心のフラッシュ

御手紙 葉

心のフラッシュ

 私は屋敷の縁側に腰を下ろしながら、麦茶を飲んでいた。グラスに入った氷がカランと鳴った。それは蝉の合唱と溶け合い、どこか爽やかな夏を感じさせた。廂から下りた風鈴がふと、「チリン」と鳴った。私の夏はいつもと変わり映えのしないものだったが、それでもゆったりとこうして過ごしていると、季節の変化を目の当たりにすることができる。

 特にやることは決まっていなかった。大学一年目の夏休みは実家に帰ることで決まり、そして終わりそうだった。庭を覆う木々から蝉の合唱が反響しながらこれでもかというくらいに迫ってきた。

 麦茶を一口飲むとそこで、誰かが廊下を歩いてくる足音が聞こえた。私以外にいなかったはずだがと思いながら、背中を反らして奥を見遣った。現れたのは、隣の家に住む香奈だ。

「あなたはいつものんびりとしてるわね」

 彼女は呆れたように笑いながら言った。私は特に何も答えず、グラスをただ傾けたが、彼女は自分のグラスを床に置くと私の隣に座って、こちらへと振り返った。

「他にやることはないの?」

「だから、こうして涼んでいるんじゃないか」

「本を読むとか、勉強するとか、やることは幾らでもあるでしょう?」

 彼女は唇を尖らせて、どこか批判的な口調で言う。私にはそれが何かに対する期待であると感じ取った。

「もしかして、どこかに出掛けたいのか?」

「だってたまには、羽を伸ばしてみたいって思うじゃないの。夏休みなんてすぐに終わっちゃう。また一年、こっちに戻ってこないんでしょ?」

「なら駅前のショッピングモールに行くか」

「は? 私は今、麦茶を飲んでいるところなのよ?」

「どっちなんだよ……十秒で、飲めよ」

 彼女はぶつぶつとつぶやいていたが、すぐに麦茶を飲み干し、玄関へと向かった。私も後に続いて靴をつっかけ、外へと出た。激しい陽射しがこちらへと迫ってきて、彼女は麦藁帽子を被って、「行くわよ」と早足で歩き出す。

 彼女の後を追うと、後ろ姿が夏景色に溶け合い、思わず周囲の景色に映えた。いつ終わるかわからない大切な一瞬を心のフラッシュで、焼き付けたい。そんなことを、ふと思った。


 了

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心のフラッシュ 御手紙 葉 @otegamiyo

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