僕と未来との距離は、
竜神君は厳つい見た目をしているから、アンダーグラウンド側の人だと勝手に想像してしまってた。暴力団員の跡取りだとか、マフィアの一族だとか。
まさか、対極の人だったとは……。
驚いたのは僕だけじゃない。僕以上に父と母が驚いていた。顔色が真っ青を通り越して紙みたいになっている。
父の顔には全く傷が無い。一方的に竜神君に暴力を振るったに違いない。
「り、竜神君、私が君を殴ったのはぁ虎太郎の躾の為だったんだよお、け、警察官の親のきみを殴ったのは悪かったけど、お、親は、子どもを大切にする、行き過ぎた暴力があっても、愛情から来るものだぁあ!!」
数年も外界とのやり取りがなかった父の悲鳴は常軌を逸していた。
僕でさえ、言葉を失うほどの言い訳だったのだが、
「わかっています。虎太郎君に対する虐待行為に関しては、明日にでもオレの両親から改めて話し合いにうかがわせていただきます。仰ってましたよね。オレのせいで虎太郎が汚い目を隠さなくなったとか、オレが友達で居続けるなら、虎太郎には死ぬまで飯は食わせないとか」
竜神君はあっさりと父の言い分を打ち切り、父が口にした罵倒を突きつけた。
「あ――あれは、言葉のあやだ! 言いすぎただけにすぎない! ぎゃ、虐待は言い過ぎだ、昔は飯を抜くぐらい当たり前で」
続けて言う父に竜神君は見向きもしなかった。
「聞いてしまった以上、虎太郎君をここに置いておくことはできません。しばらくはウチでお預かりしますので。――――荷物まとめろ。教科書とか服とか」
促されたけど、好意に甘えるなんて無理だった。他人の家に簡単に泊まれるはずない。
「そんな……竜神君に迷惑を掛けられないよ」
「あーもゴチャゴチャ言うな。うぜえ。今お前をほったらかしにしたら、将来警察官になれる気がしねえんだよ。さっさと準備しろ」
「――――――」
先を歩き部屋に連れていく。
離れである僕の部屋を見た途端、竜神君は口をあんぐりと開いた。
「なんだこの部屋……! どうして鍵が外からつくようになってんだ。覗き窓まであるし、窓にも鉄格子が貼られてるじゃねーか……!」
「え、あ、うん、昔は隔離部屋だったから」
「お前、何人家族だ」
「三人だけど?」
「こんだけ広い家ならいくらでも部屋があるだろ! なんで隔離部屋なんだよ!?」
「僕が黒髪黒目じゃなかったせいだけど……」
「わけわかんねー! もういい、ここに戻ってくることがあればオレが全部撤去する。お前は自分の境遇に疑問を持て!」
「う、うん……? 竜神君は、なんでウチに?」
遊びに来たいという竜神君を断ったのに、なぜ、来たのか気になって問いかける。
「忘れもん。届けに来た」
竜神君がシャープペンを僕に差し出す。
見覚えのないシャープペンだった。
「これ、僕のじゃない……」
「まぁ、オレのだからな。入り込めるなら理由は何でもよかったし」
「――!!??」
「早く準備しろ。私服も忘れんなよ」
竜神君に急かされ小学生の頃から使っているスポーツバッグと学校の鞄に荷物を詰め込む。
「たったこれだけかよ」竜神君はなぜか苦い顔をした。
両親は奥へと引っ込んだようだ。無人の玄関を抜け、外に出る。
新鮮な空気に自然とほっと溜息が出た。家に重く充満している澱んだ空気とは大違いだ。
「竜神君、怪我、ごめん」
「気にすんな。慣れてる」
「ほとんど話したこともないのに、どうして……ここまで……」
竜神君の顔は傷だらけになっていた。口の端も切れ、血が滲んでしまっている。
「未来が、泣いたんだよ」
竜神君が僕の頭にヘルメットを乗せて、言った。
「え――――?」
「お前の様子が明らかにおかしいのに、何もできないのが悔しいってな。親を大事にしようって気持ちはわかるけど、心配してる友達が居ることも忘れんなよ」
