売れないラノベ作家のあたしは今日も異世界でラブコメ取材に明け暮れる

ヤミヲミルメ

鮎川美保奈は友達に語る

 何であたしが落ち込んでるかって?

 ついさっきさ、異世界から帰ってきたばっかりなのよ。

 うん。毎日行ってるわよ。明日はサボるけど。

 だから遊んでるんじゃないんだってば。

 担当の編集さんがさ、いくらファンタジーでも小説を書くならちゃんと取材しろってうるさいわけよ。


 トラックじゃなくて魔法の鏡よ。通り抜けると異世界に行けるの。

 トラックよりもお手軽でいいわよ。日帰りできるし。

 向こうで何時間も過ごしても、こっちでは時間がまったく経っていないし。

 まあ、向こうで日が暮れたら強制的にこっちに戻されるのと、次に行ったら向こうでは千年経ってるってのはメンドイんだけどね。


 んでまあ、いつものように、これから魔王城へ乗り込もうっていう勇者サマご一行に突撃取材をかましたわけよ。

 言葉の壁?

 このペンダント。

 担当さんにもらったの。

 これさえつけてれば宇宙語でも虫語でもぺーらぺら。

 いや、異世界語なんて無理して勉強したってさ、ほら、言葉って時代で変わるから。

 こっちの一晩で向こうでは千年経っちゃうから。

 下手に覚えても余計にややこしくなるわけなのよ。


 取材には、こころよく応じてくれたわよ。

 あたしって向こうでは、歴代の勇者の前に現れて幸運をもたらす勝利の女神って扱いだから。

 あたしに逢った勇者って、全員、魔王を倒してるし。


 ん? 何?

 あー、つまり、行く度に千年経ってるんなら、前に逢った人はもう居ないんじゃないかって訊きたいわけ?

 居ないわよ。

 それでも向こうの人にはあたしがわかるのよ。

 あたしの石像とかバンバン建てられてるし。

 まあ、似てないモンも多いけどね。

 ポイントはこの眼鏡ね。向こうの世界にはない物だから。

 これさえかけてれば女神ミホーナーだって認識してもらえるわけ。


 ……鮎川美歩奈よ。

 ……そうね。……お互いペンネームで呼び合ってるもんね。


 でねっ、向こうではなんと、この眼鏡が宗教施設のシンボルになってるのよ。

 レンズはうまく作れないみたいだけどね。

 なんかさ、何代か前に、魔王の手先があたしに化けて勇者を騙そうとした事件ってのがあったみたいなんだけど、レンズがゆがんでたせいで視界がグニャグニャになって、ぶっ倒れちゃってバレたらしいわ。

 こんなボケボケなヤツでもニセモノが出ると、やっぱりあたしもゆーめーじんだなって感じになるわよね。



 今回の勇者一行は、戦士に僧侶に魔法使いって言うベタベタなパーティーだったわ。

 ひかえに獣人の格闘家と、ほぼ雑用係の商人。

 なんと勇者以外は全員女性のハーレム・パーティー!

 向こうの世界でもここ何代かはそーゆーのが流行ってるからねー。

 でもそれをツッコんだら勇者クンったら慌てちゃってね。

「そんなんじゃありません!」って、真っ赤になっちゃって、かーわいーの。

 言われてみればメンバーも露出合戦なんてしてなくってね。

 もしやボクっ娘の女勇者の百合パーティーでは!?と思ったところに……

 思ったところにイイィィ!

