第3話「異世界と可能性・秘めた願い」
女神ハリアはどんな願いも叶えてくれる。
課された試練――3分間で異世界を救うことができれば。
これまで俺は、いくつも小さな願いを叶えてきた。
そのいずれも、違う異世界だった。同じ世界は一度もなかった。
俺はそのことが気になり、ハリアに聞いてみることにした。
「ハリア。異世界って、いくつもあるもんなのか?」
『はい、ありますよ。無数にあります』
こっちの世界でハリアから話しかけてくることは滅多に無い。だが俺の方から話しかければ、ちゃんと応えてくれる。
『異世界というのはですね、可能性の世界なんです』
「可能性の世界……?」
『はい。こちらの世界の誰かが、こういう世界があると思ったら、その世界は存在するんです』
「それってつまり……誰かが妄想すると異世界が生まれる? いや、逆か?」
『どちらでもある、が正解ですね』
「鶏が先か卵が先か、みたいだな。よくわからないけど、とにかく無限にあると思っていいんだな」
『そうですね、人の可能性……想像は、無限大です』
「ま、便利なもんだよな。無限にあるなら、ちょうど救える世界を用意できるってことなんだから」
俺がそう言うと、ハリアは少しだけ黙って、おそるおそる尋ねてくる。
『あの……もしかしてシュンタくん、なにか勘違いをしていませんか?』
「勘違い……?」
『わたしがシュンタくんの願いを叶えるのは、それが世界を救った報酬だからです』
「世界を救った……報酬」
『そうです。三分間で世界を救う、これはゲームみたいに感じますよね』
最初からずっとそう感じていたけど、口に出したことはなかった。
ルールがそういう風に感じてしまうものだということは、ハリアもわかっていたらしい。
『でもですね、異世界は実在するんです。世界は本当に救われているんですよ』
「…………」
『だから報酬なのです。世界を救った英雄に、せめて願いを一つ叶えましょう。ということなのです。言い換えるなら、わたしは女神として世界を救って欲しい。シュンタくんは願い事を叶えるために世界を救う。そういうギブアンドテイクです』
「言い換える必要あったか? ……まぁいいけど」
言い方について俺がなにか言えるわけがなかった。
ゲーム感覚、もっと言ってしまえばギャンブルみたいだと思っていたのだから。
自分の願いが叶うか、なにかを失うか。
異世界がどうなるかまで、あまり気が回っていなかったのは確かなのだ。……3分間でその世界に思い入れを抱け、というのがまず無理な話ではあるんだけど。
「あれ? じゃあ失敗して、代償としてなにかを失うのは……」
『もちろんペナルティですよ。だって、世界を救えなかったんですよ? 神の力を借りても失敗したんですよ? 世界は大変なことになってしまいますし、わたしは大赤字です!』
「赤字とかそういうのやめろ。……でも、そうだよな。俺が魔王倒せなかったら、その世界は征服されるか、滅ぼされてしまう」
すでに滅ぼされた世界が、ある……。
『そういうことなのです。わたしとしても、なんとしても世界を救って欲しくて、お手伝いしているのですが……』
「ていうかさ、直接救えばいいだろ。女神様」
『ダメです! 神は直接手出ししてはいけないのです』
「……………………そう」
あれだけとんでもない力を与えておいて、直接手を出していないと言えるのだろうか。あんまり変わらない気がするんだけど。
『人の想像は、時に神の力を超えます。異世界は人の想像により創造された世界。救うのは、人でなくてはダメなのです』
「……異世界が存在するから想像するんじゃないのか?」
『どちらでもあると、お答えしたはずですよ?』
「むぅ」
ややこしくなってきた。
でも……なんとなく、ハリアの言いたいことはわかった。
もっともらしい言葉で言いくるめられている感はあるが、それでも。
人の想像は、人が超える。救えるのは神ではなく、人の力。想像力。
そんな風に言われたら、やるしかないじゃないか。
「最後に一つだけ、いい? 願い事が大きいと、試練の難易度……救うのが難しい異世界に飛ばされたりはしないんだよな?」
『はい。それはお約束します。願い事の内容で試練の難しさは変えません。むしろシュンタくんが救えそうな世界をピックアップしているつもりなんですけど……』
