お前に伝えたいことがある…

くさかみのる

第1話

 ジルトは急いでいた。走りすぎた所為で呼吸が乱れているが、足を止めるわけにはいかない。それは己の敗北を意味するのだから。

 心臓が尋常でないほどの痛みを訴えてきている。けれど止まれない。止まるわけにはいかない。これ以上、やつの好きにさせるわけにはいかないのだから。

 城下の市井を風のように走りぬけ、目指すは己の家。風が木板の隙間から吹いてくるボロ屋だが、自分の城と決めた安寧の場所だ。

 バン、と派手な音を立てて(些か壊れたかもしれないが)自宅の扉を開くと、急いで上がりこんだ。と、見えるのは、いるはずのない人物で。

「ジルト。騒がしいですよ、何事です」

 黒く長い髪は絡むことを知らず、涼しげな目元は女性をひきつける。声はあまやかでありながらも命令に慣れている。そんな男性、ジルトの上司、軍大将アルクルその人がいた。

「た、大将!? なんでオレん家に!?」

 汗が流れ出る額を拭く間もなく、上司が自宅にいることに驚く。彼に合鍵などもちろん、渡してはいない。

 アルクルは椅子に腰掛けながら茶をすすっている。

「いえ、マルロさんがこの家に用があると言うもので」

「嬢ちゃんだと!? ど、どこに!!」

 ぐるんと首を回すと淡い桜色の髪が見えた。抜けるような白い肌、幼い体つき、極上の宝石を溶かしたかのようなルビー色の瞳、彼女は赤竜王オズマの夢巫女なのだが、ジルトにとっては天敵だ。なぜなら。

「ぬぁああ!! 嬢ちゃん、それはオレの饅頭!」

 マルロが口に饅頭をくわえ、両手に饅頭を掴み、もきゅもきゅと美味しそうに食べているではないか。

 あの饅頭はジルトが仕事終わりに食べようと大事にとっておいたものだ。マルロが帝都に来るという知らせを聞き、自宅の甘味を死守しようと走ってきたのだが、時すでに遅しであった。

「おー、ジル~!」

 嬉しそうに微笑んで挨拶をしてくれるが、ジルトは床に膝をついてしまう。

 涙が出ちゃう。だって宮仕えだもん。

「なんで、オレの饅頭……」

「うん? あのな、このお饅頭な、すご~く、食べてほしそうにしてたんよ」

 夢巫女とは饅頭の心まで分かるのだろうか。いやそんなことはない。もし仮にそうだとしても、その饅頭はジルトに食べられたがるはずだ。ジルトが勝ってきたのだから。

「戸棚の中にしまってただろ!!」

「私が出しました」

 事も無げにアルクルが告げる。

「なんてことしてくれたんですか大将、オレのおやつ!」

 糖分は大事な栄養なのだ。ジルトは甘いものが好きで、誰かに取られるのを許せるような性格ではない。だがだからと幼い少女相手に、饅頭を返せとは言い出しにくい。

 が! 言わねばならない。男には口に出さなくてはいけないときがあるのだ。

「嬢ちゃん、アンタにゃ伝えたいことがある……」

「もぐもぐもぐ、ごくん。うん、なんえ?」

「それは、オレの――」

 大事なおやつだ! と声高に叫ぼうとするジルトの声は奥から聞こえてくる楽しげな声に消えた。

「だー、ツィアーナ、オレの牌、返せよ! 勝ってたのに!」

「ならぬ! 勝負は正々堂々すべきだろう。このような策を弄するなど!!」

「あにぃの戦術にケチつけんな! 負けは負け、認めろって」

「オージェに策を授かるとは卑怯な! オージェ、わたくしにも!!」

「あーだめだめ! あにぃはオレの!!」

 これは、隻眼の軍師の仲間の声だ。しかし、なぜ? なぜ彼らがジルトの家に?

 混乱を極めたジルトの脳は考えることを放棄したがる。

 そうしていると、奥へ続く廊下からマルロの保護者である隻眼の軍師、オージェが現れた。

 困ったようにへらりと笑って、すまないと頭を下げられる。

「ジルト、その、な。勝手に上がりこむのはダメだと言ったんだが。……すまない、とめられなくて」

「お気になさらないでください、軍師殿。ジルトの家ですので」

「オージェ! このお饅頭、美味しいえ! はい、これオージェのな!」

 なにを言えばいいのか、なにを言っても無駄なのだろう。ジルトは男泣きをするため厠へ足を向けた。




○厠


 SE 扉開ける


グルー:やぁ、この厠、彩が足りないよね

ジルト:……てめぇは反乱軍のグルー?

グルー:いかにも!

ジルト:人の家の厠でドヤ顔してんじゃねぇ!!


○室内


アルクル:軍師殿、反乱軍の隊長は、なぜこちらに?

オージェ:あーたぶん、ちり紙を奪いにきたんじゃないかな


 SE 遠くで何かが壊れる音


ジルト:待ちやがれ!! オレん家の厠のちり紙、とってくんじゃねぇー!!

グルー:はははは、奪い返してごらんよ!!

ジルト:くっそ、待ちやがれぇえ!!


 SE 走り去る音


アルクル:(お茶を飲んで)……物資不足は問題ですね

オージェ:死活問題だからなぁ

マルロ:お饅頭、美味しいな!



・・・こいつら書くと、みんなで喋りたがる。

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