第2話「失敗の代償」


「おめでとうございます! 特に理由はないんですが、あなたに取り憑くことに決めました!」


 三輪みわ瞬太しゅんた、高校1年生。15歳。ある日突然、女神に取り憑かれた。

 有無を言わせず無理矢理に。


 女神の名はハリア。

 どんな願いも叶えてくれるが、代わりに異世界を救わなくてはいけない。

 それもたったの3分間。

 失敗すれば願いと同等のなにかを失うという、リスク付きで。


 リスクが高すぎて、俺には大きな願いごとはできなかった。

 もし事情を説明できる相手がいたら、チキンと笑われるだろう。


 でもそいつはわかってない。願いの大きさで、試練の難易度は変わらない。どの程度の願いなら確実に救えるというボーダーはないのだ。どんな願いだろうと、失敗はある。


 あれは、いくつか小さな願い事をしてみて、調子に乗ってきた頃のことだ。

 少しだけ大きな願い事をしてみよう。ステップアップだ。そう思い、願ったのは。


 ゲーム機のスケッチが手に入りますように。


 スケッチというのは、タブレット型ゲーム機だ。ものすごい人気で、品薄状態が続いている。せっかくお小遣いを貯めたのに買うことができず、悔しい思いをしていたのだ。


「ゲーム機ですか? わかりました! それじゃあ行きますよー!」


 ハリアは元気よくそう言うと、俺を異世界に飛ばした。その世界は――。



「シュンタくん、時間がないので巻きで説明します!」

「お、おう?」


 ハリアは早口で話し始める。


「この世界の魔王は地下にいます。魔王城は巨大地下迷宮になっていて、最奥に魔王がいるそうです。なので今回はシュンタくんに魔力感知能力を付与しました!」

「巨大地下迷宮なんだろ? いくら魔力感知できたって3分じゃ攻略できないよ」

「そうですね。なのでもう一つ、この魔法を授けます」


 ぴょんとハリアは肩に乗っかって、魔法の説明と呪文を教えてくれた。


「……なるほど。けどやっぱり厳しいぞ? どれが魔王の魔力かわからないじゃないか!」


 今立っている場所の地下に地下迷宮があるらしく、地面にぼわっと淡い光が見える。その真下にいるなにかがいるわけだが、魔王城、当然いるのは魔王だけじゃない。モンスターが何体もいるから、あちこち光っていた。


「一際大きく光っているのが魔王です! さあ時間がありませんよ! 探しましょー!」

「そういうことか……!」


 確かに光の大きさに差がある。魔力の強さで違うようだ。一番光っているのは……。


「これか? いやあれも同じくらい大きい……」


 四つ。同じくらい強い光を放っている魔力を見付けた。


「シュンタくん、急がないとです」


 迷っている暇はなさそうだ。俺は勘で光が強そうなのを選んで、真上に立つ。


「いくぞ! 『マ・シータ・ホーリー』!」


 唱えた瞬間、天から眩い光が――まるでサテライトレーザーのような光が降り注ぎ、足下の地面が溶けるように消えた。


「うぉぉ?!」


 ガクン、と体が落下を始める。


 敵の位置がわかっているのなら、地下迷宮なんて無視して真っ直ぐ掘り進んでしまえばいい。

 普通ならあり得ない反則のような攻略方法だが、それを可能にするのが神の力。


 ハリアから魔法の説明は受けていたけど、突然足元が消えて驚いてしまった。


 俺は落ちながら体勢を整え、剣を突き立てるように下に向ける。

 この真下に感じる魔力が魔王のものなら、このまま突き刺して終わり――。


「ぐぎゃああああああ!!」


 突き刺し、はっきり姿が見えた瞬間、ハズレだとわかった。

 そのモンスターは、体に布を一枚巻き付けているだけだった。紐でしばって服のつもりなのかもしれないが、俺はそれを服とは認めない。絶対に。

 そして、こんなみすぼらしい格好のモンスターが魔王のわけがない。


 ズシンと巨体が倒れる。モンスターの正体は巨大なオークだった。

 オークが絶命すると、俺の身体がふわっと浮き上がり、地上まで引っ張り上げられた。そこでようやく光が消える。


 今ので1分経ったくらいだろうか。まだチャンスはある。


「残念でしたね~。さあさあ迷ってる時間はないですよ!」


 ハリアの声に応えている余裕はなかった。強い魔力は残り三つ。そのうちの一つを選んで、呪文を唱える。


「『マ・シータ・ホーリー』!」


 天から光が降り注ぎ、俺は剣を突き立てた格好で落下する。

 これで当ててしまいたい。残り時間的に、もう2回は無理だろう。できてあと1回。つまり総当たりはできないのだ。


「ぐぼおおおおおぉぉぉ!」


 しかしまたしてもハズレだった。倒した瞬間わかった。

 今度のモンスターは実体がほぼ無かった。炎と冷気で構成されたモンスターで、中心にあったコアを破壊すると霧散した。姿はほとんど見えなかったが、炎と氷のモンスターが魔王だとは思えなかった。だからハズレだと思った。

 俺の推察は正しかったようで、地上に引き上げられると、ハリアは首を振ってハズレですと言った。


「残り1分切りましたよー。次でラストですね」


 強い魔力はあと二つ。もう、外すわけにはいかない。

 どっちだ? どっちが、魔王だ?

