第7話
「来たわ!」
全速力かつノンストップで馬を飛ばしたところ、どうやら間に合ったようで、敵が向かってくるところを待ち構えることができた。
パドメが腕をまっすぐ伸ばして示す先には砂煙が上がっている。
「おいおい。なんか数が多くねぇか?!」
「あれは……先ほどお見せした小国だけの軍勢ではありませんね……連合軍です」
なんですとぉー?!
聞いてたのと違うんですが。
「リイナ、相手の数はどのくらいだ?」
「正確にはわかりませんが…………五千くらい……でしょうか」
五千…………だと…………?
それは言い換えれば絶対絶命というんじゃないか?
こっちはたった三人だぞ。
一騎当千どころの騒ぎじゃないじゃないか!
「何者だっ! お前たちは!」
まだ近くとは言えない、大声を出して届く距離から敵が声をかけてきた。
「パ~~ド~~メ~~よ~~~!」
両手を口の周りに当てて大声で言う自称天使。
いや、誰だよってなるだろそれ。
「……我々は貴様らの国を打ち滅ぼすために手を組んだ連合軍である。魔王の逆鱗を受け、国王亡き今、貴様らの国を奪い取ってやる! もう一度聞く。貴様たちは何者だー!」
「だからパドメだってば~~~!」
だからそれじゃ納得しないでしょー?
「私は! 第十三王女、リイナ・シュヴァルツヴァルト! あなた方の動向を聞きつけ、迎え撃ちに来た!」
「なんと……! まだ潰えていなかったか、シュヴァルツヴァルト家め。これまでさんざんコケにされた恨みを今こそ晴らし、貴様らの国を我らのものにする!」
リーダーが剣をあげ、「いくぞぉぉぉ!」と雄たけびを上げた。
兵士たちの剣が高らかと上がり、地面が震える。
「おぉ! なんかすご~~~い!」
「なんでおまえそんな楽しそうなんだよ! 何か作戦があるんだろうな?!」
「もちろんあるわ。あたしに抜け目なんてないもの」
「どういう作戦なんだ?」
「ハルヒコを前面に押し出して~、一騎当千……いや当二千くらい? させて~、あたしが楽をするという完璧なプランニングよ!」
「全然完璧じゃねぇよ! その「完璧」というのは、「完全に穴だらけの壁」の略だよな! そうだよな!」
「大丈夫です、晴彦さん。私がサポートしますから」
「ひ、姫様……」
なんて頼りになるお姫様なんだろう。
か弱い体を凛とさせてリイナは力強く言った。
「姫様なんて言わないでください……。わ、私たちは、その……一緒になるのですから……」
「え、一緒に?」
何のことだ? 見当がつかないぞ。
「突撃ーーー!」
指揮官が叫ぶと、連合国の兵士が攻めてきた。
ちょっと! 今お姫様と大事なこと話してるからまだ突撃しないで! ちょっとは空気読んで!
「ハルヒコ。イチャこいてる場合じゃないわよ。早くこっち来て」
「だ、誰がいちゃこいてるって誰が」
照れを荒い口調で隠しながらパドメのそばに寄ると、なにやら呪文を唱え始めた。
すると、おれの体が七色に輝く。
「なんだ、これは」
「おまじないよ。この世界で言えば補助魔法ってところかしら。目に見えない軽い鎧みたいなものを纏わせておいたから、あんな剣の攻撃なんていくらくらってもへっちゃらよ。あと魔法無効化もつけたし、攻撃力も上げれるだけ上げといたわ。他にもかけれるだけ魔法かけておいたし。ハルヒコの世界で言う、いろんな良いものを入れた健康食品みたいなものよ」
おお、なんだかわかりやすい。
「それはつまり、防御しないでも戦えちゃうレベルということか?」
「ザッツラーイトッ! でも何があるかわからないからちゃんと防御もして戦っておいたほうがいいわね」
「すごいですね、ハルヒコさん! この国のために……よろしくお願いします」
「ああ! わかったぜ、リイナ」
なんだか行けそうな気がする。
ここから始めるんだ……。あいつらへの……うちの家族の生活を奪ったあいつらへの反撃を! ここから!
「うぉぉぉぉっ!」
おれは剣を握り締め、声を荒げて走りだした。
迫り来る敵の剣をよけ、槍のようにして突く。
「ぐほぉぁっ!」
見事命中。できるじゃんおれ。
すぐさま抜き、襲い掛かってくる敵の攻撃を剣で防ぐ。そしてすぐ攻撃に転じた。
剣なんて握ったこともなかったが、パドメの魔法のおかげか、体が知っている。
動ける。戦える!
