第4話「願いの向こう側」


「どういうことだよハリア!」

「どうもこうも、目の前にいるのが魔王ですよ! さあ、今回は剣を振るだけで自動的に魔王に当たるようになってます! しかも一撃で倒せますよ! 簡単ですね!」

「簡単じゃねーよ! 斬れるわけないだろ!」


 願い事の内容で試練を選んではいないって言ってたクセに……なんだよこれ!

 早井真希さんと同じ顔をした魔王なんて、倒せるわけがない!


「どうした勇者よ! なにをブツブツ言っておる! 剣を抜かんか!」

「む、無理だよ! 君と戦うなんて!」


 早井さん――魔王は距離を詰め、長く伸びた爪で攻撃してくる。俺はそれをひたすら避け続けていた。

 彼女が似ているのは顔だけじゃなかった。格好こそマントをつけ魔王らしくしているが、背丈も体格もただの女の子。早井さんと同じなんだ。艶のある美しい黒髪も、細くしなやかな腕も、時折裾から見える真っ白な腿も、全部彼女のものだ。


 異世界は、可能性の世界。

 早井さんが魔王の世界も、存在するっていうのか?


 ――だれだよそんな妄想したやつ!


 もちろん俺はしたことない。お姫様だったら、とは思ったことはあるけど。


 魔王が懐に入って爪を突き刺してくる。寸前でかわし――あぁこんな間近で早井さんを見られるなんて――慌てて横に飛んで追撃から逃げる。


「戦えないとはどういうことじゃ? お主、勇者であろう? わらわを倒しに来たのではないのか!」

「そうだけど無理なんだよ!」


 魔王は絶対に倒すって、決意したばかりなのに。俺には早井さんを倒せない。

 このままじゃ異世界が救えない。救えないということは……。


「1分半経ちましたよー。早くしないと失敗しちゃいますよ? いいんですか、シュンタくん。前に説明しましたが、同じ願い事はできないですよ」


 俺は同等のなにかを失い、二度と同じ願い事ができなくなる。


「さあシュンタくん、早く剣を抜いてください! 目の前にいるのは、魔王ですよ!」

「っ……!!」


 そうだ、魔王だ。早井真希さんではない。そっくりなだけで、本人ではない。

 元の世界の彼女にはなんの影響もない。


 それに、ここで俺が倒せなければ。この世界は魔王に征服され、滅亡してしまうのだ。


(…………ッ!!)


 俺は剣の柄を握る。瞬間、魔王は顔を強ばらせ、距離を取った。

 剣の強さを感じ取ったのだろう。でもどんなに離れても、この剣の攻撃は自動的に魔王に届く。ハリアの説明通りなら。


「その剣……普通のものではないな? この世のことわりから外れたなにかじゃ」

「…………」

「なるほど、その余裕。わらわを一撃で仕留められるからこそじゃな?」

「………がう」

「ん? なんじゃ? はっきり申せ」

「違う! 余裕なんかない!」


 俺は腰に下げた剣を鞘ごと外し、投げ捨てた。


「剣を捨てたじゃと……? 貴様、なにを」

「俺が戦えないのは!」


 叫ぶ。魔王に向かって、早井さんと同じ顔を持つ魔王に向かって、叫ぶ。


「君が、からだ!」

「かっ……な、なんと? いま、かわいいと言ったのか?」

「そうだよ! かわいくて、美しいから! 俺は君を倒せない!」


 静まり返る、魔王の間。

 距離を取っていた魔王が、ゆっくり近付いてくる。


「わ、わからぬ……。わらわに惚れたと、そういうことか? 何故じゃ? お主は勇者、わらわは魔王。立場が違い過ぎる。そ、それに、初めて対峙したはずじゃ。いきなりそんな……。何故お主はわらわのことを……?」

「君は……わからないかもしれない。でも……俺はっ!!」


 魔王を――早井真希さんを見つめる。



「君のことが、ずっと好きだったんだ!!」



 頬を染め、驚いた顔の彼女。

 異世界の魔王である彼女に、わかるはずのない、伝わるはずのない理由。

 それでも言わずにいられなかった。俺には、魔王を倒すことができないから――。


「…………?」


 そこで、なにか様子がおかしいことに気が付いた。

 目の前の魔王の……格好が変わっている。いつの間に着替えたんだろう。

 あれは制服だ。うちの学校の女子の制服だ。ついに服装まで同じになったのか。

 おかしいのはそれだけじゃない。だだっ広い魔王の間だったのに、夕陽の差す、別の意味で明るい、赤いけど、見慣れた……教室?


『3分経ったので、元の世界に戻ってきましたよ』


 …………えっ?


『魔王を倒すことはできなかったため、願い事は叶いません。ですが……どうもあの世界の魔王は、人間を滅ぼすのをやめたみたいですね。いつかまた、争いは起きるかもしれませんが、ひとまず世界の危機は免れたようです』


 ……え? それって、え?


