第12話

塾講師のアルバイトをしていた頃の生徒、K太。


彼にレイプされた時、私はそれが初めてのことで出血した。


K太を子どもだと思って、警戒していなかった私の落ち度だった。




その後、K太が同じ「Q」体質になったことで、


「Q」が人に感染することに、私は気づいた。


「Q」は性交感染ではなくて、


血液感染をする。



レイプから数カ月後に、K太は言った。


「俺、おかしいんだよ。


先生をレイプしてから、頭の中が変なんだ」


「変ってどんな風に?」


「女の人をレイプして、どこかに連れ去って、


好きにいたぶって、血を出させて、最後には殺したくなるんだ。


そういう欲求が俺、どうしても抑えられないんだ」



そう、それが「Q」の保有者が抱える病態だった。


私も同じ。




「Q」は性交感染ではなくて、


血液感染をする。


私の血液の中に、「Q」はいて、常に私の体をイキイキと巡り、


感染のときを待ち続けている。



K太にレイプされてしばらくして、私は同級生の男子学生Mにレイプされた。


Mは仲の良い、大切な友人だった。


彼は「Q」に感染しなかった。


K太のように「Q」体質にはならなかった。


彼に私から感染したものがあるとすれば、


それは「自己嫌悪」だった。

Mは「俺、こんなこと、するつもりじゃなくて。ほんと、ごめん」


と何度も何度も謝り、やがて逃げるように大学を退学して私の前から消えた。


「君のことが好きだったのに。本当にごめん」


という遺書を残して、Mが自殺してしまった時、


私は自分の「Q」が


人の中にある大事な、「何か」を殺すことを知った。



Mの遺書には


「君を傷つけた僕の肉体はこの世から消えます。


だから、君はどうか強く生きていってください」


と書かれていた。





Mの自殺からしばらくして、K太から


Q体質になったことを聞かされた。



K太は泣いた。


「女の人がレイプしたい!


どこかに連れ去って、


めちゃくちゃに傷つけて、


血が流れるところが見たい。


その血を全身に浴びたい!


女の人の皮膚をや内臓を切り開いて、


その中にもぐって溺れたい。


女の人の腕や足をバラバラにして、


自分のいろんな穴に入れたくなるんだ!


悲鳴を聞いて、


なぶってなぶって、


最後には殺したい。


それができないとイライラする。


この気持ちが抑えられないんだ!!」




知ってるよ。


Fにさらわれた、10歳のあの日から、


もう10年以上、その気持ち、「Q」と生きてきたから。



K太は続けた。

血を吐くみたいな声で。



「しかもさ、俺がそういう欲望を女の人に抱くと、


周りの男が、それを俺に対して、しようとするんだ。


この一週間で何度も男に襲われそうになった。


拉致されそうになった。


殺されかけたんだ。


いったい、どうすればいいんだよ!」



言いながら、K太は、怯えるみたいに自分の腕で、自分の体を強く抱いた。


ときおり、汚いものをぬぐうみたいに


唇を、手のひらでごしごしと強くこすった。


私にも、同じくせがある。



私は、抗うつ剤をK太に渡した。



「性欲を押さえる効果があるから、毎日、飲みなさい。


『Q』は勝手に拡散する。


止める方法はないの。


性欲が増幅すると、男を狂わせる力が増す。


女の人を襲いたくなる衝動が激しくなる。


だから自分でコントロールするの」



私にできることはそれ位しかなかった。



「置いていかないでよ、先生!


この禍々しいQの世界に」


と泣いてすがりつくK太に、


私は首を振って、答えた。



「『スタンガン』を肌身離さず身に着けること。


自分が被害者にも加害者にもなりたくないならね」




「Q」は私自身の欲望だ。



中原先輩を犯し、拉致し、いたぶり、最後には殺したかった私の欲望。


私は殺人者にはなれなかったけれど、感染者にはなれた。


最愛の人に、最低な「Q」体質を発症させるという感染者に。


中原先輩に刺された時、中原先輩の瞳や唇に、ほとばしった自分の血液を見た。


中原先輩の中に入っていく喜びに、どれだけ私が震えていたか。


どれだけ私が中原先輩に恋していたか。


そして、中原先輩は殺されて、永遠に失われてしまったー。


これは、ご褒美なのか罰なのか。


私にはわからない。


ただ、中原先輩への罪滅ぼしは、これからも私が自分の「Q」に怯え、

誰も愛せることなく、

生きていくことで十分じゃないかと思いたい。


それにしても、Qの目的はいったい何なんだろう。


男を狂わせ、保有者である「私」を襲わせ、強姦させ、血を流させ、最後には殺すことまで刷り込む。


そうやって、血液感染を果たして、最後にどこに「Q」は行くのだろう。


あるいは、誰にも殺されない最強の「Q」になるために、それは私の中にいるのかもしれない。




Mは、私に「生きて」と言った。


「Q」よりも残酷な、呪いに感染させるみたいに。

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Q? 真生麻稀哉(シンノウマキヤ) @shinnknow5

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