S級魔法師は働かない

せろり。

第1話 国からの依頼

 茹だる様な暑さの部屋で1人の少年が乱雑に足を机に投げ出し椅子でぐったりしている。

 少年はあまりの暑さに顔を手で扇ぎ風を送ろうとするが殆ど効果はない。

 むしろ無駄に身体を動かす所為でますます汗を掻いている。


「いくら何でも暑すぎだろ、これ・・・」


 額から流れ出た汗は少年の衣服をぐっしょりと濡らしている。

 少年の特徴である癖っ毛の髪も汗でペタリとしている。

 もはや暑さに抵抗する事すらアホらしく思えてくるレベルだ。


「あー、やっぱりこんな依頼受けるんじゃなかった、畜生」


 少年のいる部屋の中心には赤と緑が混じった何とも言えない奇妙な色をした液体で満ちた鍋が轟々と火にかけられている。

 この部屋には窓がない。

 この鍋の火の影響で部屋の温度がありえないほど上がっているのだ。


「窓もないこんな部屋で半日、魔法ポーション作るための鍋の様子見てろ。とかどんな依頼だよ、訳分からん。あー、だりぃ」


 あまりの気怠さに少年の愚痴を溢す。

 かれこれ5時間この状況が続いている。

 40分に一度水分補給用の水を汲みに行く時以外、少年はずっとこの部屋に篭っているのだ。

 依頼された指定の時間まであと1時間。

 もともと依頼された6時間に比べれば1時間程度は大した事がないように思えるが少年の気力と体力はもう限界に近づいていた。


「いっその事もう依頼放り出して帰っちゃおうかな。うん、それがいいわ、こんなクソみたいな部屋からサッサとおさらばしたいわ。うん、そうしようかな」


 少年の愚痴は止まらない。

 もともとこの少年はそこまで真面目で義理堅い人間ではない。

 いくら依頼だからと言っても何でもかんでもホイホイ受けはしない。嫌なものは嫌だときっぱり断るタイプだ。

 だが少年がこの依頼を断りもせずに5時間も汗だくで耐え続けているのにはある理由があった。


「ちっ、ギルド長の命令じゃなきゃこんなしょうもない依頼即放り出すんだがなぁ」


 この依頼は少年が組みしている依頼屋ギルドのギルド長から直々に受けるように命令された物だった。

 少年がいくら嫌だとしても流石に所属ギルドのギルド長からの命令には逆らえない。

 平ギルド員としての悲しい性だ。


「はぁ、早く終わらないかなぁ」


 切実な思いが詰まった少年の呟きに応える者は誰もいない。





☆ ☆ ☆



「はぁ・・・やっと今日1日が終わった」


 何とか先の依頼を完遂した少年は依頼屋ギルドとして拠点を置いているギルドハウスの一室でぐったりしていた。


「もう嫌だ、こんな生活。依頼屋ギルドなんて辞めたい、辞めて3年くらい寝て過ごしたい。」


「何をウダウダ言っているんだいレイ、あまり小言ばっか言っているとハゲるぞ?」


 部屋に1人の女性が入ってくる。

 不思議な怪しさを醸し出す紫色の髪を腰のあたりまで伸ばし、口元には髪の色とお揃いの口紅が塗られている。

 服装は足元まで隠すローブなのにも関わらず、濃密な色気を感じさせる女性だ。


「いや、小言を言う原因持ってくるのあんたじゃないですか」


 レイと呼ばれた少年はこれまた怠そうに声をかけてきた女性に返答する。


「ほう、この依頼屋ギルドのギルド長にして育ての親であるこの私を『あんた』呼ばわりとは。随分と偉くなったものじゃないか、なぁレイ?」


「うっ、すんません」


 自身をギルド長と名乗った女性はそう言うと部屋の中で1番大きいギルド長用の椅子に腰をかけた。


「何にせよ今回の依頼は良くやってくれた。ギルド長として私も鼻が高い。」


「もうあんな依頼はこりごりですけどね」


「ふふっ、そういうなレイ。今回の依頼主は私がよくお世話になっているお店の主人からだったのだ。流石に無碍にはできんさ」


「だったら自分でやればよかったじゃないすか」


「レイ、私はか弱い女の身だぞ?あんな暑い部屋に長時間いたら倒れてしまうだろ」


 そう言うとギルド長と呼ばれる女性は自身の紫色の髪をかき上げ妖艶に笑う。


「いやいやいや・・・」


 あんたがか弱かったらこの世界の生物全部がか弱いって事になりますやん。

 思わず喉から出かかった言葉をレイは飲み込む。

 冗談でも言ったらタダでは済まない未来が目に見えたからだ。

 きっとボコボコにされた挙句に縄で縛られ、天井から吊るされる事になるだろう。

 以前レイは彼女の年齢についてマズイ発言をしてしまい吊るされた経験があった。

 レイもまだ命は惜しい。


「ところで、レイ。また依頼がきているのだがどうだね?」


「嫌です」


 即答でレイはきっぱりと拒絶の意を示す。


「さっき依頼やってきたばっかですよ、お願いですから休ませて下さいよ。そんな依頼他のギルド員適当に捕まえてやらせればいいじゃないですか。」


「そうしたいのは山々だが、あいにくこれはレイへの使命依頼でね。他のギルド員には回せないのさ」


「・・・どんな依頼ですか」


 自分に対しての直接の使命依頼となるとも流石に内容も聞かずに突っ撥ねることはできない。

 内容を聞いてから判断しよう、そうレイは考えた。

 この判断が重大な間違いだとは気づかずに。


「依頼内容を読むぞ、『貴公の裏ギルドに所属していると噂されるS級魔法師レイ氏に是非当魔法学院へと在学して頂きたい。』だそうだ」


