短編 - もう平和なんだからさあ

TamoreS

第三次世界大戦終戦後、世界は完全な平和に包まれた。

 ついに宇宙との第三次世界大戦。だが半年後に、すんなりと終戦。

宇宙人と地球人はヒョンな共通認識によって和解し共存、赤血と緑血の混血が新人類と化した。


「これで平和を脅かすものが世界のどこにも居なくなるのならば是非。ただ……どうしてもバカは争いを求めますが、そんなヤツらは自らの所業を見て顔を真っ赤にするだけなので余り気にする事は無いと思われますが、そんな時こそ宇宙の猛威を思い出させて下さい。私たち人間は宇宙の余りの広さを知ろうとしないだけなのです。ただただ、おっかないので」


 あれから幾ら経った……? おれはいま幾つだ……? まだ死ねないのか……?

おれがそんなお前をもっと早く理解してやれれば、おれが死ぬはずだったってのに。

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 古城の中に過去最強と呼ばれた男が独りぽつんと玉座に座って居た。城とは名ばかりで外壁はハチの巣みたいに穴だらけ、中は草花が生い茂り虫が蜜を吸いに来る廃墟であるが玉座の周りも荒れ放題で、酒瓶と戦友たちの遺品が乱雑に投げ捨てられているのでもはや美しく在るべき筈の廃墟とも呼ぶに相応しくない、それぞれが戦い抜いたという記念館と呼ぶにも余りに荒れ果て、ただしっかりあるものといえば雨漏りしない屋根だけである。


 そんな中、ドロリと輝く玉座にぽつねんと座っている男はやつ当たりも呆れ果てて居てただボーッと、傷だらけで純金の筈なのに銅メッキみたく成ってしまった玉座に肘を掛け足を組んだり組み直したり、無精髭を撫でながらウ―ンと唸ったりと……その姿はまるで放心状態であるが、ただ一つを胸に待ち焦がれていた。それは自害以外の死の在り方だ。


 最強であるが故に彼は死ねないのだ。仲間の死に際の顔を見て、使いの老衰の死も見て来ながら、彼は世界上で最も強いが故に死ぬ事も、殺される事も出来なかった。もちろん最強の自分に付いている手で自害するのは容易い事だ。だが彼は自害など逃げだと嫌い、飲まず食わずして餓死を妥協した事もあったが、にっくき第三次世界大戦終戦から今まで喉が渇いたって腹を鳴らしたってジッと我慢してもなお生きているからして、彼は肉体や頭脳の他に臓器まで最強であると気付き、絶望した。どんなに頑張ったって足掻いたって首を切られたって頭を撃たれたって自らの手を以ってしなければ死ぬ事が出来ないのだ。

 自らの手とは無論おてての事である。方法とは単純に其の最強の手で最強の身体を破壊する事だが、彼の弱点である『心』を破壊しなければそれは無理なのだ。心の居場所とはアタマの中に在ると誰もが良くそう例えるが、本当は違うのだ。心の在り処は自身の中に無く、専用の施設の中に在り、更に施設は他人の身体の中に存在する。だから人情という心が、昔は色濃くあったのだ。心とは、音楽や会話といった波長で動いたりするものだ。


 だから彼にも誰かの心を持ち合わせていて、彼の心は誰かが持ち合わせ、揺らされたりするから感情が生まれる筈なのに、どうやら彼の心は余り動かない為、施設から落っこちたかしてしまっただろう。彼の心は唯一の弱点だ、踏まれたり盗まれて弄ばれたりすればどうなるか解らない。このまま死ぬのか生きようとするのかさえ、彼は判らないで居る。




「ぐっ……ぐっ……嗚呼、また来やがったか畜生!」

 彼は涙をこぼしてしまうので酒を飲む。彼の考えはこうだ。第三次世界大戦を起こした悪いエイリアンの誰かが自分の心を宇宙のどこかに持っていかれて成す術がない、そして宇宙ステーションは破壊され宇宙船の設計図も消えてしまい、地球はエイリアンと人類が和解し共存してしまったからこう酒を飲みながら我が城の中、ずうっと待つしかないと。


 彼の弱点である心は、最強である身体と引き換えに最弱であるのだ。人見知りであり、世界共通語である地宙語を完璧に覚えた頭脳があっても、対面してしっかり会話する心、コミュニケーションが出来なければ攻撃できる最強の身体も同様に意味を成さないのだ。




「ああ、ああ……くっそ!」

 彼が城を出る時といえば、酒を買いに行く時くらいだ。彼は残り少ない軍人の生き残りであるが故に金には困っていないのだが、緑色の血と赤色の血が混ざった今の人類から、あん時は凄かったんだけどねえ。落ちぶれたねえ等と小言をいわれながら酒をまとめ買いすると決まって、お前らにおれの何がわかる! と吐いてチップを置いて帰るのだから、そりゃあ無理もなく相手もチップ欲しさにワザと小言をいうのである。それで痛める所は何処かと問うならば絶対に心なのである。彼の心の持ち主は最寄りの緑酒屋りょくしゅやの中のひとりなのだ。名前はアイアムという少女で、アイアムは彼の事など心など露知らず酒を造る。



「パパ、量はコレくらい?」

「いや、もっとだ。こういうのは一気にやらないとダメなんだ、貸せ」

「うーん、やっぱり! 私もうやーめた!」

「ふてくされるんじゃない、さっきのおじさんは一杯買ってくれただろ」

「ふてくされてるんじゃなくて、私に合ってないんだって! この仕事!」

「じゃあ何がしたい。いってみろ、ほら」

「…………もう良い!」



 少女アイアムは不貞腐れては自分の部屋にこもる繰り返しの毎日。男女同権とかいって女も仕事を強いられる世の中と父の仕事を継がねばならない不平を感じて、耐え兼ねなくなってくる頃合いだが、それでも父の造る酒は好きだった。父は三代目で、ずっと男系であったが人為教信者の過激派の母モルランはアイアムを産んでからエイリアンとの対談中『これがヒトなのだ!』と腹を切って血の色を見せ、子供が産めない身体になってしまい新聞等では賛否両論の大ニュースにはなったが父は余りに差別が過ぎると離婚したのだ。


 アイアムはそんな人の中で産まれた今時めずらしい赤血人間であった。それでも、幾ら何でも勝手過ぎるとアイアムは飲みながら父を恨む。何故なら正に今の時代に差別されているのは真っ赤の血で、茶色い血が汚らしいと思うのは当然、ママは絶対ヒーローだと。



「やってる事と言ってる事が違うよ、ねー? ソレハアンタモ。……お互い様だよ」

 グレイエイリアンのぬいぐるみと喋りながら緑酒を飲むアイアムは、実はもう四代目になると、なるしかないと決めていた。学校は絶対イジメの種になるからと赤血受付禁止、他に仕事を探すったって強いて言えば新聞配達くらいだ。そんな面倒をするならと家業を継ぐしかない世知辛い世の中の消去法で、面倒臭くても我慢して自分でも大好きな地酒、緑酒○×△□を父から教わってゆく方が筋だと。ただ気掛かりなのは父の教え方だった。




『良いかアイアム、地球人はパパもだが視野の狭い人種だ。宇宙になんて未だ数えきれていない人種が沢山いる中で、緑の血を流すヤツはどれくらい居ると思う? 違う、億だ。その億いる人種の人口を数えればもう途方も無い位だ。そいつ等がどれだけ地球を壊して来たと思う? 違う、兆でもない京よりもっとだ。だから俺たち地球人はブランド品で、数多居る宇宙人はカスもカス、粗悪品だ。良いかアイアム、要らない奴は要らないという言葉を覚えておけ。そんなカス粗悪品の要らない宇宙人の活き活きした緑の生き血を我々数少ないブランドが昇華させてやる素晴らしい仕事、ブランドを喜ばせて儲けられる仕事。

それがパパの仕事なんだ。良いか、要らない奴は要らない。言ってみろ』



「それを子供に言わせるか!」……酔いも調子付いて独り愚痴をする少女アイアムは其の言葉が妙に頭から離れずに居る。そう赤ん坊エイリアンの首を切りながら冷酷にいう様は子供には強過ぎていて、いつか、父が自分の首さえも切るのではないかと冷や冷やするも当然であるが、今やアイアムも人型ではないエイリアンなら切って緑色した溢れ出る血を見ても当たり前になっているのだから慣れとは恐ろしいものだ。ただ人間もエイリアンも血の臭いは等しく気持ち悪くて受け付けないものであるから逆に、臭いを克服すればもう父の側に立ってバイト代を貰える立場にある。それは、人間も平気な顔して殺せるという事実で、少女であったってアイアムの携える心は強いこと他ならない裏付けであるのだ。


 心が何処に在っても成長しないワケが無い。特に思春期は揺れ動く成長が著しいもの。だから玉座に座って涙こぼしながら緑酒を飲む彼の考えは間違っているのだ、何事も動く事から始まり、終わり、出会っては別れ……その繰り返しで歴史というものが存在する。



 歴史に名を刻んだ彼は、もうそんなの良いと待っているだけの彼は、本当に落ちぶれたものであり、何ら最強とはいえない甘ったれだが、彼にも思う所は幾つかある。一つは、もう誰一人として失いたくないという怯え。もう一つは、自分にも緑の血が少なからずも流れている……というのは第三次世界大戦中、彼の身体には一瞬だが寄生型エイリアンに侵入を許してしまった過去が一度だけあり、寄生型エイリアンとは種類様々ではあるが、その中には確かに人間をエイリアンに乗っ取られ変態し、仲間を装い味方陣地を食い荒らして一度に占拠する、蚊がウイルスを運ぶ様な一番に厄介なヤツが居た。彼は入って来た血管が通っている腕の表面を器用に削ぎ落としたが未だに懸念だけでは手遅れで、彼には緑色の血が通っていた。だから最強の男と呼ばれる迄になったのだが彼は知らずに居る。



「アイアム!」

「ひっく。はーい?」

「宅配だ、さっきの『おれの何が分かるおじさん』のチップが多過ぎてこっちのメンツが立たねえ。アレもお得意さんになっちまって、新作にしようとしてるのをサービスとして持って行け。そしてちゃんと怒らせて来ないとお前に駄賃はない」

「場所とタバコ一箱」

「場所はあの幽霊城だ」


「ふぅーっ。あんなとこに居るんだ、あの何が分かるおじさん!」

 包装された緑酒を持った少女はポッケに安いタバコ一箱とお気に入りのジッポを入れて原付バイクを走らせる。幽霊城の噂はかねがね聞いていて怖いけど真っ昼間だし

……あの何が分かるおじさんだし……と長い髪を風になびかせて、父の様な小言みたいに金を撒き散らかさせる台詞を考えながらアイアムはおっかなびっくりで居た。信号待ちでタバコに火を点けながら、女の私を普通行かすか? という思春期特有の自意識過剰が起こす疑問と共に、あのおじさんを怒らせてチップを貰えたとしても殴りかかってきたらお終いだろコッチには武器なんて……アイアムはどんどん不安になりながらも森の中を突っ走った。




「ここ……。すいませーん! 誰か居らっしゃいますかーっ!」

 幽霊城に着けば臭いが酷く、壁も穴ぼこなので黄色い声を門から響かせるも人の気配がいまいちピンとこない。幽霊城の名を馳せている所はココ以外に無いが、もしや間違えて来てしまったのかと自分の記憶を弄ったりして自分の存在もあやふやになってくる位までシーン……と、静かな森の奥地にある古城。動物や乞食エイリアンの気配の方が強くなるので、もう一度だけ叫び呼ぶ程が自分の身の危険とバイト代ほしさの限度だった。原付に寄り掛かって木々を見ながらアイアムはまたタバコに火を点け、コッチだって宅配の身だドンと構えてタバコを吸い終え、二度目のコールで出て来なければ時間っつーもんがあると腹を括った。緑の中でのタバコの味は最高ではあるが死ぬか生きるかの境に自分が居るのではバイト代なんてこの父の新作緑酒を独り占めするだけで良い位、おっかないのだ。



「……やっと、来てくれたんだな」

「はあ? もうコッチは帰ろうとしてましたよ、余りウチをなめないで欲しいですね」


「……すまん」という彼がずっと今まで顔を出さなかったのは、興奮のあまり鼻息荒くし身体を奮い立たせられていたからだった。涙が止まって黄色い声もちゃんと聴こえていたが、死ねるとなれば彼なりの正装をして少女に自分の愛銃を持たせ一撃死。それで彼は綺麗に死ねると勘違いしていたのだが、まさかこんな少女が自分の心の持ち主だったとは予想外であって、ビックリされるだろうと一応の説明をしたく城の中で話をしたかった。



「いやココで良いでしょう。何故、私がもうこっからでも臭う城の中に……いや既にもう臭いんですよオジサン自体が!」

「臭い……か……ちゃんとおれなりの正装なんだが」

「臭いです。何かがすえたニオイで鼻が曲がりそうですよ、中なんかもっとでしょう」

「おれは……。失礼だがそのタバコの方が臭く感じる」


「ふうっ……そうですか! はい、緑酒の新作を届けてくれと、私はそういわれてココに来ましたから。はいちゃんと渡しました、はいサヨナラ!」

「待ってくれ! では臭くない衣服を買って来てはくれないか、それまでに城もちゃんと掃除をする……だから、この通りなんだ……」

 アイアムは臭いが余りにきつくて、そんなのが自分の吸っている安タバコの方が臭いといわれるものだから怒り心頭でさっさと帰ろうとした所、彼の怪力で原付バイクを奪われ男のクセに泣かれる様を見ているともう見て居られなく、仕方なく服屋へ買いに行くしか、それも徒歩で行かざるを得なくなってしまった。彼は片手に原付を抱えながらポケットの中を弄り出て来たくさいお金は、いつもなら大金を撒く筈なのに今回はギリギリある程度本当に服とズボンを買える程しか渡されなくバイト代にしては安過ぎる。更に足の原付を奪われてしまえばウチまで遠過ぎて帰るより森から出てある服屋の方が近いと来たのだ。


