女友達は時に超厄介

美穂子ちゃん、全力で未来で遊ぶ

 桜丘高校に入学し、3日が経ち、私はクラスメイトの花沢さんに「好きだ、私と付き合って欲しい」と告白された。

 に゜

 出た事の無い音が脳内で鳴り響いた。

 花沢さん。フルネームは花沢百合さん。そう、れっきとした女の子である。

 そして私の名前は熊谷美穂子。誰が読んでも女子だと分かる(小野妹子は除く)、今時珍しい「子」の付いた名前だ。


「き、気持ちは嬉しいけど、私の恋愛対象は男の子だから……」

「く……!!」

 花沢さんは長身だ。多分170を超えている。その体が傾き、足でザシュ、とバランスを取る。

「なぜ……この世には男などという生き物が存在するんだ。美穂子のような可愛い子は女と付き合うべきなのに……!! この世の男という男を一人残らず惨殺してやりたい……!!!」

「ざ、惨殺は言い過ぎじゃないかな? せめて殺害ぐらいに」

 惨殺とは書いて字のごとく、惨忍に殺すことだ。

 普通に殺害で良いと思うんだけど。どっちも物騒なことには変わりないけども。


「ならばせめて友達からお願いします!」

 花沢さんががばりと頭を下げてきた。ならばってどこから繋がったの? でも。

「こちらこそ。友達から友達までなら大歓迎だよ」

「く……!」

 桜の舞い散る中、差し出された手を握った。


 腰までの長い綺麗な黒髪、モデルのようなキリっとした端正な顔立ち、男言葉、長身、黒タイツ、そしてガールズラブと色んな属性を盛り込んだ花沢さんは友達としてはとても楽しい人だった。話が面白いし、優しいし。


「美穂子のような美乳もいいが、未来の巨乳も素晴らしいな。乳というのは良いものだ」

 見惚れるような美しい黒髪をさらりと流し、机に肘をつき、花沢さんがしみじみと呟いた。見た目はうっとりするほど綺麗なのに、公序良俗的に完全にアウトだ。


「それはセクハラだよ」

「あぁ、私はセクハラだがそれがどうした」

「開き直らない!」

 私が注意したにも関わらず、竜神君と話す未来に近寄っていく。

 そして、後ろから体を寄せた。

 未来、小さい。

 花沢さんの体にすっぽり包まれてる。

「ひ、な、何!?」

「気持ちいい」

「な、な、な、な」

 背中から抱き着かれた未来が完全に口を空回りさせている。

 花沢さんの手が上がり、未来の胸に触ろうとしていた。さすがにダメだよ、痴漢だよ「はなざ――」

 私が止めるより早く、


「やめろ」

 花沢さんの首根っこを掴んで竜神君が未来から引きはがした。


「……女が相手の時は止めないんじゃなかったのか」

 花沢さんが竜神君をじっとりと睨みつける。

「お前は駄目な感じがするんだよ。未来が女恐怖症になりそうだからあんま寄んな」

「未来を甘やかしすぎだ、竜神。私に寄越せ。開発しつくしてやる」

「美穂子」


 竜神君が百合ちゃんの首根っこを掴んだまま、つり下げて来た。

「この性犯罪者を見張っててくれ。オレじゃ手に追えねえ」

「うん……、がんばるよ……。花沢さん……だめだよ……」


 恐るべき肉食系ガールズラブ女子。同性だからラインが無さ過ぎてあっという間に性犯罪のゾーンまで駆け抜けてしまう。花沢さんと話すのは楽しいから、できるだけ犯罪者にならないでください。一緒に卒業しましょう!


 このクラスには、二人、気になるクラスメイトがいる。いつ犯罪者になるかわからない友達(花沢さん)が約一名と……。


 浅見虎太郎君である。

 未来が好きなのがありありとわかるのに、全く行動を起こさない草食系どころか断食系男子である。


 未来は登校すると当たり前みたいに竜神君の席に突っ込んでいく。いつも一緒に登校してくるくせ、何を話すことがあるのかと不思議になるぐらいに。楽しそうに話す竜神君と未来を、一番離れた席から浅見君が伺っているのだ。