『完全に救ったとは言えないので、やはり願い事は叶いませんが、代償もいりません。今回の願いは、無効にしておきますね』


 無効って……いやそれより、俺はいつ……。


『どのタイミングで戻ってきたか、ですか? そうですね、シュンタくんが「でも……俺はっ!!」って言った後です』


 ということは……。



 ――君のことが、ずっと好きだったんだ!!――



 あれは戻ってきてからだった?


「うわああぁぁぁ!」

「えっ! 三輪君……?」

「あっ、ご、ごめん、えっと……」


 しまった、思わず叫んでしまった。

 俺……早井さんに、告白したってことだよな? でも、……。


『願い事は叶えていませんよ。


 思い出す。俺は早井さんに、放課後教室に来てくれるよう、手紙で頼んだのだ。

 誰もいなくなった教室に、ちゃんと早井さんは来てくれた。

 そこで俺は、女神ハリアに願ったのだ。



 ――――



 魔王を倒すことができなかったから、ハリアは願いを叶えていないと言う。

 だけど、俺は早井さんに告白をしていた。


『もう一度言いますが、わたしはなにもしていません。願いを叶えていません。それでも告白できたのは……例えきっかけが魔王との戦いだったとしても、それは神の力と関係ない、シュンタくん自身の力です。シュンタくんは自分で、彼女に告白をしたんです』


 俺が、自分で……告白した。


『がんばってくださいね。ほら、なにか言わないと! 彼女が戸惑ってますよ!』


 そ、そうだ。俺はいきなり、好きだ、と言ってしまって(しかもそのあと叫び声を上げてしまって)、そこで止まっているんだった。


「早井さん!」

「は、はいっ」

「俺の気持ちは……今言った通りで。だから、俺と、付き合ってくれませんか!」


 先に好きだと言ってしまったからか。すんなり言うことができた。

 早井さんの顔が、頬だけでなく全体的に赤くなっていく。夕陽の中でもわかるくらい真っ赤だ。たぶん、いや間違いなく、自分も。


 恥ずかしそうに少し目を伏せて、早井さんが話し始める。


「あ……あのねっ。私、少し前から……三輪君のこと、気になってたの」

「えっ、ほ、ほんとに?」

「うん。こないだ、見ちゃって。子供に風船を取ってあげてたところ」

「風船……あ」


 何日か前に、子供が風船を手放してしまい、飛んでいったところを――ハリアに願って――ジャンプして、紐を掴んだ。

 あれを早井さんが見ていた?


「それもすごいなって思ったんだけど、そのあと、子供に笑いかける三輪君に……ちょっと、ドキッとしちゃって」

「は、早井さん……」


 むちゃくちゃ恥ずかしかった。

 そんなこと言われたの初めてだった。それも、好きな相手から!


『わたしも、いい笑顔だって言ったんですけどね……』


 そうだった。でもごめんハリア、今は少し黙ってて。


 早井さんはしばらく床を見つめていたけど、突然ハッと顔を上げる。


「あ、ご、ごめんね! 私なに言ってるんだろう、あはは……」

「いや……その、ありがとう」

「わ、私こそ! す……好きって言ってくれて、ありがとう。…………あの」


 チラッと目があって、お互い恥ずかしくて目を逸らす。それを何度か繰り返して、ようやく見つめ合うことができた。


「私ね、自分の気持ち……まだ、よくわからなくて」

「……うん」

「だからね、お、お付き合いして……三輪君のこと、もっと知りたいなって」

「早井さん……!」


 真っ赤な顔のまま、早井さんはとびきりの笑顔を見せてくれる。


「私なんかでよければ、よろしくお願いします」

「な、なんかじゃないよ! その……俺の方こそ、よろしくお願いします」




 こうして、俺と早井さんはつきあい始めることになった。

 それからが色々と大変だったんだけど……それはまた、別の話だ。


『シュンタくん、一つだけ聞いていいですか?』

「いいけど、なんだ? ハリア」

『どうして、って、願わなかったんですか?』

「それは……」

『あの時わたしが心配したのは、それなんです。上手くいくように願わなくて、いいのかなって。確認したかったんです』


「いやだって、それはダメだろう」


 俺は即答した。


『ダメ、といいますと?』

「告白が上手くいきますようにって、それ……早井さんの気持ちをねじ曲げちゃうことになるかもしれないだろ? 神の力で」


 顔は見えないけど、ハリアの驚いた雰囲気が伝わってくる。


『シュンタくん……。ふふっ、そうですね。きっと彼女も、シュンタくんのそういうところに惹かれたんですよ』

「なっ、なんだよいきなり。俺のそういうところって、どういうところだよ」

『わからないならいいんです。さあ、それよりなにか願い事はありませんか? なんでも願ってください!』

「ないよ。……あ、いや、一ついいか?」

『なんでしょう?』


 俺は先日買い換えたばかりのスマホを握りしめ、女神ハリアに願う。


「……早井さんをデートに誘う勇気が欲しい」


『あはは……まだまだ、シュンタくんには異世界を救ってもらえそうですね』


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異世界転移は願い事のために 告井 凪 @nagi_schier

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