「何だよ、あんのクサじじい! ペッ! ぺペぺッ!」


 それよりも臭いといわれたタバコにまた火を点けて徒歩で森を出るアイアムは舌うちと独り愚痴を繰り返しながら一番近かった今にも潰れそうで今にも倒れそうなおばちゃんがやっている服屋に入り安物で済まそうとする前にちょっとココ近辺でのオジサンの噂を、ソレと年代が近く見えるおばちゃんに若干の好奇心が働いて、訊ねて状況判断を試みる。


「あ~、あのハンサムさんかい? あなたモノ好きね、もしかしてお孫さん?」

「んなワケないですよ、ただのウチのお得意さんです。知ってますよね緑酒○×△□」


「あ~、あの人もハンサムさんだったね~。じゃあ、そのお孫さん?」

「爺ちゃんから見ればそうですね。いや、そんなのどーでも良いんですよ、今聞いてる事は分かります? あの森の中の幽霊城のオジサンはどうしてあんな所に居るのかと」


「あ~。あの人ならサイズは……あ~はは、老眼鏡わすれてたわ~」


 何の情報も得られず、おばちゃんが勝手に服を選んで買った金額でピッタリ無くなってしまった。アイアムが感じたのは、おばちゃんはただボケているワケじゃなく何だか触れない様にしているみたいな、腫れモノに触らん方が良いよといっているみたいなもので、紙袋片手にガソリンスタンドの兄ちゃんや交番の警官に訊こうとしても皆一様に、話題を露骨に逸らそうとしている事がみえみえで、それを確かにして城に戻る迄の道中、乞食のエイリアンが片言でオマゴサン、ヤット、ソトデタ? というのでそういえば孫と間違えられまくったのも露骨だった事を思い出し、私は○×△□の孫だぞと脅すとエイリアンがぴゃーっと一目散に逃げて行って静まり返る。アイアムにはまだ、彼奴は戦争中に妻子を失くしたんだな位に考えられなく、見せつける様にまたタバコに火を点け思い切り吸う。



 これだけ時間を潰したのだから掃除は終わっただろうと、森の中での深呼吸は美味しい空気が吸える筈なのに、その吸う空気の中にイガイガしたものをアイアムは感じて、城に着けばイガイガの答えが見つかった。イラついていたからか単に酒とタバコののみ過ぎでアイアムの喉が乾いてしまって居た。城の穴ぼこからは未だに臭いが漂ってくるが、それよりも喉を潤したいアイアムは矢張り少女であった。血の臭いに慣れている所為もあって彼の気立てを微塵も感じずに大きな階段をよいしょよいしょと登り、また大きな扉の前にさっき持っていかれた原付バイクがちょこんと置かれていたが、こんな穴ぼこの城に水道なんて通っているワケない事も薄々勘付いていたが汗ばんで水分を奪われた小さな身体の力を振り絞り、おじさーんっ! と叫ぶ声は何だか本当に彼の孫みたいな使い方である。


「ありがとう。ありがとう。では掛けてくれ」

「掛けますけど、私はいま客人の立場なんですか」と冷えた湧水をがぶがぶ飲み治まったアイアムがそう思うのも当然、彼が玉座に座る事は経験上もう身に染みいっているもので玉座の前に食卓にある様な小さな木の椅子に掛けるアイアムは客人というよりも使用人が王様から説教を喰らっている光景の中みたいな身分差を感じる扱いを受けている事に彼は全く気付かずに居て、新酒を共にまず頂こうか。とキレイにしたグラスを玉座から少女に渡す時に降りた段差でやっと、自分の心の恩人である少女との距離が遠いかなと考えた後、嗚呼、なるべく穏やかにいきたかったのに。と、その間何分かではあったが遅かった。



「良いですか! はなから私はその新酒を父からあなたに届けておくれと、そう頼まれてここに来たんです。ただそれだけの事からあなたの服やズボンを買いに行かされて、私は既に知っているんです、あなたはこの城に引き籠っていると! 掃除したかもしれませんが酒瓶が二三ころがっている所を見ますと相当な酒癖だろうとも分かりましたよ、そして戦争中に色々あったか知りませんが、あなたの頭はソコで止まっていますね!」


「……いわれてみれば、その通りだ。だが一寸、少しだけ、落ち着いて欲しいんだ」


「過去に何があったかがどうかは私には解りかねますがね、私の眼には、あなたはとても立派には見えない! もしそうでないのなら今頃あなたは人間としての誇りを捨てずに、掃除も然る事ながら今にも崩れそうなこの城を建て直したり何なりキレイにしてある筈でこんな誰でも分かる事を私なんかに説教されたらば普通そんな落ち着いてなんて居られないでしょうに! あなたは人間性すらも失いかけている事すら明らかなんですよ!」



「……全くその通りなんだ。だが一寸、どうかこの新酒を飲んで落ち着いて欲しい」彼は少女のいう事の殆どに図星を突かれながら、それもこんな華奢な少女に説教されていても自分が落ち着いている理由をただ話し打ち解けて死にたいだけなのに物事は一筋縄でいかないものだと痛感しながら黄色い声を止ませるのに必死になって、彼女の座る椅子と同じ椅子を持ってきて座り直し、深々と頭を下げたり、小さなテーブルを持ってきてグラスに新酒を注いでやったり、鉄板を曲げて灰皿を拵えてやったりと

……少女の思う壺だった。


「ふーっ。おじさんさ、どしてこんなに私に良くしてくれるの?」少女はまたもタバコに火を点け悟られぬように、実はおっかなびっくりで居た。少女もただ彼を怒らせて御金をばらまく姿みたさに色々いっていたというのに、逆にもっといってくれと言わんばかりの待遇なので不気味と思うのも、何ひとつ無理はない。自分は冷たい湧水を飲ませてくれてテーブルに肘を掛けて父の新酒の味を堪能しながら今、タバコを吸い出す身で居るのだ。



「……どこから話して良いのやら、おれは今まで何も考えずに居た。だが……時が来たという事は確かだ。ただ、穏やかに理解を求めるには中々、難しいものだな……」

「一応きいておくけれど……ロリコン……というワケじゃなさそうだね」

「ロリコン……という意味は、おれには分からないんだが……タバコを一本くれないか」

「良いよ、そして飲みなよ。そういう時の酒でしょうに」


「いや……だが……」テーブルにコロンと転がったタバコが一応もってきたマイグラスに当たって飲む事を許された気になった彼の胸中は複雑だった。ずっと死ぬ為に待っていた所に色んな図星を指した少女が自分の知らない事をたくさん思い知らされて、己の甘さがその様な至らなさを生んでしまった、このまま死ぬのは実に甘ったれた死、それでどんな顔して戦友の許へゆけるかと。この聡明な少女とは一期一会の間柄でないが、彼の考えは一変して死ぬ事に恐怖を感じる迄になってしまい、少女アイアムは最強と名を馳せた男の延命をしてやれたのだった。彼は涙をこぼしながら手を震わして口にタバコを咥えると、少女がジッポの油を燃やして火を点けてくれる……ああ幸せだ……彼は心底そう感じた。先に臭いと感じていたタバコを久々に吸うと、声に出てしまうほど美味いものであった。



「君は、名を何と……失礼、おれはエイドリアン。エイリアンと呼んで良い」

「えらく古い名前だね、私はアイアム。皮肉なもんだねーって! 私はこんな落ち着いて居らんないんだった! パパにまた怒られるしバイト代も出なかったし! 良いですかエイリアンは共食いが出来る、おじさんはもっとウチに貢献しなさい。また」


「うん。また……」少女の眼にはエイドリアンが元あった軍人の姿を一瞬うつしたみたいだったが錯覚だと気付いてしまうのは服屋のおばちゃんが仕立てたジャージ姿の所為だ。原付を階段下まで降ろすのは階段が大きいお陰で楽なものだったが、そこから随分と楽でない日常が待っている。もう陽が落ちかけて森は暗くなって、原付のスピードを速めると共に父の説教が早まるアイアムは髪をなびかせながら、エイドリアンおじさんに一方的に嫌みったらしくいった言葉たちの中に真実が眠っていたのかもしれないと感じる私は家を継ぐよりカウンセラーや占い師が向いているのかも。そう心が揺れると彼はまた泣いた。






「ミスターエイドリアン。こんなに買ってくれるのはウチとしてとても助かるがね、君は手を震わして、もうアル中だろう。医者に診て貰った方が絶対に良い」

「おれは客だ。酒屋店主が客に酒を売らないとは一体どういう了見だ、ビジネスの破綻がご希望か。おれは、手前味噌ではあるが一番に売上に貢献している筈だろう」

「ですがね、わたくし酒屋店主からして明らかに来る頻度も買う量も多くなってきている事実は否めない。緑酒○×△□のブランドに傷がついてしまう瀬戸際なんですよ」


「客のおれの知った事か」

「お得意様であるからこそです。君がアル中になれば、どうせ店主である私の所為にして訴えるでしょうな。『あいつの酒が美味過ぎてアル中になった責任を取れ』と」

「お前におれの何が分かる……お前なんかにおれの……倍の金だ、袋に詰めろ」


「ハッハッハ、ありがとうミスターエイドリアン。責任も取れそうだあ」爽やかな笑顔が人気の父の交渉はさすがにやりすぎだ。とアイアムは裏で盗み聞きしながら怯えていた。

 彼の城に宅配に行きウチに貢献しろといって以来、店主からしてでなくとも来る頻度も買う量も明らかに増えてしまって、それを自分でいった手前ことばを選ばないといけない考えて喋らないといけないと父の巧みな会話術を聞いてもっとそう思う様になっていた。



 それは明らかな心の成長である。少女は思春期まっただ中である為より一層、可哀想だと彼の背中を見て、そう思ってしまうのだ。それは愛だ恋だとは少し違って、母性の様なそれも一寸ちがう様な、ただエイドリアンを見る眼差しが独特な変容をしただけの事だがそれも一寸ちがう様な気がしてしまう形容し難いむずかしい年頃であるのは確かである。


「アイアム、こうやって巧くやってやらんといけない。余りコッチ側からべらべら喋るとまあ何をそんなにいったのかは訊かんが、あれからエイドリアンは使命感ただよわせる程買うようになり、確かに貢献にはなっているが、色々と風評被害に繋がっているのも確かなんだ。やれホームレス御用達の店○×△□、やれ緑酒○×△□にはリラックス成分配合とか何とか他の客からは、ウチは出来るだけ安価で売って量で稼ぐ商法でやっているからそんな嫌味をいうヤツも出て来た。その商法は先代先々代からのものだから今更かえられないし、本当に彼には助かっているが――」と娘にも小言をいう様になってしまったが、そこまで言ってニヤリと笑い手をポンと叩いた。逆に考えれば彼の身なりをキレイにしてスーツ姿で夜に買いに来てくれる様になれば風評被害は薄れてちゃんとビジネスになる、そして彼はアイアムに貢献しろといわれたからこんなに買う様になったという事で、彼は我が娘の言いなりで更には手を出す素振りもしないのだからと、アイアムに仕事が回る。



「ふーっ。コッチだって結構こわいんだからなあ」

 アイアムが父から聞かされた仕事内容はエイドリアンの身なりを、ちゃんと怒らせよと考えながら整えてこいという、アイアムからすれば唐突過ぎて何か企んでいる様な物言いだったので詳しくその旨を訊こうとする前に父が吸っている高いボックスのタバコの封を切って渡され笑顔で背中をポンと叩くもんだから、私にしか出来ない仕事か。と優越感を抱かせる父は人使いが巧かった。気分良くしていつもより良いタバコに火を点け満喫してやっとアイアムは良い様に扱き使われている事に気がついたのであった。視点を変えれば娘が幽霊城に頻繁に行くようになったらソレこそ○×△□の娘は悪魔つきだとか思われるだろうに、と思えるのは純粋な少女と金の事しか頭に無い大人の違いなのかもしれない。


「おじさーん、エイリアンおじさーん!」



「あ、アイアムか……今は少し飲んでしまって都合が悪いんだが……」確かに彼の様相は無精髭で雑に切ってから伸びっ放しの長い髪そして前に買って貰ったジャージ姿だから、それも、何食わぬ顔してその格好で町を歩けば乞食に見間違われても仕方のないものだ。


 そして彼の胸中だって複雑なものだから酔った中アイアムを城に入れるとなると、それ相応の対応をして、死ぬ事は一旦あきらめたが、前の様にとやかく指摘されるとなるなら前より酷い接待をしてしまいアイアムにも怒ってしまうかもしれないという懸念はあるが


「じゃああの冷たい湧水をコップ三杯のめば良い話ですよ」今度のアイアムには既に高いタバコという報酬を前払いされて居るから其の分しっかり仕事しなければ成らないのだ。彼の城にずかずか入ってアイアムも湧水を飲み、前のまま残してあった木の椅子に座ってテーブルに肘を掛け、報酬に火を点けて深々と香りを堪能して彼の支度が済むのを待つ。



 支度したいと正直アイアムは何をするというのか面喰ったが、彼は今にも崩れ落ちそな階段を登り二階に一つ残ってあるドアの向こうに入って行ったっきり中々でてこないので

そりゃあ気になってそわそわしてくる。このタバコを吸い終わったら……と考えていたら丁度タバコ一本分の時間を費やしてドアが開く。てっきり以前の臭い彼なりの正装で出て来る予想だったのに、身なりは何ひとつ変わっていなくて、変わったのは若干の顔つきの落ち着きだけであった。良し行こう。という声色もそうだったので酔い醒ましの為に何かしていたのだろう。少女アイアムはナニとは筋トレと捉えたが全然ちがうのだ。彼だって誰だってひとつ位は、嘘を吐いてでも絶対に隠し通さなければいけない/ならない大事な宗教みたいなものが、それは大体が心であるが、その様なものが彼にも在るのであった。




