わくわくスクールライフ ①


「どれだけイディちゃんが特殊だとは言っても、学校に行っている間は学生。

 空師になるための養成所にいる訳ですから、が集まる協会の集団が手を出すのは道理に合いません。

 ですから、少なくともイディちゃんが学生の内は引き延ばせます」

「なるほど、それで急に学校に行けなんて話になったんですね」


「もちろん、空師としての資格を有するのに必要だという話も嘘ではありませんし、むしろそちらがメインです。

 先送りの件は、あくまでも私たち空師協会の都合で後づけされた言い訳みたいなものですから。イディちゃんは気にせず、学生生活を謳歌してくれればいいんですよ」

「んん~、そうは言ってもですねぇ」

「何か不安があるんですか?」


 ゼタさんが首を傾げながら覗き込んでくる。


 さっき言っていたことは、少なくとも彼女の中では本当のことで、ワタシには純粋に学校というものを楽しんでほしいんだろうなぁ。


 でも、それはゼタさんの意見であって、他の人までそうとは限らない。

 むしろ、学園の中でも他の生徒とか教師を使って、なんらかの形でワタシに接触を図ってくるだろうってことは予想に難くない。


 それも、ワタシの杞憂って可能性も十分にあるからゼタさんには言えないけど。

 だから、それは考えないことにしても、どうしても見過ごせないことがある。


「えっと、ですね。この間の風呂屋でも少し話しましたけど……ワタシ、実年齢的にはだいぶ年がいってるんですよね。

 まぁ、自分の感覚としてはですけど。覚えてますかね?」

「ええ、まあ。あの時、私は酔っぱらってしまっていたので朧気ではありますけど、そういう話をしていたのは覚えてます。確か、姉さんより年上だとか……」


「はい。まぁ、この見た目で何を言ってるのかって話なんですけど。

 それでも、そういう風に自分では思ってしまってる訳で、どうしても、その……馴染めるか不安なんですよね」


 やっぱり子供たちの中に放り込まれるのは、精神的にくるものがあるんだよなぁ。

 そこだけでも、どうにかならんものだろうか。


「なるほど。そういうことでした大丈夫ですよ。イディちゃんが入ることになってるクラスは特別クラスですから」

「特別クラス……?」


 なんだか、あんまりいい予感はしないな。名前的に問題児ばっかりを集めてる感じがする。

 こういう時の特別ってはみだし者って印象があるんだとなぁ……どうなんだろ。


「はい。通常、まだ年端のいかない幼い子供たちは、同じ年代で集めてクラスにまとめておくのが一般的です。しかし、それだとどうしてもクラスの中で突出して実力のある子を待たせることになってしまうんです。

 そこでそういった特殊な子たちを集めて、その年齢で習うことよりも上級レベルのことを教える特別クラスがあるんです」

「ワタシはそこに入る予定だと?」


「はい。あのクラスなら年齢に見合わない実力者が集まってる分、よっぽどのことがなければイディちゃんが浮いてしまうこともないと思います。

 それに、あそこには『揺り籠』の子供たちも三人通っているので、完全に初対面ということもありませんし」

「へぇ~、誰がいるんですか?」

「ヴーガルとディッツ、それにウーちゃんですね」


 あの三人組か。確かヴーガル君が狼人族ライカンでウーちゃんが兎人族ラビニアス、ディッツ君が徒人族ヒュームだったな。

 確かに初対面ではないし、三人ともいい子だったけど……なんか余計に不安になる。


 だってあの子ら、ワタシフリスビーで遊んでくれた子供たちですよ?

