鍵を手に取り懐にしまうと鹿屋は出口の扉で一端停まり
「それじゃあ行ってきます」
一声、二人にかけると鹿屋は依頼解決へと出向いた。
ファイリング作業を終えた後、事務所宣伝用のチラシの作成を始め、時計が午後1時を刺した頃、事務所に残った和戸と所長は昼食に入った。二人は居住スペースの3階に上がり昼食をどうしようか考えた。最初は外食か買いに走ろうかとも意見も上がったが結局、事務所にある食べ物で済ませようということになった。
「鹿屋さんとは何年この仕事を続けているんですか?」
「どのくらいだろうな?正直数えたこともなかったよ」
有り合わせの食事を済ますと最初に会話を切り出したのは和戸だった、自分が入る前はどんな職場だったのかだとか他にも人がいたのか今の今まで聞けなかった事を聞いてしまおうと思っての切り出しであった。
「君以外にも何人かがここに来たことがあるけど半年から一年くらいで心が折れて辞めていったよ」
「……主に鹿屋のせいで」
所長は少し間を空けて意味ありげに付け加えた。どうやら鹿屋は相当な切れ者で事件を解決する能力に長けているもののかなり性格に難があるらしい。
「まぁ、君に至っては初回があの事件だったんだ、最初はここで働くのは止めておくって言うんだろうなって思ってたからね」
「やっと得たチャンスだったんで……」
和戸のそうとう苦労してたであろう様相に所長も複雑な表情になる。
「ま、まぁ基本的には今朝のような感じだから、肩の力は抜いてくれ」
「そういえば、あの事件みたいにあちら側が関わる案件はどのくらいの頻度なんですか?」
和戸の中では未だにこことは異なる世界が存在するという実感が沸いていなかった、以前来訪した地下施設は大仰なもので信憑性は高いといえど結局最初の事件に異世界と大きく関わる事柄が少なかったことのも後押しした。
「1年に1回起きるか起きないかだ、滅多におきることではないし他の部署に引き継ぐのがほとんどだ、私達の役割あくまで探偵業を通じて異世界に関わる案件を拾いあげるのが仕事だからね」
「それとこの探偵事務所以外にもフロント企業があって例えばタクシー会社とかもあるし有名企業と提携して異世界の情報の秘匿したりしてるんだ」
和戸は名のある企業が異世界の事情を知りなおかつ協力しているという事実に驚く。
「もしかして国家単位で協力関係とかあったりするんですか?」
「もちろん、あの地下施設は各国の支部と繋がってるんだ、原理は秘匿されてるし良くわからないけど、用はあの地下にあった扉はどこでもドアみたいなものでバレないように地中深くに設置されてるだけであの施設はどこにあるかはわからないんだ」
「それってあちら側の科学技術がこっちより凄いってことじゃ?」
所長が食後のコーヒーを一口すすり口を開いた。
「ああ、だからこそ秘匿すべきなんだ、技術も然るべきだけどあちらにしかない鉱物や生物、はてやファンタジーな話だけどもあっちには魔術さえもあるからね、そんなのを良からぬ連中が知れば間違いなく異世界に干渉しようと躍起になるからね」
和戸は会話の途中に出た魔術という事柄に首を傾げたが所長は話を続けた。
「逆も然りだ、異世界側の住人が悪意を持ってこちらにやってくる時もある、そいつらよりももっと性質の悪い奴もいる」
「もっと?」
意味深げに話す所長に和戸は聞き入る。
「境界侵犯者」
「境界侵犯者?」
「あの時行った施設は異世界に安全に渡ることができるようになっているが一部の人間、まぁ人間に限らないんだけども道を通る必要の無い者もいるんだ」
「要するにどこでもドアみたいな能力を持つ人間がいてそれ悪用して二つの世界で犯罪を起こす犯罪者ってことですか?」
所長が頷く。
「それに指定された人物は能力の性質上、逮捕や確保が難しいんだ、捕まった奴もいるが指折り数える程度しかいない、指名手配はされてても万全の準備が無ければ逃げられてしまう」
「それでもって今一番悪名を上げてるのが……」
会話を遮るように階段から駆け上がる音が響く。
「いつまで休憩してんのさ?もう2時すぎるぞ?」
足音の主は鹿屋であった、手には動物用のキャリーが握られていた。
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