「原付の後ろに乗って走った方が絶対ラク出来るんだってば!」

「ほら、あげるから。ふう……。こんなに青空なのは久しぶりだから」

「ああ……ありがとうございます。でもそのクセさっきまで城に籠ってウチの酒飲んでたでしょう、ウチを贔屓してくれるのは嬉しいですけど矛盾しているでしょう!」


「ふう……。うまくなったな、アイアム」彼は以前アイアムから一本もらった安タバコが気にいって買った様で、吸いながら、どうしても徒歩で行きたい様に促すのはアイアムと出来るだけお喋りしたいからであるが、素直にそういえば良いのにアイアムは男の心情を御捻りをくれたのにも関わらず何ひとつ察さず自己中心的に、速い安い巧い効率的! と謳い文句を黄色い声で地団駄ふむので彼は思わず笑い、しょうがないな。と後ろに彼女を乗せて走らせると速度を上げ過ぎたのか彼女は彼の背中をがっしり掴むのでまた笑った。



「ほら、もう着いたでしょうに。徒歩だったら倍以上かかってましたよ」

「散髪するのは良いが、アイアムはどうする。暇だろう」

「ちょうど私も切ろうとしていたので、丁度良いんですよ」


「おれは……おれは切らない方が、長髪の方が何というか、アイアムらしいと思う」

「切るったって整える位でして、あの……そういう眼で見ないでくれません?」

 アイアムのいう『そういう眼』とは性的な下心むきだしというワケでなく、何だか今に大男が泣き出してしまいそうに眉間に皺寄せて我慢して居る様子を疑問に思うが、自分も長髪が似合っていると昔に母にいわれていたので、整えるとは毛先を揃える事だというと「そうか」というといつもの無愛想な顔に戻る。散髪屋に入って髪の毛を整えられながらアイアムはずっと不思議で居た。そこまで長髪が似合うといわれるなら本当は邪魔で切る予定だった目元にかかる前髪も切らない方が可愛いのかなと少し勘違いして切り終わる。


「ああ、そういう事ですか」

 彼は〇か百しか考えられないんだなと不思議で突っ掛かっていた所の角が取れた様だ。彼の散らかした髪の毛をココの散髪屋はどうするんだろうと彼女は密かに期待していて、長くなるだろうと椅子に掛けて雑誌でも読もうと座った隣の丸坊主が彼だったのだから。



「何か決心でもしたんですかーっ!」次はスーツ屋に行く道中で、彼はかなり飛ばすので大声で叫ぶが、彼の声が全く聞こえないので怒っているのかと彼女は怯えるが幾らかして彼が首を大きく横に振ると共にブオンと原付を吹かしながら笑い声が聴こえた気がした。


 その意味を彼女はいつものエイドリアンらしく決心なんてするもんか! と捉えたが、彼の考えとは……アイアムのお陰で総てが吹っ飛んだんだ、自分は堅苦し過ぎていたんだ目覚ませてくれてありがとう……といったもので、本当は運転中ちゃんとそういっていたが彼の声は低過ぎていて原付のエンジン音にかき消されている事に気付き、そうしたらば自分でも驚くほど粋な計らいが出来たので大満足するも、二人の間にすれ違いが生じた。




「スーツ屋はもう一本むこうですけど」

「ううん、ここのコーヒーが美味いんだ。アイアムもどうかな」


「私コーヒーは飲んだ事ないんですが、では御馳走になります」酒屋の娘である為なのかそういえばコーヒーというもの自体は知っていたが一回も飲んだ事が無い事に興味が湧き彼にドライブスルーで買って貰って飲んでみるも、とてもじゃないがアイアムの口に合うものでなく、ガッカリしてしまった。これは大人の味かもなといわれ更にガッカリするも、もったいないし御馳走して貰った身だからとスーツ屋の中、ちょびちょび飲みながら舌を慣らして一気に飲んだ彼女の姿は実に絵に描いた様な少女らしさで、思わず笑ってしまうスーツ屋の店員はエイドリアンを仕立てながら、またアイアムを彼の孫だと勘違いする。



「何だか身体に貼り付いているみたいで慣れないが、どうかな」

「かなり若返りましたよ。ただ、本当に身体が大きいんですね」というのも、ジャージを買いに行った以前の店でも、おばちゃんが老眼鏡をかけてハンガーに書いてあるサイズを注視してもなお見つからなく、裏に行ってまで探しまわってやっとの事だったので、このスーツ屋の兄ちゃんも職人気質からか彼に試着させては唸りの繰り返しがしつこく何度も何度も吟味して時間を惜しまず、サイズがやっと合う迄かなり掛かり待ち草臥れていた。


 裏を返せばそれ程しっかり身なりを整えさせられたワケだから彼女は仕事をした。父もこれでは文句のつけようも無い位、彼からのチップや父のタバコだけでない本物の報酬のカネをくれたって、もうそろそろ良い頃合いなんじゃないかとアイアムは自負し、飛ばす彼の後ろで何に使おうかニヤニヤほくそ笑んでいた。彼も何だか幸せで笑顔が絶えない。



「ああ貼り付いて気持ちが悪い。スーツなんて本当に大事そうな時にしか着ないよ」

「ウチは先祖代々つづいている由緒正しい老舗酒屋なんですから、これこそが一般人でも何でも、どこから見ても当り前の正装です。ウチのうま~い緑酒が欲しければこれからはコレを着て買いに来てください。まあ当り前の事なんですがね……良いですけど」

「そうだ新酒の感想を参考までに言っておく。あれは酷いものだった、改悪だろう」


「以前もってきたヤツの事でしたら父が試作品をといわれたものですので……また」

「ああ、また次の機会があれば是非」全部きき終わらないでアイアムは原付のエンジンをかけた。娘として父の新酒は中々の出来栄えだと思っていたのに改悪だなんて、お得意様だからってそこまで酷くいう必要はないだろうに癪に障るその態度は云々アイアムはまた怒りを覚えてタバコに火を点けながら、次に来る時は言葉遣いの練習かなと考える彼女も思春期の所為もあるのか過去最強と呼ばれた彼、以前に子供が大人に対する態度があまりなっていない。酷評された新酒に赤血を隠し味に入っていた事に未だ気付かないでいるのだから父より彼より舌も肥えていない少女であるが、もしも学校に通えたなら生徒会長に自分から成るような立派な娘に育っていただろう責任感というものは頼もしいのだった。




「ほうほう。エイドリアンからチップを貰えたとはお前もうまくなったな」

「うん、ちゃんと仕事したんだよ私! だからパパ……分かるよね?」

「そういえばエイドリアンが何故そんな、ばら撒ける程のカネを持っていると思う」

「軍人年金でしょ。それよりもさ、ねえ」


「エイリアンが最も恐れた人間エイドリアン……皮肉なもんだ」そう神妙な言い方をする父に対して流石に報酬を頂戴とはいえなくなったが、戦後生まれの少女アイアムにはその意味する所が全く解らなく、どんな顔していれば良いのかも判らずに居た。父はそれから黙りこくって改悪だといわれた新酒を娘に渡し、タバコに火を点け仕事に取り掛かった。


「ふーっ。知らなくて良い事もあるかもしれないけど、そんな言い方されたらねえ」

 アイアムはまた不思議になって、部屋で酒を飲みつつグレイエイリアンのぬいぐるみにそういって紛らわそうとすると、そういえばこれもエイリアンだったと再確認してしまい以前に彼が自分の事をエイリアンと呼んで良いといった時の遠い目を思い出して、もう、うずうずしてしまって仕方が無くなって居た。学校に行っていれば直ぐに習う話だけれどこの世知辛い世の中じゃ仕様が無い、いつでも本人に訊けるのだから……と酒を呷った。






「おじさん、また来てないの?」

「ああ。身なりを整えさせてから、めっきり。そりゃあもう誰も小言をいうヤツが居なくなったもんだから何処かへ旅行しているか……若しくはまあ、常連客が一生おんなじ店に通わなくては成らないなんて道理は、もちろん無いだろ」


「はあ」……アイアムはどっちも絶対に有り得ないと心の中で叫ぶが、実際に一週間ほど『エイドリアン? 今日は来てないが』と父から食事中に何度も聴いていて、今日やっと我慢の限界で酒造りの手伝い中に訊いてしまうも、ああ訊かなきゃ良かったと後悔する。


「アイアム、何か浮ついている様だな。仕事中だ、しっかりやれ」

「分かったから、臭いから止めてよ」勿論、血のついた包丁を首に宛がわれるアイアムに恋愛感情というものは、未だ芽生えていない。酒やタバコを幾らのんでも離れずに残ってしまっていた第三次世界大戦中のエイドリアンの事をそんな父に仄めかされて、好奇心が湧いてしまった所為なのに、めらめらと燃えてゆく娘を父がロクに処理しないで居るから常連客のエイドリアン本人頼みだったのにも関わらず、あれから彼の姿形が消えたみたくそういわれたらば息苦しくて堪らないので無礼でも危なく怖くとも店が閉まってから城へこっそり行って見てくる必要があると判断するアイアムには、エイドリアンへの絶対的な信用と好意を持っていること他ならない。原付の音はどうしたって父の耳に入り、帰れば怒られるのは確実だから……等とあれこれ考えながら酒造をする様は実に浮ついていた。


「アイアム、妙な事を考えてやるな。ああもう目障りだ一旦やめだ、来い」



「ひっ……」包丁片手に腕を引っ張られ……やってしまった遂に殺される……と思うのも無理はない、未だアイアムは少女であり仕事となれば眼の色変える父の一人娘であって、そんな父の性格を誰より理解しているのだから。裏口にぽいっと投げ出す父が恐く、瞼をぎゅうっと瞑っていたが、バタンッとドアの強く閉まる音が聴こえてから幾らかして人の気配がしない事に気付いたアイアムは薄目を開けてようやく親心を理解したのであった。


 アイアムは嬉々として黄色い声でお礼をいいながら原付を走らせるが、帰えって来れば怒られるに決まっている事を物ともせず元気になった娘を父は呆れて笑うしかなかった。



 眼を光らせて原付を走らし城に着けば、もうすっかりと日が暮れていた。普通なら暗い森の中を通ってそのずっと奥にある幽霊城と噂される所に単身で行くなんて事はしない筈であるからして今のアイアムは、めらめら燃えてゆく炎を早く消して欲しい事も相まって自覚なく普通じゃなくなっていた。原付のうるさい音を聞いて森に巣食って居る乞食共がピャーピャ―怒っていてもお構いなしで階段を登り、たわんだ半開きのドアの向こう側。



「おじさーん、エイドリアンおじさーん……?」


 相変わらず臭く、以前の木の椅子とテーブルが置いてあり、鈍色に光る玉座に彼が居ると思っていたアイアムは溜め息を吐くと暗闇から手を掴まれ小さな身体が引き込まれた。


「しっ!」手を引いたのは彼だったので良かったと安堵するも、アイアムは自身が招いた事態に気付いていなく彼がなぜ暗闇の中、静かに城の穴ぼこからスコープを覗かせているのか判らず、いわれた通り静かにしていると想像だにしない発砲の轟音で腰を抜かした。



「え……エイリアンを撃った……」

「違う、威嚇射撃だ。アイアム、何の用だ」

「ええっと……えっと……」いつもボヤっと喋る彼の顔した別人みたいに、言葉少なめに無駄なくキッパリはっきり確認する様な言い方と鋭い目付きで、燃えていた炎の小ささが際立ってしまって咄嗟にアイアムは何か用事を直ぐに嘘でも拵えなければと考え出たのが


「エイリアン……」

「なんだ」

「の……言葉を教わりたく……と、その……父にいわれまして」

「今の時間じゃないとダメか」


「……はい」苦し紛れだったがそう断言するとエイドリアンはスコープから眼を離しもう一度だけ撃って銃を置くと、そうか。といつも通りのぶっきら棒にいうので、アイアムは安堵も通り越して緊張の糸がブツンと切れた如く、臭いと嫌っていた筈の彼の胸を借りて手に負えない程さっきまでの勢いは何処へやらとウエンウエン、嗚咽交じりに黄色い声で泣いてしまうので、乞食共もハッと眼が覚めたみたく良心が働いてか巣へと戻ってゆく。




「……お恥ずかしい所を見せしてしまって本当に、本当にすみませんでした」

「急用とはいえ、あんなにブンブンうるさくされたらアイアムだって嫌だろう? いや、エイリアン共の五感は獣並なんだ。学校に行けないのなら知らないのも無理はないんだ。だから湧水で顔を洗って、いつも通りのアイアムに戻って欲しい」



「……はい」すっかり泣き疲れたアイアムは腕をだらんと弱々しく立ち上がって、パイプから流れっぱなしの湧水の中に頭を突っ込むと思った以上に冷たく気持ち良いものだったらしく変な声を漏らしながら、かまぼこ口が直れば途端に疲れが吹っ飛ぶ単純な少女だ。


 その単純さ故か頭に冷水を被るのが病み付きになってしまった様で今夜カゼをひく事も物ともせずに、ただ気持ち良いからとする姿勢は少女というより未だ子供だなと彼は思い笑いつつも、彼女の将来への危機感をおぼえる程それをやめないので出来るだけ優しく、「もう良いだろう、風邪ひくぞ」というと彼はまた自分でいって自分で驚いてしまった。



「ふうー気持ち良かったーっ!」彼女は仕事着の前掛けで豪快に濡れた髪を拭いてやっと気が済み、気分も晴れてくれた様だが、彼の眼差しが変わり彼女に少しでもカゼをひかせないようにと、この前の全く着ていない新品同様のスーツを肩にそっとかける。彼女は、父にいった時と同じ様に素直なお礼をいうので、彼はもう堪ったものではなかったのだ。


「アイアム、お前は本当に立派だ。おれはお前から沢山、失っていたものを貰った」

「またそんな顔して。どうしたんですか急に」


「アイアム。本当にお前が心の持ち主であって良かった。地宙語よりももっと大事な事をおれは教える義務がある筈だ。長くなってしまいそうだが……とりあえず座ってくれ」


 少女アイアムはそれを聞き、父の説教が遠退いて良いと軽率に思うだけだったが座って顔を見合わせると、どうやら思うより彼の心境は複雑みたいだとようやく気付き、黙って椅子を深く座り直した。彼はしばらく震えながら黙ってしばらく沈黙が続いたが、そうだこういう時の酒なんだよな。と立ち上がってグラスと緑酒を持ってきて彼女にも注いだ。



