エピローグ

グレンの目覚め

 カプセルの引き戸が、スライドして開いた。

 銀色の装置から飛び起きた青年が、顔をしかめる。

「光が! いや。これは、オレの身体からだだ。ん? ここはどこだ?」

 メタリックな灰色の部屋。

 天井に照明が並ぶ。

 物が置かれていない。人影も見えない。

 あるのは、20度ほど傾いた2つのカプセルがついた装置。両方開いていて、右側には何も入っていない。

 黒い短髪の男性が、左のカプセルから出た。床を踏みしめる、クリーム色の靴。身長、約180センチメートル。灰色の迷彩服に身を包み、筋骨隆々とした身体からだ

 よく響く足音が近付いてくる。

「おはよう。グレンさん。やりましたね」

 身長、約170センチメートルの女性が言った。栗色くりいろのスーツ。鼠色ねずみいろのシャツに、メガネ姿。首に墨色すみいろのスカーフを巻いていた。

「え? やったって? クサリを壊して、ムネンが消えたのか? なんで知ってるんだ?」

 首を傾げる青年。表情には、ひたすら疑問符が浮かんでいた。

「なんで、って? 色々ありましたからね」

 女性の髪は、もみあげ部分が伸びている。銀色。手を引かれて、グレンは部屋の外に出た。窓はなかった。

「手、熱いぞ? 大丈夫か? 横になったほうが、いいぜ」

「大丈夫ですよ。温度が違ったみたい。意外と、大胆だいたんですね。グレンさん」

「言ってることもよく分からないし、服の流行が、ずいぶん変わってる気がするな」

 しばらく歩かされて、ディスプレイのある部屋に到着した。

「ほら。見て。これが、あなたが守った地球ですよ」

 黒い宇宙に浮かぶ、青い星が映っている。

 茶色や緑の陸よりも、複雑な形で広がる白い雲のほうが目立つ。

「これが地球か。出発のとき、見れなかったんだよな。まて。ここって宇宙コロニー?」

「気になります? では、地球に向かいましょう」

「向かうって、どうやって移動するんだ?」

「はい。着きましたよ」

 ものすごい速さで景色が変わった。ディスプレイには、ニューヨーク市の摩天楼まてんろうが映っている。

「どんな技術だよ! にしても、きれいだな。昔のままじゃないか」

「みなさん、頑張ったようです」

「いったい、あれから何年経ったんだ?」

「39年です」

 女性は微笑んでいた。

 グレンの表情は微妙なものになる。

「ああ。そうか。あいつら、まだ生きてるんだろうな?」

「では、会いにいきましょう」

「だから、なんで知ってるんだよ」


 ニュージャージー州のフォート・リーという街。

 かつてニューヨーク奪還作戦の司令部が置かれた、陸軍の基地がある。

 四角い深緑色の建物と、大きな工場が目立つ。

 上空からゆっくりと降りてきたのは、グレン。久しぶりの地球に着地した。

 あたたかい太陽の日差しは、東から降り注いでいる。

 気温は低い。辺りの木々は色付いていた。

「どんな降ろしかただよ。怖すぎるだろ。基地、いまは、どこの部隊のものなんだ?」

 見上げると、そこには何もなかった。

 頭のうしろをかいて、周りをきょろきょろと見渡す男性。

「ちょっと待て。オレ、部外者だろ。ここに降ろすのは、まずいぜ」

 ゆっくり背中を向けて、立ち去ろうとするグレン。

「なんで、挨拶もなしで逃げようとしてるのよ」

 かわいらしい声が聞こえてきた。

 振り返る。

 身長、約160センチメートルの女性が立っていた。前髪は顔を隠さない長さ。線は細くない。鍛えていることを窺わせる。首には褐色のスカーフ。

 グレンの表情が明るくなった。

「なんだ、夢か。いや、寒いから夢じゃないな。てことは、子供か孫? 似すぎだろ」

「もう。こっちに来なさい。グレン特技兵とくぎへい

 淡い茶色の髪をうしろで束ねた女性が、手を引いて歩き出す。二人とも灰色の迷彩服姿。

「39年経っても、特技兵とくぎへいなのか、オレ。陸軍って厳しいな」

「いいから。食堂に。行く!」

 兵舎に隣接する食堂。暖房で暖かい。ドアを開ける女性。二人が入ると、破裂音がした。

「なんだ? 模擬戦か?」

 グレンが部屋の中を眺めると、たくさんの人が並んでいた。

 紙製の筒を片手に持つ人が多い。もう片方の手でひもが引かれて、細い紙が飛び出していた。

 たくさんの笑顔を見て、グレンも笑顔になる。

「ああ。オレ、対消滅ついしょうめつに耐えられなかったんだな。精神が。それで、こんなものを見てるのか」

「それは、いまだ人類がなしえない技術だね」

 優しそうな声の男性が言った。身長、約170センチメートル。濃い茶色の髪は、最近切られていない。普通よりすこし伸びていた。紺色の上着に、濃い青色のパンツ姿。

「意識が、はっきりしていない可能性があります。目を覚まさせることを推奨します」

 よく通る声の女性が提案した。身長、約165センチメートル。金髪ミドルヘアで、色白。紺色の上着に、紺色のスカート姿。胸元から、わずかに白いシャツが覗く。

「うむ。目覚まし作戦を認める」

 渋い声の中年男性が許可した。髪型は七三分けで、すこし白髪交じり。紺色の上着。黄色い装飾が施されている。パンツは濃い青色。

「これは予想外。ワタシです。バーティバ=ツーです。グレンさん」

 入り口のドアを開けて、女性が入ってきた。サイドが伸びている銀髪。小豆色のスーツ姿で、下に着ているシャツは灰色。メガネをかけている。首には黒いスカーフ。

 うーん、と唸ったグレンが口を開く。

「39年経ってるんだろ? 嘘を言わないし、な。ケイ素生物は。説明してくれ」

「はい。超高速戦闘の結果、39年経過しているのは、事実です」

「みんな、見た目同じじゃないか。そうか。改造されたのか、みんな」

「いえ。地球の平和を守るため、時間を停止させていました。合わせて39年」

 バーティバ=ツーの言葉を受けて、各国のツインタイム使いも姿を見せた。

「まるで一瞬の出来事だ」

「言葉どおりですわ」

「信じてた、って言わないのか。俺に言わせるな」

「いいと思うよ。こういうのも」

「託した甲斐があった」

 グレンはすこし固まった。

「そうなら、そうって言えよ。なんで、あとから言うんだよ!」

「そうそう。これは、伊達だてメガネ。似合いますか?」

「地球の文化に馴染みすぎだろ。勉強熱心だな」

 すこし困ったような顔で笑うグレン。

 見守る兵士たちも笑っていた。イリヤも、ライラも、ホレイシオ将軍しょうぐんも。

「ちょっと、いつまで話してるのよ。いい加減、目が覚めたでしょ?」

「ああ。エリカ。悪い。寝ぼけてたみたいだ」

 両手を腰に当てて口をとがらせていたエリカが、手を上に上げる。首のスカーフを外した。右手に持つ。

「パーティーの主役なんだから。借りは、そこで返してよね」

 右手を握る。前に突き出した。

「はしゃぎすぎるなよ。ほどほどにしようぜ」

 グレンも右手を握った。前に突き出す。

 二人は拳を合わせた。


「あいつも、ここにいたらなあ」

「これ、見る?」

 情報端末じょうほうたんまつが取り出された。

 グレンとエリカが、窓際に立って顔を並べる。

 保存されている画像を見る二人。

 遠くから撮られた写真や、暗い基地。グレンとエリカが並んだ写真もある。

 しかし、肝心なものがない。持ち主が写っているのは、エリカが撮ったパワードスーツ姿だけ。

「本当に、オレには普通の人間にしか思えないぜ」

「……」

 何も言わず、エリカはグレンの胸に顔をうずめた。

 わずかに雪が舞う、窓の外。木の陰から、建物を眺める人影があった。

 空飛ぶ銀色の円盤が出没する基地。地元では有名なので、珍しいことではない。

 両手をあわせて、長方形のフレームが作られる。

 電子音は鳴らなかった。

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並列兵士 ツインエッジ 多田七究 @tada79

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