第15話

貴族街では庶民街よりも家屋の数は少ない。

外側を庶民街に囲まれている為に、土地面積も少ないんだから当然だ。


そのうえ見栄の張り合いだろうか、特に何か使う用途がなさそうな庭がある為、

一軒一軒の敷地面積が広いからだ。


だから隠れる場所も少ない。

俺たちは月明かりだけを頼りにドゥルーの鼻に従って進む。

俺は移動中の沈黙に耐えかねてふと湧いた疑問を投げかけた。


「なぁドゥルー、悪魔はどうやってこの街に入ったんだろうな?」


「何を言っている?」


俺は自分の考えを伝えた。


「だってさ、悪魔は子供を引き連れて移動してるんだろ。だったら俺たちみたいに壁のぼりなんてできねえだろ。そうなると道はあの騎士が見張っている城門だけだ。ならどうやって入ったと思う?」


ドゥルーは感心したように答えた。


「なるほど、考えられるのは騎士を買収しているとかか。だったらお前の貴族が犯人だって考えもあながち間違っていないかもな」


先ほどの見栄張り住宅を通り過ぎれば、様々な看板を掲げた商店が並んでいる。

貴族や金持ち連中専用の高級店だろうか。


その中の一軒の前で足を止めるドゥルー。


「ここだ、この街で魔力の残滓が一番濃い」


その店を見上げる。

一階建ての建物でドアには文字が書かれた看板がかかっていた。

ランツェ装飾店。アクセサリーか。


ドアには外付けの鍵がかかっている


さてどうやって入ろうかと考えていると

ガキンッと音が響く。慌てて音の発生源を探すと、それは鍵を力ずくで破壊しているトラ娘だ。

トラでもこんな怪力女じゃ萌えない。


「早く来い、置いていくぞ」


「お前そういうことは先に言ってからやれよ。やり方がガサツなんだよ」


ドゥルーは何でもないように返す。


「なら鍵を盗んでこればよかったか?それともここで朝まで待つか?解錠は不可能、ならこれが正解だ」


そう言って奥へと進む。

ちくしょう、納得しちまった。

確かにスマートなやり方よりこっちのほうが俺好みだ。


中には綺麗な細工が施された指輪やアクセサリーが、なかった。さすがに営業時間が終わればしまうか。


レジらしき場所を通り過ぎてどんどん奥へと進むドゥルー。


「ここだ」


ドゥルーが止まったのは何もない部屋だ。


「何にもねえぞ」


俺がそう言うとドゥルーは何も言わず右足のかかとを二回ふみ鳴らす。


「‥‥地下か?」


「そう‥‥だっと」


俺に返事を返しながらドゥルーはしゃがみ込み、床にある取手を引いた。

人一人分がようやく通れるくらいの階段が現れる。


「秘密の地下室か、悪党らしい発想だ。ドゥルー、俺が先行するぞ。いいな」


こういうところに女を先に行かせる訳にも行かねえからな。


「ああ、わかった」


そう短く返される。

光がない中での進軍は慎重になる。

そんな俺に後ろから文句をたれるドゥルー。


「遅い、俺が先の方が良かったな。俺の方が夜目がきく」


「うるせえな、黙ってついてこい」


ほんとに落ち着きのない奴だ。

トラが夜行性なのは知ってたがこいつもそうなのかもな。


片手を壁伝いに奥へと降りる。

やがて一つの扉に行き着いた。

一本道だったので間違いはない。ここだ。

僅かな明かりが漏れている。


「開けるぞ」


ドゥルーの頷く気配を感じ、覚悟を決めて扉の取手に手をかける。


(いくぞ)


