異世界転移は願い事のために
告井 凪
第1話「小さな願いと笑顔」
風船が飛んでいた。
近くには、手を伸ばし今にも泣き出しそうな男の子。
だから俺は、風船を取ってあげたいと、願ったんだ――。
*
「さあシュンタくん! ここから遠く海の向こうに、ちいさーく魔王城が見えますね?」
「見えるけど……」
眼前に広がる大海原。正面に円形の島があり、中央に黒い城らしきものが見える。
ここからだと小指の爪程の大きさだが、近付けばかなり大きいはずだ。
なにしろ魔王城。この世界の征服を企む魔王が棲んでいるのだから、小さいはずがない。
それがあんなに小さく見えるということは、とんでもなく遠くにあるということだ。
「さすがに無理じゃないか?」
「無理を可能にするのが、女神ハリアの役目です!」
俺の背中に魔法陣かなにかを書いていた(くすぐったかった)女神ハリア。
ふよふよと浮かび、俺の肩に乗る。
ずしり……とは、ならない。彼女の身長は30センチほど。人の頭くらいしかない小さな女神様。
最初はフェアリーかと思ったが、話を聞くと女神だという。
毎度無茶ぶりをする、俺に取り憑いた、女神。
「無茶を可能にって、確かにいつもそうだけどさ。今回ばかりは難しいよ。こんなに離れてちゃ、間に合わない。すでに1分近く経ってるし」
「だーいじょーぶです! 準備はできました、この呪文を唱えてください!」
ハリアが耳元で呪文を教えてくれる。なるほど、今回は魔法を仕込んでいるのか。
いつもなにかしら、チートのような能力や強力な魔法を付与してくれる。それでなんとかなる時もあれば、なんともならずに失敗することもある。今回は、その失敗パターンな気がしたが……。
「これを唱えれば、魔王城までひとっ飛びです!」
「あぁ、なるほど……」
ワープかなにかするんだろうか。転移魔法ってやつで。
だったら最初から魔王城スタートにしてくれればいいのに。
「さあさあ聖剣を構えて、呪文を唱えましょう! もう時間がありませんよ! あと1分!」
「げっ、もう2分経った!? よ、よし!」
魔王を倒す。制限時間は3分間。勝負は一瞬。やれるか、やれないか。
俺は腰に下げた聖剣を抜き、構える。
きっと魔王の目の前にワープさせるつもりだ。その瞬間剣を振ればいい。
「安心してください、狙いは完璧ですから!」
「よし……いくぞ! 『ヴーイ・オー・ビィ』!!」
ぐぉん!
唱えた瞬間、背中でなにかが渦巻いた。
わかる、俺みたいなヤツでもわかる。これが、魔力だ。魔力が渦を巻いている。
「なっ……? なんだ、これ? 嫌な予感がするんだけど」
見ると、ハリアはいつの間にか肩から降りて、俺から距離を取っていた。
「魔王城までひとっ飛び! かっ飛んでください、シュンタくん!」
「かっ……飛んで?」
ドンッ!!
次の瞬間、背中が爆発し俺は虚空に投げ出された。
「ワープじゃねぇのかよおおおおおぼぼぼばばばば!!」
噴火した。背中が噴火した。ジェットエンジンの如く吹き出した魔力が推進力となり超加速、身体をバラバラに――は、しなかったけど(たぶん魔法で守られている)、まともに声が出せなくなった。
(でもこの加速は――)
ジェットエンジンに例えたが、これはきっとそれ以上だ。ジェット機なんて乗ったこと無いけどわかる。現代の技術では例えることのできない、なにか。超越した魔法、神の力。
歯を食いしばり、前を見る。あんなに小さかった魔王城がぐんぐん大きくなる。近付いてくる。いや俺が近付いてるんだけど!
(やっぱ……めちゃくちゃデケェ!)
やることはわかった。
これはタイミングが大事だ。きっとその時はすぐに来る。一瞬後に来る。失敗は、許されない。柄を握る手に力を込めて。
聖剣を、真横に振り抜いた。
スパーーーーーーーーーンッ!!
魔王城最上階。ズシンという振動と共に、ずるずると滑り落ちていく。
それは中で玉座に座っていた魔王の胴体も、同じだった。
超加速+聖剣の力により、魔王は城もろとも真っ二つだ。
「お見事ー! シュンタくんさすがですね!」
「ハ、リ……」
背中の噴射が止まらず、まともに喋れない。
(ハリア! 止まらないんだけど!?)
「はい! この魔法は解けることがありません。でも大丈夫です! もうすぐ3分ですよ!」
(雑だなおい!)
それなら問題はないっちゃないが、そういう問題ではない。
3分で終わるからって、ムチャクチャするのはやめてくれ。
「さあ! 戻りますよ!」
スタッ。
俺は地面に着地した。
思わず固く握った拳を開きそうになって――慌てて閉じる。
かっ飛んでいたせいでぶっ飛びかけた、3分前のことを思い出して。
手の中に、聖剣ではなく風船の紐があるのを確認し、ほっと一息つく。
(届いたんだな……)
アスファルトの地面。紐から伸びる風船。呆然と見上げてくる男の子。
俺はしゃがんで、男の子の手を取り、風船の紐をしっかり握らせる。
「もう放すんじゃないぞ?」
「……うん! おにいちゃんありがとう!」
男の子は空いた方の手をぶんぶんと大きく振って、駆けていく。
「成功してよかったな……」
先程、男の子の手から風船が飛んでいくのを目撃してしまった俺は、すぐに願ったのだ。
ジャンプして、風船の紐に手が届きますように。
すると、俺に取り憑いた女神ハリアが、試練を課す。
異世界に飛び、3分間で世界を救え。世界を征服しようとする魔王を倒せ。
見事倒すことができれば、願いは叶う。
しかし、もし失敗すれば――願いと同等のなにかを失う。
(だからあんまり、大それたことは願えないんだよなぁ)
子供が泣かないように、風船を取ってあげる。
そんな小さい願いばかり、俺は叶え続けていた。
『小さな願いではありましたが、子供に風船を渡すシュンタくん、いい笑顔でしたよ!』
俺の中の女神ハリアが声を掛けてくる。
こっちの世界では姿を見せず、願い事の時以外は滅多に話しかけてこないのに。俺の思考を読んだようだ。
「そ、そりゃ……。いいだろ、別にそんなの」
『でも、本当になんでも願っていいんですよ?』
なんでも願っていい、か。
ふと、ひとりの女の子を思い浮かべてしまう。
かわいくて、クラスで一番、いいや学年で一番人気がある女の子。
「……いやいやいや」
言葉にしなかったそれを、もし願ってしまったら。
失敗の代償はどれだけ大きくなるのか……考えただけで恐ろしかった。
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