 忘れらんねぇんだ……あの無邪気な笑顔がさ……。


 ま、まぁ、学校にはリィルもいないし、早々はっちゃけたことにはならんだろ。

 ……さっそくフラグが立った気がするけど……うん、気のせいだな。


「それならまぁ、少しは安心できる、かな? それに、なんにしてもワタシが学校に行くのは決定事項な訳ですし。

 ごねても仕方ないでしょうから、妥協するしかないんでしょう。それで、学校に通うのはいいですけど……今日やる座学っていうのは?」

「はい。その学校に通うために事前に知っておいた方がいいことなどを勉強してもらおうかと。この街の子供なら知っていて当然のことでも、イディちゃんは知らないことが多いでしょうからね。予習をしておけばその溝も少しは埋まるかと」

「それはありがたいです。実際に空師のも知らない、ずぶの素人ですから。なんの準備もなしに学校に行っても、そもそも何を学べばいいのかも分からないですし」


 まぁ、空師の学校で学ぶのが算数とか国語なら問題ないけど、そんなはずないだろうしな。

 想像するに、アーセムで出くわす可能性のある鳥獣の種類とか危険性だったり、採れる果実の中でどれなら安全に食べられるのかとか、そういう実地で役立つ知識が主だろう。


 しかもワタシの場合はそれだけじゃなくて、この世界そのものに関しても疎すぎる。

 私の持ってる日本産の常識とこの世界での常識に、どれくらいの違いがあるのかは知っておいて損はないはずだ。


 うん、ちょっとやる気でてきたぞ。


 どうせ動けないんだし、一日中ベッドの上でゴロゴロしてても暇を持て余すだけだ。それならゼタさんから少しでも教えを受けた方が有意義ってもんでしょ。


「分かりました。ゼタさん、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「はい! 任されました。イディちゃんをどこに出しても恥ずかしくない、一人前のレディに仕立て上げてみせます!」

「はいッ! ……ん?」


 いやいや待て待て、勉強してレディってのはおかしくないか?


「あ、あのゼタさん?」

「はい。なんでしょう?」


 ゔっ、目が熱意ですっごい輝いてる。

 ううぅ……不安だけど、中断できる雰囲気じゃないな。


「いえ。さっそくお願いします」

「もちろんです! それじゃあ、部屋を移動しましょうか」


 ニッコニコのゼタさんに何も言えないまま、彼女に抱きかかえられて部屋を後にした。



 ――もうどうにれもな~れ。



      §      §      §



 扉の向こうからざわざわと、落ち着きのない空気が漏れてきている。


 きっと、こんなよく分からない時期の編入生ということで、みんな浮足立ってるんだろう。

 まぁ、それだけが理由じゃないってのはワタシが一番よく知ってるんだけど。


「はいは~い。静かにぃ! 静かにするッスよ!

 はい。それじゃあ、今日は前から伝えていたように新しくこのクラスで一緒に勉強をするお友達が増えるッス。じゃあさっそく入ってもらうッスよ、どうぞぉ!」


 大丈夫、大丈夫。ワタシはやればできる子。


 ヨシ! ユクゾッ!


 ガラガラと音を立てて引き戸を滑らせて、教室に足を踏み入れた。

 一斉に視線が向かってくるのを感じて、ゴクッと唾を飲み込む。


 緊張で体が固くなってるのが分かる。足を踏み出すたびに床板から返ってくるコツコツという音も、余計に固くなっているみたいに聞こえていた。


 全身に刺さってくる視線を受け止めながら教卓の隣まで進み、くるりと洋服をひるがえしながら生徒たちの方を向く。


 そして、一度全員の顔を見渡してから……ニコッと微笑んで見せた。


「皆様、ごきげんよう。トイディと申します。どうぞ、イディと呼んでくださいな」


 おもむろにスカートのすそをつまんで軽く持ち上げ、片方の足を後ろに下げて、もう片方を軽く曲げ、優雅に一礼してみせた。


 自分で言うのもなんだけど、これ以上なく見事なカーテシーだろう。


 ヴーガル君とウーちゃん、それにディッツ君がポカンと口を開けて固まっているのが見える。

 驚くのも無理はない、何せワタシが一番驚いてるからね。


 ――ワタシ、変えられちゃった。もう昔の頃には、戻れないんだよ……。


 心の中でさめざめと涙を流してるワタシの隣から快活な声が響いた。


「んふふ~。そ・し・てぇ、私が臨時講師のマグリィルだよ。

 リィル先生って呼んでね」


 ――神速のフラグ回収だったな。


 ワタシの隣では、度の入っていないメガネをクイクイいじりながら、リィルがうざったいぐらい楽しげな笑みと声を振りまいていた。

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異世界ファンタジーのための私的プロット・草案 黒一黒 @ikkoku

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