54ー世界に54人の|魔法使い《ヴィザード》ー

冬月莉望

第1話

レンガ造りの建築物が建ち並ぶ市街地を、憂鬱な気分で進む。


「……はぁ」


重いため息が口から漏れた。これで何回目だろうか。


今朝、俺はとうとう住んでいた村を追い出された。行く宛もないのでひたすら真っ直ぐ歩いていたら、ついに山を越えて街まで来てしまった。


……それにしても……。


俺は足を止めて周りを見回した。


どこを見ても、俺がいた村のものを遥かに超える高度な技術が伺える。――にも関わらず、人の気配がなかった。街全体が、何かに怯えるようにひっそりと息を潜めている。


……静かすぎる。何だこの街。何かあんのか……?


「待て!!我々に逆らうことは陛下に逆らうことと同じだぞ!!」


上方から男の大声が聞こえた。


顔を上げてみる。前方に、建築物の上を駆ける複数の人影があった。こちら側に向かってきているが、距離があるからか俺の存在には気付いていない。


先頭を走る金髪は建築物を飛び移って移動しながら、金髪を追いかけている男三人――恰好からして衛兵だろう――を振り返り、べっと舌を出した。


「待ったなっいよーだ!捕まえてみーろー」


「クソガキ……!!」


「やっと見つけたんだ、お前ら意地でも捕まえるぞ!」


『全ては陛下の為に!!』


兵達が声を揃えた。はっきり言って――異様だった。


「陛下」は王のことだろう。国を治める王、その為に動くのは衛兵なら当然だが……一点の曇りもなく力強い言葉には、王の為なら命を投げ打っても構わない――――そういう響きがあった。


俺には理解できない。なんとなく、理解してしまえば終わりな気がして、俺は思考回路を切った。


「ったく、しつけーな!」


金髪がブレーキをかけながら体を反転させ、屋根の上で止まった。両足で姿勢よく立ち、右の掌を空へ突き上げる。その途端、兵達の表情が焦りに変わった。


……何が始まるんだ?


