イツワリからの解放
バーティバの本来の
引き戸がスライドする。
銀色の部屋で、左側のカプセルが開いた。
クサリからすこし離れた場所。
衛星級マトクスター。とてつもない大きさの銀色の球体。後方支援用。
銀色の装置には、カプセルが2つある。
右側のカプセルに、赤橙色のメタリックなロボットが横になった。
左側のカプセルのそばに立つのは、同じ見た目のロボット。左側のスイッチを押す。
スライドする引き戸。
ふたたび、カプセルが閉じた。
中の時間が止まり、透明部分が黒くなる。生成される仮の
右側の引き戸が開く。カプセルから、長身で銀髪の男性が現れた。
「急がなくてはいけません」
小豆色のスーツ姿のバーティバが、格納庫へと向かった。
広い空間に立つハガネ。黒色のメタリックな巨大ロボット。
力の入った目で見つめるバーティバ。首元へ飛んだ。
恒星の輝きで、空が溢れている。
地上は、金属光沢のある灰色の風景。
もともとは青い惑星、クサリ。半径、約6300キロメートル。
大気はない。海もない。
炭素生物の存在を確認できない。光を放つロボットが、ひたすらぶつかり合っているだけ。
コピーした地球である、たくさんの亜地球を結ぶネットワーク、ムネンの中枢。
物質を操作し、太陽系のコピーを作りつづけている。
クサリの住人は肉体を捨て、集合体と化していた。銀河系を支配する、巨大なコンピュータ。
そこで、二体の巨人が戦っていた。
光を放ちながら拳を交える。全長、約13メートルの金属。追加装甲に覆われ、鋭さを上に向ける。
「武器を使わないのか?」
薄い黄色のDを操るグレンが、金属の左脚をのばした。光に包まれた蹴りが、薄紫色のアナザーDを捉える。鉱物の結晶に見える追加装甲が砕けた。
「人が気分良くしてるのに、水を差すな。面白い話をしてやるよ」
ウルフは、喋りながらも攻撃をやめない。腕がのばされる。
「おまえ――」
「クサリの連中は、長く生きられなかったらしいぜ。溢れてる光のせいで」
光る拳は、光に包まれた腕で防がれた。
「紫外線とか、宇宙線ってやつの影響か」
「らしいな。だから、こいつらは、肉体を捨てる道を選んだ」
アナザーDが左足を横に振る。Dが右腕を光で包んで防御した。
「それは否定しない。オレは」
「同意見だなぁ。別に、それはどうでもいい。俺も、な」
「ほかの星を巻き込むな、って話だ!」
Dが左腕を突き出す。アナザーDの右腕を捉えた。鉱物のような装甲が砕ける。
ウルフが笑い声をもらす。
「はっ。防衛装置を浮かべてる時点で、こいつらの負けは決まってる。そうだろ?」
「ああ。そうだな」
光をほとばしらせた右足が、回し蹴りを放った。薄紫色のアナザーDの胸部装甲をかすめ、削り取る。
「グレン! 一人で戦う気分はどうだ?」
「正直なところ、すこし、寂しいな!」
同時に拳をのばして、ぶつかり合った。
「頭の中の声が邪魔でよぉ。羨ましくて、たまらないぜ」
「オレは集合体になってないけど、声が聞こえるぜ。こんなところで負けるな! って」
光に包まれたひざを突き出す。アナザーDの腹部の装甲が割れた。
「羨ましい限りだぜ!」
心から楽しそうに叫ぶウルフ。かがやく右腕がのびる。Dの左腕の追加装甲が砕けた。
「冷静に相手を見るんだ!」
Dが右足で下段蹴りを繰り出す。アナザーDの左脚の装甲が割れた。
「そうだ。グレン」
「一気に畳みかけることを推奨する!」
うしろを向いたDが、左足を反時計回りに振る。光に包まれた足で、アナザーDの胸部装甲が砕けた。
「まだ、だぜ。俺は――」
「
コックピットのグレンが、薄緑色のパワードスーツ姿へと変わった。
Dが右手の指を伸ばし、まっすぐ突き出す。輝きを放ちながら。アナザーDの胸部を突き抜ける。背中から出て止まった。