「うん……」
「後はオレの親に任せるけど、最悪、児童相談所も覚悟しとけ」
「…………そこまで、深刻じゃないけど……」
「暴力振るわれて、飯も無しで、これ以上深刻になりようがねーんだけどな……」
何でそう呑気なんだよ。とヘルメット越しに頭突きをされる。ヘルメット同士だったので結構痛かった。
竜神君には花さんという名前の妹さんが居た。花さんがいるのに僕が泊ってもいいのかと心配になったが、花さん自身が気軽に竜神君の部屋に入ってきて驚いてしまった。兄妹ってそんなものなんだろうか。
ご両親に加え、お爺さんとお婆さんも同居していてとても賑やかだ。
ちなみにお爺さんとお婆さんも元警察官だったそうだ。すごい。
「強志の友達にしちゃあ大人しい良い子だなぁ! 前田君とか上杉君とかいたずら小僧ばっかりだったのに。自転車で川に突っ込んだり冬の海に飛び込んだり」
お爺さんが大きく口を開けて笑う。
「それ小学校の頃の話だろ」
「お兄ちゃん、トレードトレード! 私、お兄ちゃんより虎太郎さんの方が良い! 虎太郎さんがウチのお兄ちゃんになって!」
「おー、花を引き受けてくれんのか。助かる。頼んだぞ浅見」
「何それ!? ひどい! お兄ちゃんのイカ!」
「イカ?」
花さんが不思議そうに「イカってなんだ」と繰り返す竜神君をペシペシ叩く。
「ただいまー、お、君が虎太郎君か。大変だったねえ。悪いようにはしないから、おじさんに任せときなさい。強志、パパ似のイケメンが益々カッコよくなっちまったなぁ」
竜神君のお父さんが帰ってきて、傷だらけの竜神君の肩を叩く。
「親父、浅見の両親の説得は頼んだ」
「お父さん、ご飯出来てるよ。先にお風呂にする?」
「パパ」
おじさんが自分を指さし繰り返すが、息子も娘も見向きもしなかった。
僕の肩に両手を掛け「君だけでもおじさんをパパって呼んでくれないか……」と涙目で告げられる。どど、どうすれば、
「やめてお父さんものすごく恥ずかしい! パパなんて呼ぶわけないでしょ! さっさとお風呂入って! 着替えて! ごめんなさい虎太郎さん、今のは忘れて」
「は、はい!?」
因みにお父さんは竜神君より身長が高く、竜神君より逞しかった。さすが現役の警察官。それにしても、賑やかだな。
口はちょっと悪いけど、竜神君が僕みたいな人間にも優しくしてくれるのは、この優しい家庭で育ったからなんだな。
――――☆
学校に登校するときは、まず僕をバイクで学校まで送ってから、未来を迎えに行くことになった。これには予想外の副産物があった。
『浅見君は怖い人と仲が良い』と思われ、僕を待ち伏せしてた女子が一気に逃げて行ったのだ。なんてありがたい。
図書室で本を借り、ゆっくりと読書を楽しむ。
「みんなー、驚くなよー!」
教室の後ろのドアから入ってきた未来がクラスに告げる。
「ただでさえ顔面凶器の竜神君が更に物騒な顔になってきましたー」
「何宣伝してんだよ」
「だって、先に言っとかないと皆がびっくりするだろ」
顔に青黒い痣と、唇の端に切り傷を作った竜神君が身を屈めて入ってくる。
「おはよー浅見! 浅見は怪我してないよな?」
「うん……」
「良かった!」
笑って、未来が竜神君の机に駆けていく。
名前順に並んだままだから、竜神君の机は僕の机から一番遠い位置にある。
竜神君なら、きっと、未来を幸せにしてくれるだろう。
僕が傍に居るより、ずっと、ずっと。
未来が僕の傍に居てくれることを、一瞬でも期待しなかったと言われれば嘘になる。
でも、僕と未来との距離は、昼休みに並んで食事をするぐらいで丁度いい。
お弁当を食べながら、未来が隣で笑ってくれれば、それで――。
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