「こうやって二人で飲むのは、いつぶりだろうか。乾杯をしよう」

「はい乾杯。これウチの酒ですけど、まだ有ったんですね」

「前に二週間分くらい買っておいたからな。そのスーツは……お前にあげるよ」


「……どういう事ですか? やっと身なりを整えられて、このスーツを着ていれば小言もいわれなくなる筈ですよ。それに……あ、ありがとうございます」


 エイドリアンはテーブルにゆっくり安タバコの箱を置いて酒を呷り、ちょっとおれにも喋らせてくれと、その仕草でアイアムは黙って安タバコに火を点け、悪い所だと自省して酒を呷り今度は彼に酒を注いでやると、元から老けているが更に老けたみたく縮こまって胸に手を当て眼を瞑り深く溜め息を吐いた。また沈黙の時が流れてアイアムは話を促す。


「ゆっくりで良いですから。長くなった方がちょうど、都合が良いんです」


「……そうか。だが本当に長くなりそうで湿っぽくなりそうだ。テーブルを外に移そう。月明かりがあった方が幾らかマシになるだろう」彼は忙しく立ち上がってテーブルの上に置いてあるものごと椅子片手に外へ持っていくのでアイアムも自分の椅子を持って出るともうすっかりと月見頃になっていて、周りに高い建物が無い分より一層きれいに見えた。城主である彼すらも魅了させるほど月がきれいで少しの間ふたりでぼーっと眺めていたが月光の中に黒い飛行物体が眼に映った時、彼は我に帰り頭を振ってアイアムの名を呼ぶ。


「なんですか。こんなに月が綺麗なのに、そんな顔して」


「あの綺麗な月の裏には、宇宙軍の旗が刺さっている。何故なら地球から一番に見えて、皆がキレイだキレイだと赤子でも魅入られる場所だからだ。ただ宇宙軍は表ではなく裏に旗を刺した……これの意味する所がわかるか」

「和解したから、エイリアンなりの配慮じゃないんですか?」


「綺麗なものだからこそ汚い所はより一層、汚く見えてくる。逆に汚いものに一輪の花が咲くならば、それはそれは綺麗に見えてしまうんだよ……」そういいながら彼はタバコに火を点け思い切り吸って、肺の中の全部を吐いた。アイアムにその言葉はまだ早い様で、「意外とロマンチストなんですね」という通りに、物事の本質を理解しようとはしない。


 あまりの純粋さに笑って煙を吹いてしまうエイドリアンにはその方が都合が良かった。アイアムは父から教わった歴史をいうと照らし合わせる様に彼は淡々と当時を語り出す。




「そうだ、エイリアンと人間は和解し……それで半年間の第三次世界大戦は幕を閉じた。何故そんなに第三次が早々に終わったかといえば、絶対に勝てないから。ただそれだけ。エイリアンは古代から地球に潜伏していたのもある。ピラミッドは誰が造ったか、中には何があるのか、そもそも造らせる為に誰がそんな巧い命令が出来たか等というオカルトの全部がエイリアンの仕業だったワケだ。地球人は戦争が始まる迄そんな下らない事ばかり探すのが生き甲斐になっていた事すらもエイリアンの仕業だった。月の裏には動物の中の動作をつかさどる微弱な電磁波をコントロールする施設が在り、人間がモルモットで実験する事と同じで太古から地球に居る生命体を宇宙人共は実験体としてやってきたんだから百何年で死にゆく人間なんて相手にならないほど準備万端だった事を知らずに、宇宙人に会おうとする人間のひとりが件の施設を見つけたのが第三次の発端。人間が操られている事実は当時世界最強だと思い込んでいた人間には屈辱であり、有り得る筈が無いと誰もが自分らが最強だとしか考えられなかった人間たちは頭が足りていなく、たかが陰謀論だと皆がのたまっていた頃は台風の目の中に居たみたいに平和だった。当時のおれは結構いいとこの大学を出て就職し、家庭を持っていた極普通のサラリーマン、趣味は休みの遠出と独り酒を飲みながら見る深夜の討論番組だった。その番組で戦争の発端である月の裏側について議論されていた内容は今でも憶えている。月の裏側を撮影した映像が冒頭で流れ、いびつな形をした施設が在るも宇宙人の気配はなくレポーターが恐いもの無しにどんどん奥へと入っていくとレポーターがいきなり笑い出す。それも腹の底から、立ってられないほど笑って、カメラマンもカメラを揺らしながら笑い、スタッフ全員が笑い終わったかと思うと何故かみんな満悦の表情で表側に引き返してゆき大スクープでしたね、以上。


とその施設以外に何ら特別うつったワケでもなく撤収して終わる映像の是非を朝までといった内容で皆口々にアアだコウだ討論に熱が入ってくる頃、非現実的パネラーの一人が百聞は一見に如かず、私は最近わらっていないのでね、月の裏に行って笑ってきたいね。と軽口をたたくと司会者が指差し、この人気番組でそんな事いうと本当になるよと笑顔で釘をさせば、ええ、私も人気者になりたいものだと承諾するも皆からコイツの精神鑑定が先だねという心配、と共にドッと笑いが起こるまで、見ている方も手に汗握る程その場に緊張が走っていた。月の裏に行きたいといったのは元宇宙飛行士で専門家でもあったのだから中立の立場に在る司会者すらそっちのけでソイツの独擅場になっていてヤジが飛んでさえソイツは丁寧にひとつひとつ否定し自論を展開させていたあの様は今思えばヒーローそのものだったんだ。だがヒーローはいつだって人間、武器も防具も持たなければどんな動物にもやられてしまう弱さは平等、頭脳は良ければ良いほど肉体と反比例するものだ」



「うっ……その人ってもしかして……」


「流石にアイアムも知っているだろうが、勿論その名を口にしてはいけないぞ。斯くしてそいつは人気者になり誹謗中傷も度を超え世界中から反感を買って自殺してから第三次が始まった。いった通り人間は宇宙からすれば実験体で、人間なんて宇宙人の掌の上で踊る人形、人の形をした動物に過ぎなく、そんなのが武器や防具を拵えたって、竹槍を持って戦車へと走ったって、その姿勢が美しい/格好良いと人が人を褒め合うだけの実に視野の狭い生物だという事を当時の人は知る由も無く核ミサイルや宇宙船の進化を競って居た。平和ボケも甚だしい平和の中で人間は実に小さいストレスを受けると直ぐ自殺する小さい世界の中に居る、宇宙なんて規模が大き過ぎて視野に入れたら取り留めないと平気でいう小さな小さな世界、地球の人たち。おれもその内の一人だった。何故あんなに馬鹿でかい船に乗って宇宙人は地球にやって来るのか、何故エイリアンと呼ばれるのに人の形をしているのか当時のメディアは、宇宙はこういうもんなんだから、宇宙には目を向けないで、地球の中で地球の為に働けと言わんばかりの印象操作する安っぽい合成写真や映像は今や子供向けにも難しいくらい酷い造りだったが、当時の人の九割半は信じ切っていたんだ。


 こういった事をソイツは指摘し、実際に眼で見て来て、僕の推論は本当でした。という状況を想像してご覧よ、頭の全方位に銃を突き付けられている状態でソイツは大声で人と全く違う事を叫ぶんだ、正気じゃないと思われても仕方ない。結果的に正気じゃなかった方は其の九割半のメディアを何の根拠も無く信じ切った人たちだったんだが、少数派には人権が無いも同然という世界だったんだよ地球は。正論をいってはいけないピリピリした緊張感が誰にも常に在って、学歴・職歴・人間性等と経緯が無ければ何もやれない世界。それ等を解放させてくれたのが大三次世界大戦、地球人たちはやっと視野を広げられた。光のあたる面だけ見ていたって、影から出てくる蟲たちは影の中で何をやっているのか? 自分の立っている地球の中のマントルの更なる中には何があるのか? 性質や成分だけをデータにするだけで満足したって何が出来る? 害虫の殲滅さえ今も出来ていないんだ、では、人間がすべき事は? ロボットに出来ない事を出来るようにする事くらいだった。そこに宇宙人は一石投じたというワケだ。その石が少数派に当たれば良いも悪いも小規模だったが、多数派にゴツンと当たってしまったんだ。水面に石が落ちれば波紋が広がる、波紋がちょうど丸い地球を包み込んで揺れる、其の波紋の正体は電波だ。テレビや電話、コンピューター等の機器すべてを伝って多数派の脳を揺らして、脳から流れる電気信号は身体に伝ってゆく。この時点で地球人の負けは確実なものになっていたが更に念押しされ地球人の老若男女が一斉に同じ幻を見た、いつの間にか弾丸ひとつの古いピストルを握らされている幻を。それの意味する所は、多数派の中でもより優れた人間を選別する為に、その弾丸ひとつを如何に使用するのかという宇宙からの挑戦状だった。憎い人を殺す人、独りの哀しさから自殺する人、銃を突きつけ合って脅す人と問い質す人、興味本位で空に撃つ人、あえて使わない人……今いった人たちは、たとえ生き残っていても戦争で直ぐに死んでゆく人だ。正解者とは一番に大事な人を殺す人だった。それ程の精神力が無ければ偽善からの悪、幸せからの争い、生からの瀕死等には到底あらがえずに甘ったれた死だけ迎える、まるで映画の主人公みたいに自分は助かると思い込んでいる現実が見えてない、幻の中でさえも怯えたままの使えない地球人だと宇宙は定義し残酷な選別を強いて、幻が止んだ頃、おれは血塗れの家の中にひとり、涙すら流さずにただ佇んでいた。窓が開いていたのに外から物音一つ無くシ―……ッンとして未だ幻が続いているみたいだった。段々現実感が増してくると、おれは妻を撃ち、妻は娘を撃った事実がハッキリ解って吐いた。


 偶然の重なりだったんだ。幻に入る直前まで夫婦喧嘩をして居て娘は健気にも仲直りをさせようと必死だった事に妻が苛立っていた偶然が先にあって、幻の中、こんな酷い親があるもんかとおれが失望した偶然、優先順位的に先におれが妻を撃ち、妻は娘を撃った。そんなクソッタレな偶然が無ければ、今おれはこうしてのうのうと……ハア……」



 彼はアイアムのこくこくと眠るおぼこ顔を見て、そうだ、もう戦争は終わったんだ。と久しく長話をしていなかった事もあって乾いた喉を緑酒で潤しながら平和を強く感じた。



「アイアム……。お前は、ばかだ」


「ん、はっ、すいません寝てしまいました! 教わる側なのに申し訳ありません!」

「今日はもう帰った方が良い。もちろん原付も森も危ないから送ってやる」


「いえ、良いんです、本当にすみません」顔をパンパン強く叩きながら話を促そうとするが、意思と反して瞼が可なり重たくウツロウツロしているのはどう見たって眠たそうだ。それでも彼女は俄かに立ち上がってまた冷たい湧水に頭を突っ込み眠気を強制的に飛ばすその様は、彼には相当な覚悟をもってココへとやって来てくれたんだと奮い立たせるものであり、外見だけで判断するものではないなと自分を戒める程であった。アイアムはただ学校に行った事が無い所為で勉強経験をする事が初めてで、要領が悪いだけなのだった。



「すいませんすいません。何だか、気持ち良くなってしまって」

「そんなに飲んでいる様には見えなかったが……ふう……どこまで聴いていた」


「えーと、口調が段々と優しくなってきた所で、ついうっかり……」それを聞いた彼は、また彼女に図星をさされてしまった様な気分になった。自分ではそんなつもりは無かったから、よほど自分も語りながら当時の事を思い出し、その中に居る感覚に陥っていたと。


「ふう……ちょっと休憩しよう。おれも不慣れな長話に疲れてしまって……それにしても今日は本当に不気味なほど月が良く見えるな」

「私、さっきひどい夢を見たんですよ」エイドリアンの空いたグラスに緑酒を注ぎながらいうので彼は休憩がてらの話題としてどんな夢かを訊くと、とんでもなく恐ろしくなる。



「古そうなピストルで私が父の頭に撃ったら緑色の血を流して倒れたって夢を」


「だから……なのか? だからなのか? おいっ! 聴こえているのか!」彼はたまらず月に向かって吠え、アイアムを抱き締める。当人は何が何だか分からずに、絶対におれが守るからといわれながら抱き締められる身体が痛くなってくるので、酒癖の悪さだと思い「水、飲んだ方が良いですよ」と努めて優しくいうと彼は抱く力を緩め顔を見合わせる。



「アイアム……もう言ってしまうよ、おれはお前に殺されなければならないんだ。こんなクソの役にも立たないおれを、この銃で撃ってくれ!」


「いやですよ殺人なんて、急にどうしたんですか。水を飲んでくださいってば」当り前な事をいわれても彼は偶然が過ぎると思って止まないので、アイアムと同じ様に湧水の中で頭を冷やすと、彼女は下手糞なブラックジョークをいってそんなのを真に受けてしまったのかもしれないという疑惑が浮上し、結論をいってしまった自分を悔やみつつ、これから彼女にどんな顔してどう接すれば良いのか不安を抱えながら戻ると、彼女は至って普通に「やっぱり気持ち良かったでしょうに、城の主が知らなかったんですか?」というので、「なんのことだ?」と彼もまたいつも通りの声色で訊き返してしまい、笑ってしまった。



「ああ、俺は本当に酒癖が悪いようだな。だが、まだ良いのか」

「そりゃあ私だって教わっている途中に居眠りしたんで。おあいこってヤツですよ」

 アイアムは彼が飲もうと口に運ぶグラスに自分のグラスを打ちつけ、乾杯! という。彼もまた乾杯。といって飲みながら背中をもたれかけると、真っ直ぐ月を見られるように成ったのだった。もちろん、アイアムにブラックジョークを言える能はなく、むしろ嫌うものなので本当にいった通りの夢を見ていた。ソレ以上もソレ以下もない、ただの夢を。