《うん!》


扉の向こう側は俺たちを異臭で迎えた。

食べ物の食べカスに糞尿の匂い。清潔感のかけらもない。

家具もなければ机もない。

石の牢獄。光は壁際にいくつかつけられた蝋燭?のようなものだ。



「ダイヤ、奥を見ろ!」


俺はドゥルーの声に反応して奥に目を凝らす。

すると薄暗い部屋の中に人型をとらえた。


そこには子供が5人いた。

年の頃は全員10歳程度だろうか。

それが無造作にボロ布を敷かれて寝かされている。


俺はすぐさま子供達に近寄る。

特に縛られている様子はない。


「おい、生きてるか。おい!」


一番近くにいた男の子を腕に抱き、頬を叩きながらを揺さぶる。

ドゥルーも同様に他の子供達の覚醒を促している。


やがて俺が抱いていた男の子が目を覚ました。


「‥ここ、ど‥こ‥?お兄ちゃん誰?」


ああ、良かった。生きてる。怪我もない。


「俺は傭兵組合のダイヤだ、孤児院からの依頼でお前達を助けに来た」


「孤児院、先生からの依頼なの?」


「それとジーナからのな。さ、こんなところに長居はできねえ。他の子供達を起こすの手伝ってくれ」


そう言って全員を目覚めさせる。

その中の1人がやたらいい服着てたが、こいつが貴族の子か。生意気そうな女の子だ。


全員の無事を確認すると改めて俺は子供達に質問した。


「お前ら、お前らを攫った悪魔はどこにいった?」


俺が先ほど介抱した男の子が教えてくれる。


「それが、わからないんだ。ずっと夢の中にいたみたいで。意識がはっきりしてなくて。でも、悪魔の姿はわかるよ。こんな大きな角を生やして、口に大きな牙があったんだ」


それに対して別の女の子が反論する。


「違うよ、赤い体で顔に大きな目が一つあったんだ。そんな角なんて生えてなかったよ」


「貴方達、何をおっしゃってるのかしら。アレは女の姿をして黒い翼を生やした悪魔よ。嘘を教えるのはやめなさい」


子供達が言い争いを始めた。

統一感のかけらもない悪魔。はてさて。


「ドゥルー、どう思う?悪魔は何匹もいやがるのか?」


「いや、そんな話は聞いていない。俺にもわからん」


俺はまだ見ぬ悪魔のことはとりあえず置いておくことにする。今はそれよりも‥。


「お前らここから逃げるぞ。俺とそっちの姉ちゃんについてきな。ドゥルーもいいな、ガキどもを庇いながらじゃ戦えねえ」


ドゥルーは何も言わずに頷いた。

子供の安全を優先してくれるのはありがたい。


「ちょっと貴方。先ほどから無礼でしょう。仮にも貴族であるこの私に向かって。それに貴方、何その格好?耳に尻尾までつけて。恥ずかしくないの?」


ちびっこ貴族は腰に両手を揃えて威勢良く言い放つ。

誰も言わなかったからそのまま通そうと思ってたけどドゥルーのハイブリッド体としての姿がお気に召さないらしい。


「はいはい貴族様、今は脱出が最優先だ。文句なら家に帰ってからな」


そう無理やり誤魔化して地下室を出ることにする。

ちびっこ貴族はなおも噛み付いてくるが今は余裕がない。


階段を登り、装飾店を出る。

地下室の匂いから解放された俺たちはやっと一息つけた。


「よし、とりあえず子供達を送ろう。悪魔退治はその後だ」



外に出られた事で子供達の表情も晴れる。


早く家に帰してやらねえとな。


俺はふと周りを見渡した。別に何か物音がした訳ではない。

本当になんとなくだ。

そうしたら何故か先ほどはなかった影が現れた。

人影である。


「いい夜ですね」


そんなことを口走らながらその影が近づく。

ゆっくりとこちらに向かうその姿は未だに闇。

それが5、6メートルほどの距離まで近づいてきて、雲に隠れていた月が姿を表すと同時にその闇も消え失せる。

それは顔にペイントを施した妙な男だ。道化と言われる類の格好だ。



「助かるという希望の後に、逃げられないという絶望が待つ。こんな演出って良くないですか?」


ピエロのような男は俺たちに向かってそう言い放つ。


俺は子供達の前に立ち、何か文句を言いたそうなちびっこ貴族を手で制した。


「誰だてめえ?」


「私が誰かなんてこの状況ならご理解いただけると思っていたのですが、失礼ながら馬鹿なのですか?ダイアナイト」


おどけるように首を傾げ、俺を馬鹿呼ばわりするピエロもどき。


「言ってくれるなピエロもどき。てめえの道化の格好も馬鹿そのものだと思うがな」


「ああ、これですか。これでも昔は旅芸人をしておりましてね。まぁその名残ですよ。観客の前での正装なんです。はい」


両手を大きく広げながら、そう返される。


「さて、希望は与えましたので次のショーへと目録を進めましょう」


パチンッと指を鳴らすピエロ。

それと同時に妙な匂いが俺の鼻腔をくすぐる。


その瞬間に子供達が騒ぎ出した。

あのピエロを見て震えている。

そして、口々にこう漏らすのだ。悪魔が来た、と。


その様子に俺とドゥルーはピエロに対してより一層の警戒を強めた。


「何しやがった!てめえ!!」


「なぁに、ちょっとした絶望を与えただけです。はい。でも怖がっていて可哀想ですね。では、もう一度」


パチン。

指を鳴らすその音で子供達の声も止む。


それどころか、その目の中に意思の光が消え始める。

そうしてぼうっと立ち尽くしている。


「‥‥催眠術とか暗示の類か?」


「ええ、近いですが完璧な正解ではありませんね。おやおや、そちらにいらっしゃるお嬢さんは私の記憶が正しければお仲間だと思っていたのですが、何故ダイアナイトと一緒にいるので?」


ドゥルーが憤慨しながら答える。


「貴様のような男と同類扱いされるのは不愉快だ」


「‥‥んん、まぁいいでしょう。後で処分されるのは私ではないので」


「てめえ、何が目的で子供達を攫ったんだ。ハイブリッド体にする訳でもねえだろ!?」


ピエロは右手を顎の下に添えて考える人のポーズをとる。いちいちムカつく所作だ。


そして、さも当たり前のようにピエロは己の所業を口にする。



「その子達は大事な商品なんです。あるところではそれはもう奴隷として可愛がられます。大きいお友達に大人気なんですよ。またあるところでは解剖して腑分けして実験されたりします。人の未来に貢献してるんです。尊いですね」



ピエロは何がおかしいのか俺たちに笑いかけながら話している。ふと隣を見るとドゥルーが拳を握りこんでいる。僅かだがそこから血が漏れている。


「それに子供って捨てるところがないんですよ。死んじゃったら結社が飼ってるモンスターの餌にもできますしね。はい」


‥‥ああ、敵はやっぱりこういうクソ野郎に限るな。

なんの躊躇いもなくやれる。


「そうか、ならお前もモンスターの餌にしてやるよ!」


俺はそう言って心臓の鼓動に魔力を乗せる。

整備された地面を蹴り、飛びあがって一気に間合いを詰める。拳を振りかぶり、ピエロめがけて急降下するその刹那、ピエロは右腕を正面にかざす。


その腕が脈動する。服の下でナニカが蠢いている。そう思った瞬間にそれは服を突き破り、現れた。


月明かりに照らされたそれは植物のツタだ。

直径5センチほどのそれがピエロの腕全体に何本も絡み合っている。その内の一本をムチのようにしならせて俺を襲う。


空中で身動き取れない俺の頭に向かってくるそれを咄嗟に腕でガードするが、衝撃は殺しきれない。

ムチの勢いのまま、俺は吹き飛ばされて居並ぶ商店の中の一つに飛ばされる。


「ダイヤ!!」


ドゥルーが叫ぶ。


俺は石で出来たその商店の壁を突き抜けて店内に飛ばされた。店内を壊しながら転がってようやく制止した。


《ダイヤ!無事?》


(問題ない。それよりもだ)


立ち上がりながらルビーに問いかける。


(あいつの腕は植物のツタで覆われていた。つまり)


《植物系モンスターとのハイブリッド体だね》


俺が開けた穴からすぐさま店外に飛び出すと、そこには異形の怪物がいた。



頭部から胸あたりまで縦穴が開き、そこから牙が見える。

大きな赤い花弁だ。人間らしい感覚器官は頭部にはもう存在していない。ただ巨大な花が咲いている。

体全体は先ほどの腕のように植物のツタで形成されていて、血管に血が流れるように脈動している。

一応は人の形を取り繕っているが、もはやこれは化け物の花だ。



「改めて名乗りましょう。〈創世の方舟〉の商業部門に所属しております、ダーゼンと申します。貴方の命が潰えるまでの短い間ですがよろしくお願いします」


人間でも食ってしまいそうな花びらの口で異形のハイブリッド体はそう名乗った。


名乗り終わるやいなや、ドゥルーが先に仕掛けた。

ダーゼンへ向かって走りながら両手の爪が奴を殺せる凶器へと変わる。


ダーゼンもドゥルーの接近をただ見ているわけではなかった。両手を前へ突き出して、その腕を構成するツタを何本も放射状にドゥルー目掛けて繰り出す。


風を切り、大地を抉るダーゼンの植物のムチ。


ドゥルーはそれを鋭敏なネコを思わせる動きで躱わし、避けられないものだけを爪で切る。

だが、両腕から繰り出されたツタは次第にドゥルーを囲むように収束していった。このままではツタで出来た網から抜け出せなくなる。


「ドゥルー!」


警告の意図をのせて俺は叫んだ。


ドゥルーはそれを合図に頭上のツタを爪で切り、飛び上がって植物の包囲網から抜け出す。そのままツタの上をロープの上を歩くサーカスの芸人のように駆け抜ける。


ダーゼンのムチはドゥルーを囲おうと収束していた為に動けない。これを逃さずドゥルーはダーゼンまで近づいて、心臓を突き刺すような突きを繰り出した。


「もらった!!」


ツタを突き破り、ダーゼンの体を貫通するドゥルーの爪。

先端は緑の液体で濡れている。もう、人間の血ではないのだ。


(やったのか、こんなあっさり)