 中ボスクラスの魔物が不意打ちを仕かけてきてバトルになって、魔物の攻撃があたしのほうにまで飛んできたもんだから、とっさにルクスカーンの呪文を唱えちゃったわけよ。

 そしたら術が暴走しちゃって、勇者側のみんなまで巻き込まれちゃって。

 いや、大丈夫大丈夫。死ぬような術じゃないから。

 んでね、勇者クンが「逃げろ!」って叫んで、実際、そーするしかないよーな状況になっちゃって。

 慌てて転んじゃったあたしを勇者クンが抱きかかえて、それで勇者クンは紛れもなく男の子だって確信できたの。

 で、一行はちりぢりになっちゃって、あたしは勇者クンと二人きりになったの。

 勇者の名前は、ユノン、よ。


 ユノンは歴代の勇者の中ではしっかりしているほうで、仲間とはぐれた場合の集合場所はあらかじめ決めてあったの。

 うん。それすらちゃんとしてない勇者も多いのよ。

 スマホもないような世界なのにね。


 んでその集合場所に行く途中にもザコモンスターがバンバン襲ってきたんだけどね、ユノンがまぁ、強い強い。

 ザシュ!ってやって、バサー!ってなって、ダン!よ。

 わかんない? ズガーでドガーでババーンよ。

 ……ん。あたしもわかんない。見てたけどわかんない。

 だってぇー、勇者の戦いってのをじっくり観察したのって、最初の頃以来だから、えーと、だいたい二ヶ月ぶりぐらいだしぃー。

 だってほらぁー、バトルって、男の子に言わせたら毎回違うのかもしれないけど、あたしにはいつも同じにしか見えないしぃー。

 あ。でさ、勇者の装備もさ、同じ理屈で似たり寄ったりに見えてるのかなーって思ってたら、こっちは初代のを使い回してるって言うのよ。

 伝説の武具なんだってさ。


 あたしもまあ、この世界には何度も来てるんで、クリア直前の過去勇者からその時代では世界で二番目に強い武器をお下がりでもらったり、ずいぶん前に気まぐれで覚えた呪文が今では禁術の古代魔法になってて威力はさておきハッタリは効いたりで、そこそこ戦えたわけよ。

 なんてったってルクスカーンは使うたんびに相手がパニックになるからね。

 ルクスカーン。

 あー。んーと。変身魔法よ。

 いえ、魔法少女とかじゃなくって。

 あーもウ!! 年の話はしない!!

 ちょっと!! 怒るわよ!!



 …………。



 ……………………。



 ………………………………。



 …………………………………………。



 ふぅ。やっぱ抹茶ラテはいいわね。

 あたしが向こうでも抹茶ラテ抹茶ラテ言ってたせいで、マーチェラテなんて人名が定番になるとは思っていなかったけど。

 なんか、祝福の言葉だと思われちゃったみたい。


 あ、変身魔法ね。

 んーとね、獣になるのよ。

 どんなって……耳があって、しっぽがあって……

 毛皮? 白黒。

 うん。哺乳類。

 パンダじゃないわよ。

 パンダでカンフーでアチョーってんなら、こんな風に言いよどんだりしないわよ。 


 ……………………スカンクよ。


 ちょっとー! 笑わないでよー!

 バカにするんならこの場で威力を見せつけてやるわよーっ!?


 …………。


 うん。向こうの世界でも、ルクスカーンを使うと大抵はバカにされるわ。

 がんばって覚えたのにさ。


 でもね、ユノンは笑わなかったの。

 有効な戦力だって。ありがたいって言ってくれたの。


 実際、ルクスカーンは効果があるのよ。

 おかげで割りとすんなりと、待ち合わせ場所の変わった形の岩にたどり着けてね。

 石化したドラゴンみたいな形の岩よ。

 森の奥で、木々に埋もれて。

 ……あー、うん、ありうるかもね。

 少なくともあたしが見てる前で復活したりはしなかったけど。

 もしかしたら裏ボス戦に絡んでくるのかもね。

 とにかくそこで仲間が来るのを待ちながら、改めてユノンへの取材を開始したわけ。



 ユノンは浮ついた気持ちでハーレム・パーティーを組んでるわけじゃあなかったの。

 今回の魔王は女の魔王なんだけど、ちょっと厄介な力を使うヤツでね。

 見る人の理想の『女』の姿に見えるっていうのよ。

 だから男が魔王に立ち向かおうとしても、会った途端に虜にされてしまう。

 だけど魔王に立ち向かうのが女なら、むしろ嫉妬で戦意が上がる。

 ……いえ、ユノンはもっと気を使った言い方をしていたわよ?

 でも言いたいのはそーゆーことよ。


 女戦士のセプテンヴェラは、ユノンと同じ孤児院で育ってて、ユノンの姉のような存在ってことなんだけど、その孤児院で二人の親代わりだった敬虔な神父は、魔王に惑わされて命を落としたんだってさ。

 ユノンはこの時はまだちっちゃかったんで、魔王を見ても乳デカお化けとしか思わなかったんだって。


 魔法使いのマーチェラテと僧侶のソフィーラテは双子の姉妹でね。

 二人の兄である偉大な賢者は、魔王のしもべになってしまって、姉妹の手で討つしかなかったそうよ。


 格闘家のカメリアの婚約者も魔王にさらわれて、魔王の奴隷としてこき使われてボロボロになって、助け出した時には手遅れで、ニヤケた顔で死んでいったらしいわ。


 ンで気になるのが、ユノンは大丈夫なのかってことね。

 神父の死から何年も経って、さすがにユノンも乳デカお化けに引っかかりそうなお年頃になってるし。

 もしや生まれながらの魔法耐性で、それこそが勇者の力なのか!?

 と思いきや、どこぞのお姫様に一途にホレてるからだって答えでガッカリだったわ。

 ガッカリよガッカリ。

 いやいや。小説のネタになるとかじゃなくて。

 察しなさいよ。

 ガッカリったらガッカリなの!