「浅見君、未来が好きならもっと押さなきゃダメだよ。ただでさえ竜神竜神言ってるのに、竜神君に取られちゃうよ」

 とうとう我慢できなくなって、そう言ってしまった。


「な、え、あ、そ、」

 浅見君は真面な言葉も出せずに、一瞬で耳まで真っ赤になって俯いてしまった。

 乙女だ。私よりも乙女かもしれない。なにやら女性としての矜持にピシリと傷が入った気がしたが、今は見て見ぬふりをしよう。


「そ、そ、そんなに分かりやすいかな……!?」


「うん」

「ま、ま、まさか未来にもバレ……!?」

 真っ赤だった顔が一気に真っ青になる。

「それは無いと思う。それより……見てるだけじゃ駄目だよ。二人の間に割って入るぐらいじゃなきゃ」

 浅見君はちょっとだけ間を置いて、言った。


「いいんだ。僕は、竜神君と未来の間を邪魔する気は全くないから。むしろ、あの二人には上手くいって欲しい」

「……そうなの?」

「竜神君なら絶対に未来を幸せにしてくれる。……僕には人を幸せにすることなんか、絶対にできないから……」


 なぜ、そう言い切ってしまうのか。不思議にはなったけど、浅見君の表情から一切の感情が削げ落ちてしまったので、聞くに聞けなかった。

 未来と並んでも遜色ないほどの美形のせいで迫力がただならならない。


 私は、何も返事をせずに浅見君の傍から離れた。

 勝手な考えだけど、多分浅見君も答えを望んでなかったと思う。「そんなことないよ!」「なら、しかたないね」相反する答え。どちらも言うのは簡単だ。でも、浅見君が抱え込んでいるものが大きすぎて、私が口を出す資格は無いと本能的に察してしまった。

 私は、姉と、妹が居て、優しい父と料理が大好きな専業主婦の母に育てられた。いつでも家には母が居て、美味しい食事と優しい笑顔で迎えてくれた。


 浅見君は、多分、そういう世界を知らない人だ。


 そういう人は、自分は足りない人間だと委縮し、一生を一人で終える事があるという。浅見君のような優しい人が孤独に人生を終えるなんて、あってはならない。


 未来と幸せになって欲しいんだけどなぁ……。

 と、考えつつ、

 もだもだしてると。

 数日後に。


「ね、ねぇ、ひょっとして、美穂子って、浅見の事がす、好きなの?」

「え?」

 人気の無い場所で未来にそう聞かれてしまった。

 はい? なぜそんな話になった。

 私はむしろあなたと浅見君をどうくっつけようかと悩んでいたのですが。


「だったら協力するよ! 出来る事があったら何でも言え! 浅見は見た目はちょっとキツイけどすっごいいい奴だからオススメだ!」

「あ……えと、ちが……」

 確かに浅見君は凄くいい人だと思うし、見た目もカッコいいけど、恋愛対象になるかと言われたら違う。

 浅見君は完全に観賞用だ。人の顔面に偏差値があるとすれば、私は50。浅見君は70ぐらい。女顔というわけじゃないけど、冷静に分析するとそうなる。自分より綺麗な顔をしてる男の子を彼氏にするのはちょっと。


 って悩むところはそこじゃない。

 浅見君、脈無しにも程があった……!

 勝手にお節介を焼いて勝手に浅見君の恋心の息の根を止めてしまった。

 本人に知られてないだけまだマシだけど罪悪感で心が折れそう。

 未来……あれだけ見られてたのに浅見君の恋心に気づきもしないだなんてどんだけ節穴なの……!? それでも元男の子……!?


「あ、浅見君はカッコいいと思うけど、どっちかって言われたら竜神君の方が良いかなぁ……」

 好きじゃないんだと強調するために、他の男子の名前を出す。竜神君を上げたのは相手が未来だったから反射的に連想したに過ぎない。

 が。

「え、ひ、うゃ、あ、りゅじん」

 未来の反応はすざまじかった。大きな瞳に涙が滲む。ついでに顔も真っ青になった。


「み、みほ、り、りゅじんが、り、りゅじんがす、すき、なの?」

 りゅじん。

 完全に口が回っていない。

 ふむ、なるほど。

 一人で納得する。


「り、りゅじんは良くないぞ。だってあいつヤクザだもん。ヤンキー3万人切り殺してるもん! 美穂子にはもっと、優しい男が、」

「………………」


 私はしばし考え込んだけど、言った。




「そういう危ない男ってカッコいいよね!!!」




「うやー!! 違うんだ! 切り殺してない! 竜神は死ぬほど優しい男だぞ、酔っ払い4人に囲まれたのに助けてくれたぐらいだもん、危険のきの字もない安心安全設計だぞ!!!」


 建物か。突っ込みはさておき、全力でからかう事に決めた。

「4人に囲まれたのに助けてくれたの!? すっごい、強いんだね……!」

「ち、違う違う、強いけど、俺をおんぶして20分ぐらい歩いてくれたけど、違う!違う違う!」


 ごめん浅見君。私は今から竜神君と未来ちゃんのカップリングを押します。ほんとごめん。浅見君は私の気持ちなんて何一つ知らないから謝る必要も無いのだけど。

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