俺は体を震わせて項垂れるダーゼンにどこか不気味さを感じながら近づいていく。


ハイブリッド体との戦いがこんなに簡単に決着がつくとは。ドゥルーの動きは凄かったが‥‥。


夜の闇が再びダーゼンを覆い隠す。

静寂の中で、赤い花弁は大気を震わせ、言葉を乗せる。


「この程度ではあげられませんね。はい」


花弁から言葉と共に黄色い粉が噴き出した。

ドゥルーは顔にそれをモロに受けて咳き込む。


その隙にダーゼンはドゥルーの無防備な腹を蹴って、追い打ちにツタを伸ばしながら突き出して俺目掛けて吹き飛ばす。


俺はドゥルーを受け止めた。僅かに足の裏が大地を削ったが問題ない。


「ダーゼン、てめえ‥‥」


そう言ってダーゼンを見ると奴の体にぽっかり穴が空いていた。ドゥルーが突きを繰り出した箇所だ。ダーゼンを通して向こう側の景色が見える。


「びっくりでしょう?この体は内臓を好きな位置に動かせるんですよ。あんなに綺麗に殺される訳ないでしょう。油断し過ぎですよ」


両手を広げさも芝居をする役者のような振る舞いをするダーゼン。

その穴も即座にツタが密集して塞がれる。


「さて、ダイアナイト。貴方にひとつ、選択をしてもらいます」


その言葉と共にドゥルーが吐血した。


「ドゥルー!」


ドゥルーの体には目立った外傷はない。先ほどのダーゼンの蹴りも見た感じ、ドゥルーの内臓や骨を傷つけるほどの威力はなかった。


なら‥‥、先程花弁から漏れた黄色い粉か。


「ドゥルーに何をした!?」


「ちょっと毒をプレゼントしました。ほんのちょっとですよ」


そうやってツタで構成された指で僅かな隙間を作る。

万事が万事巫山戯た男だ。


「わたしの能力ですよ。毒から幻覚まで様々な効果の花粉を飛ばせます。さて、ここからが本題なのですが‥‥」


語りながら指を鳴らすダーゼン。その音と共に子供達が奴に群がっていく。

俺はいきなりの事でドゥルーを抱きながらそれを見ていた。

だが、ハッと我に帰り、子供達を追おうとするが


「おっと、動けば子供を殺しますよ。まだ話の途中なんですから‥」


牽制されてしまった。


「さてと。では改めまして、選んでいただきましょう。彼女に与えた毒は今から2時間以内に解毒しなければ死にます。騎士団の詰所まで彼女を運べばお抱えの治癒の魔法使いの手で助かるかもしれません。ですが、その場合は子供達はわたしの手の中です」


話し終わるとあのちびっこ貴族の頬をその異形の手で撫でながら続ける。


「それとも彼女を見捨てて戦いますか?周りの子供を盾に使いますけど、まぁ運が良ければ1人くらいは助かるかもしれませんね。暗示も幻覚作用のある植物の粉末を飲ませただけですから、しばらく安静にすれば完全に抜けるでしょう。どうします?」


俺は疑問を投げかけた。


「何故そんなことをする?このまま子供を盾に戦えばいいだろう」


花の頭が揺れる。

両手を広げて、体ごと揺さぶり俺を小馬鹿にする。


「それでは面白くないでしょう?何の為に悪魔の真似事をしたと思っているのですか。観客の皆さんに楽しんでいただく為ですよ。ただの子供の誘拐より悪魔が攫った方が面白いし、貴族の子供を攫って更に場を盛り上げた。そうしたらどうです。この都市全体がわたしに夢中だ。芸人としてこれほど喜ばしいことはありませんよ」


(劇場型犯罪者って奴か)


《ダイヤ、どうする?》


ダーゼンはなお一層楽しそうに続けた。


「ちなみにオススメはそのまま彼女を抱えて逃げることです。だって‥‥その方が貴方、馬鹿みたいでしょ。戦えず、守れず、救えず、逃げる。間抜けにも程があるじゃないですか」


胸の中のドゥルーを見る。

口元を血で濡らし、手足が紫色になって震えている。

呼吸も荒く、苦しそうだ。


次に子供達を見る。

俺が必ず助けると約束した、あの子達を。

その目に意思はない、だがあの男の傍に置いていけるのか。


迷っている時間はない。


俺は決断した。


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異世界で特撮ヒーローやってます ナベ奉行 @niik

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