第14話 先の見えない霧の中で子供たちは

その男子生徒は今の家庭環境について悩んでいた。

 だがしかしそれを知り合いに相談するということは、彼自身のプライドが許さなかった。

 誰にも言えない悩みを抱えて彼は限界を迎えていた。

 下校時間はとっくに過ぎた時刻、彼は学校に残り一人悩んでいた。

 そんな彼が誰かの泣き声を聞く。泣き声は女子トイレからしていた。

 何を思ったのかその彼はトイレに入った。

 もしかすると彼女とは共感しあえるかもしれない。そういう思いがあったからかもしれない。

 すすり泣く女性は2番目の個室に入っている。

 男子生徒は3番目の個室に入った。

 そして向かいの壁をノックする。

 「君の悩みを聞きたい」

 顔も見えない。相手が誰かもしれない。

 そんな相手だからこそ、彼女は思いを全て打ち明けた。

 それを聞けば聞くほど男子生徒は胸の内がすうっと澄んでいくような気がした。

 自分だけじゃない。

 不幸なのは自分だけじゃないんだ。そう思えた。

 「ねえ。あなたの名前を教えて?」

 男子生徒はもちろん本当の名前を語らなかった。

 「花子さんだよ。僕はトイレの花子さん」

 それから数十年がたち、校舎が建て変わっても、その名前は残り続けることとなった。


 

 

 

 

 

 

 卒業式の日が来た。

 帰路につく菅原の前に一人の女子生徒が現れる。

 「大学でもあなたと会えると思っていたわ」

 今の生徒会長であり、菅原を使って前生徒会長を失脚させた女がそこにいた。

 「大学には行かない。他に行きたいところが見つかった」

 「就職?」

 「いや。それはまだかな。その前に台湾に渡る。あの新興国に広がる色んな企業の経営体系を見に行きたいんだ」

 「そう」

 「お前は?大学でも上を目指すのか」

 「ええ。もちろん」

 「さすが。お前らしい」

 菅原はその場を去ろうとする。

 「待って」

 「まだ何か用なのか?」

 「・・・・・・・・・いいえ」

 悔しそうな表情を彼女は浮かべていた。

 彼女は今まで欲しいものを全て思うがままに手にしてきていた。

 だが、自分のことが好きであったはずの菅原が、もう自分に興味を向けない。そのことが彼女にとってたまらなく悔しいのだ。

 菅原は歩き出す。

 背には昔の女と、真田学園。

 そして旧校舎。

 「俺に花子は必要ない」

 菅原はそうつぶやく。

 誰にも指図されることもない、誰にも従う必要のない未来が菅原の前に待っている。

 だがそれは逆にいえば誰も導いてくれない、誰も守ってくれないということだ。

 しかし、それが、それこそが、自由というものである。

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トイレの花子くん @higasakota

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