 だってユノンってかっこいいんだもん。

 だからネタになるとかじゃないのよ!


 ともあれこっちも取材で来ているわけだし。

 仲間の女戦士はいかにも包容力がありそうな顔とおっぱいなのに、そういう対象にはならないのかとか。

 猫耳巨乳の格闘家には萌えないのかとか。

 この二人には劣るとはいえじゅうぶん大きな双子の計四つを同時に手に入れたいという欲望は沸かないのかとか。

 まあ、ごくごくありきたりな質問をいくつかさせてもらったわ。

 なぜかユノンにはドン引きされたけど。


 んで次は、件のお姫さまがどんな人物かの取材。

 だって聞いときたいじゃない?

 写真とかのない世界だから、外見を口で説明するわけなんだけどね。

 どーせ、そーとー美化して語ってるんだろーなーと思いつつ、華奢だの可憐だのって言葉の羅列をメモってたわけよ。


 華やかに着飾っていて、高級な香水をつけていて。

 そしたらそこに、そーいった特徴を全部備えたお姫さまが、いきなり現れちゃったわけよ。

 先に言っちゃうとそのお姫さまは魔王が化けたニセモノで、勇者の好みの姿になって勇者を惑わそうとしてたわけなのね。

 だけどユノンは一発で見破ったの。


 で、魔王が「わらわがじきじきに惑わしに来てやったというのに!」とか言ってバトルになって。

 魔王の変形? もちろんしたわよ。

 まず肌が紫のウロコで覆われて、舌がベローンと伸びてきて。

 羽が生えて腕が増えて。

 巨大化してせっかくのドレスがビリビリに破けて、でももうセクシーなんてとても言ってられないような見てくれになっちゃってたわね。


 魔王は強かったんだけど、勇者の仲間も途中で次々駆けつけてきて。

 でも魔王側の援軍も来て、数で負けるかと思いきや……

 魔王はシーナ姫の貧乳をきっちり再現しちゃっていたもんだから、今まで魔王に惑わされてしもべになっていた人々は、魔王のおっぱいがニセ乳だったって気づいちゃったのよ。

 それで目が覚めて形勢逆転。

 魔王をその場で討ち取ったの。魔王城の外で。

 なかなか気持ちのいい勝利だったわー。

 あ、でも、これで終わりじゃないわよ。

 魔王城では裏ボスが待ってるから。

 そっちへ行く前にあたしは時間切れで帰らなくちゃなんなかったんだけどね。


 ……貧乳がユノンの好みなら、あたしにもワンチャンあるかななんて思ったりなんかしたんだけどね。

 実は本当の姫は、地味な雑用係として、ユノンの旅に同行してたの。

 商人のシーナがお姫さま。

 だからユノンは魔王に騙されなかったの。

 で、目の前で二人にキスされちゃって、さすがにもうさ、もう……




 ルクスカーンをバカにしなかったのって、ユノンだけだったのよ。

 歴代勇者の中で。

 この呪文をあたしに教えた初代勇者でさえゲラゲラ笑っていたってのにさ。




 シーナ姫に、裏ボスを倒したあとの祝いの宴に来てほしいって言われたんだけど、無理なのよね。

 二つの世界は時の流れが違うから。

 次にあたしが向こうの世界に現れるのは、向こうの時間で千年後。

 これから裏ボスを倒そうって張り切ってる人達に、本当は言っちゃいけないことなんだけど、世界の危機は千年後にはまた訪れるの。

 あの世界はそれをくり返してきたの。


 あたしはさ、ちょっとイジワルな気持ちでそれをバラしちゃったんだけどさ、ユノンは喜んでたのよ。

 千年も平和だなんてすごいし、それをあっという間みたいに語る女神さまもすごいって。

 時間が動いている限り、永遠なんて存在しない。

 永遠を求めて時間を止めようなんてしたら、それこそ魔王みたいに無の世界を求めてしまうって。

 ユノンはきっと裏ボスを倒して、それで、もう向こうの時間でとっくに寿命を迎えてるんでしょうね。


 あたしは、しばらくは向こうへは行かないわ。

 ラノベのアイデアがまとまったから。

 もちろんラブコメよ。

 小説の中では、勇者は女神と結ばれるの。

 これくらい別にいいわよね?

 だってこっちはあたしの世界なんだもん。


 でね、執筆を始める前に、ちょっと渋谷に行きたいの。

 ついてきてほしくてあなたを呼んだの。

 買い物がしたいわけじゃないわよ。

 秋葉原じゃなくって渋谷。

 あの交差点の真ん中で、ルクスカーンをぶっ放してやりたい気分なのよ。

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