第7-2話 土足とヤホホ
温泉と土下座について身をもって学び、俺はどうにか許してもらえた。
そして、案内所の若い衆に連れられ、俺たちは温泉――天然の湧き湯を使った大きな公衆浴場に到着した。
案内人のお兄さん曰く、ここは「温泉地」と言うらしい。
独特の香りがする湯けむりがもうもうと立ち込め、そこかしこに小さな湧き湯が目につく。熱くないように道は一段高く橋のようになっていて、じんわりと湿っていた。
その中心では朱い木組みの大きな門が出迎え、奥にはこれまた朱色の、球をいくつも無秩序にくっつけたような外観の建物がでんと構えていた。
「はえー……すっげえ……」
あんぐりしていたのは俺だけで、皆はさっさと門をくぐっていってしまった。
「置いていくにゃよー、【勇者】様あー」
「ちょっ、待ってよみんな!」
駆け足で門をくぐり、間もなく最後尾のコーロに追いつく。
コーロはニコニコして俺を見ている。
「ふふ、【勇者】様、楽しそうだね」
「そりゃあ、はじめて来たからなあ」
「わくわくするよねえ」
コーロのほうが年下なのに、なんだか兄が弟を窘めているようで、むず痒い。
実は弟や妹がいたりするのだろうか。
故郷の兄弟たちが思い出されてきたところで、建物の間近にたどり着いた。そろそろ鼻が麻痺してきたが、だんだんと独特な香り――硫黄と言うらしい――も強くなってきている感じがする。ゆで卵のような匂いというのが正しいだろうか。
ぐうう、とお腹が鳴る。
案内人のお兄さんがくすりと笑った。
「はは。いい音ですね、【勇者】様。この温泉荘【モルガナ】では食事もできますからご安心を。火山象の照り焼きやシーパイソンの刺身なんかがおすすめですよ」
「そりゃいいや。あとで食べようかな」
「是非食べましょう」
ツィータがいつの間にか真横に来て話に加わっており、ぎょっとする。
料理への探究心というやつだろう。赤い目がきらきらして宝石みたいだ。
見蕩れてしまっていると、ツィータは顔まで赤くし、そっぽを向いてしまう。
そうこうしているうちに、建物の入口に着いた。扉はなく、木枠で縁取られた入口の上から真ん中で割れるように布が垂れ下がっている。
布を手でかき分けてくぐると、すぐに玄関だった。
黒い石畳の両側に高い棚があり、履物が並んでいる。
前を見れば玄関から一段高くなった木の床が広がっている。その奥にはカウンターがあり、三人のおじさんが受付をしていた。
俺はよくわからないまま、真っすぐ歩いて、階段を登るように一段高い木の床に足をつけようとした。
だが足はつかず、代わりに俺の身体が後ろ襟を捕まれて空中に浮かされた。
「【勇者】様、すみません。ここは土足厳禁なんです」
見ると、案内人のお兄さんがこちらに向けて指差ししていた。
よく目を凝らすと、魔力の帯が俺の首元に向かって伸びている。
あ、これは小さい頃、城でじいやによくされていた魔法だ。
じいやは《魔手》とか呼んでいたっけ。
「そうなんだ。ごめん、知らなくて」
「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ申し訳ありません。【勇者】様に不遜な真似を」
そう言うと、お兄さんはゆっくり俺の身体を石畳の上に下ろしてくれた。
みんな、心配そうだったり呆れていたり、様々な表情だった。
中でもクロイツェルが一番の呆れ顔だったが、クロイツェルよりも目線が高いというのはなかなか気分がいいものだった。
地面に着き、ふふんと鼻を鳴らすと、察したのかクロイツェルから蹴りが飛んできた。軽く痛い。
じろりと睨みつけると、既にクロイツェルは履物入れに【騎士長の足鎧】を仕舞っているところだった。
おあいこということにしておいて、俺もいそいそと【隕鉄の足鎧】を脱ぎ、指定された場所に入れた。
「さて、それでは行きましょうか。【勇者】様方に来ていただけでもありがたいので、受付は結構です。あれは貸出物品が必要かを伺ったり、入浴料を頂いたりする場所ですので。必要なものがあれば後で何なりとお申し付けくださいね」
にこやかに言って、お兄さんは歩き出した。
正直ラッキーだ。
みんなを見ると、うんうんと頷いている。おそらく俺の懐事情を慮ってのことだろう。
でも、これって【勇者】らしくない気がする。
「なあ、お兄さん。俺たちに頼みたいこととかないかな?」
「はい?」
立ち止まり、振り返ったお兄さんは、目をぱちくりさせている。
「いやあ、ありがたい申し出なんだけどさ、後払いというか、何かさせてもらえたらなって」
「なるほど。そんなことを仰る【勇者】様は初めてです。そうですね……」
お兄さんはううんと唸って、やがて判を押すように自分の右掌に左拳をついた。
古風だな、この人。
「ヤホホゴリラと話をしてもらえませんか?」
……ヤホホ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます