見た目はマフィアでも、中身は警官志望の善人

 充実した食事が終わり教室に戻る途中で「浅見と話があるから先に行ってて」と、竜神君に言いながら未来が僕の腕を引っ張った。

 1年生の教室は4階にある。階段を上り5階へと続く階段の踊り場へと連れていかれた。

 未来が僕の身長よりずっと低い位置から見上げてくる。


「なー、浅見、お前、ひょっとして親と揉めてるんじゃないか?」

「え……」

 ぎくりと固まろうとした体から力を抜く。肩を揺らしてしまっては認めたも同然になってしまう。


「弁当も持ってこなくなったし怪我が増えてるしさ……。ちゃんとご飯食べてる? よかったらウチに来いよ。遠慮しなくていいぞ。中学の頃に良太が家出して3か月ぐらい居ついたこともあるから。空き部屋もあるしプライバシーは守ってやる。1か月ぐらい家出すれば、浅見の父ちゃん達も反省するんじゃないかな」


 未来の申し出に驚いてしまう。


「違うよ。揉めてなんかない。弁当も怪我も偶然だから」


 家出をするなど不可能だ。

 下手に両親に反発したら、未来にまで迷惑を掛けてしまう。興信所を使ってでも僕の居場所を探そうとするだろうし、未来の家にいるってばれたら両親が怒鳴り込んでくるかもしれない。下手をしたら未来まで殴られてしまう。迷惑はかけられない。でも、心配して貰えるのが嬉しい。


「未来も竜神君も優しいね。二人とも僕の分まで昼ご飯を準備してくれて……」

「え!? あのご飯、竜神が買ってきてたの!? ってことはお前、ガチでご飯抜きになってたって事!?」

「――――!? し、知らなかったんだ……!? て、てっきり竜神君としめし合わせてるとばかり……」

「竜神相手だろうがお前のこと話さないよ! お前が話すならともかく、俺が周りに言いふらしていい話じゃないだろ! そこまで口軽くないぞ! やっぱり親と揉めてるんだろ。白状しろ!」

「違うよ。本当に大丈夫だから」


 詰め寄ってくる未来から一歩離れる。

 なぜか未来は悔しそうに歯を食いしばり、俯いてスカートをきつく握りしめた。


 拳にたくし上げられたスカートから下着が曝け出され、慌て目を逸らした。

 「パンツが見えてるよ」という注意など僕に出来るはずもない。真っ赤になりかける顔を落ち着かせるので精いっぱいだ。

 

 授業が終わり、下校の時間となる。

 いつものように階段を下っていると、徐々に女子が集まってきた。

 眼鏡を取ってからというもの、これが日課になっていた。囲まれる前に逃げなくては……。

「ああああの、浅見先輩――」

 先輩? あぁ、中等部の子なのかな。

 小さな封筒を手にしたその子が駆け寄ってきたのだけど「きゃ」と悲鳴をあげて逃げて行った。

 と同時に、後ろから襟首を掴まれて引っ張られた。


 この感触には覚えがある。

「竜神君……?」

 中等部の子は竜神君を見て逃げたのか。

 竜神君の身長は190センチ。眼光がきつく、僕のような格闘技をやってる男から見ても物騒な強面だ。中学生の女子からすると、サイコサスペンスの殺人鬼のごとく残忍な人間に見えるのだろう。

 後輩の女の子には申し訳ないけど、女子と話すのが苦手な僕にとっては竜神君の出現がありがたかった。


「未来を送るからお前も来い」

「え? で、でも」


 未来は電車で通ってると言っていた。無一文の僕は電車賃も払えない。


「お、お金が無いから無理だよ」

「くだらねーこというな。オレが連れて行くんだからオレが出すに決まってるだろうが」

「で、でも」

 踏ん張って拒絶するのにずりずりと引き摺られてしまう。

 ち、力凄いな……空手の道場では竜神君ぐらいの社会人の人相手でも勝てるのに、全然かなわない……!!


「未来」

 校門の前で待っていた未来を竜神君が呼ぶ。

「あ、きたー。今日は浅見も一緒なんだな。痴漢にあうの怖いから、よろしくお願いします」

 未来に深々と頭を下げられてしまい、慌てて僕も直角ぐらいに頭を下げた。未来の目尻が少し赤くなってる。まるで泣いたみたいに。何かあったのかな……? ま、まさかいじめとか!? 頭の中はグルグル混乱するのに、道場で叩きこまれ体に染みついた習性で、僕も黙って頭を下げていた。


 僕のような足りない人間でも未来の変化に気が付いたのに、竜神君が気が付かないはずがない。そう思うのだけど、竜神君は何も聞かなかった。


 電車に揺られ、未来の家の最寄り駅で降りる。

 高さ100m程の小さな山の中腹に未来宅はあるそうだ。

「築40年のボロ家だから浅見に見られるの恥ずかしいよ」

 笑いつつ、石畳に囲まれた長い階段を登っていく。この街に来た事はないはずなのに、なぜか懐かしいような気がした。古い家屋が立ち並んだノスタルジックな風景のせいかもしれない。