反撃はない。
「甘いんだよ。グレン。さっさと止めを刺せ」
すでに開いていた左胸の穴から、Dの指が抜かれた。
金属光沢のある灰色の地表。
ムネンの中枢、クサリ。
動くものが見当たらない。最初の太陽系にある、最初の地球が変貌した姿。
そこで、二体の巨大ロボットが立ち尽くしていた。
Dと呼ばれる機体が、構えを解いた。追加装甲は、あちこちが砕けている。
「投降しろ」
巨大ロボットのコックピットで、グレンが言った。パワードスーツを解除して、灰色の迷彩服姿に戻る。筋骨隆々とした
といっても、本来の
ツインタイムによって、仮の
球形の空洞は、全面ディスプレイになっている。辺りの様子が映し出されていた。
薄紫色のロボットが前に立っている。
アナザーDと呼ばれる機体。追加装甲はボロボロ。全身にも、ひび割れが目立つ。
「ここまでくると、笑いしか出ねぇぞ」
操縦しているウルフは、笑っていた。濃い灰色の上着、深紫色のパンツ姿。首には長めの黒いスカーフ。ムネンの生物兵器。見た目は青年。
薄い黄色のDから声が聞こえた。
「
「知るか。自分で考えろ。俺は、疲れた」
アナザーDの追加装甲が消えて、丸みを帯びた元の姿に戻った。装甲は、いまにも砕けそうになっている。
ウルフは笑い続けていた。
笑い声が止んだ。
「何も思いつかないぜ。まいったな。声もしない。ケイ素生物の連中、やられたんじゃないだろうな?」
グレンが眉をひそめていると、丸みを帯びた巨人が殴りかかってきた。
「早く、攻撃しろ! 声が! 俺は、もう。グレン。頼む」
「ウルフ!」
アナザーDから声がしなくなった。淡々とDに近接攻撃をする。左腕に、光る刃を発生させた。
「完全に、ムネンに操られてるのか」
右腕のフォトンシールドで防いだグレンが、左腕からフォトンブレードを発生させた。すこし距離を取ろうとする。すぐに間合いを詰められた。
光る刃で攻撃を繰り返す、薄紫色のアナザーD。機械のような正確な動きを続ける。
「まるで、
コックピットで、金属の棒が握り締められた。敵の動きをよく見る。
一直線に胸部を狙う刃。
紙一重でかわしたグレン。間髪入れずに右腕を突き出す、薄い黄色のD。
「フォトンドライバー!」
拳がぶつかる寸前、杭打機のように、フォトンブレードが勢いよく射出された。胸部装甲の中心を捉えている。背中から突き出す光。
輝きを失う、薄紫色の左腕。
アナザーDの目から光が消えた。
「
バーティバの声がした。
Dのコックピットに立つグレンは、表情が明るくなった。すぐに考え込むような顔をする。
追加装甲に覆われていたDが、もとの丸みを帯びた形に戻った。薄い黄色の装甲は、あちこちが損傷していた。
「なんだ。この座標は。すぐ近くじゃないか」
ロボットが飛んできた。円柱に近い装甲で、全長はDと同じ。金属光沢のある黒色。ハガネ。ゴーグルをしているような目元に、すこし出っ張った口元。
Dのすぐ隣に並んで、手が差し伸べられる。
「ええ。実は、衛星級マトクスターに、ツインタイムを運び込んでいたのです」
「攻撃を受けたら、どうするつもりだったんだ。まあ、その話はあとだ」
グレンの話の途中で、ハガネのゴーグルが開いた。
中から銀髪の男性が出てきて、薄い黄色のDへ飛ぶ。
銀髪のバーティバは、Dに右手を触れた。左手でハガネの手に触れている。
「修復します。これから、クサリを破壊しましょう」
Dの胸部装甲が左右に開き、中の穴からグレンが出てきた。黒い短髪は、風になびかない。仮の
大気も海もないクサリ。仮の
「どうする? ビームで撃っても、バラバラにするのは無理そうだぜ」
Dが直った。ケイ素生物の驚異的な演算能力によって。ツインタイムの物質変化能力を使うことで、分子構造すら変えられる。
