七章 妖事と別れ

 葉子の家近くの電信棒で、カラスが二羽。何やらカーカーと鳴いていた。

葉子は眠っていたが、妖元は起きていた。そして、鳴き声の内容を聴いていたのである。

「兄者がやられちまって、俺達いつまでも引っ込んでていいのかよ!」

「んなこたぁわかってらぁ! だが、あいつ等はもうすぐ一年経って完全に融合しちまう。

正直俺らのできる事は無いぜ。……いや、無い事もないか。着いて来い」

 カラス達はそのまま妖元の神社へと飛び去って行った。何かの企みがあると思った妖元だったが、一年が経つまであと一週間。丁度、葉子と出会ってから、一年が経とうとしていた。一人と一匹の魂は、程よく溶け合っていて、記憶から体の形、性別、声まで、一つの人格として新たに生まれ変わろうとしていた。それでも、葉子と妖元の心だけは思い出を共有するも、一つにはならなかった。

全く新しい生命へと生まれ変わろうとしているのにも関わらず、相変わらず葉子は葉子の考えで動き、妖元はそれを見守っているのである。

 正月が過ぎ、卒業式が終わり、春休みも終え、高校入学式まで、不思議と言っていいほど、妖怪達の襲撃は無かった。それは、妖元の力が、かつての統治力まで回復していたのもあり、めっきり悪さをする妖怪も減ったからである。そんな中でのカラス達の会話だったので、企みがあったとしても跳ね返せる自信があった。属性的な問題でも、妖気の性質を上手く変える事で、自然の木々を操ることもできる。そんな事を考えつつ、葉子が起きるのを察知し、考えるのをやめる妖元だった。

 葉子は寝ぼけ眼に時間を見ると、まだ大丈夫と言いながら眠ろうとしていた。すると、携帯のアラームが鳴り響く。ハッとして時間を再び確認する葉子。

「……遅刻だ!」

 一言放つと、急いで着替える葉子。急いでいたためか、頭に耳がぴょこりと現れた。最近、魂が一体化しているのもあり、意識していないと、耳と尻尾が出てくるようになってしまったのである。それだけ力が扱いやすくなっているという事もあり、妖元の力を使う時も、普通の状態で扱うことができた。そのため、普段の妖怪襲撃も軽く撥ね退けられるようになった。金髪と赤い瞳の自分にならずとも、力を制御できるようになったことは、大きな進歩だった。

 トーストを食べて、母に「行ってきます!」と言うと、風のような速さで葉子の通う御神高等学校までの道のりを走り抜けた。暫くして、涼平の姿を見つける葉子。涼平は自転車通学のため、友達と話しながら自転車をこいでいたが、後ろから聴こえる風の音に振り返る。そこには、息も切らさず笑顔で涼平に微笑みかける葉子の姿があった。いつもの葉子の笑顔に見惚れ、癒される涼平。そして、周りが、葉子と涼平を冷やかす。その中には由紀の姿もあった。

「あーら、お熱い視線。まだ、夏じゃないのよぉ?」

 由紀が軽く言っただけで、涼平は顔を赤面させ、葉子も頬を赤らめるのだった。

その頃、二羽のカラスが、その姿を人型に変えて、結界も無く、妖元の神社に舞い降りていた。

この頃、白夜は他の事で忙しく、神社を空けていたのだった。それを調べていたのか、二羽の妖怪は、境内の中へと進入すると、境内の中を物色し始めた。暫くすると、片方の妖怪が、「封印」と、書かれてた札の貼ってある、底が薄めの箱を見つける。そして、もう片方の妖怪が、封印と書かれた文字の他の文字を見つける。『妖魔鏡』と書かれたその文字を読み、見つけた! と、二羽の妖怪は喜びながら、箱を持って神社を後にするのだった。白夜が神社に戻ってきたのは、それから、三時間後。境内の中に何者かが侵入していることを察知すると、急いで妖元に妖怪伝書を送った。

 妖怪伝書が届く頃は、丁度三時限目が終わって教室の移動をする時だった。普通の人間には見えないその伝書に気付き、拾い上げる葉子。それを妖元が読む。内容は、何者かが神社の境内に侵入し、中から何かを奪っていった。という事だったが、余りに散らかされているため、何を奪われたのか。今は解らないとの事だった。追って報告をすると書かれた伝書を読み終えると、葉子の手から、景色に溶け込むように消えていった。妖元は、古い時代の物が多いために、一体何を奪われたのかと考えていたが、その答えはすぐさま、思いつくのだった。校舎二階の窓際にいたため、避けようが無かった。先程の二羽の妖怪が、妖魔鏡で葉子の姿を映していたのである。

