第7-3話 男女とゴリラ

 人のまばらな受付を素通りして、俺たちはお兄さんに招かれるがまま硫黄の匂いの濃い方へと案内された。

 依頼については、「じきにわかります」と、詳しい説明をされないまままずは入浴することになったのだ。

 途中には分かれ道があり、それぞれに温泉荘の入口にあった垂れ布がかかっていた。布には「男性」「女性」と書かれており、街の入口の案内所でみんなから白い目で見られた思い出が蘇った。


「なに渋い顔してるにゃ? 【勇者】様。ミィたちは一旦お別れにゃ。またあとでにゃあ」


 キャミー、サファイアさん、ツィータには新たに女性の案内人の人がついて、「女性」と書かれた垂れ布――暖簾というらしい――をくぐっていった。


 俺も、お兄さん、コーロ、クロイツェルと一緒に「男性」と書かれた暖簾をくぐって中に入る。そこには裸の男性が数人おり、脱衣所だとわかった。皆、筋肉が引き締まっていて、身体に傷がある人がほとんどだ。

 彼らは新入りの俺たちを一瞥すると、軽く会釈してきた。僕らもぺこりと返す。

 しかし、脱衣所といっても服が散乱しているわけでもなく、軽石のような素材の床も乾いていた。そして何故か、手が届きそうな高さの壁には額縁のような木枠がずらりと並び、紐付きの番号札が振られていた。ところどころ、番号札がない木枠もある。


「【勇者】様は初めてなのでしたね。簡単にご説明しますと、この木枠で囲まれた部分は異空間へのゲートになっています。脱いだ服などを入れていただき、番号札を取ると、ゲートはロックされます。ちょっと進化した脱衣カゴですね」

「は、はあ」


 異空間って、ちょっと進化のレベルだろうか。

 魔王城にこそゲートはあったが、なんとかという魔族の固有魔法だと言っていたはずだ。

 でも、これだけずらっと並んでいるところを見ると、聞き間違いだったのだろうか。


「あまり気負わずに使ってみてください。ちなみに取り出すときは欲しいものを念じれば手元に来ますし、《全放出》と唱えれば全部吐き出されます。便利なものですよ。あと、これはタオルと、必要ならばバスタオルもお貸し出来ます。石鹸類は中にありますから、ご自由にお使いください」


 見れば、クロイツェルとコーロは常連よろしく装備をゲートへと放り込んでいた。クロイツェルの胸板がかなり厚くてぎょっとした。

 俺もお兄さんからタオルを受け取って、十三番のゲートへと装備を投げ込んでみた。水面に落ちて沈んでいくように、剣や防具、服が沈んでいく。

 素っ裸に腰へせめてものタオルを巻いて、番号札を取る。


 振り向くと、クロイツェルとコーロが俺の身体を凝視していた。


「な、何だよ!?」

「いや、なんでもない……」

「言わないと、他の皆に『クロイツェルに尻を狙われた』って言いふらす」

「……チッ、こういうときだけ無駄に頭が回る。ゴーレムを破壊した時に見せた超加速が、そんなひょろい身体のどこから出てくるんだと思ってな」

「ひょろ!? 確かにクロイツェルよりは筋肉ないけどさ……」

「大丈夫! 【勇者】様もいいカラダしてるから!」

「コーロ。そういうことは女子の皆の前では言わないようにな」

「え? うん、わかった……」


 不思議そうに首を傾げるコーロは、今度は弟のようでもある。

 こんな弟だったら良かったなあ。


 何となく首を動かすと、服を脱ぎかけた案内人のお兄さんと目が合った。

 何かに驚いたような表情をしていたが、俺と目が合ったことに気づいてすぐに、先程までのにこやかな笑顔を浮かべる。そして脱衣に戻った。

 このお兄さんもなかなかいい筋肉である。


「フン。まあいい、行くぞ」


 クロイツェルが興味を失ったように先陣を切って歩き出す。

 向かう先には、浴室に続いているであろう木の開き戸があった。

 俺たちも遅れじとクロイツェルに付いて行く。

 開き戸には何枚か張り紙がしてあったが、そのうちの一枚が朱書きで目立っていた。


「なんだこれ? 『ヤホホゴリラは温厚ですが、過度に刺激するととても凶暴ですので刺激しないようにしてください』?」


 クロイツェルは「フン」と鼻を鳴らすと、両開きの扉を左右に大きく開けた。


 そこには大きな浴場で、石で囲まれた浴槽も大きく――




 ――大きめのゴリラが五頭入っていても、まだまだ広々としていた。

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魔王(とう)ちゃん、強制帰宅クエストだってよ。 紅萄 椿 @tsubaki-k

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