族総長殺し

竜宮世奈

第1話 プロローグ




 あおは、カワサキ・ゼファー400を自宅のガレージの中に停めると、エンジンを切り、車体を跨いで降りた。年代も古く随分走り込まれていたが、よく手入れされた、真紅のボディーカラーが美しい単車だ。



 玄関を開け、「ただいま」と言うと、奥から碧の母が姿を現した。母は碧の姿を見て、両手を腰に当て、しょうがないわね、というようなため息を一つついた。


「また暴走族? 喧嘩してないでしょうね?」


「喧嘩しない暴走族なんていないでしょ。お腹空いた」


「もう、先にお風呂入っちゃいなさい」


「はーい」



 碧は死神が纏うローブのような真っ黒な特攻服を脱ぐと、丸めて洗濯物入れに放り投げた。特攻服の下は、学校指定のシャツと黒のスラックス姿だった。碧は自身の服装を隈なくチェックした。


 よし、汚れはついていない。


 特攻服は構わないが、高校の制服を汚すと母に迷惑をかけてしまう。

 次に制服を脱ぐと、綺麗に畳んで置いて、下着も脱ぎ、その鍛えられた肉体が露わになった。碧は、ゴリマッチョというタイプではない。細く、引き締まった筋肉をしている。


 腹筋は、まるで板チョコのように綺麗に腹の上で区画され、6つに割れている。腹から更に下の、股間についているものも大砲巻きのように立派だが、今のところそれを披露する相手はいない。碧は、小顔で、女性のような綺麗な二重瞼で澄んだ瞳をしており、どちらかと言えば女性にモテる容姿だ。そんな碧が恋人を作らない理由は、簡単だった。碧は、女性が苦手である。




 碧は風呂から上がると、身体を拭き、紺色のパジャマに着替えた。パジャマには、可愛らしいクマさんのイラストがあしらわれている。パジャマのチョイスは、母のセンスだ。


 ドライヤーで髪を乾かすと、リビングに向かった。リビングには、テーブルに碧一人分の夕飯が置いてあり、その奥のソファーでは母と妹の朱がテレビドラマを夢中になって見ていた。


「おにいちゃん、おかえりー!」


 碧に気付いたあかが手を振って言った。朱は、碧と色違いのピンクのパジャマを着ていた。


「あぁ、ただいま」


 碧は椅子に座り、「いただきます」と言って両手を合わせ、夕飯を食べ始めた。今夜のメニューは豚カツだった。碧が暴走族関係の用事がある時は、母に決まって豚カツを調理する。おそらく、勝負に勝つ、という験を担いでいるのだろう。

 碧はその有り難みも十分味わって、夕飯を終えた。


「ごちそうさま」


 食器を片付けると、2階の自室に向かった。母と朱はまだテレビを見ていた。



 碧は、暴走族「奈威斗滅悪ナイトメア」の総長である。集団で単車を走らせ、喧嘩もする。一般的に見ると、ヤンキーだ。しかし、学業も怠ってはいない。寧ろ、碧はとても成績優秀だった。県内有数の進学校に在籍している。そして、高校2年生の秋も終わろうとしていた。碧ももう、受験生だ。奈威斗滅悪で総長としての後釜も育成出来たし、そろそろ総長を引退し、暴走族からも脱退し、勉強だけに集中しようと考えていた。そして志望校に合格し、やがては、夢を叶える。物事は、碧の思う通りに進んでいた。その矢先だった。




 こいつらが現れたのは——




 碧は自室に入ると、内側から鍵をかけた。


 それは、自慰行為を隠すためではない。自慰行為や性癖よりも、家族に見られてはいけない秘密が、碧にはある。


 碧は勉強机の前に座ると、意識を集中させた。特攻服を着て単車を乗り回す暴走族モードから、勉強モードに思考を切り替える。自身の感情をコントロールする事に長けている碧には、気持ちの切り替えは難ないものだった。


 さて、やろう。


 そう、参考書を開いた時だった。碧の背後から、古く、錆びついた扉を開けるような音がした。明らかに、碧の部屋の扉を開けた音ではなかった。碧にはそれが何であるか、すぐに分かった。


「あお! たいへん! 今度は小人の村がでっかい影に飲み込まれた!」


 と言う少女のような可愛らしい声と、


「碧殿! 村で魔物が暴れております! ご助力を!」


 と言う、少し頼りなげなおじさんの声が背後から同時に響いてきた。


 碧はため息と共に頭の中の勉強モードのスイッチを切り、椅子を回転させ背後を振り向いた。そこには、碧の部屋のカーペットの床に開いた、ちょうどマンホールほどの丸い穴から上半身を乗り出している、妖精のような美しい幼女と、キュウリのような長い顔をした毛むくじゃらの小人のようなおじさんがいた。


「部屋に入る時はノックしろと言っただろうが」


 そう言って碧は睨みを効かせた。が、


「そんなことよりぃ!」


「わが国の一大事ですぞ!」


 凶暴なヤンキー達も黙る碧のガン飛ばしも、この幼女ときゅうりのおっさんには効果がないようだった。碧は額に手を当て、また、ため息をついた。



 何故、このような変な奴らにまとわりつかれる事になったのか——




 全ての始まりは、ちょうど一週間前に遡る。





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