「良いかアイアム。働く時は働く、休む時は休む。そうしなければやってけないよ」彼は呑気にご機嫌になってサシ酒を楽しむ。アイアムはまたも彼の延命を為遂げたのだった。






「まぶしっ……うわわわわ!」テーブルの上を涎だらけにしたアイアムは酔っ払って城で寝泊まりし一日を越してしまった事実を、朝日が警告灯の如く知らせて飛び起きた。肩に大きなスーツを着せて足に毛布を掛けたのは彼だが姿が見当たらない。とりあえず深呼吸して安タバコに火を点け冷静に成ろうとしたが、昨夜は晩飯どころかツマミすら食べていなかったので腹の虫がさみしそうにグウと鳴く。そういえばオジサンは何を食べているのだろうと、アイアムは母代りに父に料理を振舞える腕があるので自分の食べたさついでに朝食をお礼として作ってあげようと思い、タバコを咥えながら灰皿片手に城の中に入るも一階にはキッチンらしき場所は見つからないどころか料理した形跡も無いので、眠い頭で二階にあるのだろうと階段を登ってゆくにつれてこの城の独特な臭さが強まってゆく。


 それでも腹がさみしいのでタバコを揉み消し、鼻を抓んであがると酷い有り様でドアは一個しかない。そこでやっとアイアムはいつの日か、エイドリアンが二階に行ったっきりしばらく戻ってこなくて気になっていた部屋がココだと気付いて、ドアをノックしようとするとドアにも穴が開いていた。片目を瞑ってその穴を覗き込むと悲鳴を上げてしまう。


「アイアムか。ここには来るなといっただろ」


「いや……ミイラが……!」

「ミイラじゃない、孫だ。憶えてないのか」

 憶えていなかったアイアムは口も押さえて逃げ出したが転んでしまい吸い殻をぶちまけ黄色い声で悲鳴を上げれば木の枝に休んでいた鳥がバサバサと音を立てて飛んでいった。



「アイアム! 床が抜けて落ちるぞ!」

「いや……いや……殺される……!」腰が砕けて泣きながら階段まで這うアイアムを見て昨夜の笑顔はどこへやらと彼は参ってしまう。ミイラはエイドリアンが殺した娘と夫とのコであって、ワケ有って殺してしまった為に二度と同じ過ちをしない様……という経緯をすっかり忘れ去られてしまっては弁解のしようが直ぐに出来ないので彼女を抱きあげた。


「きゃあ! もうお終いだーっ! ○×△□の存続も何もかもーっ!」

「アイアム! いい加減にしろ! 落ち着け!」

 エイドリアンは彼女の小さな口を手で押さえると、彼女の頬が膨らんでゆくので、手を離すと同時にゲロゲロと床に昨日のんだ緑酒をたんまり吐かれて少々イラ立ったが彼女はそれで落ち着きも過ぎて、ごめんなさい。と力なく謝り許さざるを得なかった。どこから記憶を失くしたか訊けば可なり早い段階で酩酊していたらしく、彼も起きたばかりの頭を必死に働かして孫のミイラの説明をするも、彼女は弱って心ここに非ずという風だった。



「アイアム……しっかりしておくれよ。お前が弱ったら、おれだって弱るんだ」

「うぐっ、すみません……お腹が空いていた所為もあり……」

「なんだ腹へったのか、作ってやるから早く元気を出してくれ」


「いえ私が!……はい……」アイアムは身の程を弁えて、お礼の朝食も作れないほど気持悪くなってしまっていたので素直に任せることにした。臭いがひどい二階からよろよろと降りて外にある涎だらけのテーブルを前掛けで拭き、椅子もテーブルも城内に移動させてはて? と思い出す。自分はついさっきまで食べ物を探して城内をくまなく見て回ったところ食糧すら見当たらず生活臭がするものは冷たい湧水だけだった筈、オジサンは何を作ってくれるのだ、もしかしてその辺に屯している乞食を殺してウワーなど勝手な妄想と裏腹にテーブルに置かれたのはプレート上に焼いたパンと焦げた目玉焼きという極普通なもの。


「これ、どこから持って来たんですか? それも……美味しそうなやつを」

「やっぱり独りでの食卓は悲しいからな、孫と一緒に食べるから二階にあるんだ」


「うっ……」といいつつパンを一かじりすると、何も普通で、アイアムは飢えているので美味しそうにぺロリとたいらげた。腹が満たされると自分はここで呑気にしていられないことを思い出すが、朝食を頂いて自分だけ何もせず帰るのは面目ないのでどうしたものかとタバコを吸いながら考えるアイアムの顔に其れが出ていて彼は食べながら顔を綻ばす。



「そうだな。このまま帰ったらお父さんに叱られるな」

「叱られるだけなら良いんですけど……。昨日、突然ここに来たにも関わらず私だけ良い気分になって寝て、起きたら吐く粗相までしてしまって正直、どうしたら良いのやらと」


「考え過ぎだな。良し、スーツを返してくれ。二人でアイアムのお父さんに謝ろう」

「そんな、ダメですよ、ここまでしてもらって……過保護ですよ!」

「スーツを買っておいて良かったな」アイアムの肩に掛った上着を奪い取り、彼は二階で直ぐに着替えて降りて来た。ワイシャツもネクタイもつけてないがアイアムには彼が段々明るく楽しくなって前向きな考えをする人に成ったように思えて心底、頼もしく感じた。


 もうヤケだ! とアイアムも冷たい湧水で顔を洗って気分を切り替え、門の前で原付に乗った準備万端の彼の背中に任せるしかなかった。ミスターエイドリアンは何故、自分にここまでしてくれるのだろうと疑問に思うのも無理はない。アイアムはいっぱいの笑顔や希望、勇気を無意識でも彼に思い出させてくれて、こちらこそ礼をしたいのは彼なのだ。



 あの時、アイアムが父の新酒を城に持って来れなければ或いはチップをばら撒き過ぎず居れば、自分はずうっとあのまま泣いてばかりで、現在の活き活きとして自信たっぷりの自分には二度と戻れなかったから、孫に良く似たアイアムは目に入れても痛くないコで、救世主で、命の恩人とまで思える彼は本当に助かった、次はおれの番だと原付を飛ばす。


 身体の芯がツラーっと通った彼の背中の陰で彼女も、あの時にパパが幽霊城と噂される場所に単独で、おっかなびっくりしながらでも行ってエイドリアンに会っていなければ、こんなに無茶する度胸はついていなく、ただ酒造手伝いをしてぐーたら飲んで寝るだけのつまらない人生を送っていただろうと考えるより先に、この先に何が待っているだろうと胸を躍らせていた。緑酒○×△□の看板が見えて来た頃に、二人は更に強くなっていた。




「いらっしゃーい。おやおや何ですか今日はビシッと決めてらっしゃる、その後ろに我が娘のアイアムが隠れてらっしゃる。はい、まずはアイアム、来い」


「駄目です」


「おや、なんだいエイドリアン。まさか我が娘アイアムに手を出して責任をとる為にわざわざ着慣れてないスーツ、それもネクタイ無しとはご苦労なこった。頭を床に着けるんだ

ゆっくりとな。えーと警察は何番だったっけ」そういう父の娘アイアムはまた金目当てにワザとすっとぼけた口調で、彼の人格なんて露知らずに恫喝している事は直ぐに判った。


「パパ、違うんだって! オジサンもそんな事する必要ないでしょうに!」


「ここで働かせて下さい」

「えっ?」アイアムも父も絶対にいわないであろう事を床に坊主頭をつけながらそう言い動かず黙ったのでどちらも予想外が過ぎてエイドリアンと同じく身体が硬直してしまう。



「ぼくは、ここまで賢明なアイアムを育てらしたお父様を心より尊敬しております。娘のアイアム様から沢山の命を貰いました所存、自らの過去の栄光など途轍もなく微塵、ちいさきものに縋って今さっきまで生きて来た馬鹿野郎では御座いますが必ず足手まといになど成りません。緑酒○×△□の存命に貢献できる心持であります。何卒」


「中尉、それで頭を丸めて我が娘と来たってのか。アイアム、怒らないからこっちへ来い良いから来い。ミスターエイドリアン、頭を上げて外で待っていておくれよ」


「……はい」アイアムにはエイドリアンの考えが全く分からないで居たが彼は十二分に彼女には分かってくれたという信頼を寄せていて、歯車の凸凹が奇妙に噛み合って回っているという不思議な人間関係の中に二人が居る事を、二人はどうしても気付かないのだ。



「アイアム、どうやったんだ」

「どう……って?」

「しらばっくれるんじゃない。あのエイドリアンがどうしてここまで、過去の栄光というプライドの塊をハンマーで打ち壊したみたいに、全うな生き方をしようと出来るのか!」

「意味が解らないけど……パパはオジサンの事、誤解しているよ。そして私もオジサンを誤解していた……自分でもまったく何が何だかだけど良い話ではあるでしょ?」


「最っ高に良い話だ。だがなアイアム、お前がこんなに巧く出来るワケないだろう。何かされたんだろう、絶対に女の身体を使わなければ、こんな巧い話はない。股を見せろ!」

「パパ最っ低! 良いじゃんもうオジサンに面接でも何でもやって確かめてみれば」


「言ったな? 二言はないな? ようし。エイドリアン面接を行う。お前は出てけ」

 アイアムを抓み出す父ババロアンキシュは大事な一人娘の事を思っての心配が行き過ぎパニックになっていて強いもの言いをしてしまったのだ。それも男のエイドリアンと娘が一夜を明かして来て、人格破綻と噂されるお得意様の彼が頭を丸めていきなり、働きたいと、たった一日でそういい出すなんて経営者からすれば怪しく見えるも無理はないのだがどぎつい面接を始めても彼は姿勢を崩さず誠心誠意もっている事実がより明らかになってきてしまい、給料はそんなに要りませんとまでいうので参ってしまい、頭を真っ白にして要求を呑まざるを得ない程まで、彼は立派に成っていたのである。アイアムも外から冷や冷やして聴いていたが、彼が何故そこまで心を揺り動かす事があったのか判らなかった。



「はい! では、隅を借りて着替えさせていただきます!」

 面接が終わった様なのでアイアムは吸っていたタバコをもう一吸いしてから父のもとへ行くと、なんだか白髪が増えてがっくり項垂れていて『こてんぱん』という言葉が似合う格好を見ると清々するほど無様で指差し笑ってしまう娘アイアムの昨夜の酩酊が過ぎ彼と奇妙な誤解のすれ違いが生じてココまで至ったのだった。彼女はこんな事を宣っていた。




『オジサンはさあ、いってしまえばその第三次? の中で培った知識さえあればこのまま生きてゆけるなんて思ってるでしょ? んなワケないんだよなあ。私にだって考える頭が在るワケ、まだ小さくともツルツルでも、オジサンよりも脳みそのシワは沢山きざまれているのは確かになったよねえ。だってさ、オジサンの第三次の話を聞く限り自分の過去が如何とかしか言ってないし、自分を中心に世界が廻ってるって魂胆? 自己中心的、かつ綺麗事いってお涙ちょうだい、ぼくこんなに頑張ったんだから褒めて褒めて~っていっているようにしか聞えないからさあ。んまそりゃあね、大変だったねって言葉しか返せないというかさあ、ねえ? わかるでしょう? 頑張って、褒められて、見返りにさあ泣いておくれなんてムシが良過ぎる。たとえ惨い戦争だったとしても今はもうスッカリ平和で、平和の中で生きて行くには過去が如何とかどーでも良いんだよ、今だよ現在だよ。現在に何をして、如何して、どうやって生きようか。それが現代なワケ。そこがオジサンのね、欠いている部分だと思うな。綺麗事いって、わあ! パチパチパチ~……じゃあ生きてけない当り前の現状を、ぼくは昔がんばったから今はもう良いんだ! って開き直っているよねえ、あからさまに。そういう所って親に似るっていうからオジサンの親御さんも相当頑張ったんだろうけどさ、問題は過去に頑張った精神? アタマ? を使って未来を切り開こうとしようとしないから……まあこれは大体の大人もそうだよねえ、若いモンに任したいってのも分かるよ? 私たち若いモンは向上心が貪欲で物覚えも積極的で早いもの。


 でもね。たとえばさっき例に出したピラミッド。誰がそんな巧い指示が出来たかってのそれはオジサンみたいな経験者だと思うのね。ただピラミッド設計者は……エイリアンで別になくともさあ、子供のケツを叩く大人でも出来た話だと思うよお? だってさ、車の運転を若者に託しましたと、オジサンは何をそこでする? すべきは地図を見てしっかり指示して、ちゃんと行きたい所へと運ばせる事でしょうに。それも当り前なんよ、若者は地図を見ないでナビ任せ、私は原付だからアタマに叩き込んで運転しているけど、そんな若者のケツを叩く大人が居なくなってきてるから地図を見ながら運転して事故~とかあるでしょ? 絶対、一人より二人の方が巧くいくんだよ。三人とかになったら話は別だけどこのキレ―な月だって独りで行けるよ、でも二人の方が楽しさ二倍になるっていう、そういう簡単な話でさあ、今もこうしてオジサンは過去を語ってご満悦、何故なら二人だから話し相手が居るからであって、独りで、まあ殺しちゃったお孫さんが居れば良い話だけど独りで壁に向かって過去の栄光を誇らしげに語ったって虚しさしかないし誇れないでさ、独りで生きて居るから~なんて事を誇ったって何の得にもならないし、ずっとそのままの生活に使命感なんか帯びたりして実際にさあ、私に総てを話して気が楽に成ったでしょ? やっぱそうなんでしょ? 恥ずかしい事だよ本当は。そんな事。見てるこっちも恥ずかしいもの、見てらんなかったから幽霊城って噂されてるんじゃない? 来るもの来るもの過去のしがらみを語って泣き合お~を強いたって、コッチは気分悪いよ正直。オジサンはこれから如何したい? このままの生活、軍人年金を貰いながら殺しちゃったお孫さんに手を合わせ続けて何の変化も無しに消えてゆく、死にゆく生活を続けたい? んなら私は何もいうこと無い、このままの関係だよ。お得意様にこの緑酒を運送、偶に過去の栄光が未だあるんなら呼んで良いさ。でもね、私の言いたい事ってのは、オジサンはこんな所でくすぶっている人間じゃない。と優しく物は言い様だけれど、義務だよ。大人としての、最低限の義務。若者を成長さす大人の義務を果たさなければ一生オジサンは、負け犬っていったら良く分かるだろうけど、クズだよ。人間のクズ。軍人年金は税金で其れを貰って生きているだけなら、邪魔だよ。これが人間のクズに対しての国民の総意だと思うねえ。大人が夢だけ見て籠ってちゃあ、若者は良い夢を見らんないんだよ』



