未来から零れる「キラキラ」
「も、貰えないよ……!」
慌てて竜神君に返す。
「あ? 焼きそばパンよりカレーパンがいいのか? 変えてやってもいいけど」
竜神が右手にカレーパンを、左手に焼きそばパンをつり下げる。
「両方は無しだぞ。どっちがいいんだ」
ど、どっち!?
「……や、やきそばパン……!?」
咄嗟に選んでしまう。
「ソーセージパンとコロッケパンは」
「ソ、ソーセージパン」
続いておにぎりを両手に乗せる。
「ツナマヨと鮭は」
「ツナマヨって何?」
「じゃあツナマヨ食っとけ。美味いから。これもやるよ」
パウチに入った大きなささみブロックまで膝に乗った。
「こんなにたくさん貰えないよ……お金が無いから払えないし……」
返そうとしたんだけど竜神君は受け取ってはくれなかった。
「お前、なんか格闘技やってるだろ」
言い当てられて驚いてしまう。
確かに、襲われている女性が居たら助けるように、と、物心ついた時から空手を習わされていた。
「え!? そうなの!?」未来が僕を覗き込んでくる。
「か、空手を……。でも、全然強く無いし、大した事ないんだよ……」
「すっげー意外……!!!」
「どうして謙遜すんだよ。オレが見ても歩き方で分かるんだから相当強いだろ。そんだけ食っても足りないぐらいじゃねーの? 遠慮すんな」
「……ありがとう……。こ、このささみのブロックはどうやって食べれば……?」
「そのまま丸かじり」
「うわぁ、贅沢だね!」
海苔が破れてしまいながらも何とかおにぎりを作る。
「……!」初めて食べるパンもおにぎりも美味しかった。ささみも美味しい……こんなに大きな肉を一気に食べたのは生まれて初めてだ。今日一日だけで人生で一番美味しいと思える物を沢山食べたな……。
ツナマヨも焼きそばパンも自分で自由になるお金があれば買えるのに――――あ、そうだ、高校生になったんだ。アルバイトができるじゃないか!
僕の家は昔は旧家だったとかで、やたらと敷地面積が広く、僕の部屋は縁側をぐるりと周った離れにある。昔は精神に異常をきたした人間を閉じ込めていた部屋なので、母屋とは遠く離されている。母は気味悪がって近寄らないし、父もよっぽどのことが無い限り僕の部屋には入らない。
こっそり抜け出せば、僕が居なくても気が付かれることは無いぞ。
「……竜神君、どこかバイトできるところ知らないかな? 危ない仕事でもいいんだけど」
竜神君なら危なくても短期で稼げる高額のバイトを知っていそうだ。
犯罪の加害者にさえならなければ、どんなバイトでもいい。食費の為に働きたい。
「危ないバイトは知らねえ。引っ越し屋のバイトなら、今週の週末にでも入れる所があるぞ。給料は日払い。一日1万超える」
「1万円!? すごいな……! 僕でも働かせてもらえるかな……?」
「浅見は真面目そうだし問題ねえだろ。話しとく。……お前ならもっと楽で割のいいバイトできそうだけどな。いいホテルのウエイターとか」
「竜神!!」
未来も自分自身を指さしニコニコとして身を乗り出していた。
「未来には無理。つーかまだ無理すんなよ。病み上がりだろうが」
「う」
……これで食事の問題は無くなったかな。
問題は今日が水曜日だってことだけど……嘆いてもしょうがないか。木曜日と金曜日は水だけで乗り切ろう。
今日も一日眼鏡を掛けなかった。当然、食事が準備されているはずもないので、自室に籠って勉強していたら、
「親に挨拶にも来ないとは何様だ!!!」
と、父が部屋に怒鳴り込んできた。
「僕が顔を見せたら不愉快かと思いましたので……」
椅子から立ち上がり謝罪したのだが、また、殴られてしまった。
今度は目の下だ。
……顔を出しても出さなくても結局殴られるのか。対処法が無いな。どうしよう、また腫れるかな。氷で冷やしたいけど貰えるわけないし。
……早く明日にならないかな。家は息が詰まる。学校の方がずっと過ごしやすい。
リビングに行って改めて謝罪したけどやっぱり僕のご飯は無かった……両親が食べる豪華な食事を見せつけられ、余計にお腹が減ってしまった。
――――☆
あくる日、早朝の道を歩いていると、すれ違う通行人達が僕を見るたびにぎょっとした顔になった。予想していた以上に顔に痣が残ってしまったのだ。
「浅見君……」
「その傷、どうしたの……?」
「かわいそう……!」
女子の集団が僕の行く手に現れた。なぜか、他校の制服を着た女子まで交じってる。
「う、えと、その」
一対一で話すのも緊張するのに、こんな大勢と会話をするなんて僕には不可能だ。
「ごめん!」
「あ!」
全力疾走で横を駆け抜け女子を振り切る。
