第2話

……さすがにこれはない。


「うっおー!布団だー!超久しぶり!」


金髪が勢いをつけてベッドにダイブする。俺はその横に並べられたもう一つのベッドに腰を下ろしながら、ゴロゴロとベッドの上を寝転がったままで往復する金髪を睨むように見た。


あの変な魔法使いヴィザードを倒した後、別の街に着いた俺は金髪を無視しながら宿を探した。金は村を追い出される時、せめてもの情けと村長がくれた銀貨十枚があったので心配はなかった。


そしてちょうどいい宿を見つけ、金髪を撒いてからその中に入った。


――が、知らないうちにこいつも一緒に入ってきていて。




「お一人様ですか?」


「はい、そう――」


「二名様でーす!」


「は?」


「二名様ですね」


「いや、違」


「そうですー!いやー話が早くて助かります!ほら行こうぜ!」


「お部屋へご案内致します」




といった具合に、気付いた時には訂正できる雰囲気じゃなくさせられてしまっていて……二人で泊まることになってしまった。しかも金髪が全く金を持っていないため、宿泊費は俺が二人分出す羽目だ。


ふざけんな!と外に追い出したいところだが、こいつは金がないため毎日野宿しているらしい。それを聞いた後で俺だけがベッドで寝ることはできなかった。


本気でありえねえ……ありえねえ。


「なーなー、お前名前は?結局教えてくんなかったよな」


「チッ、誰が教えるか」


「!?」


何が衝撃だったのか、驚いた表情を浮かべる金髪。僅かに「舌打ち……」と呟く声が聞こえた。それか。


「じゃ、じゃあオレの名前教えるから!な?」


「交換条件成り立ってねえぞ。俺はお前の名前なんかどうでもいい」


「えっ……で、でも知りたい」


「教えねえ」


被せるように言い切ってから、俺は布団に潜った。


急にしん、と室内が静まり返る。


……諦めたか?


「……お前、どこから来た?」


違ったらしい。俺は金髪に背中を向けた状態でこたえた。


「前にも聞いてきたな。言わねえ。お前とはもうこれきりにするからな」


「オレは王宮だ。第六王子、ライキ=ツェーザル。五ヶ月前に住んでた王宮を抜け出した」


予想だにしなかった言葉を聞き、思わず俺は上半身を起こして金髪の目を見た。


その視線はこの部屋のどこでもない場所へ落ちていて、何かを思い出すような、切なげな色を宿していた。


嘘をついてる目じゃない。……この馬鹿、王子なのか?


「王家は魔法使いヴィザードの血をずっと昔から守り続けてて、生まれる子供の大体半分は魔法使いヴィザード。第一王子は『クラブ』、第二王子は『ダイヤ』、第三王女は『ハート』……第四王子と第五王女は普通の人間だけどな」


――魔法使いヴィザードは、使う魔法によって4つに分けられる。


水・風系の『スペード』。


雷・光系の『ダイヤ』。


炎・回復系の『ハート』。


自然・音系の『クラブ』。


それぞれ13人ずつおり、上下関係はない。俺の知る限りはそうだ。


金髪は更に話していった。


「第四と第五が普通だったから、国王……父上はもう魔法使いヴィザードは生まれないだろうと思った。でも――そこにヴィザードオレが生まれた。

まぁ最初は第一や第二たちと同じ感じだったんだけどな、いつからだっけか……父上が妙にオレを気にするようになった。「お前は特別だ」って言われたこともあった」


特別、か。


俺の場合は……そんな聞こえのいいもんじゃなかったな。


「分かりやすいほどオレは贔屓された。魔法訓練官も最高の奴をつけられた。兄上たちを差し置いて、第六王子のオレが、だ。そしたらどうなるか、分かるだろ」


金髪……ライキは嘲るような笑みを浮かべてこちらを見た。だが嘲っているのは俺をじゃなく、恐らく国王。


答えを求めているわけではなさそうだったので、俺は黙ってライキが再び話し出すのを待った。


「嫌になったんだ。王宮も、『王族』の自分自身も。だから全部捨て去りたくて、魔法訓練所に行く途中でこっそり逃げた」


「……衛兵には見つからなかったのか?」


「あぁ。運が良かったぜ。いつ逃げ出そうか考えてた時に第五王女の愛犬が行方不明になって、兵はみんな捜索に夢中だったからな」


ライキが顔を天井へ上げた。そこから、ライキの声が少し楽しそうなトーンに変わった。


「第六なんて地位の低い王子オレの顔は、国民にあまり知れ渡ってなかった。周りが変に気を遣ってこない、平民と同じ感覚で接してくる。誰かと対等な立場ってのは初めてで、すげー新鮮だった。金がなくても、腹いっぱい食べられなくても野宿でも、王宮にいた頃より毎日楽しかった。