 俺はじっとその魔力を見つめて……


「ん……?」


 四つの魔力の位置。よく見ると、三つは綺麗な正三角形を結べる。そしてその中央に、四つ目の魔力がある。

 つまり……強力な三体のモンスターが、魔王を囲むようにして守っているのではないか?

 残っているのは、真ん中と外側の一つ。ならば狙うは真ん中――。


「……いや、違うな」


 地下は迷宮になっているという。中の道がどうなっているかはわからないが、最奥に魔王がいるのなら、その護衛は魔王を囲むのではなく、魔王の間の手前で守るはずだ。

 三体の護衛は、底辺を引き延ばした二等辺三角形のフォーメーションで魔王を守っているのではないか? つまり正解は――。


「真ん中じゃない。奥の方の魔力だ! 『マ・シータ・ホーリー』!」


 駆け寄り、魔法を唱え。

 落下、剣を、突き立てる。


「うひぎゃあぎゃぐぼおおぉぉ!」


 表現しがたい耳障りで奇妙な断末魔を聞いた瞬間、血の気が引いた。


 俺が刺したのは、猛禽類の翼を生やした細身のモンスター。悪魔のような見た目のそれは、いわゆるガーゴイルに分類されるのだろう。


 ハズレだこれ――。


 ガーゴイルだから魔王ではない? 魔王かもしれないじゃないか。

 そう思うかもしれない。でも俺はハズレだと確信したんだ。


(だって魔王の断末魔じゃないだろ……)


 あんな声をあげちゃう魔王なんて、いない。いるはずがない。いていいわけがない。

 だから声を聞いた瞬間、ハズレだと思ったのだ。


「シュンタくん、残念でしたね。そうですハズレなんです」

「真ん中が正解だったんだな……」

「この地下迷宮、ぐるっと回って強力な三体と戦わないと、魔王の間にたどり着かない作りになっているみたいですねー」

「そういう……ことかよ」


 三角形の頂点が一番奥だと思ってしまったのが、間違いだった。迷路が、中央が最奥ということもあり得る。

 考えすぎてしまった。素直に真ん中の魔力を選んでいれば……。


「あ、時間切れです。帰りますよー」

「あっ、ちょ、待って、もう一回――」


 今説明を聞いている間にギリギリもう一回できたんじゃないか、延長を――。


 そんな情けない懇願をする間もなく。

 無情にも、俺は元の世界に戻された。そして、



 


「……あれ?」


 異世界に飛ぶ前の俺は、学校からの帰り道、歩きながらスマホいじっていた。ゲーム機スケッチの当たる抽選に応募しようとしていたはずだ。なのに、手元からスマホが消えている。


 


 嫌な音がした。おそるおそる、道の脇にある排水溝を覗き込む。

 昨日は大雨だった。今日はいい天気だけど、排水溝にはまだ水が残っている。


「まさか……」


 異世界から戻った時、ドン、という衝撃があった。いつもはそんなのない。

 振り返ってみると、背の高いスーツ姿の男の人が駆けて行くのが見えた。そういえば時計を見ながら走ってくる人がいたような。


 衝撃、ぽちゃん。この二つが意味するところは……。


「あぁぁ! スマホがぁぁ!」


 あの人にぶつかって、手の中のスマホは水の溜まった排水溝にぽちゃん。


 俺は排水溝の格子の蓋を持ち上げて、スマホを救出する。

 が、完全に水没していたスマホは画面が真っ暗、電源ボタンを押してもなにも反応しなかった(後から知ったがこの電源を入れようとしたのが追い打ちになるらしい)。

 さすがに文句を言おうとしたが、スーツの男の人はもういなかった。


 ていうかそうだ、早井さんが写ってた教室の写真があったのに! うそだろ、それも消えたか?! 俺の……癒しが……。


「くっそぉぉ……これが失敗の代償なのか?」


『その通りです!』


 女神ハリアの声が頭に響く。

 ゲーム機スケッチが欲しいと願い、試練に失敗したら、スマホ(と写真データ)を失った。初めて失敗したが、本当に、同等のなにかを失うんだ!

 しかも失敗したら同じ願いは二度とできないというルールがある。スケッチが欲しいと願うことは、もうできない。あぁ……何重かわからないくらいショックだ。


『大丈夫ですか? 新しいスマホ願いますか?』


「願わないっての!」


 この時俺は誓ったのだ。

 女神ハリアに、大きな願い事はしない、と。


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