屋上の秘密基地にて「一人で行かせたくねーよ」

 み、美穂子が竜神を好きだったなんてどうしようどうしよう。

 竜神を取られちゃうぞ、いや、元から俺のものじゃないけど!!

 嫌だ嫌だ嫌だ取られたくないいい!!

 竜神は俺のだ……! あいつがいないと痴漢も暴漢も追い払えないもん!


 でも美穂子と竜神の邪魔をしちゃ駄目過ぎるよな。

 だって竜神、痴漢追い払ってくれたりしてるけど、そもそも、そんなことして貰う義理が無いんだもん!!!!!!


 元をたどれば道路に飛び出した俺が100%悪い!!!

 親戚が俺を轢いたからって、竜神には何の責任も無い。

 なのに毎朝早起きして遠く離れた俺の家まで迎えにきてくれてるんだぞ。あいつの善意に全力で甘えてるんだ。その上、美穂子との関係を邪魔するなんてとんでもない!!


 馬に蹴られて死ぬどころの騒ぎじゃない。馬に蹴られて子犬の大群に踏まれて象に踏まれるぐらいじゃないと罪は償えない。途中の子犬はご褒美だけど。


 教室の自分の席で両手を膝に付き、椅子に行儀よく座って悩みまくっていると、


「未来」

「え」


 珍しく竜神から俺の席に来た。静かな声で名前を呼ばれる。


「いいトコ見つけたから来い」

「いいとこ?」

 なんだろ。なんだか内緒話みたいな感じで言われてしまった。


 竜神が上がったのは五階だ。生徒が侵入しないようにバリケードとして張られたドアを、「よ」と簡単に外す。ドアノブの方からじゃなく、蝶番の方から。


「オレが壊したわけじゃねーぞ。壊れてたんだからな」

「何も言ってないです」


 5階の廊下を進む。学校の清掃をしてる業者の方々が頑張ってくれてるのか、意外と埃臭くはない。目的地は一番奥の教室だった。普通の教室と違い、ノブ式のドアになってて窓も小さい。


「わぁ、なにこれ」

 まず、ピラミッド状に天井近くまで重ねられた机が目に飛び込んできた。

 それから、天井にいくつもある窓。普通の窓じゃなく、オームの目みたいなドームの窓だ。


 竜神がひょいっと机を天辺まで登り、オームの目に手をかける。ちょっと回しただけなのに簡単に取れてしまった。


「こい」

 手が差し伸べられた。何も考えないまま、手を伸ばそうとしてしまったけど、引っ込める。なんか、触っちゃいけない気がした。

「一人で登れるよ」

「バランス悪いからあぶねーって」

 う。

 竜神の手が腕を掴む。緊張とかじゃく、ギシっと心臓に潰れるみたいな痛みが走った。


 丸い窓をくぐると閉鎖されてるはずの屋上が眼前に広がった。

 風がふわっと夏服を撫でていく。

「わ……、きもちーなー!」

 いい眺め! この学校は桜丘という名前だけど、別に丘の上にあるわけじゃない。だけど近所に学校より高い建物がないから遠くの海まで見渡せちゃうぞ。すっげー!


「あっちに日陰あるぞ」

「うん!」


 竜神の後ろをついていく。でかい背中……それを直視することもできず、俯いて聞いてしまった。


「み――美穂子は誘わねーの?」

 勇気を振り絞って聞いたのに、竜神は不思議そうに口を開いた。


「なんで美穂子? 別に仲良くねーぞ。お前が絡むときにちょっと話すぐらいだし」


「それは……」

 美穂子がお前を好きっぽいから。

 その一言が口に出せない。


 スカートのポケットに突っ込んでいた携帯が振動した。

 こんな時間に、誰だろ?

「……母ちゃんだ……?」

 すぐに通話を繋いだ。

「なあに? 母ちゃん。こんな朝っぱらから」

『昨日、早苗ちゃんのお母さんからあんたに会いたいって連絡があったのよ。時間は今日の5時。危うく忘れちゃうところだったわ。今思い出して、慌てて電話したの』

「今日の5時って……! あぶねー! 大事なことはすぐメモってテーブルの上に置いといてよ! 危うくすっぽかしちゃう所だったじゃねーか!」

『今度からそうするわ。駅前のワンフレーズって喫茶店、わかる? そこが待ち合わせ場所だから』

「あぁ、あの古い店」

 今時珍しい昭和っぽいレトロな喫茶店だ。間違えてもカフェじゃない感じの。


『遅れないようにね』

「はい! 了解しました!」

 びし! と答えたはいいものの……「うー」電話を切ってから唸ってしまう。

「早苗さんのお母さんと会うのか」

 ウチのかーちゃん、電話の声が超デカい。聞き耳を立てずとも近くにいる人にまで聞こえてしまう。竜神の耳にもばっちり届いたようだ。


「うん……。断る事なんて絶対できないけど、会うの怖いんだよな……。早苗ちゃんの体を乗っ取ったようなもんだし……」


「オレも付いて行っていいか? もちろん別のテーブルに座るからさ」

「え、う、」

 竜神についてこられるのはちょっと困る。

 だって、何を言われるかわからないから。

 今になって俺に娘の体を渡したことを後悔して、「男の癖に娘の体を乗っ取った化け物」と罵られるかもしれない。

 そんな場面を竜神に見られたくない。


「え、えと、えと、お母さんに、早苗の体になったこと怒られるかもしれないし、気持ち悪いとか化け物って言われるかもしれないし……できれば、竜神には見られたくないかな……」

「なら余計に一人で行かせたくねーよ」

「え、」


「お前すぐびゃーびゃー騒ぐし、怖がるし。お母さんに酷い事言われたら家に帰ることもできなくなるだろ。離れた席に座るから傍に居させろ」


「――――」

 言葉を失ってしまったけどどうにか自分の中から引きずり出す。

「でも、でも……」

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ある朝突然、モブ君が美少女になった話 @inusuki

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