エピローグ=有限会社ミズーリ(2)
安スーツを着込む中年男、御年四十。
有限会社ミズーリ代表、滝馬室は荒川区の住宅地で、ある木造一戸建ての前まで来ると”得意先”の顔を見つけて大きく手を振る。
「お婆ちゃん! おはようございます」
庭で花壇に水やりをする吉田のお婆ちゃんは、滝馬室に気付き丸い腰を上げて、柵の向こうから少女のように喜び、手をふり返す。
「あら、タキさん! おはようございます。また会社の女の子にイジメられて、逃げて来たの?」
「そういう言い方は止めてくださいよ。仕事で近くに寄ったので、挨拶に」
お婆ちゃんは、滝馬室を縁側に案内して座らせると、部屋の奥に行きお茶を用意する。
老婆がお茶を持って来たタイミングで、滝馬室は手土産の箱を差し出す。
「お婆ちゃん、これね。駅土産の芋ようかん。良かったら、どうぞ」
「まぁ、そんな気を使わなくていいのに~」
お婆ちゃんは、貰った手土産を膝の上に置くと、思い出したかのように手を打ち話を始めた。
「そうだ、タキさん! 私、またタキさんの売ってるお水を買おうと思うの?」
滝馬室はその理由を、なんと無しに解っていたが、あえて知らないふりをして返す。
「それは嬉しい申し出ですね。でも、どうして?」
「知ってる? 詐欺の人達、捕まったらしいのよぉ」
滝馬室は爽やかに答える。
「えぇ、今朝のニュースで見ました」
「それでね。弁護士さんに相談したら、騙し取られたお金。全額は無理だけど、幾らかは取り戻せるらしいのよ」
彼は笑みを絶やすこと無く、静かに頷く。
老婆は節目がちに続けた。
「全額じゃないのは残念だけど、幾らか戻ってくるんだもの。まだマシよ」
お婆ちゃんの話を聞く滝馬室は、心が傷む。
だが少なからず老婆の気は晴れたようで、話題は止めどなく出る。
「あたし警察って、あまり好きじゃないのよ。こっちからお願いしても、すぐ動いてくれないのに口だけはうるさいから」
それを聞いて、警察の身分を隠す滝馬室は、苦笑いを浮かべた。
「でもね、悪い奴を捕まえた警察に、感謝してるのよ? あたしのように、悔しい思いをする人が減るんだもの」
滝馬室は、これまでの出来事を思い返し、自分のことを褒められているようで、気恥ずかしそうに小さな笑みが漏れる。
老婆は彼の肩を軽く叩いて聞いた。
「タキさん。時間ある? せっかくだから、頂いた芋ようかんを食べましょうよ」
「いやぁ、僕は結構ですよ。お婆ちゃんの為に買ってきたんだから」
彼は、両方の手の平を見せて譲る。
お婆ちゃんは手を振り、返す。
「もぉ~。そんなこと言ってると、あなた幸せ逃すわよ? まだまだ働き盛りなんだから」
老婆の勢いに押された彼は、素直に行為を受け取った。
「では、お言葉に甘えて」
それを聞くとお婆ちゃんは、嬉しそうに芋ようかんの箱を台所へ運ぶ。
滝馬室は猫背の老婆を見送ると、晴れ晴れとした空を眺めながら、小さな歓喜を漏らす。
「いい天気だぁ~……」
そして自分も含め、誰しも平穏な一日が過ごせるようにと、切に願った――――――――。
終。
Third・Party(サード・パーティー)警察代理店 にのい・しち @ninoi7
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