「うっ……」
思い返せば今までの試練、絶対に無理だろうという世界はなかった。無茶ぶりはしてくるけど、ハリアの与えてくれた力を使えば、もっと上手く使えていれば、失敗なんてしなかったはずだ。
「…………」
『どうしました? シュンタくん。なにか願い事ですか?』
「あぁ。決心がついたんだ。俺は……願うよ。今までで、一番大きな願いを叶えてもらう」
思い浮かべたのは、ひとりの女の子。
ハリアが取り憑いた時に、真っ先に思い付いた、その願い事を。
*
クラスメイトの早井真希さん。
高校に入学して、教室で彼女の姿を見て――、一目惚れした。
電撃が走った。この人しかいないと思った。俺は彼女に会うためにこの学校に入ったんだとまで思った。
彼女が中学時代からとても人気があり、密かにファンクラブまで存在することを知ったのは、しばらく経ってからだった。
俺はそれを聞いて頷いた。そりゃそうだ、あんなに可愛いんだから。
そんな人を好きになって、ミーハーなヤツだな、と思われるかもしれない。
でもそんなの構わない。周りにどう思われようと、好きになった自分の気持ちを変える必要はないはずだ。歪める必要はないはずだ。
だから俺はずっと彼女のことを見ていたし、ほとんど話をしたことがなくてもその恋を諦めようとはしなかった。
告白して、付き合いたい。恋人になりたい。強く強く、想い続けていた。
だから女神ハリアに取り憑かれた時、真っ先に思い浮かんだのは彼女のことだった。
今までの俺は、失敗してなにかを失うのが怖かった。
同等のなにか。その願いで、俺がどれだけのものを失うことになるのか、想像もできない。
恐ろしくて、その願いを叶えてもらうことはできなかった。
でも違う。本来は、失敗なんて許されないんだ。
異世界で魔王を倒す。失敗したらその世界は滅ぶ。
俺がしているのは、そういうことなんだ。
だからこれからは失敗しない。絶対に、魔王を倒す。
そう決めたから。俺は秘めていた願いを、叶えてもらうことにしたのだ。
「本当に、いいんですか?」
「ハリア……。なんだよ、いつもは願った瞬間、異世界に飛ばすクセに」
真っ暗闇のなか、目の前に女神ハリアが浮かんでいる。
取り憑かれた時もこうだった。時を止めているんだとか。
「さすがに確認したくなっちゃいますよ。願いが願いです」
「心配してくれてるのか? だったら大丈夫、俺は失敗しない。必ず魔王を倒してみせるよ」
「すごいやる気です! ……昨夜、異世界について話したからですか?」
「まぁな」
「でも、わたしが心配しているのは……」
「ん? なんだ?」
ハリアはなにかを言いかけて、首を振る。
「いえ、わかりました。それではこれから、異世界に飛びます。今のシュンタくんにうってつけの世界です」
「うってつけ……?」
「はい! せっかくなので、飛ぶ前に状況を説明しましょう。飛んだら目の前に魔王がいます。一騎打ちです。がんばってくださいね!」
「その事前説明、毎回お願いしたいんだけど」
「ではいきますよー! はいっ!」
ぱん、とハリアが手を叩くと、景色が変わった。
明るい。ここは……城? 説明から、きっと魔王城スタートだろうとは思っていた。魔王の城といえば、薄気味悪くて暗い広間、真っ赤な血のような絨毯が敷いてあるようなのを想像していた。でもここは明かりもばっちり、掃除も行き届いているのか床はぴっかぴかで清潔そうだ。真っ赤な絨毯だけは想像通りだが、周りがこうだと高貴で神聖なイメージになる。魔王の城というより、人間の城のようだった。
しかしだだっ広い広間には、中央に玉座があるだけだった。
その禍々しい形の玉座に、魔王が座っている。他には誰もいなかった。
魔王が、立ち上がる。
「貴様……勇者じゃな?」
「えっ……」
その顔を見て――俺は言葉を失った。
「どうやってこの魔王の間に直接乗り込んできたのかわからぬが、よかろう。わらわが直々に相手をしよう」
「う……そ、だ。なんで……」
口調も雰囲気も全然違う。だけど……その顔は。
早井真希さん。
彼女と、まったく同じ顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます