エピローグ
次の日の黒板にも水野の写真が貼られていた。前の日と違ったのは、号泣している女子生徒が一緒に写っていたことだった。いかにも彼が詰めよって、泣かせているように見える。
不思議と私はそれを見て、何も思わなかった。いざとなったらこんなものかと思っていたが、ただ淡々と写真を一枚一枚はがし始めていた。どうしたものかと迷っていた学級委員が、あっけにとられた様子でこちらを見ている。教室全体の視線を背中に感じる。それでも昨日までのような鳥肌が立つことはなかった。
一面に貼られた写真をすべてはがし、くしゃくしゃに丸めて一つにする。集まる視線には目もくれず、入り口近くのごみ箱へ振り向くと、水野の眠そうな目がそこにあった。
彼の横を素通りして空っぽのごみ箱へ全てをぶち込む。振り向きざまにもう一度、彼と私の目が合った。
「泣き虫!」
いつものヘラヘラとした顔が、無性に腹立つ。
「うるさい、ばか!」
教室がざわつく。しかしそれは私に全く関係のないもののように思えた。そんなBGMに包まれながら自分の席へ進む。その途中で、カーディガンの裾を誰かが軽く引っ張った。
「あの、ありがとう。」
学級委員が席に座りながら、潤んだ瞳で私を見上げている。慣れないながらもニッと上げた私の口角は、まだ入り口でヘラヘラしているあいつの顔に似ていたかもしれない。
~ただただ金を持たず、その日ぐらしをしている男が住む家は、木造の古ぼけた長屋だった。明日仕事があるかもわからぬ、一寸先も見えぬ生活の中、他の人よりもはるかに与えられているものがある。それが空白の時間だった。時間を持て余したその男は、誰もが忙しさに通り過ぎる些細について、考えることを趣味としていた…~。
本を読むのは好きなのに、現代文の授業はどうしてこうもしっくりこないのだろう。
「これ、読むだけで終わったらただの読書だからね。まずは、…」
耳にタコができるほど聞いた“国語の読み方”。机と机の間を、先生が一歩一歩踏みしめながら歩いていく。
「さて、ここまで長い期間かけて読み込んできたわけだ。せっかくなのでまとめとして、それぞれ一言ずつ感想を聞いていこうかな。」
えー、とため息と非難が交じり合う。
「えー、じゃないよ。国語っていうのはね…」
自分の言葉で伝えられるようになることが目的。これも何度も聞いた。
「じゃあ一人ずつ聞いてみようか。」
にやりと笑う不敵な笑みが、確かに私に向けられた。しわがれた黒ずんだ手のひらが、私の机の上にしっかりと置かれている。
「一言でいいから。そんなに気張らなくていいぞ。」
言いよどむ私に、声をかけてくれる。
「えーと…」
「うん。感じたこと、何でも言ってみな。」
私の感想を聞いて、教室は一瞬静まった。コソコソ話をしている子達と、何も聞こえなかったかのように反応すらしない子が半分半分。先生は明らかに失望と諦めの表情を浮かべていた。
でも確かにそう感じたのだ。たとえ作者が意図したものがそこではなかったとしても、貧乏で食べるのもままならない人間の食に関する描写ほど、リアルで欲望を駆り立てるものはない。
「お腹が空きました…。」
水野が笑っている。教科書でそれを隠すようにはしているが、その横で確かに原田くんも笑っているのだった。
ゴシップ~私はクラスの文春砲~ 大黒 歴史 @ogurorekishi
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