 依頼内容を読み上げると、女性は依頼内容の書かれた紙を魔法で燃やした。


「さぁ、どうするレイ?これで引けなくなっただろう」


「いやいやいやいや、それってマズくないですか?俺たちが裏ギルドってバレてるじゃないですか?」


「ふむ、確かにそうだな」


この女ギルド長が創設した依頼屋ギルドには裏の顔があった。いわゆる裏ギルドというものだ。

 表向きは犬の散歩や情報収集、近隣の森への採取といった、主に雑用や調査を中心とした事をこなす何でも屋だ。

 しかし裏の顔では魔物討伐やダンジョン攻略、果ては窃盗や殺しまで非合法な事まで幅広くこなしている。


 魔物討伐やダンジョン攻略の依頼がなぜ非合法なのかはギルドとしての役割が関係している。

 レイが所属するギルドは主として依頼屋ギルドだ。街で発生する雑用を中心としてこなす事を目的としている。

 しかし魔物討伐やダンジョン攻略の依頼は本来、冒険者ギルドというギルドの領分である。

 依頼屋ギルドが冒険者ギルドの依頼をこなしてしまうと互いの存在意義が曖昧になる。結果として利益の損失に繋がるという事で禁止されているのだ。


 では冒険者ギルドではなくわざわざ法外な依頼料を払ってまで、この依頼屋ギルドに依頼してくる理由とは何なのか。

 それはレイとレイの他にもう1人存在する裏ギルドのメンバーにあった。


 依頼屋ギルドで裏の依頼をこなす者は軒並み、この女ギルド長が直々にスカウトしたとんでもない力量をもつ実力者なのだ。

 冒険者ギルドに依頼を回しても誰も達成できないような高難度の魔物の討伐、さては王令でそのあまりの危険度故に立ち入ることさえ禁止されている高難度ダンジョンへの探索。

 そう言った依頼を所属している裏ギルド員にこなしてもらうため、依頼主はわざわざこの依頼屋ギルドに非合法と知っていながらも駆け込んでくるのだ。


 今回の依頼はそういった直接命の危険に繋がるものではないが、魔法学院からの依頼という点に問題があった。


「魔法学院といえば王国が運営してる国営機関じゃないっすか。国営機関がここを裏ギルドと知っているって事は国に裏ギルドの存在がバレてるって事ですよね?潰されたりしないんですかね?」


 裏ギルドは言わば、金さえ積めば犯罪をもこなす組織だ。

 国に存在を知られれば真っ先に潰されてもおかしくない。


「その心配はない」


 女ギルド長は色気のある笑みをたたえながら、そんなレイの懸念をバッサリ切り捨てる。


「魔法学院は国営機関だ。そんな魔法学院の方針や動向をお上である国が認知していない筈はないだろう。つまり、これは意図して国が黙認している依頼という事だ。言い換えるなら国が公認している依頼と解釈する事もできるね」


「国からの依頼、ねぇ」


 明らかに漂ってくる面倒事の気配に思わずレイは頭を掻く。


「もし・・・もし断ったらどうなるんだ?」


「ふむ」


 女ギルド長は目を閉じ思案に耽る。

 30秒くらい経ったころだろうか、目を開けおもむろに腕と足を組みその口を開く。


「確信はないが、おそらく国は手のひらを返してこのギルドを討ち取りにくるだろうな」


「やっぱりか」


 国は裏ギルドの存在を知っていながら依頼のためにそれを黙認しているという状況だ。


 レイの裏ギルドは他に多く存在する裏ギルドと違い無差別に殺しをしたり盗みをしたりはしていない。あくまで市民や国に害をなす存在だけをその対象としていた。

 だがそれでも犯罪を犯している事には変わりない。

 捕まれば極刑は免れないだろう。


「さて、困ったな。レイに依頼を受けて貰わなければ私は殺されてしまうかもしれん。ふふ、実に困ったものだ」


「ぐっ、」


 国が討伐に動いた場合、その対象となるのは裏ギルドとして活動していた者達だ。

 つまりレイと女ギルド長、そして今はいないが他にあともう1人、つまり3人だ。

 3人といっても全員、超のつく実力者。

 おそらく国が討伐に軍をあげてきても逃げ切る事はできるだろう。

 だがそうなった場合、もう表の世界には出てこれない。

 残りの一生を日の光の当たらないところで過ごすことになるだろう。


 レイは捨て子だった。小さい頃に親に捨てられ身寄りの無い浮浪児として生きていた。そこを拾ってくれたのが彼女だった。

 レイは彼女に大恩がある。

 基本面倒くさがりの無気力でやる気のない彼が依頼屋ギルドという仕事の多いギルドに所属しているのは彼女へのそういう面が関係していた。

 レイとしては絶対に彼女にそんな日陰暮らしをして貰いたくはない。

 依頼に対するレイの返事はもう決まっていた。


「はぁ、受ければいいんだろ依頼」


「よし、では先方にはそのように返事をしておこう」


「で、俺はどこの魔法学院に行けばいいんだ?」


「その事だがレイ。君に通って貰うのはこの国の王都アルメリアにあるアルメリア魔法学院だ」


 女ギルド長はしてやったりと笑うのだった。

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S級魔法師は働かない せろり。 @serorin

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