第6話

「あなたは……この城の人?」

「……はい。そうです」


 パドメの問いに少女は銀色の髪をなびかせて答えた。

 琥珀色の目の色が特徴的だ。

 清楚なドレスに身を包み、両手を前で組む姿はとても絵になる。


「さっきすごく大きい魔力を感じたけど、それもあなた……なのかしら?」


 少女は一瞬戸惑ったように見えたが、すぐ口を開いた。


「その前に、一つだけお聞きしたいことがあります」


 少女はキリッとした目をおれに向ける。


「あなたが勇者というのは本当ですか?」

「ああ。そうだ」

「ほんとに……ほんとにそうなのですね。よかった」


 よかった?

「私たちはあなたを待っていました。勇者を……あなたを」


 リイナはとても嘘を言っているとは思えないほどのほっとしている表情を見せた。


「私の名前は、リイナ・シュヴァルツヴァルト。この国の第十三王女です。あなたのお名前は何というのですか?」


 なんと! これが生粋のお姫様というやつか。どおりで気品があるわけだ。

「おれは杉並晴彦だ」

「あたしはパドメっていうの。ハルヒコのことはパルピコでもバルビゴでもなんでも反応するから呼び方はなんでもいいと思うの」

「いいと思わねえよっ! 何でたらめ吹き込んでんだ」


 それが本当ならそのうちパピプペポとかでも反応しそうだな、おれ。


「うふふふ。仲がいいですのね」


 楽しそうに笑う顔は、とても孤城にいるお姫様とは思えない。


「立ち話も何ですし、奥でお茶でもしませんか?」

「は~い♪」


 おまえ、さっきまでの誰だかわからないほど慎重になっていたあの警戒心どこに投げ捨てやがった。

 パドメは楽しそうにスタタタッと歩いて行く。

 そんな陽気天使におれはすかさず近づき耳打ちする。


「おい、大丈夫なのか? とんでもな魔力がどうとか言ってたじゃねーか」

「あ、もうそれ大丈夫みたい。全然大丈夫みたいなの。全然!」


 そですか。まぁいいけどさ。


「ねぇねぇお姫様。他の人たちはどこにいるの?」


 リイナは足を止めた。


「ここには…………私しかいません」

「……え?」


 このお姫様がいるということは、他の人も生きているかもしれないと思ったのだが……。

 生きていないとなると、なぜリイナだけが生き残っているのかというところが気になるわけだが―――。

 さっきの魔力の件もそうだが、不可解な点がいくつもありそうだ。

 集中していたところ、城のどこかでガラスが割れるような音が突然鳴った。

 タイミングのせいもあるが、あまりにもびっくりしてしまい、体をびくつかせてしまった。

 上を見ると謎の飛行物体が視界に入る。

 翼を豪快に動かし、バサバサッと空を切る。

 物体の正体はフクロウだった。

 リイナは慣れたように指先にとまらせる。

 フクロウの足元には筒のようなものがついていた。

 リイナは焦燥感に駆られているのか、急いでその筒を開け、中から小さな紙を取り出した。

 紙を開いて読んでいたリイナは突然、「はあぁ」という悲鳴ともとれる大きな声と共に、後ろに倒れこんだ。


「あぶないっ!」


 おれはすばやく動き、倒れるリイナを後ろから支えた。


「大丈夫か?」


 顔を覗き込み、リイナの意識を確かめる。


「敵国が……攻め込んできます」

「な、なんだと?!」


 リイナがおれにそのメモを見せる。


 ……読めない。

 これ見よがしにパドメに見せた。


「ハルヒコ。今……敵がこの国に攻め込んできてるって」

「そうか……」

「そうか……って。やけに落ち着いているわね、ハルヒコ」

「だってこの国の兵士が戦うんだろ?」

「どこにいるのよ。この国の兵士」


 ……確かに。二日目の異世界だが、今のところ見ていない。

 看守なら見たが。


「少しはいるだろうけど、それは城から離れているところに住むような低級……しかもいてもそんなに数はいないと思うの。いても三千とか四千とか……」

「……敵の数はどのくらいなんだ?」

「特に書いてないわ」

「この連絡者は、いわば敵国に潜入している自国の者……つまり内通者、スパイです。その敵国というのは、……ここです」


 リイナは体を少しよろめかせながらも世界地図を近くの書棚からとりだし、指で示す。

「……結構小さめじゃね?」

「うん。だいぶちっちゃいわね」

「戦力はどんなだろうね」

「たぶん、大したことないと思うわ」

「ほう……。とりあえずその四千の兵は今すぐ集めることはできるのか?」

「今から準備しては間に合わないと思います。この様子だと、あともう数時間で国境付近に差し掛かるでしょうから」


 リイナが不安そうな顔で胸に手を当てている。


「ハルヒコ、行くわよ!」

「どこへよ」

「せ・ん・ち」

「戦地ぃ? おれなんか行ったところで何もできないぞ。殴り合いのケンカすらしたことがないし、ついでに言うと、親父にも殴られたことがない」


「だいじょうぶよ。君にはあたしがついているわ」


 ……安心できそうでできないのはなぜなのだろうか。

 まあ仕事上、勇者という役職についているわけだから行くことは避けられないのだろう。


「私も……行きます」


 リイナが言った。


「えっ、大丈夫なの? 日光を浴びたら具合悪くなって倒れるとかない?」

「ひ、人を吸血鬼みたいに言わないでくださいっ!」


 リイナが顔を赤くしている。

 肌が白いからすぐリンゴみたいになるな。


「それよりも今すぐ出ましょう。今から馬を出せば国境で対峙することができるはずです」


 戦い―――こわいな。

 ここでの死が現代の死と同じということが、死ぬという意識がこんなにも不安と恐怖を駆り立てるなんて―――。

 心が押しつぶされそうだ。


 ―――ん?


 急に顔が引き寄せられ、やわらかい感触に包まれた。

 横目でリイナを見ると、恥ずかしそうに顔を背けて、ちらちらとこちらを見ている。


「大丈夫よ。あたしの勇者なんだから。そう簡単に死んだりしないわ」


 パドメはおれを胸元に抱き寄せ、心をなでるように優しい声でそう言った。

 人肌のやわらかさとほんのりと甘い匂いで心が満たされていく―――。

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