ハガネの物質が修理に使われていた。
長身で細身のバーティバは、横たわるアナザーDを見ている。
「一気に破壊しなければ、ムネンにバグが生じて、何が起こるか予想できません」
「なんだって? そういうことは、先に言えよ」
小豆色のスーツ姿のバーティバは、すこし眉を下げた。グレンを見つめる。
「衛星級マトクスターを反物質にして、ぶつける案があったのですが――」
「ツインタイム、っていうか、本体があるんじゃないのか? そんなの、やらないぞ」
「そう言われると思って、別の手を考えました」
グレンが、息を吐き出す動作をおこなう。
「どういう手だ? オレ、さっぱり思いつかなくて、困ってたんだ」
「クサリの一部を反物質にして、
バーティバの言葉に、グレンはすこし考えた。
「ちょっと待て。そんなことして、マトクスターは大丈夫なのか?」
「問題ありません。さあ。やりましょう」
バーティバの表情は真剣だった。
「ツインタイムは、運び出してるのか? というか、あれに誰か乗ってるのか?」
「問題ありません。再び、ウルフの
すこし困ったような顔をしたグレンは、微笑んだ。
宙に浮くバーティバ。クサリの、ある座標を目指す。
「クサリは、太陽の周りを公転しています。秒速、約30キロメートルです」
「それで、どうする?」
薄い黄色のDの胸部装甲を開けて、グレンが乗り込んだ。両手それぞれに金属の棒を握る。口を強く閉じた。
全方向ディスプレイに、遠ざかるバーティバが映っている。
「ワタシが、進行方向の逆を反物質に変化させるので、反対側から押してください」
「無茶言ってくれるな。クレイジーだぜ」
グレンは笑った。
ディスプレイにバーティバの座標が表示されている。操縦して、反対側へとDを飛ばすグレン。
バーティバの移動が止まった。
重力制御により移動は素早い。ちょうど裏側の位置で、グレンも止まった。
「準備は、よろしいですか?」
「ああ。やるぞ。ダブル! アクセル!」
Dシリーズ・タイプAの目が強く光った。
アレカヤシの葉のような、
頭部も変化した。燃える髪が逆立っているかのごとく、荒々しい。角張ったマスクのような口元。
重力制御装置を使って、地表と平行に向いた。
地に足をつけていない、正反対のバーティバ。地表に対して平行に浮いていた。銀髪も、小豆色のスーツも、ネクタイも揺れない。左手をクサリに触れる。軽く目を閉じて、開いた。
「では、いきます」
「リミッター解除。頼むぜ、相棒!」
すこし離れた場所に浮かぶ、銀色の球体。全長、約1700キロメートル。
衛星級マトクスター。
後方からの支援用。ウェーブリアクターの最大出力、1000ギガクーロン・ボルト。50基搭載している。エネルギーがDに
追加装甲がさらに変化。両腕に現れる光の筋。
かがやく黄色の機体が手を構える。
重力制御装置を全開で使う準備、完了。
変化は一瞬だった。
金属光沢のある灰色の星が、クサリの半分近くが、反物質へと変わった。
コックピットに映る、バーティバの表示が消えた。
「こんな石ころ1つ、押せないようじゃ、笑われちまうぜ。そうだろ。バーティバ」
叫ぶグレン。
Dのスラスターは全開。
装甲が変形。さらに上がる出力。
重力制御を使い、進行方向からクサリが押された。
はじける光。
とてつもないエネルギーが発生して、飲み込まれていくDとグレン。
クサリは断ち切られ、消滅した。
ムネンに囚われていた、亜地球の人々は解放された。
いや。それぞれが地球という惑星になった。
本当の歴史は、これから始まる。
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