 こんなに不躾な話を長ったらしく言ったというのに彼女は何一つ憶えていないクズだが彼はそんな酔っ払いの戯言を真摯に受け止め、真に受けてしまったのだ。勿論、働き先を紹介したのも彼女であり、女一人で切り盛り出来る自信が無いからであった為だ。彼女の酒癖は大層なことをいって自覚が無いという、誰よりもタチの悪い飲み方であったのだ。


 父は娘から飲み明かしたんだと話を聞いてようやく、彼の心境を理解できた。父と飲む時でさえ今日の接客は云々、そんな歳で云々とダメ出しされた記憶が在ったからである。



「ミスターエイドリアン誤解して悪かった。ウチの娘が迷惑かけちまったみたいで」

「いえ、そんな事は滅相もありません。では……すみません、ぼくは何をすれば」


「ああそれね、エイドリアンはこっちを……」アイアムの父ババロアンキシュはもう頭が上がらず小言もいえなくなって丁度そんな娘には任せられないと考えていた所だったので感謝して良いのやら悪いのやらの娘を仕事が終わったらこっぴどく叱ろうと決めた。


「エイドリアンには緑酒蔵を担当して貰う。お前は店番をしていろ」


「はーい」あくび混じりに返事をして椅子に座ると父はアイアムの頭にボックスタバコを置き、地下の酒蔵へ彼と一緒に降りて行った。アイアムは其のタバコを吸いながらこれは普通じゃない。父が素直に報酬を与えるとは思えないと居心地を悪くし、悪知恵を働かせながら屈託無い笑顔で接客をする彼女はエイドリアンと比べて随分と楽なものであった。


「エイドリアン、一体どうしたんだ。集中しないと桶ん中に落ちるぞ」


「いえ……大丈夫です……」エイドリアンはもう無我夢中で自分を欺く事に必死だった。ババロアンキシュは彼を知っていながら、エイリアンの血溜まり桶をかき回させていた。



「はい止め休憩。汗だくになって、やっぱり当時を思い出してしまうかな中尉?」


「……ぼくはもう中尉ではありません、昔の話です……が、条件反射で……すみません」


「謝るのはコッチの方なんだ。まだその感覚が在るのならもっと君に適した仕事がある、それは『狩猟』だよ。こんなに適した仕事はないだろう中尉、正直にいって欲しいんだ。エイリアンが最も恐れた鬼のエイドリアン中尉とは、裏を返せばエイリアン殺しが面白く心の底から楽しめて、どんなエイリアンだって一発で仕留められるハンターという事じゃないのかい? 汗を拭って誤魔化していたが其れが丸見えだったよ、舌を舐めずりながら息を荒げてヨダレが溢れんばかりだった。あれ以上やっていたら頭ん中が煮え滾って今に熱い熱い緑血桶に飛び込み、うひゃうひゃ言って病院送りになっていただろう。だからさ正直に言ってくれよ中尉、娘に何いわれたか知らんがね、活きの良いエイリアンをウチの所に持って来れば十二分に名誉ある仕事で、中尉の欲求も満たせられるという、こんなに巧い仕事は他に無いぜ。違うかい?」



 エイドリアンは困った、さすがアイアムの父だけあると。何せ見透かされた様に本当で緑の血を嗅ぐと奮い立って仕方ないからである。エイリアンを完全に殺す事は難しく銃かナイフで心臓と呼ばれる脳を破壊し活動停止状態にするのが一般的なエイリアンの死だが様々な種類が居るエイリアンの中の人型でさえ脳の居場所は頭部でなく腕にあったり腹にあったり無作為で、何に弱い等の弱点も無く、地球の重力を無視する動きをするので戦中闇雲に銃弾を発砲して偶然に当てる又はエイリアンに抱き付いて自爆するしかなかった。


 戦時中、彼はある方法を見つけ出したのだ。其れはエイリアンの浮世離れした敏感さを逆手に取る事によってのものだが余りに簡単で原始的な方法。地球人は宇宙の膨大な一般常識を知らないから翻弄される、ならば逆に膨大な宇宙の中でただ一つの地球人の常識を見せて翻弄させれば良いという話である。あるものには紙飛行機を、あるものには唄を、あるものには自らが持つ銃やナイフを持たせるという、目には歯を歯には目を的で独特な地球共通文化に興味を惹かせる事で少しでも時間を稼ぎ、その間ずっとただ撃ちまくるという戦法で、数うちゃ中る方式は世界共通であり、実に簡単で戦死数も確かに減ったので結果論だが一番の得策を考えられ実績を残せて戦友を守れたのはエイドリアンであった。


 しかしその画期的得策もそりゃあエイリアンの中でも一握りのにしか効果を発揮できず他にも種類は山と居る上に宇宙軍は武器や防具までも地球人を翻弄させるものであった。岩陰に隠れていても何かが岩を貫通し、基地が何の仕掛けも無く消滅する、いつの間にか地球軍は血を流さず死んでゆく戦場に勝ち等あるものか……とエイドリアンは絶望した。



 ただ自分は生きて居たいという確固たる甘ったれた思いの中、少し身を隠そうと虚ろに入った廃墟にある金色の玉座を見て、ここで皆と共に死のうと決心し玉座の周りを戦友の遺品で囲んでどっしり座り、其の時をずっと待っていたのが文字通りエイドリアンの運の尽きであった。轟音のサイレンが鳴って、森中の鳥が飛び立ち獣たちもピタリと足を止めあの今でこそ仕事が過酷で上司に休憩を欲する際のジョークに成った『ウィ―ロスト』を当時世界共通語であった英語で、我々は自らの命と世界の為に宇宙人と共存する他ないと事実上の敗戦アナウンスを聴いた残り約一億人ほどの地球人はホッと胸を撫で下ろした。宇宙軍にも英語の理解が出来るものと出来ないものが居て、その内の半分を殺してやっと終戦したのだが、ただ一人、エイドリアンだけは息を荒くして自分と神の所業を呪った。


 神は居ないと叫び戦友等の供養そして一人で戦場から逃げて隠れていた酷く醜い自分の落とし前をつける為、森の中に居る無防備なエイリアンを殺さずに居られなかったのだ。どんどん殺し方が惨く非道くなってゆくにつれて、そうした方が皆様の為だとか言い訳をしながらナイフで滅多刺していて返り血が口の中に入った時にようやく自分が笑って居る事に気付く。総て自分の為にやっていて、生き甲斐になっていた事実が浮き彫りになってやっとエイドリアンは、こんなの孫を酷くしたエイリアンと何ら変わらないじゃないか! と叫び、妻や娘を殺したって一滴さえ出なかった涙を初めて流し『心』というものを思い出せば、涙でぼやけた目前に戦友の幽霊を見た。お前は良く頑張ったんだよ、もう頑張る必要は無い、俺たちはずっと待っているからさ命は平等なんだと慰められた気になるとこれから自分は何をすればと自己嫌悪の渦に入り、自己喪失して戻って来たのであった。



 とまでは当人も流石に憶えてはいないが、彼がババロアンキシュの提案を聞いて記憶の断片が古い無声映画を見返しているみたく繋がってゆき、声が付いて来ようとする迄の間じっと自分の手を見つめて、吸い込まれて、顔に触れてやっと飲み込んだ言葉を吐いた。




「一体全体、ぼくは何の為に生きているのでしょう。人の為、エイリアンの為、平和の為ぼくは其の中で、いつだって均衡を崩せられる立場に震えながら立たされていたのです。ですが……惨い戦争を知らない娘さんと逢ってからというもの、争いなどという事はもう金輪際ずっと、永遠に必要としない、醜く恥じるべき愚行だと痛感いたしました」


「恭しくて何が言いたいのか分からんよ」


「戦争を知っている世代のぼくらは常に、知らない世代に勝る事といえば、手を汚したという経験の知恵だけ。そして出来る事といえば、其れを教えられる事だけだという現実を手を震わして欲求を抑えているぼくに限った話ではなく、我々は受け入れねばならない。だからぼくは、もう平和を乱すような事の無い仕事をさせて頂きたいのです」



 早計だったかとババロアンキシュは答えを急かさないよう何もいわずタバコを揉み消し「まあいつでも、そんな仕事もあるという事でね!」そう笑顔で小さくいって背中を叩き彼の頭に入れた。それにしても彼は仕事の呑み込みが早いので絶対に平和な仕事といえば面倒臭い簿記やデータ管理などの事務方であって、やってくれるのなら非常に助かるが、それでは彼の逞しい身体がもったいないと悩んだ末、果報は寝て待てと涙を呑んだ。彼は緑酒の配合データや売り上げの帳面等が入っている古いパソコンを担当する事になった。




「凄いねオジサン、パソコンの使い方わかるんだ」

「こういう地味な作業は好きなんだ。サラリーマンだった頃を思い出すよ」


 流石にパソコンは酒蔵で使うものでないので、父が居ない事を良い事に一杯ひっかけて来たアイアムとまた二人きりになると彼は心なしか、慣れない敬語を使わなくて良いのも相まって気分がすっかりと晴れたようだ。カタカタとキーボードを打つ彼を不思議そうに見るアイアムは暇している上に酔っているので、ちょっかいをかけたりするも、彼は馬鹿真面目に仕事をするのでタバコを吸ったり時間を持て余していた。なんせ酒を買いに来る人の大体は日が暮れてからで、こんな昼時に店に来る人といえば彼くらいだったからだ。



「はい休憩! ご飯たべよ!」


「ちょっと待ってくれ。ここも間違えてる……ここも……」カタカタと音が止まず画面にくぎ付けになっている彼はパソコンに入力しているのにも関わらず表計算ソフトで関数を使わずに入力されている事に驚き、創業当時から今までのデータ全修正に没頭していた。


「休憩ったら休憩! 仮にも私は雇い主の娘だぞ、はい止め!」パソコンのコンセントを抜いて強制的に止めさせると彼の動きも止まり、そのままアイアムをぎょろりと睨んだ。


「だ、だって! 休む時は休むものだって!」



「言い訳は聞かない。これに見合う対価が欲しいものだね」彼がワザと大袈裟にいうのは表計算ソフトには定期的に自動保存する機能がある事を知っているからであり、彼なりの遊び心で脅かせば、この場合に彼女は如何に切り抜けるかという所を見たかっただけなのだが、どうやら彼の演技が可なり怖いものに見えたらしく、アイアムはとんでもない事をしたと言わんばかりに口をあんぐりしたまま後ずさりして二階へ逃げていってしまった。



「どうした? ああ、あいつの事なら心配いらんよ。食事にしようか」

「そうなのでしょうか泣いていたりしていないでしょうか、ぼくは外で食べます」


「良いんだよ、あいつに合わせる必要はねえ」娘の事などお見通しのババロアンキシュは逃げる彼の腕を引っ張って二階に上がらせる。アイアムも馬鹿真面目に対価をと腕を揮い自分の大好きな御馳走を緑酒片手に一所懸命つくっていて、彼はババロアンキシュを羨むほど良く出来た娘さんだと下を向いて笑い、自分はどうだったかと自己嫌悪が始まる前に


「はーい、出来たよー」しゃっくり混じりに笑顔を見せるアイアムは流石に飲み過ぎではないかと心配になりながら、そっか、これが今なんだなと理解して座り、対価を頂いた。






「ウクルリ、あれから一カ月だよ。おれは仕事なんてもう出来っこないと思っていたが、人間やろうと思えばやれるもんだ、やっと自分が働いた報酬でメシが食えるようになる。本当にあそこはのんびりした所で、のんびりした家族で、そりゃあ最初は戸惑ったものだが其の何故かも分かっておれは幸せ者だよ。ウクルリ、それでもおれは不安になるんだ。お前がこんなになってもおれは未だ生き続けている、いや、生かされている事は果たして善い事か悪い事か、未練がましく時折かんがえてしまう。何で逆に成らなかったのかとも未だ考えてしまうのは、他人は、人生は巧くいかないからこそ面白いとは良くいわれるが正直おれは何の面白さも見出せず、舗装されたアスファルトみたいな人生を歩ませられて居る感覚がどうしても拭えないんだよ。こんな老いぼれが幸せに成ったってなあってさ。平和だとしても、お前が幸せになる筈だったのに、なあ……」


 朝食のパンをコーヒーで流し込みながら腐乱死体の孫の前で恒例の弱音吐きという名の独り事をする様は誰にも見せられない程の狂気だが彼は毎日こうして語り掛けていないと一日を生きるのに辛いのだ。幾らババロアンキシュが背を押せども、アイアムが屈託ない笑顔を見せても庇い切れない見える痕の所為で彼の頭は止まってしまっているのだった。



「おじさーん、迎えに来たよーっ!」


「ウクルリ、いってきます」そういうと彼は孫の生き姿が「いってらっしゃい」と笑顔で手を振る幻を見るのだ。階段を降りると当り前にアイアムが迎えに来て待ってくれている日常を彼は、あの時ウクルリと共に死んで自分は別の天国に居るのだと思い込んでいる。