俺は眼帯をつけていない左目を金髪に向け、起こるであろう変化を待った。


――見えたのは、驚くべき光景だった。


「雷魔法!落ちろ、雷!!」


叫ぶと共に金髪は右手を振り下ろした。


すると一瞬にして空の青が暗雲に覆い隠され、兵達の頭上から大きな雷が落ちた。ピシャアアン!と派手な雷鳴が街中に轟く。


雷を全身に浴びた兵達が、建築物の上で黒焦げになって倒れた。


「……“魔法”……」


無意識に呟いていた。


手の甲を腰に当て「フンッ」と息をする金髪の少年は、世界にたった54人しかいない――魔法使いヴィザードだった。


「ん?」


金髪が下を見た。どうやらさっきの独り言が聞こえたようだ。遠くない距離で目が合い、直感的にまずいと悟った。


何も見ていないフリをするしかない。俺は金髪と逆の方向に歩き出した。


だが、魔法使いヴィザードは放っておいてはくれなかった。


「よっ!どっから来た?お前」


金髪はスタンッと俺の進行方向に着地し、笑顔で言った。


この短時間で前に来るのかよ……身体能力高えなこいつ。


当然、止まってなんかやらねえが。


「?……は!?無視!?」


早足で金髪の横を通り抜けた俺に、金髪は笑顔から一転、驚愕の表情を浮かべた。追いかけてくる予感がしたので更に速度を上げる。


やはり金髪は追ってきた。


「おい、無視すんな!聞こえてんだろオレの声!!つか歩くのはえーよ!」


左から苛立ち混じりの声が飛んでくる。


……めんどくせ。


「勝手についてきてるくせに文句言うんじゃねえよ。あとうるせえ、黙れ」


立ち止まって睨みつけると、金髪はきょとんとした。


「……お前、喋れるんだな」




俺は金髪を置いて猛スピードで街を抜けた。




「悪い!そりゃそうだよな、喋れるよな人間なんだし!悪かった、だから怒んなよ!」


「怒ってねえ。ついてくんな」


「じゃあついてかねーから、どっから来たか教えてくれよ!ついでにどこ行くかも!」


「増やすな。つか、ついてくる気満々じゃねえか」


「いいじゃねーか!教えてくれよ!」


――あぁ、何なんだこいつ。俺も俺だ、会話を成立させてしまっているのが頭にくる。


イライラしながら早歩きを続けていれば、金髪が不意に尋ねてきた。


「ところでお前、右目の眼帯――」




俺は無意識に金髪を突き飛ばした。


地面に手をついて起き上がり、「いきなり何すんだよ!」と言いかけた金髪の胸ぐらを掴んで顔を引き寄せる。


「眼帯のことは言うな。……分かったら、さっさと失せろ」


地を這うような低音が俺の口から吐き出された。金髪は、初めて怯えた表情を見せた。


触れてはならない所に触れたのだということは馬鹿そうな頭でも理解できたのだろう。俺は手を離し、金髪に背を向けた。


「……ついてくんなよ」


歩き始める。金髪は、ついてこなかった。


俺が目を閉じてため息をついた、その時。


「うわっ!?」


金髪の驚いたような叫びが聞こえた。何度も連続して雷鳴が背後で響く。所々で、焦る金髪の声を混ぜながら。


……知るか。俺は絶対振り返らねえぞ。


「――だから、国王に従う気は――『ダイヤ』なんか他にいくらでも――!」


いきなり背後の音が消え、不自然なほど静かになった。


振り返らないと決めた。決めた、のだが。




結局俺は――振り返ってしまった。




「……!」


サファイアブルーの瞳に映るもの。それは――うつ伏せに倒れて気絶している金髪と、その側に佇む一人の青年だった。


青年と目が合い、にっこりと微笑まれる。


「こんにちは。あなたも魔法使いヴィザードですか?」


「……誰だ」


「僕は堕ちた『クラブ』です。名乗る必要は恐らくないでしょう」


俺は本能的に危険を察知した。青年の笑みが深くなる。


青年が踏みつけた地面にヒビが入った。


「きっと、あなたはこれを避けられずに死にますから」


刹那、青年の足下から生み出された巨大な波が、大地を盛り上がらせながら目にも留まらぬ速さで俺へ向かってきた。


普通の人間なら避けられないスピード。これから一秒と待たずに死ぬことは確実だ。




――俺が、「普通の人間」なら。




「水魔法」


呟いた直後、目前まで迫っていた大地の波が何の前触れもなく水に包まれた。水は波の勢いを殺すだけでなく、瞬時にその形を崩して地に還させた。


青年が目を見張り、そして嗤った。


「水魔法……なるほど、『スペード』の魔法使いヴィザードですか」


今更言い逃れはできない。俺は諦め、開き直って答えた。


「そうだ。もう力は使わない予定だったんだがな」


「理由をお聞かせ頂いても?」


「断る」


再び大地の波が襲いかかってきた。俺はまた水で包んで崩し、間髪入れずに大量の水球を青年へ飛ばした。


