第3話

「!」


寝起きで若干ぼやけていた頭が一気に冴えた。


目の前は真夜中のように真っ暗で、何も見えない。自分が目を開けているのかどうかすらも分からなくなった。


しかし考えることはできた。


――これは、魔法だ。左目の眼球から魔法使いヴィザードしか持ち得ない魔力を感じる。


だが何だ……?この違和感……性質が違う……?


もしかすると……これは黒く染まった魔法使いヴィザードの魔力――?


ふっと、脳裏に熟睡しているライキの姿が浮かんだ。昨日“堕ちた”クラブに負け、眠っている今は抵抗さえできないということも。


「っくそ!」


右手のひらに魔力が宿る感覚がした。俺はそれで左目を覆い、一度瞬きして確実に目が開いたことを確認してから眼球に直接俺の、『スペード』の魔力を流し込んで上書きした。


本来魔法に変換させて消費する魔力を無理やり原形で放出したことにより、体が強い脱力感に襲われる。倒れそうになるのを精神だけで堪え、急いでライキのベッドを確認した。


「――むにゃ…………んぁ」


ライキはそこで眠っていた。


ホッと安堵し、素早く先程の魔法の使い手を捜す。


必ずまだ近くにいる。俺は誰かに狙われるような理由がないし、きっと相手の狙いはライキだ。もし王宮からの使者なら……面倒くせえけど、止めてやらないと。


目え覚めたら王宮に連れ戻されてた、なんてのはいくらなんでも可哀想だからな。


……いや、でもだとするとおかしい――?



「ねぇ。この子、大事なの?」



高く透き通った声が鼓膜を揺らした。


弾かれたように後ろを振り返る。ライキの枕元に腰掛け、すぐ側の金髪を見つめながら一束掬い取ってぱさりと落とした人物は、思わず目を奪われる美貌の少女だった。


この国では珍しい黒髪を胸の辺りまで伸ばしていて、触れなくても分かるほどに一本一本が繊細だ。僅かに伏せられた長い睫毛と大人びた漆黒の瞳が相まって、どことなく哀愁を感じさせる。鼻筋が真っ直ぐ通った丁度良い高さの鼻、淡い桜色の柔らかそうな唇。体の線は細いが決して弱々しくなく、「女性」になる前の可愛らしい丸みを帯びている。


彼女は纏う空気が常人と違っていた。誰の目にも明らかなそれは、一点の欠けもない完璧な美しさが生み出す圧倒的な存在感だった。


不意に少女はくすりと笑った。


「何かしら。いつまでも見られ続けるのは少し困るのだけれど」


「…………」


返事はせず、静かに目を逸らす。少女の姿が視界から外れないよう気をつけて。


「ふふ、冷静ね。どうしたらその年齢でそのような落ち着きが得られるの?教えてほしいわ」


少女の表情は穏やかだった。微笑みを俺に見せ、いかにも人畜無害という風に振舞っているが、違う。


少女が問いかけてくるまで、俺は全く少女の存在に気付けなかった。かなりの強さであり、あの闇のような魔法。――危険だ。


唾を飲み込み、慎重に言葉を選んで切り出す。


「……お前は「何」だ?そいつに――ライキに用があるのか?」


「あら、教えてはくれないの?どうやってその冷静さを身につけたか」


「……方法なんかねえよ。ただ生きてたらこうなってた、それだけだ。次、お前も言え」


「そう……。いいわよ。さっきの問い、答えは「いいえ」よ。私の目的はこの少年ではなく、貴方だから」


ベッドを降り、少女がゆっくりとした歩調で近付いてくる。俺は告げられた言葉の意味が理解できなかった。


しかし、この少女が王宮からの使者でないことは確定した。


まあ堕ちた魔法使いヴィザードを王が従えてたら大問題だからおかしいとは思ってたが。


「誰か知らねえが、帰ってくれ。俺は何も持ってない」


「いいえ、貴方は持っているわ。その眼帯に隠された瞳にね」



ドクン、と心臓が大きな音を立てて鳴った。



「外してくれないかしら?貴方の綺麗なサファイアブルーの瞳、片目だけじゃもったいないもの」


ドクンドクンと音の間隔が短くなっていく。


嫌な汗が首筋を伝って滑り落ちる。


「……この、目は」


「なぁに?何か大変な理由、、、、、でもあるの?」



――知ってる。この右目のこと、こいつは知ってるんだ。



そうじゃなければ、どうしてこんな言い方をする?



「…………」


俺が口を開きかけた、その時。


「んー……」


布団の中でライキがもぞっと動いた。ようやく起きたようだ。


おかげで俺は我に返ることができ、水を右手に纏わせながらライキへ叫んだ。


「ライキ!魔法使う準備しろ、敵が――」


そこまで言って、気付いた。



少女は俺の前から消えていた。



「敵?オレらしかいねーじゃねーか……ふぁ」


「……そうだな。悪い、気にするな」


「おう……ふあぁ。は!?」


急にライキが大声を出した。


ビクッと肩を揺らしてしまい、少し苛立ちながら「何だよ」と聞く。


ライキは何故か興奮したように頬を紅潮させていて、駆け寄ってくるや否や目の前でこうまくし立てた。


「アイクお前、さっきサラッとオレの名前呼んだよな!?今も「悪い」って謝ってきたし!ちょっとはオレのこと好きになってくれた!?」


…………はぁ?


「お前まだ寝てんのか。いい加減起きろよ」


「起ーきーてーまーす!そんなはぐらかしたりしねーで早く認めろって!オレといるの、楽しくなってきたんだろ?」


「はぁ……」


「いやー、そうなってきたんならしょうがねーな!一緒に旅しようぜ、アイク!」


わざと大きくため息をついてやったのに聞こえなかったのか、ライキは満面の笑みで誘いをかけてきた。


……めんどくせえな。本気で付き合いきれねえ。


でもこいつ弱えし、俺がいねえと簡単に連れ戻されるよな……あの堕ちたクラブとか、また来たら絶対勝てねえだろ。あれ、そういやあいつどういう立場の奴……。


……あー、もう考えるのめんどくせえ!


「俺は行く。金は仕方ねえからお前の分も払っといてやる」


「はっ!?ちょ、今の流れは笑顔でOKパターンだろ!?なんで断」


「カルク」


遮って近隣の都市の名前を言えば、ライキはぽかんとした。


「……は?」


目を数度瞬かせ、説明を求めるように見つめてくる。


――あぁくそ、察しの悪い奴だな。全部言わせんなよ。


「俺はこれからそこに行く。……ついてきたいなら勝手にしろ」


ぼそりと呟いて部屋の出口へ向かう。


自分は本当に馬鹿だと思いながら。


「……!!おう、勝手にするぜっ!!」


「飛びついてくんなよ」


「……おう」


勢いを削がれたような、少し沈んだ同意が返ってきた。


やっぱり飛びつくつもりだったのか。される前に言っといてよかった。




なんだかんだで、結局こいつと旅をすることになってしまった。




「お前銀貨10枚も持ってんのか!?」


「村出る時にもらった。つか王子お前にとったらこれぐらいしょぼいんじゃねえのかよ」


「五ヶ月前まではな。現在のオレの所持金が銅貨何枚か知ってるか?」


「0」


「……正解だ」


「答えさせたくせに当てられて落ち込むなよ」


「……がんばる」



まあ、傍にこういう話し相手がいるってのも……案外悪くねえな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る