「おはようアイアム、毎度ありがとう」

「良いの良いの。そんな事より今日は給料日なの知ってる?」

「もちろんだとも。だがこうして迎えに来てくれているから交通費は差し引いてくれ」


「それはパパに」言い終わる前に原付のエンジンを掛けて先をかき消した彼は大して怒るワケもない、笑う事でもない、涙を流す様でもなくなって、日々の安定感が充実している所為かバイトを始めた一カ月前と比べて穏やかに成るも通り越して、良くいえばちゃんとした人に、悪くいえば没個性になってしまい、職場で共に働く二人、そして自分もそんな詰まらない人間になったとは何時も顔を見ているので分からなくなっていたのだが、町中森中にはそういう噂が広まっていた。混血は小言がいえなくなり、エイリアンは退屈し、彼に暴言を浴びせたって動じず逆に、そんな事いわない方が良いよ等と優しく制するので皆一様にストレスを溜めて彼の働く緑酒○×△□の誹謗中傷ビラをばら撒き不買運動まで行うも老舗なので、既に緑酒の虜にしたお得意様を中心にしか来ていなかった事もあって全く効き目が無くもっとストレスを溜めた中の銘々がエイドリアンの虜に成っていた事に気付き、自分らはどれだけアホだったのかを思い知らされたり、赤血をバカにした混血のお偉方がメディアで色々いわれたり、赤血の学校問題なんかもあったりして其れほど彼の周りで混血が散々な自滅音がボンボン鳴っていても、アイアムもババロアンキシュも特段変わらずに居るので、とにかく皆は面白くないのに、緑酒○×△□は平和なのであった。



 だから嫉妬という感情が生れる。平和を目の当たりにして、それを乱そうと企むヤツは実にかあいそうなヤツだが、イツにだってドコにだって居るものである。まあその程度のものなんだなと言ってしまえば其れで終わりなのだが、それはそれ、これはこれなのだ。



「ビャーっ! 轢かれた! 痛い痛い!」二人の乗っている原付に当たり屋エイリアンが少しかすってビャービャ―痛がって見せるも彼らはすいませーんとだけ言って走り去る。


「まあ! これは酷いですね、ひき逃げですよこれは!」

「わたくしも見ました、坊主頭の大男ったらエイドリアンに違いありません。後ろには腰位まである黒い長髪の少女が乗って、あれは確かに○×△□の娘さんでした」

「まあ! これは早急に病院で見て貰って、警察も呼びましょう!」



「ビャーっ! ビャーっ!」エイリアンに痛覚が無いというのは意外にも世間に浸透していない事実であるが、当たり屋エイリアンは人の真似してのた打ち回る。目撃者の混血の二人はすぐさま彼らを呼び止めて交番に連れて行くも、警官が不在で待つことになった。


「奥さん、安心して下さい。エイリアンは痛みを感じないんです」当然に彼がそういうと「それにしたって! ひき逃げは立派な犯罪です!」何故だか妙にヒステリックな返答と、

「エイドリアン、あなたは差別をするのですか。エイリアンと人間が和解し共存しているから平和が続いていますが元軍人だからとエイリアンを軽視する様な謂れはありません。同様にわたくしたち混血の言い分を軽く聞き流す謂れもありません」理屈詰めの混血者に彼が責め立てられている横でアイアムは足をぶらぶらさせ暇そうにタバコに火を点ければ、

「くさい! ○×△□の看板を背負っているというのにタバコを吸い出すこの有り様!」「どういった教育をなされているんでしょうか……全く赤血たちはどうかしていますね」


 ……等、何かにつけて粘っこく大袈裟にうるさくする二人に彼らは参ってしまい無言で早く警官が戻ってくるのを切に願うと共に早く○×△□に行きたいとうんざりしながら只うんうんと面倒臭そうに頷き続けていれば、それも気に入らないようで何か喋れという。



「いや、お二人の言っている事は御尤ですよ。ひき逃げは犯罪ですからね。ですから警官が戻ってきたらちゃんと自白しますので。ホラ、お二人もお忙しいでしょうし」

「うん、赤血は劣悪人種ってもう解りましたから、お互い平和にいきましょうよ」


「良いですか平和を齎したのはエイリアンなのであり、人間と混血であるわたくしたちは両方を兼ね備えた言わば新人類と成るものであります。赤血の様な古き考え、緑血の様な新しき考えのちょうど真ん中に位置するものなのでありますからアナタがた赤血は緑血を酒にするという愚かな商売を即刻やめるよう平和の為ここに約束できますか。出来ないでしょう、○×△□は三代も続いて今も尚おかしな緑酒なるものを造り続けているのです」

「赤血は言う事としている事が全く違っていますからね! どうせ私たちが居なくなれば警官が居ない事を良い事に『後で』とか言い訳して逃げる積もりなのは見え見えです!」



 濁った色した混血者二人は赤血差別をしているのにも関わらず自らを新人類だといって尚も引き下がるどころか居座ってペチャクチャ口が止まる事を知らず責め立てる。あわれ彼らは混血至上主義の中の面白く思っていないレズビアンに新たな手をまんまと引っ掛けられてしまった。新たな手とは非常にシンプルで、赤血への精神攻撃というものである。


「赤血は沢山ものを壊して――」「赤血より愚かな人種は居るか――」彼らは確かに沢山ああだこうだ言われてドンドンと精神が疲弊してくるが、なぜ疲れてくるかとはタバコが吸えない酒が飲めない等の欲求不満の方が強い。緑血または混血が流れている人間は全く疲れというものを感じなく、たとえフルマラソンを全力疾走でゴールしても心身の変化も吐息も穏やかで居られて、短所といえばエイリアンと同じくどこか赤血と違う思考回路の脳になって出来てくるので度々ふつうでない事を仕出かす独特な人間性の為この様な事を平気で苦もなく遣って退けるなんて自然であり、新人類と名乗るのなら常識になるのだ。




 彼は大人として二人の話に相槌をうちアイアムに外でタバコを吸わせていると、何やら大人数の声が拡声器の一人に続いて近付いてきた。拡声器の声は聞き覚えのある女性で、アイアムはタバコを落とし目を輝かせて人為教団体の示威運動で同士を率いる母を見た。


『赤と緑を混ぜれば』

『茶色!』

『そんな人間』

『便所に流せ!』


 混血の二人は話に夢中に成っていて彼らがなぜ笑っているのかしばらく咎めていたが、それに気付くとバツが悪そうに同時に舌打ちをして足早に逃げ去る。交番の警官も運動に参加していたのだ。飛び跳ねて両手を振るアイアムに母が笑顔で手を振り返すので、もうさっきの怒濤をフウっと一吹きしたみたく晴れ上がって格好よかった。彼はぺこりと頭を下げて軽く会釈し、交番にある時計を見ると青ざめるほど遅刻しているのでピョンピョン跳ねて手を振り笑うアイアムを申し訳なさそうに宥め一緒に原付を少し速めに走らせた。




「まったくブラウニーには本当、参るな。しつこいったらもう」

「差別が度を越していますね、少数派を多数が責め立てる事案は大昔のやり方です」

「でもママは格好よかったよね! 女が先頭を切るなんてママにしか出来ないよ!」


「ふう……まあアイツも、同じくらい度を越しているがな」娘に元妻モルランとの離婚をいつも如何してとどやされるババロアンキシュは実の所おっかないから其れだけであるがそのおっかなさも尻に敷かれる所ではなく、いう通り度を越して居たので今もずっとその飛び抜けた力をもつ元妻の話を娘から聴いて恐くなったので言葉少なめに話題を変える。



「で……問題はエイドリアンの給料の件なんだが、指摘された通り俺は数字が苦手でね、先代の親父からは欲しい時に貰っていて、お恥ずかしながら他に働いた経験も無いんだが調べた。歩合給制というのは事務方に合わなく固定給制は計算が出来ないとキツイらしいから月に一度、お前はバカな事なんていえないタチだ、親父に倣う○×△□給制とする」


「お、良く解らないけど私もってこと?」


「バカ、お前の衣食住の面倒みてんのは俺だ。大人の話だから上に行ってろ」

 一杯引っかけるんだろ変わらんヤツだと思い目移り、そういえば可なり変わったヤツが目の前に、目の色かわったみたいにカタカタとパソコンで算段するでかい身体が居るのが当然になっている現状、勿体無いぞとババロアンキシュもしつこく例の話を持ちかける。



「……そんな小さいパソコンをカタカタと、肩が凝るんじゃないかい」

「いえ、特には……はあ」妙に優しく肩を揉まれる彼はまたかと察するも時すでに遅し。親子は一世、夫婦は二世、主従は三世というものもイツでもドコでも在るものである。がしかし、天国に居ると思い込んでいる彼はこれからもココで平和にやってゆきたいのだ。



「『殺し』という言葉はモノは言い様ってもんで、俺たちは何を食べているか。肉に魚に野菜も穀物だってそうだ。ぜんぶ命あるものから狩り取って調理し、それ等を頂いている、そうだろう? 塩と水だけじゃあ生きてゆけない、栄養剤やサプリメントじゃ詰まらない。だから人は他の生命を頂戴しているんだが、果たして其れは殺しといえるだろうか?」


「そこに慈悲が在るかどうかで変ってきます。例えば昔ジビエというものが在りまして、まず料理人が自ら野生の獣を生きたまま捕獲するのですが、それが大変に気を遣うらしく野生の獣なんて人の事など気にしませんからいつ出て来るかも様々で勿論、生きたままの捕獲ですから銃を使うなんて有り得ません。飛んでいる野禽には網を投げて羽をひっかけ素早い野獣にはエサを囮にして檻に入れるのです。実際にそれをやっていた友人からの話ですが、そう気を遣って捕獲するので料理として出す時は涙が溢れてしまうからとせめてその獣を頂く際、生前そっくりの姿形を隣に置いて其れに手を合わせていたそうです」


「昔の人は粋な事をするもんだな。今の人ったらもう素っ気無い、娘を見たら一目瞭然だ、何処の誰かも何やっていたかも知れないヤツの血をグラスに溢し入れて、料理をツマミと呼んで命をサイドメニュー扱いするんだから困るね。でもさ、その血が何処に居て誰のか判ればそのジビエとやらと同じく命の尊重が出来ると思うんだ。違うかい?」


「それではまず罠の設計を始めましょう。丁度パソコンは設計図づくりが得意です」

 淡々とそう話を括れば肩を揉む手が上がり降参してくれてホッとする彼は、それほど迄あの時に感じた強い平和を持続させたいのと同時に事務仕事が適役だと離れようとせず、地宙語が解らないババロアンキシュにとってありがたい事であるが、むず痒いというのか三代目としてのカンか、すぐ目の前に功績を残した経験者という最高の人材が居るという現実がどんどん急いで一カ月が経ち、彼が遠退いてゆく様な気持ちになってしまうのだ。



「……ううーん、お堅いなあ。なんでそう頑なに狩猟を拒むんだ? アイアムに訊いても『わたしが訊きたいよ!』の一点張りで、正直それにも困っててさ」


「ぼくも、ぼくに訊きたいですね。探偵でも居れば良いのですが」理由は右の通りだが、彼にとって白々しい話なので穏やかに嘘を吐いて事態を平行線にするのも彼女の為になると思っての事だったのが今日は違い、困っているという言葉が出てきたのは気になるので



「娘さんも、そういう年頃なんですよ。ぼくも経験しましたからお気持ちは分かります。ですが自分にも如何してか訊きたいというのは嘘でも何でもなく、そうでして」同情と意地悪ではない事を付け加えたらば、ババロアンキシュは溜め息を交えてこういうのだ。


「あいつ、俺を憎んでいるのかな」


 この人ほど弱音を吐けない人は居ないと勝手に思い込んでいた彼は驚き、手が止まってしまって出来た静寂を野鳥がさえずり曝け出す。親子の関係は殆ど知らない彼は何か気の利いた事をいってやりたい位しみったれたババロアンキシュなんて見たくなどなかった。



 先の奥さんの事だろうと踏んで愚痴でも聞いてやろうとした彼は突然の来客で肩透かしするも、言えた身じゃないが、こんな明るい時間に来客は珍しいとしか思わなかった彼は日和っていた。来客したのは深帽子を被る混血者でババロアンキシュの脚を銃で撃った。


 銃声は二階にも響き渡り、なんだなんだと出来上がったアイアムが降りて来ると、彼はアイアムの目を手で覆って静かにカウンター奥に避難させ、撃たれたババロアンキシュは「馬鹿じゃねえかアイツ、人為教が運動やってる時に。いてえ」平気そうに文句垂れた。


「早く止血を! アレはぼくが仕留めます!」


「時代錯誤も甚だし……いってえ! 利き足うちやがって。とりあえずソレを仕舞えよ、エイドリアン、これは正しくミイラ取りがミイラになるってヤツだ。仕舞え」



 犯人は撃って直ぐに逃げて行ったが、なぜ今時サイレンサーも付けずに銃声を轟かしたのかミイラ取りがミイラにという意味も人為教の力さえ彼は分からずに居るので仕舞えといわれなければ真っ直ぐ背中を見せながら逃走する犯人など常時携帯している小型銃でも簡単に仕留められた。ババロアンキシュは笑いながら痛がっているが不思議で堪らなく、


「とりあえず警察を」

「いい」

「では救急車を」

「いいんだって」


どういうワケか大事にしたくない様で彼は首を傾げながら銃を仕舞うが一応と、外に出て店を警備しながら周りを見渡しても人の気配は無い。ただ緑酒用倉庫に居るエイリアンが銃声に反応してかうるさいだけで監視カメラが在るワケでもないのに何処からその自信が笑うほど湧いているのかサッパリお手上げ状態になり、アイアムですら中で平気な顔して親父の手当てをしているから自分だけ興奮していたみたいで、バツ悪くタバコに火を点け一吸いして泳げば灯台もと暗しだった事実を目の当たりにし、足元にある鉛粕を拾った。




「抜けたな、取れたよな、ぐっ……。そうだ、これが確固たる証拠品になる。最近のバカブラウニーは何かとウチの名を汚していたから、これで吊るし上げてより一層おっかねえ目で人為教に見て貰うって寸法だ。しかもお前はこのタマが解るんだろ?」


「貫通していない点カスが落ちていた点から安価な、良く警官が使われるものかと」


「いや悪い、お前にとって今日は良い日になる筈だったってのに。エイドリアンは休憩、アイアム。お前もしっかり手袋して、そいつはブツブツ呪文のような地宙語をいいながら俺を撃ったんだという言葉を添えて……モルランに渡してこい」


