貧乳で口の悪い彼女

@zex

第1話

物心ついた時から一緒に居て、幼稚園、小学校、中学、高校とずっと同じ環境にいた人間のことを世間一般では幼馴染みというらしい。


小さい頃は気付かなかったけど、だんだん好きだということに気付いて、告白することで関係が壊れてしまうことが怖くて…。

……なんて、甘い幻想は僕たちの間には成立しないものらしい。


確かに、小さい頃からお互いのことをよく知っているから話しやすいし、悩みなんかもたまに話したり聞いたりする。


お互いの家にも用があれば行くし、一人じゃ入りづらい所には付き合わされたりするくらいの関係だ。


あいつに彼氏ができても、僕の心に変化はないし、逆に僕に彼女ができても普段となにも変わらない距離感。

この関係が心地よくて、ずっと続いていくんだろうなーと、なんの根拠もなく信じて疑わなかった。


…あの時までは。


あいつがおかしくなったのは、飼っていた猫が車に轢かれて死んでからだ。

普段は家から出さないのだけど、ふとした拍子に逃げてしまったらしい。


人ってこんなに泣けるものなのかと思うくらい、すごい泣き方だった。

今まで聞いたことがないくらいの大声をあげ、溢れてくる涙が次から次へと地面に落ちた。


涙が尽きるのが先か、声が枯れるのが先か…そんなことを考えながらあいつをただ見ていることしかできなかった。


なにも考えずに手を差しのべることも、抱き締めることも出来ないくらいには大人で、なにもできないことに、ただ歯を食いしばることしかできない子どもだった。


あの頃の僕は中途半端だったんだ。

心も体も……。


夏空の夜、綺麗に咲き誇る花火が終わってしまった時のような、なんとも言い難い不思議な終わり方。


「墓、作ってあげよう」


そう言って抱き締めた猫の感触は僕がいつも触っていた感触とはあまりにも違いすぎていた。


骨が何本も折れてしまったんだろう。

なんの前触れもなく命を失った身体は、あまりにも冷たかった。


わずかに残る温もりですら、ものすごく冷たいものに感じた。


ついさっきまで生きていて、可愛いと思っていたのに、動かなくなってしまった途端、怖くなった。

ものすごく怖いモノだと感じてしまう自分がすごく嫌で、意味もなく、返ってくるはずがないとわかっていても、声をかけずにはいられなかった。


「とびっきりデカイ墓作ってやるからな」


「大好きだった猫缶たくさん入れてやるよ、食いきれないくらいたくさん」



…やっぱり何も返ってはこなかった。


彼女の家の庭に無心で穴を掘り、綺麗なタオルにくるんで、大好きだった猫缶やネズミの人形、にぼし…思い付く限りのものを詰め込んで土をかけた。


あいつも手伝ってくれたから、立ち直るまでにそんなに時間はかからないと思ったんだ。


それからなんとなく、距離ができはじめてあまり話さなくなった。


そんな日が3ヶ月くらい過ぎたある日、たまたまあいつを見付けた。


あいつは、道端に倒れている猫を見付けると手慣れた手つきで抱き抱え、どこかに向かった。


後を追う以外の選択肢なんて考えられるはずもなく、気付かれないように後を付けた。


通い慣れた道なので、いちいち振り返ったりキョロキョロしないでくれたおかげで僕の初尾行はめでたく成功した。


通い慣れた道というのは…詰まるところあいつの家だったのだ。


一目散に庭に行き、穴を掘り始めた。


一体どれだけの墓を作ってきたのだろう。

この3ヶ月間、あいつはこんなことをしていたのか。


「お前なにやってんだよ!バッカじゃねーの」


「可哀想だったから。気付いたらこんなに増えちゃった。これであの子も寂しくないね」


と、笑いながら話すあいつをとても見ていられなかった。


「こんなことやってないで、また猫飼おうよ。俺たちでさ。」


あの時の僕を殴れるものなら、言葉なんか話せないくらいボコボコにしてやりたい。

そう思わずにはいられなかった。


神様なんてものが実在するなら、そいつはものすごく性格が悪くて、ものすごく意地悪なやつに違いない。

そんなやつを信じるのも頼るのも、2度とするもんか。


彼女の家の庭によく遊びにくる猫に、にぼしやら鰹節なんかをあげているうちに毎日のように来るようになった猫を僕たちは飼うことにした。

お互いの家では飼えないので、現状とたいして変わらないのだけど。


それでもあいつは気に入ったらしく、「にゃーさん」なんて名前を付けてじゃれあっている。

実は僕も、人懐っこいこの猫にベタ惚れなんだよね。

鳴き声が甘ったるくてたまらなくてさー…なんてことはいいとして…。


いつものあいつに戻った気がして、心底ホッとした。


車に轢かれた猫を拾って墓を作る高校生なんて居ていいはずないだろ?


いつの間にか笑うようになって、普段のあいつが戻ってきて、何の変哲もない日常ってのが戻ってきた。


いつもならこの時間にはお腹を空かせてくるはずの猫がまだ来なかった。


「あいつ人懐っこいから誰かに拾われたのかもなー」


「そうだといいな」


「あんなに可愛がってたのに会えなくなっても寂しくないの?」


「寂しいけど、飼ってもらえるなら突然死んじゃったりしないから、その方がいいよ」


「そっか」


次の日、今日は来てくれるといいなと話ながら2人で帰っていると、猫が倒れていた。


あいつが「にゃーさん」と名付けた猫だ。


神様はなんでこんなに意地悪なんだろう。


僕たちは、言葉を交わすこともなく、冷たくて動かない「にゃーさん」と呼んでいたモノを抱き抱え、彼女の庭に穴を掘った。


その間も会話はないし、泣きもしない。

僕もあいつも、何かが壊れてしまったんだろう。


彼女の家に上がり、彼女の部屋に行った。

きっかけなんて、なかったと思う。

どちらからからしたのかわからないし、どうしてそうなったのかもわからない。


ただ、僕たちは自分の生を確認するかのように、求め合った。

セックスをなんのためにするかなんて知らない。

言葉なんかいらない。

ただ、自分が生きている実感が欲しかった。


死というものを受け入れるには僕たちはまだまだ幼かったんだ。

お互いを傷付け合うことでしか、生を実感する方法が分からなかった。


その日を最後に、僕たちは会うことはなかった


最後の言葉は


「私のことは忘れてください」

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