うぅ……すきっ腹に堪えるな……。半日以上水しか口にしていない腹が空腹に変な軋みを上げている。
未来のミートボール美味しかったな……唐揚げも……。余計なことを思い出してしまい益々お腹が減ってきた。へたり込みそうになりながらも、学校に駆け込み重い足で何とか4階まで上がる。
なるべく人に見られないように俯いて教室に入ったんだけど、僕がドアをくぐった途端に教室がざわりとどよめいた。
「浅見……」「浅見君……」未来と美穂子さんの声が良く聞こえる。
「今日も保健室に連行だね。おいで」
「はい……」
机に鞄を置くのと同時に美穂子さんに促されてしまった。
治療を終え、教室に戻ると未来が僕の机の前に立った。
「浅見」
あれ? 未来の周りがキラキラ光ってる。思わずぱちりと瞼を瞬くものの、光の粒子は消えなかった。何だろうこれ。殴られたせいで左目がおかしくなってるのかな。
「今日こそちゃんと話せよな。何があったんだよ」
僕の机に両手を付いた。小さな両手からキラキラしたものが溢れ、机の上を滑っていく。
「浅見!」
怒った顔で迫ってきた。流れた長い髪や触るのも怖い細い肩からもキラキラが溢れ床に零れ落ちた。
「か――階段から落ちて」
思わずキラキラを目で追いそうになりながらも、答える。
「昨日はぶつかって今日は階段から落ちたか。明日は隕石でも降ってくるの?」
未来は全く僕を信用してなかった。非難されるのは辛いはずなのに、感情豊かな大きな瞳に悲しみの色が走ったせいで、傷つくよりも申し訳ないという気持ちが先に立つ。キラキラも気になるし。
未来はチャイムが鳴るまで僕の傍にいたけど、僕は、階段から落ちたと押し通した。
お腹が空き過ぎフラフラしながらも何とか授業を乗り切る。
未来の周りにはずっとキラキラがあった。キラキラキラキラ。……そろそろキラキラがゲシュタルト崩壊しそうだ。
さて、今日のお昼はどうしようかな。
昨日は初めて竜神君と話した。意外と話しやすいし話も面白かった。未来との掛け合いも見てて楽しかったし。
未来と話せる機会もお昼ぐらいしかないので、校舎裏に行きたいところだけど、2日連続で弁当を忘れたという言い訳は苦しいだろう。
諦めて図書室で時間を潰そうかな。
校舎裏とは逆方向に進んでいると、突然後ろから首根っこを掴まれた。
「な」
驚いて振り返る。竜神君が立っていた。
「どこに行くんだ? 弁当はどうした」
頭ごなしに聞かれたくない事を聞かれてしまう。
「き、今日も忘れて来ちゃったんだ。だから、図書室で時間を潰すから――」
「来い」
「え、り、竜神君」
首根っこを掴まれたまま無理やり引きずられる。階段の途中で「やるよ。お前の分だ」とコンビニの袋を渡された。
おにぎりが2個と、パンが2個。ささみブロック、そしてスポーツドリンクが入っていた。めちゃくちゃ美味しかったツナマヨおにぎりが目に入り思わず喉を鳴らしそうになってしまう。
「二日連続で貰えないよ。昨日の分のお金だって返してないのに……」
突き返そうとしたのに、丸一日ぶりに食べ物を見たせいでお腹が思いっきり鳴ってしまった。は、恥ずかしすぎるな、僕……。
「ごめ……」
真っ赤になってしまった顔を腕で隠す。
「金はいらねえ。でも、奢ってやってるわけじゃねーぞ。将来、就職した後に焼肉で恩返ししろ。万単位で食ってやる」
内容とは裏腹に優しい表情で言われてしまった。
「――――――。うん。いくらでも奢るよ……」
階段で立ち尽くしたまま、僕はそう答えるしかなかった。多分僕は物凄く変な顔をしていたと思う。
「あ、来た来た。今日のおかずどうぞー」
校舎裏に行くと、未来が元気に立ち上がり僕に弁当箱を差し出してきた。
キラキラが溢れ周囲を明るく照らす。横を通り過ぎた竜神君の体に当たって跳ね返っている。
「今日も作ってくれたんだ……」
しかもお弁当箱の大きさが昨日の箱より大きい。四倍はある。おまけに箸まで準備されていた。蓋を開くと立派な一食分のお弁当だった。
「あ、コンビニから買ってきてたのか。無理しないで残していいからな」
「大丈夫、お腹減ってるから」
コンビニのおにぎりを1つとパンを1つ、晩御飯用に残そうかな。いや、我慢しておにぎり1つとパンを2つ残そう。晩御飯にパン1つ、おにぎり1つ食べて、明日の朝におにぎりを食べて――これなら眼鏡を掛けなくても何とかなるかもしれない。
それにしても未来のお弁当美味しいな。やった、またミートボールが入ってる。カップのグラタンは最後に残そうかな。
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