「わかった! 渡してくる!」父親は妙に気前よく行こうとする娘なんてお見通し、昼迄帰らなきゃ如何なるか判るなと釘をさすと駄々を捏ねて中々いこうとしないアイアムに、もう給料の額を都合して休憩も手に余るという彼を監視役として付き添わせる事を条件にモルランとの昼食を許可すると快く承諾してくれた。彼も人為教の力に興味があるので、女性であるのに大衆を率いる様な方と是非一度お話を聞いてみたかったと丁度良かった。



「あんなのと良く昼食……いて」ぼやきながら臨時休業の札を貼る元亭主であった。






「驚いた、あなた森の中で引き籠ってたあのエイドリアンだったんだねえ! うんうん! アイアム良くやった! 前のボッサボサの長髪はもう見てらんなかったけど、坊主にして目元が見えるようになるって事は、物事の見る目も変わるってもんだと思うよ私は」


 彼は気付かれないよう只のバイトの風を装っていたのはヤケに通る声で言う事一つ一つ遠慮がなくハッキリし過ぎているので、流石アイアムを産んだ母だと気味もあり過ぎで、娘さんに紆余曲折ある自分の事を余りそうハッキリと公にして欲しくないからもあるが、飲食店の中でさえ大衆を惹かすマシンガントークを休ませず、アイアムもずっと我慢していたみたく負けないほど並ぶ会話をするから会話が苦手な自分は……と壁を作っていたが『男は沢山たべないと!』と先にいったモルランのその通り早々に食事を済ました所を、女性同士の食事とは会話の為にあるものでアイアムが遂にばらしてしまった。彼は話しを聴くだけで良く、足早に去りたいものの、その嵐の中に入らざるを得なくなってしまう。



「そうです……ね。前を向いて歩くようになったと思います」

「というと?」

「というと……というと、いえ、特には」

「なになに勿体ぶっちゃって。ママ、おじさんって意外とロマンチストなんだよ」


「アイアム本当にやめてくれよ……。まあでも正直、坊主にしたって何したって性格とは一変しない揺るぎ無いものだという事、しばしば痛感させられます……ということで」

「それには同感だね。私は坊主にした事は無いけどさ、腹を切っても根付いている本質は消えない所かピンピンと元気なんだよ。意外と話が解る人じゃないかエイドリアン!」


「いえ、娘さん程には」

「そうなんだよ! 私は学校いってないからさ、おじさんから学ぶ事が一杯でね!」

 どんどんハードルを上げられてゆく彼はもう逃げたくてたまらない。心から、早くそのケーキを食べて終わらせてくれ! という久しい激情の醸しを両者に伝わって欲しく腕を大袈裟に振り腕時計を何度も確認しては空のコーヒーカップに口を付けるしか出来ない。



「にしてもババロアンキシュは鈍い男だね、そんな怪しい混血に平気で近付いて終いにゃ撃たれるなんて。昔からなんだよ其のパパの見境のなさ、早死にする位の優しさはさ」

「パパは、優しいかなあ?」

「優し過ぎる。そこにママが惚れてしまったんだから、それほどだよ」


「あの。この弾丸で犯人を吊るし上げると聞きましたが、どうするお積もりですか」彼はやっと本題に入ったと思わず口を挟むとモルランが不敵な面構えで腕を組み緊張が走る。


「エイドリアンも、いや、男ってみんな優しいんだね。そんな事をワザワザ訊くんだから平和にいきましょうと、そう言いたいワケは分かるが……まあコッチに任せてくれよ」



「ぼくは、娘さんも朝に運動を目の当たりにしましたが、当時に絡んで来ていた混血が、其の声が聴こえただけで逃げ出す程あなたに力が在る……というのは飽くまで引き籠りで人為教知らずである逃げた元軍人の見解ですが、どうか同じ道を辿って欲しくなく」


「うん、その道の先に何があったかだけ訊いておこうか」

「拘る使命感を通り過ぎると、アゴの壊れたくるみ割り人形が落っこちていました」



 彼は真面目にいったつもりだったがモルランは表情を綻ばせ何度も頷きながら席を立ち「おごるよ。機会があれば是非また。今度はゆっくりディナーをしたいね」迸る緊張感を崩さずに、アイアムは何の事やらと終始笑顔で居たが外に出ると群衆が列を成していた。



 モルランが彼と握手を交わし、手を離すと別人の顔して其の先頭に立って拡声器を持ち


「にっくき戦争を生き抜き耐え続けた軍師エイドリアンに諸君、敬礼!」


群衆がバッと足並みをそろえ古めかしい敬礼を見せると彼は無意識に其れを返してしまいアイアムも真似をするので思わず懐旧し、モルランの志も又、正しいものだ。と心の中でそっといったのが顔に出たのかモルラン一同が見せる背中に何卒と書いてあるかのような若さゆえの力を規律正しく歩み出してみせ、二人はその熱意をしっかり目に焼き付けた。




「良かった~ママに会えて話せて、本当に良かった。ね、カッコ良かったでしょ!」


「ああ、カッコ良かったなって何回いったっけな」

 原付で店に帰る道中アイアムは恍惚の境地で、くねくねして彼の背中に顔を擦りながら自慢の母をにんまり誇っていた。彼も、そこまでいかずとも未だ同志を集めて主張をする昔ながらの戦法で汗を流し頑張っている人々が居る事実は胸を熱くするほど嬉しかった。


 だが彼は知っている。そのやり方を続けて待っている終結の中で一番に苦しむのは絶対扇動者であると。調子を良くすると必ず分かれ道が発生し、道を選べるものは扇動者で、その都度なぜか仲間が消えてゆき、いつの間にか独りでやっていたんだと絶望する事を。



「モルランさんは、おれがいった言葉の意味を理解してくれただろうか」

 彼は不安が募るあまり声に出してしまったが案の定エンジン音にかき消された。平和な時代が光であるのなら、モルランが暗黙の中で企てる鉄拳制裁の闇をも照らしだされる。それもやっている事の第一は混血差別であり、運動中、もしも混血者が量の力で襲うのであれば、赤血がどれだけ武装していようが勝てるワケも無い紙一重でやっているのだから争いの引き金にもなり兼ねないモルラン一同に良い未来は残念ながら待っていないのだ。ただ、明日より今を勝ち抜こうという姿勢だけは、光が鮮烈に輝かしいものにしていた。






「はい。しっかり頂きました、大事に使います。では気を付けて」

「おう。アイアム、あんまり迷惑かけるんじゃないぞ」

「パパこそ、病院であんまり文句いわないようにね」

「うるせえ、とっとと行きやがれ」捨て台詞を残して車のドアをバタンッと閉め、病院へ向かったババロアンキシュは娘を一人にしていられんとモルランがいった通りの底ぬけな優しさでアイアムは二度目のお泊りを許されワクワク前回なかったツマミを鞄に詰め込み

「おじさん、今日は飲むよーっ! いざ出発!」

彼はアイアムが余りに調子の良いので否応なく原付を走らす。城への宿泊をオーケーした理由は彼女への信頼があるからこそだが、父だって負けじと彼への信頼があるが為こんな妙ちきりんな関係性が保たれているのである。その関係性はアイアムが仲介して発生したものであるが、当人はそんな事より酒が飲みたいというだけで、彼もここ数週間あんまり明日に響くからと酒を控えていたので思い切り飲みたかったという本心であるので結局は最初から全部みんな酒がそうさせていたのであった。酒の本質の極みといった所だろう。



「アイアム、コーヒーは要るか」

「うーん、じゃあ一応」

 ドライブスルーでコーヒーを二つ初給料で買って原付を森の前に停める。彼が苦々しいコーヒーを平気でごくごくと美味そうに飲む様を未だ理解できない彼女は青く、少しずつちょびちょび舌を濡らしながら歩くので暇しない。コーヒーをどうしてそんな不味そうに飲めるのか未だ理解できない彼も青く、直ぐ飲み切ってしまって手持無沙汰になったので

「そういえばアイアム、森の中を歩くのは初めてじゃないか」


「え?」珍しく彼から話を持ちかけたがアイアムはそれどころじゃないと舌を慣らすのに夢中になっていた。しかもアイアムが森の中を歩くのは二度目で、初めは彼が原付を奪いお使いをさせた時だったと気付いて申し訳なさと同時に、ああ、あれからまだ一カ月位かと時の流れを目で追って、あの頃のおれときたら等と懐かしんで気味悪くほくそ笑んだ。



「おじさん本当あの頃は、ひどかったよね。幽霊よりもずっとひどかった」

「ああ。でもどうしてウチが幽霊城と呼ばれていたんだ」

「そりゃあんな髪して廃墟にどっさり座って居たら誰だって幽霊だと思うよ。正直、私も配達先がソコって聞いてびっくりしたもん。着いたら臭かったしなかなか出て来ないしで最悪だったんだよ? そして出てきたのがまたクッサい軍服のおじさんでもう!」


「ハハ、最悪だな」アイアムはやっと舌を慣らしてコーヒーを飲み切って出会いの酷さを物語り、彼はつい一カ月前の自分を他人事みたいに嘲笑する。彼が変わったキッカケとは平和を感じたというたったそれだけの事だが、アイアムが来てくれなければ果たして今の自分はどうなっていたのか丸で見当もつかず、出会う前の事すら忘れてしまった程の彼はどこからどう見たって平凡な優しいおじさんである。道中、紳士なエイリアンが現れると


「君、もしかしてエイドリアンかい? 本当にエイドリアンなのかい?」

「そうですが、なにか」

「連れているのはお孫さんなのかい?」

「いいえ、孫はウチで眠っています。この娘は……えー、飲み仲間でして」

「酒は美味しいですからね、飲み過ぎないように。では」


 エイリアンにすら挨拶を交わす彼を見てアイアムは、会話口調がネイティブ過ぎて余り把握できなかったが紳士的である事は確かで、こんなに穏やかになった原因の殆ど全部が自分の功績であるにも関わらず自覚が一つも無いからか怪しさすら覚える変わり様でありちょっと考えてしまう。今こうして少女とおじさん二人きりで歩いている状況は、決して普通ではない。今から行く所は森の奥地にあるおじさんのウチで前回、手は出さなかったにしても自分の非力さではこの大きな身体と、どうやったら太刀打ち出来るものかと今更女である我が身の宿命を思い出したアイアムは意を決し、彼の前に立ってこう問うのだ。


「おじさん。これは、楽しく飲みたいから訊く事だけど私の事、どう思ってる?」

「どうって、じゃあおれの事はどう思っているかという話になるが」

「わからないから訊いてるの!」声を震わして通せんぼする彼女に妙な凄みを感じた彼は


「良いかアイアム。人の思う事とはどこまで文明が発達しようが絶対に、宇宙人ですら、本人にしか解らないんだ。これは科学的に証明されていて」という様な返答が欲しいワケじゃないという事くらいは分かっているがあえて彼女の為くどくど説明してはぐらかす。


「違うんだってば! そういうんじゃなくて、科学的根拠とかじゃなくて」

「ああ分かっている。アイアム、○×△□」


「○×△□!」アイアムは胸を撫で下ろし元気いっぱいにそう返して、城に着く頃には二人はやっと飲めると触手をなびかせ、いそいそテーブルと椅子を外に出し月灯りに乾杯した。




 第三次世界大戦後、地球は宇宙と和解した。和解の方法とは地球も他の星々と同様に、争わず差別せず特別視せず、ありのままを世界定義するとして受け入れる事で決着した。



 その和解に行ったものとは、エイドリアンの孫であるウクルリだった。戦中、銃声の中ウクルリは宇宙人に自らの裸体を渡し交配を求め、何をされても良い代りとして宇宙の長との対談を要求し、凌辱を受けながらも耐えた結果が地球を救う形になったのだが、この通りウクルリは頭がおかしいから救世主に成れたが、エイドリアンは軍人として仕方なく宇宙の人体実験に使用される為、天国へと連れ去られる前に孫を撃つしかなかったのだ。


 エイドリアンはずっと孫の考えが正気じゃないと理解してやれなかったが、其の狂った性癖を生み出したのは親のいき過ぎた性教育によって出来たもので、ウクルリはなんにも悪くなかった。結果的に終戦の確固たる地球・宇宙の共通敗因となった性欲から齎される災いは互いに分かち合えるもので、平和的合意に至る事が出来たウクルリの酷く弄ばれて傷付いた身体は月からの電波でサイレンと共にやっと、逃げ隠れの城に返還されたのだ。



 城の周りに居るエイリアンがなぜ生き返ったかの様にアイアムに死んだ筈のウクルリと勘違いされるのか、それは似ているからというのもあるがエイドリアンにも自覚なく流れ酒として飲んでいる緑の血は赤い血とは違い輸血をすれば生き返る事が出来る不老不死の血であり、彼がババロアンキシュより歳をとっているのに爺さんと呼ばれないのもその為で、いつかふとした切り傷などで気付くのだが、彼は自分が天国に居ると思い込んでいるプラセボ効果そしてアイアムから返して貰う心と共に、ウクルリの許へとゆくのだろう。



「エイドリアン、迎えに来たよーっ!」

「じゃあ、ウクルリ。いってきます!」


「いってらっしゃい!」

どうか今だけは彼を幸せな日常の中に居させてやってください。やっと絶対的な平和になったんですから、頑張り抜いた彼を休ませてやってくださいな。



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 第三次世界大戦後、宇宙人は瀕死の人間に自らの緑血の提供をしてしまった。

 姿形・種族・効果の何もかもを無視してしまう程まで地球人はそれを欲した。

 地球人はそれによって良いも悪いも様々な変容を遂げた。

 元々の人間の形にはもう、囚われなくなっていた。

「人間とは、考える葦である」という言葉も今や何処にも通用しない。

 それと引き換えに絶対の平和を手に入れたのだ。

 平和を前に、誰が咎められるか?

それは月の裏、実験データが取れなくなって置き去りにされた施設に立つ旗だろう。

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短編 - もう平和なんだからさあ TamoreS @tamore

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