しかし、全て青年が生やした土砂の柱に当たって弾け、柱と共に地面にとけた。


青年は楽しそうな笑顔で言った。


「困りましたねぇ。あなたの魔法と僕の魔法は相性が悪いみたいです。攻撃が出来ません」


「ついでに守備もな」


俺は右手を体の前へ持ってきて胸の辺りまで掲げた。


右手に掴んでいる、先程まで青年の側に倒れていた、未だ意識のない金髪の姿を見せつけるように。


「!?いつの間に……」


「堕ちたとか訳わかんねえこと自慢げに言うんなら、人質ぐらいちゃんと確保しとけ。隙だらけだったぞ」


「……ふ、ははは!面白い。やってくれるじゃないですか」


青年の空気が変わった。どうやらスイッチを入れてしまったみたいだ。


本気モードか。めんどくせえし、さっさと倒そう。


俺はパッと右手を開いて金髪荷物を落とした。


「って!?」


地面に直撃した金髪は目を覚まし、手で頭を押さえて起き上がるとたくさんのクエスチョンマークを頭上に浮かべた。


「?え、あれ……土の柱は?変な塊は……?」


「お前が弱いせいで俺は巻き込まれたんだ。そこで座って本当の魔法、、、、、でも見とけ」


「……は!?オレは弱くねー!!あいつにオレの魔法が当たらなかっただけだ!」


「それを“弱い”って言うんだよ。黙って見てろ、一歩も動くな。いいな」


「なんだそれ、命令すんな……って、おい!?」


終わりそうにない文句の途中で青年の方へ歩み出せば、気絶中の出来事を知らない――つまり俺が魔法使いヴィザードだと知らない金髪が大音量でわーわー喚いた。「何考えてんだ」「止まれ」「死ぬぞ」。「オレのためならサンキュ、でもやめろ」なんて自意識過剰すぎる発言もあった。誰が出会って数分の奴のために戦うかっての。


近付くにつれ、青年の微笑みは暗さを増していった。


「あなた一人で僕を倒す気ですか?……面白い。

そして、非常にムカつきます」


青年は歪な形をした大岩を宙に数え切れないほど浮かべ、一斉にこちらへ飛ばしてきた。



もったいねえな。岩と大地の二種類も操れんのに、使い方が悪くて無駄ばかりだ。


だから――本気を出しても、俺に勝てない。


「水魔法」


伸ばした右手の前に俺より高く広い水の壁が現れ、瞬きのうちに凍りついて巨大な氷の盾へと変化した。


「「!!」」


金髪と青年が驚愕の表情を浮かべた。


分厚い氷の盾に飛んできた岩がぶつかり、俺に届くことなく跳ね返る。全部の岩を防いだところで、俺は氷の盾を水に戻し、後ろの金髪に上からぶっかけた。


「つめてっ!?」


後ろを見ると、ちょうどずぶ濡れな金髪の前髪から雫が滴ったところだった。


「……お前……敵はあっちなのに…………冷てーじゃねーか……!!」


金髪がキレた。怒りをそのまま表したような雷を全身に纏い、ゆらりと立ち上がる。視界の隅で、状況を読めていない青年が少し疲れた表情で小首を傾げた。


――来た。


フッと口の端から笑みが零れた。


「最大出力……くらえこの野郎っ!!」


金髪が俺に向けた両手から雷を大放出した。そのタイミングに合わせて俺は横に飛んで、雷の行き着く先が青年になるよう仕向けた。


「ッ!?自然魔法」


「水魔法」


予測していた俺は、青年が防御のために生やしたいくつもの土の柱を、瞬時に水で覆って使えなくさせた。


青年は再び魔法を使おうとした。しかし、それはできなかった。


魔法を使いすぎた青年の精神は疲れ切っていた。


「ぐあああああッ!!!」


青年に雷が直撃した。鋭く響き渡る苦痛の叫びが胸の内に少量の罪悪感を生む。金髪は俺が雷を避けて一度驚き、青年と俺が魔法を使い合って二度驚き、この叫びでついにぽかんと口を開けていた。


雷光が消え、真っ黒に焼け焦げた青年は力なくその場に倒れ伏した。俺は近くに寄り、注意深く背中を観察した。微かだが、呼吸によって上下しているのが目視できた。


……悪いな。これに懲りて真っ当な人生を送れよ。


「魔法ももっと上達しろよ」


「何意識ねー奴に語りかけてんだ?」


心の中で言ったつもりが、声に出してしまったようだ。ひょこっと金髪が横から顔を覗き込んできた。


「……どうでもいいだろ」


「あぁ。すげーどうでもいい、けどオレは気になる!」


「なんでだよ」


「お前のこと知りてーんだ!オレと友達にならねーか?」


ニカッと笑って、金髪はそう問いかけてきた。




俺の答えは決まっていた。




「断る」


「なんで!?」


「お前が嫌いだから」


「んじゃこれから好きに」


「ならない。じゃあな、二度と会いたくねえ」


俺は早足で場を離れた。


なんで友達にならないといけねえんだ。迷惑にも程がある。本当に。


「は!?お、おいせめて名前ー!!」


「うぜえ」

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