第4話

商業都市・カルク。


馬車に揺られながら移動し、やっと着いたその場所は活気に溢れていた。


「へぇー!カルクってこんなに賑やかなとこだったんだな!初めて来た!」


「国の五大都市らしいぞ。俺も本で読んだだけだから来るのは初めてだ」


「そうなのか!じゃあお互い初カルク楽しもうぜー!!」


ライキが「イェーイッ」と拳を突き上げる。


疑問を抱いた俺は、その笑顔へ率直に尋ねた。


「お互い?別行動したいのか?それなら合流時間と場所を決めるが」


「ちげーよ!!一緒に回るに決まってんだろ!!」


怒鳴られたのでなんとなく「悪い」と言っておく。何がいけなかったのかは分からないまま。


「ったく……お」


ライキはどこかの店を見ると、そこへたたっと駆けていった。


早速今朝あげた銀貨二枚を使って買い物する気のようだ。


この国の通貨は金貨、銀貨、銅貨の順で価値が高い。銅貨100枚で銀貨、銀貨500枚で金貨と同じ価値になる。銅貨すら持っていない者達は物々交換でやり取りしている。


なので、村長がくれた銀貨10枚は、実は結構な大金だったりする。


「らっしゃい!いい物揃えてるよ」


「おう!んーっと……なんか青に似合うものってあるか?あと持ち運びしやすくてデザインがシンプルなやつ」


「オーケー、ちょっと待ってな!」


俺は会話が薄ら聞こえる程度の距離でライキを待ちながら、ぼんやりと周囲を見渡していた。


しばらく経って、だんだんと迫ってくる足音に気付いた。ライキだ。


「アイクっ!やるよ!」


ずいっと顔の前に何かを突き出される。


驚いて少し仰け反ると、ライキはその分だけ何かを乗せた右手を寄せてきた。


そういうことじゃねえ。


「お前、時計とか持ってねーんだろ?だからやるよ!いろんなお礼に!」


ニカッとライキが明るく笑った。


俺は僅かな戸惑いを隠しながら、目と鼻の先にある物を掴み、見えやすい位置まで下げて手のひらを上にして広げた。


飾り気のない銀色の懐中時計だった。上蓋を開ければ、1から12までの数字が円形に並んだ文字盤が現れる。鎖はついていなかったが、付け方を知らないので逆によかったと思う。


手の中のクォーツ時計は恐らく至極一般的なタイプで、そう高くもない。だが俺は、何故か笑みが零れるほど嬉しかった。


「……サンキュ」


「!笑っ……!?」


「行くぞ」


ライキの驚いた声が聞こえて急に恥ずかしくなり、俺は時計を上着の裏の胸ポケットに入れると無表情を作って早足で歩き出した。


慣れない時計の重量感は、俺をいつもと違う気分にさせた。




◇◆◇




その後、一通りカルクを回ってみたいとライキが言い出したので、文字通りぐるりと一周してみることにした。


「お前って旅する前は何してたんだ?友達いたか?」


悪気はないのだろうが、聞き方がほぼいない前提になっているライキを俺は無言で見つめた。


軽く焦って弁解しようとするライキ。だが、俺は別に怒ったわけではなかった。


「……一人で本読んでた。お前は」


「オレっ?オレ……は、魔法の訓練と剣術を習ったり、いろんな国の言語を勉強したり……そのへんだな」


ライキの愛想笑いを見て、聞いたことを後悔した。


話を逸らしたかったとはいえ、ライキにとって触れてほしくない話題だったはずだ。だがこの場合謝るのは逆効果か……。


どうしようか悩む俺を他所に、けろっとした表情に変わったライキはまた何かを見つけていた。


「あ、本売ってあるぜ!買えばどうだ!?」


切り替えの早さ。


……だが、本か……暇潰しにはなる。


「すみませーん、見ていいですか?」


「もちろんいいですよ。どうぞごゆっくり」


「ありがとうございます!おいアイク、お前どんなのが好きなんだ?」


あっという間に交渉を済ませたライキが無邪気に聞いてくる。


――また、俺が喋る前に話を進めやがった。確信犯じゃないから許すが、わざとなら水ぶっかけるぞ。


「何でも読む。……もし『スペード』についての本があるならそれを買いたい」


「りょーかい、スペードの本な!えーっと、ス……ス……」


地面に敷かれた大きな布の上に並べられた大量の本を、端から一つずつ目で追っていく。


これだけあるんだから、普通店主に聞かないか?と思いつつも黙ってみる。いつ気付くかと、純粋で馬鹿な王子を眺めながら。


「魔法に興味がお有りですか?でしたらこちらはいかがでしょう」


口元に笑みを浮かべた店主から、分厚い本が差し出された。


とりあえず題名を読んで――――俺は目を瞠った。


「……!」


これは――。


「……買う。いくらだ」


「銅貨34枚です」


「微妙な額だな。それと……本当に売っていいのか、俺に」


「もちろんですよ。でなければ勧めませんし、本もあなたに読んでもらってほしがっています」


にっこりと店主が笑う。と言っても、鼻から上がフードで隠れているので正しくは「笑うのを感じ取った」というだけであるが。


俺は怪訝に思いながらも、銅貨34枚を払って本を受け取った。


「悪いアイク!『スペード』の本なかった……ってなんだそれ?そんな本持ってたっけか?」


「今買った」


「ありがとうございました」


店主が微笑した。俺は一瞬威嚇の意味も込めて鋭く睨み、踵を返した。


遅れてライキが追いかけてくる。


「マジで今買ったのか!?オレ全然気付かなかったんだけど!すげーな!」


「お前が鈍いんだ」


そもそもすごさが分からねえ。


「で、何の本なんだ?」


僅かに身が強ばる。さりげなさを装って俺は密かに持ち方を変え、本の題名がライキに解読できないようにしてから言った。


「……隣国の哲学の本だよ」


「ふーん、難しそうか?分かんねーとこあったらいつでも聞いていいぜ」


「ねえよ」


「まだ読んでねーだろ!」


ライキのツッコミも、右から左へ流れていくようだった。



本の題名が頭から離れなかった。

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54ー世界に54人の|魔法使い《ヴィザード》ー 冬月莉望 @rinoa_noa

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