――それなのに、父上はオレを王宮に連れ戻そうとしてるんだ。やめてほしいぜほんと……」


立てた片膝に額を乗せ、ライキは心の奥底から絞り出すようにかすれた音で零す。そして一言も喋らなくなった。


……くそ、俺は慰め方なんか知らねえんだよ。何言ったらいいんだよ……。


「……おい。名前、教えてやろうか」


「マジで!?」


途端、ものすごい勢いでライキが頭を上げ、キラキラと音が出そうなほど輝いた表情で俺を見つめてきた。



一気に教える気が失せた。



「なになに、なんてーの!?お前の名前!お前顔すっげー整ってるから絶対かっこいいやつだろ!?」


「そういう煽りやめろ。どっちも違えよ」


「謙遜すんなよ……ご、ごめんなさい。調子に乗りました」


うるさかったので睨みつけたら大人しくなった。目付き悪くてよかった。


「チッ……そういえば今日倒した奴、自分は『堕ちたクラブ』だとか言ってたんだが、何か知らねえか?」


「“堕ちた”?あー、この前会った魔法使いヴィザードがそういや話してたな」


……適当に思いついたこと聞いただけなのに、まさか知ってるとは。馬鹿のこと馬鹿にしてたな……。


もし言えば確実に雷を飛ばされるであろう――もちろん避けるが――感想を抱いた俺に、ライキは記憶を辿るように視線を上げて説明した。


「オレたち魔法使いヴィザードは4つに分かれるけど、そのどれでもない『ジョーカー』って奴が数年前いきなり出てきたらしい。よく知らねえけど、そいつに忠誠を誓った魔法使いヴィザードは魔力が黒く染まって“堕ちる”らしいぜ。んで、そいつらは何かを捜してるとかなんとか」


「雑だな」


「文句言うな!」


いや、だって本当に雑じゃねえか……。誰だよ『ジョーカー』って。どんな奴か全く分かってねえじゃねえか。


「そうだ、魔力は分かるよな?魔法を使うのに必要不可欠な力で、魔法使いヴィザードなら誰でも持ってるっていうの」


「当たり前だ。魔力の量には個人差があるが、本人次第である程度は増やすことができる。馬鹿にしてんのか」


「親切で言ってやったんだよ!もしかしたら知らねーかもって……あーっ、もういい!!

名前!!教える約束だろ!」


憶えてたか……忘れさせようとしたんだが、上手くいかなかったな。


俺はため息をついて、久しぶりに名前を口にした。


「アイク。……呼ぶなよ」


「おぉ、やっぱかっけー!!よろしくな、アイク!」


「…………寝る」


「待て待て待とうぜ!!そんなに嫌かよ!」


俺はそう言われたのも無視して外側に寝返りを打った。


数秒間の沈黙の後で、何故か「仕方ないな」とでも言うようなため息をつかれたが、理由も気にならなかったのでそのまま眠りについた。


俺と背中を向かい合わせにする形で寝転び、布団を肩まで被ったライキが、嬉しそうに笑っていたと知らずに。




◇◆◇




翌朝、目覚めは最悪だった。


ドンドンドン、と強い力で何度も部屋の扉が叩きつけられている。


……ノック?この宿は頼んでもないのに寝てる客を起こすのか?


「ていうか叩くの全力すぎだろ……」


まだ続いているノックをやめさせるべく、俺はベッドを降りて扉へ歩み寄った。


ライキはというと、扉と反対位置にある四角い窓の側のベッドで寝息を立てている。この騒音で目覚めないとはなかなかの猛者だ。あとでベッドから蹴り落としてやろう。


うわ、近くに行くと更にうるせえ……。


「はい、何でしょうか」


扉を開けながら不機嫌に問う。すると、突如として視界が闇に包まれた。

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