「ここ! 俺の家!」

 未来が一軒家の前で両手を広げた。

「浅見、この場所覚えたよな」

「うん」

 駅からここまで難しい道じゃなかった。覚えたけど、それがどうしたんだろ。


「何かあったらいつでも来ていいからな。夜中でも朝でも気にするな。未来ちゃん特製の美味しいミートボールとから揚げ付きで歓迎してやる」


「――――!!!」


 一瞬言葉を失ってしまった。

 どうにか気を取り直して言葉を自分の中から引きずり出す。


「ありがとう……」

「今からでもいいぞ?」

「……み、未来のミートボールは食べたいけど、今はいいです」

 少しだけ沈黙があって、

「そうか」

 未来が呟いた。

 力の無い、悲しそうな声に聞こえたのは、多分僕の気のせいだ。


 竜神君と肩を並べ、上ったばかりの長い階段を下る。

 階段を降り切るとなだらかな坂が続き、駐輪場があった。原付やバイクが数台停まっている。

 一際大きなバイクの横に竜神君が立った。

「家まで送ってやるよ」

 フルフェイスのヘルメットをバイクから取り出し、僕の頭に被せてきた。

 え……!? バイクに乗るのはうまれてはじめてだ! しかも凄くカッコいい。どうせなら僕が運転したいぐらいだ……!!

「お願いします。場所は首切桜町の2丁目。児童科学館の傍なんだ」

「あぁ、あそこか」

 道を説明せずともすぐにわかってくれた。


「でも、制服でバイクに乗って大丈夫? 通報されないかな?」

「桜丘はバイク通学もできるんだよ。許可はとってるから心配すんな」

 え、そうだったんだ。知らなかった……。ヘルメットをかぶり、駐輪場から出したバイクの後ろに跨ると、カコォンとエンジン音が鳴る。

 乗り心地は想像以上に気持ちよかった。爽快感が半端じゃない。


 僕が予想していたよりずっと早く、家へと到着してしまった。

「楽しかった。送ってくれてありがとう」

 ヘルメットを外し竜神君に返す。

「お前の家に遊びに行っていいか?」

「え」

 予想もしてなかった申し出に思考が停止した。

 人生で一度も、友達を家に上げたことが無い。

 友達が一人もいなかったのだから当然だ。

 僕の部屋には友達が楽しめるような道具が一つも無い。漫画もゲームもテレビも。ボードゲームでさえ。

 僕自身も、面白い話なんかまったくできないし、竜神君が退屈な思いをするだけに終わるだろう。


 ――あ!

 それどころじゃない、父に友人から瞳を褒められたと告げたばかりだ。

 この家にはある程度の資産があるらしく、父も母も働いていない。両親ともに、いつでも家にいる。今竜神君を家に招けば竜神君のせいで僕が眼鏡をはずしたと誤解されるに決まっている!


「ごめん、部屋が散らかってるから」

 顔も見ないままに断り、さっさと門をくぐった。必死すぎて失礼な態度になってしまったぞ。竜神君、怒っただろうな。色々と親切にしてもらったのに恩を仇で返してしまった。明日、謝らなければ……。


 家に入り制服から私服に着替え、10分もしたころだろうか。


 遠くでチャイムの音が鳴った。

 来客があったようだ。

 特に気にもせずに教科書とノートを広げ授業の復習に取り掛かる。


「ぉまえが、――」

 微かな父の怒声が聞こえてきた。

 父も、母も、外面だけはいい。近所の人と揉めたことも無い。

 珍しいこともあるもんだな……一体誰と喧嘩をしているんだ?

「――――!」

 まさか――!!

 嫌な予感がして部屋から飛び出し縁側を駆け抜けた。


「竜神君――――!?」

 予感は最悪の形で的中した。父が竜神君の胸倉を掴んで殴りつけていた。

「やめてください!!!」

 咄嗟に竜神君を引き剥がし、支えた。

「どうして……」

 父は45歳だ。多分、僕でもその気になれば勝てる。竜神君なら簡単に返り討ちにできるはずなのに、どうしてされるがままに殴られているんだ!?


「貴様……!!」

 弾き飛ばしてしまった父が立ち上がり、僕の顔に拳を振るった。

 いつものように抵抗せずに拳を待つ。ゴツン、と、過去一番の打撃音が上がるものの僕の顔に痛みは無かった。

「竜神君……!!?」

 竜神君が僕の前に立って拳を受けていた。

「暴力はやめてください、お父さん」

 おびえもひるみも一切なく落ち着き払った態度で父に言う。


 どれだけ暴力を振るっても委縮しない竜神君の態度に父が激昂する。


「お前のせいで虎太郎が汚い目を隠さなくなったんだ! お前のせいで!! 今すぐに転校しろ!! お前が虎太郎の傍に居続けるなら、虎太郎には死ぬまで飯は食わせん!!!」


 唾を飛ばし狂ったように僕の前に立つ竜神君に拳を振るい続ける。


「――――やめろ!!」


 今まで父に暴力を振るったことはない。だけど、初めて出来た友人に手を出されてまで黙って見ていることはできなかった。

 胸に掌底を入れ弾き飛ばす。壁に背中を打ち付け、呻く父に飛び掛かろうとした僕を竜神君の腕が止めた。


「オレなら大丈夫だから落ち着け、虎太郎」


 全力で床を蹴ったのに軽く押しのけられる。この力があるなら反撃なんて簡単なのに、どうして――

「どうして反撃しなかったんだ!」


 理不尽に怒鳴る僕に、竜神君からの返事は落ち着き払っていた。


「オレの親父もお袋も警察官なんだよ。オレも警官目指して柔道剣道逮捕術やってるから、この程度の傷ぐらいなんでもねえ」


 警察官――――!!?

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