第2話 霊について考えても答えは出ない



 市街地から少し離れた川沿いに、かくれんぼの最中に忘れられて置き去りにされた子供のようにポツンと寂しげに存在する廃ビル。明治時代を想わせる洋風の建築物。現在では廃墟マニアくらいにしか注目されないような朽ちた建物だが、もしかしたら、元は格式の高い建物なのかもしれない。


 碧は、自身が統括する暴走族グループ『奈威斗滅悪ナイトメア』の幹部メンバー達と特攻服姿でこの廃墟の内部にいた。


 ガラスの割れた窓からは、丸い月が浮かんでいる。


「おい、そろそろ帰ろうぜ」


 そう言って、碧の背中に隠れるようにしているのはユタだ。金髪に脱色した髪をオールバックにしている。眉毛は細くカットされ、その切れ長の目は睨みを効かすと迫力がある。しかし今はへっぴり腰の情けない姿をしている。


「なにビビってんだよ。肝試しに行きたいって言ったのはお前だろうが」


 タバコを口に咥え、ポケットに手を突っ込んでそう言ったのはタクだ。少し長めのストレートの髪は、真っ赤に染められている。右の眉の端についた傷が、喧嘩っ早さを表している。この碧、ユタ、タクの3人は同い年の同級生だ。幼馴染でもある。そして、奈威斗滅悪のメンバーだ。碧が総長で、ユタとタクが副総長を務める。


「ユタさん、ビビり過ぎです」


 そう言って、3人の後ろで威風堂々と構えているのは、碧達の後輩、ユーヤだ。短く刈り込んだ頭に、爽やかで端正な顔立ちはまるでスポーツマンのようだが、彼も奈威斗滅悪のメンバーであり、碧が自身の後継者にと考えている人物だ。



「あぁ? 誰がビビってるってユーヤァ?」


 ユタが振り返り、ユーヤの胸ぐらを掴む。


「明らかに腰引けてますよ」


「うるせぇ! いつ幽霊が出てきてもいいように構えてんだよ!」


「幽霊って……」


「もう人間界には俺の相手になるような奴はいねぇんだ。次に闘るのは幽霊だ!」


「何を訳の分からんことを」


 タクは呆れたように言った。




 この日、奈威斗滅悪は他のチームと抗争があった。その時、ユタは敵の暴走族を殴り返り血を浴びながら、こう提案した。


「ぶっ倒した数、俺がイチバンなら、今夜みんなで肝試しな!」


 討伐数の競い合いは、ユタとユーヤの一騎打ちとなった。タクはユタの提案にまるで興味なさそうにしていたし、碧はそもそもあまり進んで戦闘行為をしない。結果、3人差でユタの勝利となった。


「まだまだ甘いな、ユーヤァ」


 返り血で真っ赤になった顔で、ユタはニヤリと笑った。ユーヤは表情に出さなかったが、心の中では激しく悔しがった。総長の碧さんは疎か、副総長のユタさんにも俺は及ばない……。





 ユタは肝試しに奈威斗滅悪のメンバー全員を連れて来ようとしたが、「それじゃ近所迷惑になるだろうが」と碧にお叱りを受け、結局、幹部メンバーの4人で肝試しと相成った。


 そういった経緯があり、碧達は今、真夜中の廃墟にいる。



 廃墟の内部は荒れており、窓ガラスは破られ、床には瓦礫が転がり、壁には落書きなどもあった。建物の中は真っ暗で、窓から差し込む月明かりが映し出す明と暗のグラデーションが、その深い闇をより不気味に演出していた。


 ビルは3階建で、碧達は一階から順に上がっていった。霊というものが存在するのか、碧には分からなかった。いるかもしれないし、いないかもしれない。しかし、こういった、所謂心霊スポットで人間が感じる霊的な気配というものは、ほとんどがまやかしだろうと考えていた。大体、人間の思い込みだろう。


 事実、物音がする度にユタは恐怖し叫び声を上げたが、碧は気配や視線といったものは一切感じなかった。この廃墟には、人間は我々しかいない。しかし、あるいはユタにだけ霊感があり、他の3人にはないのかもしれない。このように、霊について考えても答えは出ない。堂々巡りするだけだ。不毛。そんな事を考えているうちに、ビルの屋上に出た。



 廃墟の屋上からは、川を隔てて少し離れたところに街の灯りが暗闇の中に浮かんでいるのが見える。


 雲がゆっくりと動き、月を隠した。夜風が吹き付け、4人の身体を冷やした。


 一服するべ、と言ってユタは胸のポケットからタバコとライターを取り出した。タバコを咥え火をつけようとするが、風の為に少し手間取った。4人は何も言わず、廃墟の屋上からの夜景を眺めていた。その景色には、恐怖とは違う、何か落ち着かせるものがあった。ユタはタバコを地面に捨て、革靴で踏みつけた。それを見て、碧が睨んだ。


「はいはい、ちゃんと捨てますよ」


 ユーヤはポケットから携帯灰皿を取り出すと、吸い殻を拾って入れた。そして立ち上がり、背伸びをして言った。


「さてぇ、帰るかぁ」


「一体何しに来たんだよ?」


「あ? 楽しかっただろ?」



 ユタは無邪気な笑顔を見せて笑った。


 ユタの思いつきで振り回される事は多く、時にはトラブルに巻き込まれる事もあったりしたが、それが嫌というわけではなかった。寧ろ、碧達はそれを楽しんでいた。それは、小学生の頃から同じだった。遊び道具がおもちゃから単車に変わっても、それは同じだった。



 碧、ユタ、タクは、暴走族を引退した後は、ただの走り屋のチームを結成しようと話していた。喧嘩も暴走行為もしない、ただ走る為の、3人だけのチームだ。


 単車で日本全国を周り、様々な景色を見て、色んな人と出会い、時にはナンパなどに興じたり、ゆくゆくは彼女を作ったりして——硬派で知られ、男の世界で生きて来た碧達は、女性と関わる事がほぼ皆無であり、3人揃って童貞だった。頑なに貞操を守っている訳ではない。周りの状況が恋人を作る事を許さなかった。



 いかつく柄の悪い奈威斗滅悪のメンバー達とスイパラでスイーツを食し、ユニバで遊んだ。そこに、女性の姿はなかった。もしあるとすれば、碧の妹の朱と、近所に住んでいる幼馴染の優佳だけだった。優佳は幼い頃からずっと一緒にいるから最早兄妹のようなものだし、リアル妹の朱は、強烈なブラコンであり、兄の碧に夢中で他の男の事は眼中にない。後輩のユーヤは密かに朱に想いを寄せているが、この男も硬派である為、その想いをひたすらに胸の奥に押し込んでいる。もちろん、ユーヤも童貞だ。




 そのように、この日も楽しかった高校時代の、ヤンチャをしていた若かりし日の思い出のひとつとして、何気ない1日で終わるはずだった。



 碧は、3人の後ろ姿を見て、誰にも分からないように微笑んだ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

族総長殺し 竜宮世奈 @ryugusena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