次第に自信がつき、次々と敵を倒していく。
「死ねえ!」
背後から攻撃されそうになるも、次の瞬間、敵は凍りついたように固まった。
あたりに冷気が立ち込めている。
自陣を見ると、どうやらリイナが打ってくれた魔法のようで、にこっと笑顔を返してくれる。
……いけるっ! このまま押し切るぞ!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁああっ!」
おれはさらに速度を上げて目に付く敵をどんどんなぎ倒していく。
パドメが視界に入ったが、まるでオーケストラの指揮でもしているかのように、大きな岩の上で指先からピカピカとビームを楽しそうに打っている。
リイナも次々に魔法を打って兵士たちの突撃を圧倒していた。
二人の無事な姿を見て、おれは自分の周囲にいる敵に対し、一気に畳み掛ける。
「おらぁあ!」
視界にいる最後の敵を倒し、ひざをついて呼吸を整える。
あたりを見回すと、無数の敵兵がころがっていた。
……とりあえずパドメたちのところに戻ろう。
「おーい、無事かー?」
「大丈夫よー。がんばったねーーー!」
パドメが手を振って出迎えてくれた。
しかしリイナは顔を強張らせている。
「リイナ。どうした?」
「……兵が少なすぎます」
「少ない? こんなに倒したのに?」
「ええ……。これではまだ二千人くらいしかいません」
二千人倒したのかおれら……。
パドメが魔法を放ってたところに人が山のように積みあがっている。
「確か最初五千くらいって言ってたわよね、リイナちゃん」
「ええ……。一体どこにいるのか……」
さっきの戦いで生じた砂煙がまだ退けない。
「あの煙の奥にいるのか?」
「もう! 隠れてないで出てきなさいよ! えいっ!」
パドメが人差し指を立てて腕を振ると、突風が起こり砂煙が消えた。
「な……なんだあれは!」
生まれて初めて見る光景に目を丸くする。
「あれは…………魔方陣です。しかもすごく大きな魔方陣……あんなに大きいのを見るのは私も初めてです」
「ほぇ~。綺麗なもんねぇ」
赤色に光る魔方陣。その中に人が蠢いているのが見える。苦しそうだ。
晴れていた空は次第に暗雲が立ち込め、灰色一色になる。
次の瞬間、魔方陣の光が激しく輝きだした。
「いけません! あれは召喚の儀です!」
「召喚っ? 何を召喚しちゃうの?」
パドメがわくわく感全開で聞く。
リイナとのテンションの差が大きすぎて緊迫感も何もあったもんじゃない。
「召喚獣……魔界の獣です」
「わぁぁ! すごいわ! 楽しみぃ」
「……きます!」
目を開けていられないほどの光が魔方陣から放たれる。
「なん…………だ…………これ」
目を開くと、天まで届きそうな大きさの黒光する何かがそこにいた。
「ゴーレム……」
リイナは言いながら震えていた。
上半身のみがでているようで足のようなものは見えない。上半身だけでこれだけあるのだから全身なら大気圏まで届いてしまうのではないだろうか。
―――そういえばこれまでずっと空気を読まず緊張感のないおどけた発言ばかりするあっぽん天使の声が聞こえない。
ちらりと目を向けると、両手で体を抱き、足をがくがくさせて全身を震え上がらせている金髪天使がいた。
「ハルヒコ……あたしたち……もうだめかもしれない」
…………おまえにそれを言われたらもうおしまいと同じじゃないか。
大地を揺るがす轟音が聞こえた。
前を見ると、ゴーレムはすでに腕を振り上げていた。
―――もう、どうすることもできないんだな。
ここ数年で唯一楽しいと感じられた二日間だった。
悔いはあるけど、このまま生きていたとしても借金取りとの一方的なデスゲームだ。ここで人生が終わる方が幸せかもしれない。
ゴーレムが腕を振り下ろし始めた。
とても重々しく、そして確実におれらを標的にしている。
走馬灯は流れない。
いいことなんてあまりなかったのかもしれないな。
抗う術のない勇者は、死を覚悟した。
その時―――。
ものすごい突風が辺りに吹き荒れた。
砂煙を吹き去ったときとは比べ物にならないほどの風圧。
「……きたわね」
パドメが言った。
パドメの視線の先には、リイナがいた。
しかし、なにやら様子が変だ。肩くらいまでの長さだった髪が腰を超えるほどに長くなっている。そして顔つきも険しくなり、鋭い表情をしている。
「あたしが城で最初に感じた魔力……まさにこれだわ」
リイナのまわりで紫色のオーラが渦巻く。
長い銀髪を風になびかせながら、リイナは左腕をゴーレムに向けて突き出し、手のひらを広げる。
すると大気から次々と白い光が手のひらに集まり、小さな球体に収束されていく。
「―――消し飛べ。異物が」
リイナの右手からゴーレムの大きさを優に超える白い光線が爆音と共に放たれた。
光線に包まれた部分は消滅し、ゴーレムの胸から上あたりがぽっかりとえぐられたように無くなった。
空まで貫いた光線は、辺りの暗く淀んだ雲を一瞬にして消し去り、晴天が顔をだす。
残りのゴーレムの残骸は、徐々に崩壊し、周辺にいる魔道師の上に降り注いだ。
おれとパドメはただぽかんと口をあけてその様子を見ていた。
「リ、リイナ?」
凛々しくたっているリイナに声をかけと、こちらを向いた。
少しびくっとしてしまう。目の色も琥珀色から赤色に変わっており、鋭い目つきだ。
こちらに歩いてくるリイナを見て、パドメはおれの後ろに隠れた。
「……私はリイナじゃない」
「リイナじゃない…………って、どういうこと?」
「私は三大魔女の一人、シュロエという」
「ま、ままままま魔女ですってーーー?!」
どおりで……とパドメは一人で納得している。
「探していた。主を……勇者を」
シュロエはそう言うと、おれに近づき、おれのほほにキスをした。
「あ……あああああああああ!」
驚いてちょっとした放心状態になった当事者をさしおいて、パドメが過剰に反応する。
「よろしく。私の勇者」
魔女の優しい顔に包まれながら、今後の仕事の行く末に対して多くの不安とかすかな期待が膨らんでいった―――。
天使と魔女はそりが合わない! 紀堂紗葉 @kidou_suzuha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。天使と魔女はそりが合わない!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます