第5話
――――――うぁあ!
気づくと上半身だけテレビ画面から出ていた。
どうやら行くとき穴を通ってきたなら帰りも穴を通らなければならないらしい。
時間は夜の九時四十八分。体感時間としては合っている。
異世界に行って、異世界で仕事し、今戻ってきた―――それはおれの人生という時間軸上に確実に存在していることになる。
数日前には考えられなかったな。こんな……文字通り現実離れした生活は。
しかしそんな感慨にふけってるわけにもいかないな。
城に渡る方法を考えないと。
でも、すでに一つだけ考えがあったりするのだ。
あの店―――まだやってるかな。
おれは警戒しながらお目当ての物を買いに出かけた。
「あ、おっはよー、ハルヒコ! ……ってそれ何?」
異世界と行き来する道具と化してしまった我が家のテレビを通って、勤務開始5分前に到着する。
こんな朝早くから城を目の前にして一歩進めば断崖絶壁真っ逆さまという危険地帯にいるような人間はおれらくらいだ。
今日はそれなりに勇者に見えなくもない服装にしてもらった。
盾と剣を持ち、鎧はない。
勇者というよりは虫取り少年みたいな軽装だ。いくら抗議しても全く聞く耳を持たない。
まあそんなことはどうでもいいのだ。
昨日、いい武器が手に入ったので少しばかり気分がいいのだ。
「ふっふっふっ……この世界を制覇するための武器の一つとして入手したこの超スーパー爆裂ウルトラボウガンで城にたどり着いてみせる!」
「えっ、なんかかっこいい!」
パドメが目を輝かせてみている。
実際はこんな名前でなく小難しい名前だったが忘れてしまった。
うちの、いや元うちの系列会社が製作した戦闘用兵器である。
馴染みのおもちゃ屋に閉店間際に滑り込んで購入。
おもちゃ屋といっても裏では銃砲火薬も扱う、広義的な意味でのおもちゃ屋である。
このボウガンにロープをくくりつけて岩場に命中させたあと、大穴の上を綱渡りするという計画だ。
「ふふふっ。そのでっかい目をさらに大きく広げて刮目して見ているがいい!」
「うん。わかった!」
パドメは指で目を上下に開く。
おれは説明書どおりにセッティングし、城入り口真下の岩壁に狙いを定め、トリガーを引いた。
大きな爆裂音と共に城に向かって放たれた矢は、その打った先を確認する頃にはすでに標的にしていた岩壁に突き刺さっていた。
「わぁお。すごいすごーい。ハルヒコすごーいっ」
パドメはぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
その姿を横目で見ながら突き刺さった方と反対の端を近くの木の幹に巻きつける。
「ところでパドメ。お前、あそこまでいけるか? これで」
ボウガンと一緒に買ったハンガーみたいなものを見せる。
「それどうやって使うの?」
「この縄の上に乗せてあそこまでシュイーンと滑らせて降りていくんだ」
「なるほどぉ!」
パドメは納得した様子で目を丸くした後、ハンガーみたいなのをおれの手から奪い取って要領よくロープにくくりつける。
「準備できたわよ」
「……よし。いいぞ」
「いっきまーすっ。えいっ!」
状態を確認し、パドメを送り出した。
勢い良く岩場に向かって降りていく。
もう一個買っておいたハンガーみたいなやつを準備し、パドメのところに向かった。
「ねえねえハルヒコ、見てこれ! とんでもない結界魔法で城が覆われているわ」
おれが岩場について早々、大きな穴の上を越えた後という精神的に落ち着きたい真っ只中にパドメはお構いなくハイテンションで話しかけてくる。
魔法を使えないおれには見えないが、どうやらそうらしい。
それこそがこの国の兵士たちがこの城にたどり着けなかった理由なのかもしれない。
「それがあると入れないのか?」
「うん。入れないわ。そのための結界魔法だもの。でもよくできてるわね~。すごいすごーい! ……あ、壊れた」
「は? 壊れた?」
パドメが城の方に手を伸ばしていたと思ったら、どうやらそれは結界をなでなでしていたらしく、そしてそこの結界が壊れたらしい。
天使スゲー。
「ねぇねぇ、ちょうど中に入れそうなくらいに開いたわ。中に入っちゃいましょうよ」
「お、おう」
岩場を少し登り、城の門付近にたどり着く。
近くで見るこの世界有数の大国の城は、それはもう言葉では言い表せないくらいに豪勢なものだった。
入り口前のエントランスの天井は高すぎてそこに描かれている模様は何が描かれているのか確認することができない。扉も果たして二人で開くことができるのかというくらいの大きさと重厚感だ。
「ハルヒコ」
「なんだ?」
「中からすごく強大な魔力を感じるわ」
まだ出会って間もないが、パドメがこんな真剣な顔をしているのは見たことがない。
よほど手ごわい相手なのか。
「入るわよ」
大きな扉を二人で開けて入った。
二人のコツコツという足音が暗闇に溶けていく。
入り口から奥へと赤い絨毯が敷かれているが、どこまで敷かれているのか暗くてわからない。
「さぁ……行きましょう」
「ああ。でも一言だけ言わせてくれ。人を盾がわりにするのは是非ともやめていただきたいのだが」
パドメがおれの後ろに回って左手でおれのベルトをぎっちり握り締め、右手はいつでも殴れるようにしているつもりなのか、拳を握っている。
「何ごちゃごちゃ言ってんのよ。君は勇者でしょ?」
「ああ、勇者だよ。だからそんな勇者様を盾がわりにするなんていう罰当たりなことは即刻やめてもらおうか!」
「いやよ! あんな化け物級の魔力を受けたらいくらあたしだって無事じゃすま……ありゃ?」
「なんだ、どうした」
「魔力が……消えたわ」
「なに? それは化け物がどこかに行ったってことか?」
「……そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。とてつもない魔力は無くなったけど、微弱なのがまだある……」
とりあえずパドメはベルトをつかむのを止めたようだ。
「……くるわ」
カツ――カツ――カツ――カツ――。
音がだんだん迫ってくる。
すると、一人の少女が姿を現した。
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