 妖魔鏡に映った瞬間、そこには葉子と狐の妖元の姿が映し出された。そう見えた一瞬で、葉子と妖元の一つだった体が、二人に分離してしまうのだった。鏡は音をたてて割れる。そして、運悪いのか、今の妖元の姿は、青年の妖元の姿ではなく、金髪赤目の葉子の学生服姿だったのである。妖怪伝書が来てから、ちょっと忘れ物。と言って、自分の教室に戻っていた葉子を、由紀が探しに来ていた。由紀は、二人の葉子を見て唖然とするが、すぐに金髪赤目の妖元のほうへ向き直った。

「あの! いつかの愛しの人ですか?」

「!」

 妖元は由紀にみつかったやいなや、その場から二階の窓を開けて飛び降りて逃げるのだった。

しかし、由紀がすぐにその後を追いかけるが、その姿は何処にも無かった。葉子は何が起こったのか見当がつかなかった。しかし、すぐに妖元が行きそうな場所を考えると、由紀に「今日、早退!」。と言ってその場を後にし、神社へと駆けて行くのだった。そして、葉子は不思議な感覚に気付く。

妖元が身の内に眠っていないのに、妖元の力が使えていた時のように、風のように走ることができるのだった。そして、急いでいたため、確認しなかった自分の姿をコンパクト鏡をカバンから取り出して見る。そこには、黒髪で、黒い耳が頭に生えている自分の姿が映っていたのだった。葉子は、動揺して走るのやめ、止まったが意識を集中してみる。

すると、普通の耳の生えていない葉子の姿に戻ることができたのである。葉子は安心すると、目的を思い出し、再び、神社へと走って行くのだった。

 神社へ着くと、境内の外のほうで、妖元の声が聴こえたため、階段を急いで走り抜ける。

「なんという事だ……! やってくれたな、あのカラス共!」

 妖元が青年の袴姿になってそこに居た。そして、葉子に気付くと事情を説明した。

葉子と妖元が映されていた鏡の名は妖魔鏡といって、映った者を二つに分ける能力を持っているのだという。しかし、一度使われると割れてしまい、二度と元の姿には戻れなくなる。といった内容だった。それと、二つに分かれるのは姿だけではなく、力までもが二分されるのである。それを聞いた葉子は、先程の自分を思い出した。黒耳が頭に生えた自分。  

 それに気付いた時、事の一大事を知るのであった。力が二つに分かれてしまったという事は、妖元の力は完璧ではないまま、このままなのである。そうなると、低級妖怪が悪さをするのが、また始まるという事だった。今までが平和にすぎていたために、思いもよらぬ出来事だった。そこへ二羽の妖怪が、結界の張られていない神社の敷地内に、人型で進入してきた。妖怪達は、にやつきながら妖元を見て、何やら呟きあっていた。

「見ろよ。妖元の奴、相当驚いてるぜ」

「そうだな! まさか俺達が、あいつの境内の貢物を知ってたなんて知るまいよ」

 すぐに察知した妖元の炎が、二羽の妖怪目掛けて飛ぶ。しかし、火力が半分になってしまったためか大した威力が得られなった。妖元は「……チッ」と、舌打ちをする。笑っている妖怪達に次々と炎を浴びせるが、威力足りないために通じない。それならばと、木々の力を借りて妖怪達を捕まえようとするが、一向に捕まらなかった。妖元が攻撃を加えている間、葉子は考えていた。力が半分になったという事は、自分にも炎を操る力や、木々を操る力が使えるのではないか、と。瞼を閉じ、炎を意識して妖怪達に手を向け意識を集中する。すると、身の内で何かが燃える感じが掴めた。その意識をそのまま形にしようと試みる。妖元と同じくらいの火力の炎が、妖怪達の片方に当たった。完全に油断していた妖怪達は、まずは、力に不慣れな葉子を狙おうと襲ってくる。

「そうはさせるか!」

 妖元の姿が、大きな狐の姿に化ける。妖怪達の鋭い爪の引っ掻き攻撃に耐える妖元。

その身から、赤い血が流れ出る。暫く続く攻撃に、体力も削られてきたその時だった。

葉子が、妖元に泣きつく。

「もういいよ! 私を守らなくてもいいから!」

葉子が妖元に触れた瞬間だった。一人と一匹の魂の内側で、何かが鼓動する。妖元は妖怪達の攻撃を振り払うと、青年の姿に化ける。そして言い放つ。

「お前が私に触れた時、妖力の高まりを感じた! 手を繋げ、葉子!」

 葉子は妖元の差し出された左手を握る。すると、二つの体が共鳴する。

光に包まれる葉子と妖元。何が起こっているのかと、先程から手をこまねいていた白夜が見ていると、光の中心で葉子達の姿が見えるのに気付く。それは、金色の妖気をまとった二人の姿だった。一緒にいた時間の分だけ、葉子と妖元は通じることができる。今までの時間は無駄ではない。と、妖元が一言放つと、大きな炎が二羽の妖怪目掛けて飛ぶ。

葉子と妖元が、互いの腕を上げて、放った一撃だった。そのまま葉子と妖元の炎の乱れ撃ちが二羽の妖怪を捉える。逃げようにも逃げる隙を見つけられない二羽は、慌てふためき互いの体をぶつけてしまう。その時を狙って、「今だ!」と妖元が言い放つ。その瞬間、葉子と妖元の互いの掌から出る炎が混じりあう。呼吸が合い、凄まじい炎が二羽に放たれた。

その炎に焼かれ、二羽は命辛々逃げ失せるのだった。暫く沈黙が流れ、妖元が言った。

「葉子、お前はこれから私がいなくても平気か?」

 それは心から心配する声だった。葉子は言った。

「どうして? 確かに分かれちゃったけど、力を合わせれば、狙われても大丈夫そうじゃない」

 そこへ白夜が入り込む。

「そうですよ! 平気ですよ。それに妖元様の力は葉子さんも使えるじゃないですか!」

「……確かにそうだが」

 葉子は黙っている妖元の背中を叩く。

「大丈夫! 土地神が二人になったって誰も困らないわよ! それに……」

 妖元はびっくりしながら続きを聞く。

「それに、私達は二人揃ったら最強なんだから! ね?」

 葉子の元気さに、そうか。と頷く妖元。そして一言呟く。

「半分になったのはいいが、この青年の姿の私は、普段の私の姿にはもうならないのだ」

 葉子が、「え?」とした表情で、妖元を見る。すると、妖元の姿が変わる。

「この金髪で赤い目の姿が、通常の私の姿になってしまったのだ」

 葉子の声で喋る妖元。そして、げんなりしながらまた一言放つ。

「お前の友達には由紀という子がいるだろう……」

 葉子は「あっ!」と言って、これから起こるであろう苦労を考えるのだった。ようやく理解してくれたのだなと妖元に言われるが、葉子はどうしよう? という思いで一杯一杯。

それから、妖元はなるべく青年の姿を維持することを約束する。葉子と妖元。思わぬ出来事で分かれてはしまったが、これで葉子は、お互いの干渉を最大限抑えることができると逆に喜びもあった。慣れてはしまったものの、お互いの事が筒抜けでは、やはり困っていた自分を納得させるように。葉子は妖元に「会えなくなる訳じゃないけど、別れだね」と、言うと、妖元も「今まで世話になったな。またここへ来てくれるか?」と言った。

「もちろん!」

と、葉子は答えると、手を振りながら、神社の階段を下りて行ったのである。


「最後にして、最大の失態か」

 肩を落とす妖元だったが、今までの事を思い出し、これも流れか。と、思うのだった。

そんな妖元に、白夜が言う。

「やっぱり、女性の体を手に入れたかったんじゃぁ……」

「馬鹿者!」


 かつての頃と同じように、また時が流れる。長く長く流れるその先に、また、葉子と妖元と、その仲間達や妖怪が賑やかなこの町に、再び暗雲が訪れるのは、暫く先の話。

葉子は特別な力を持つ事で、様々な妖怪に狙われるが、その度に妖元が駆けつけて、力を合わせて、撃退していく。この話はそんな中での澄み切った夜空の星の輝くある夜の話。 

 葉子は、いつもの神社に寄ると、妖元や白夜の姿を確認して、手を振りながら階段を上がる。その先に映る綺麗な星達。今夜は、妖元の力が高まる満月の夜だった。

見せたいものがあると呼ばれた葉子は、素晴らしい景色に言葉を失うのだった。

妖元の力で、雲を消して、星が満開の大空を葉子に見せていたのである。

「どうだ? こんな事しか今までの礼はできないが。……いい空だろう。

この町が、町自身の光に覆われてしまってから随分経つが、私も久しぶりに見る空だ」

 葉子は暫く黙っていたが、それでも言葉にできずにいた。大よそこの町からは見えない星ばかりが見えていた。車の排気ガスや、町の電灯、家々の光で消えてしまった空達。

それは、古の頃の妖怪達を映しているような。そんな気持ちになった。

「ありがとう」

 何回もこの言葉を妖元に言う。暫くすると礼を言いながら泣き出す葉子。

「中学の頃の葉子だな」

 妖元は懐かしい気持ちで、葉子の頭を撫でた。人と妖怪。決して相容れない訳でもないこの世は、それでも人間達に都合のいい世界である。そんな中、この一人と一匹のように、力を合わせる者達もいる。その中には様々な妖怪達がいて、沢山の思いが流れている。


「人も妖怪も、大して変わらないかもしれませんね」

 白夜が星を見ながら涙を流していた。

「星になった者達もいるからな」

 人も星になり、妖怪でさえも星になれる。

そんな中に何の変わりごとがあるだろうか。と、葉子が思っていると、妖元が言った。

「星の輝く夜。人も妖怪も、変わらず星になれるものだと、信じていた者が昔一人いた」

「それって陽子さん?」

「さあな」

 葉子、妖元、白夜。それぞれの思いを胸に秘め、星空を見上げるのだった。


 終

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ヨウコ×妖狐 星野フレム @flemstory

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