杏莉とオリヴィア

 杏莉との待ち合わせ場所は僕の家の近くの公園にして貰った。僕は大学を終え、家に戻ると、オリヴィアを誘って待ち合わせの公園へと向かった。


「其方には気を使わせたな……。いつまでも落ち込んでいて申し訳ない」

「オリヴィアが気にする事ではないよ。元気になって欲しいのは僕の都合だから」

「其方の都合? 何故、其方の都合になるのだ? 我の問題であろう?」


 僕はとぼとぼと歩いているオリヴィア抱え上げ、肩車をした。


「僕の都合さ、オリヴィアが落ち込んでいると僕まで悲しくなるから。だから、元気になって欲しいと願うのさ」


 公園に着くと、オリヴィアを下した。僕はベンチに座って読書をしている杏莉の姿を見つけると、オリヴィアの背中を押した。


「行っておいで。杏莉が謝りたいってさ」


 オリヴィアは僕の顔と杏莉の方を何度か見比べると、堪えきれなくなった涙を流しながら杏莉の方へと走っていく。杏莉も気が付いたようで、本をバッグに戻し、ベンチから立ち上がる。オリヴィアは杏莉に飛びついた。杏莉も離さぬよう強く抱きしめる。その光景を見てとても嬉しくなった。


「ごめんね、オリヴィアちゃん。あなたは私の友達よ。とても大切な友達よ。傷つけて本当にごめんね」

「主様、私の事を忘れていなかったのですね! 私は主様のその気持ちだけで十分です。まだ、友達と思って頂けるだけで十分でございます!」

「私、オリヴィアちゃんに嘘を吐いた事を謝るわ。本当は寂しかったの。友達がいないことが寂しかったの!」


 その時、太陽は雲に隠れ、世界が闇に染まった。公園の木々や遊具が地面に溶けていく。裏側の世界への扉が開いたのだ。僕は警戒していると、前回とは違い、優しい形をした広葉樹の木が生えてきた。空も青空のままで、ほのぼのとした雰囲気を醸し出している。世界の変容が終わり、周囲を確認すると、オリヴィアの姿が無くなっていた。


「杏莉、オリヴィアは? 一緒じゃなかったの?」

「わからない、でも、きっと、あの洋館の中に居るわ。私達いつも、あの洋館で会っていたの」

「急ぎましょう。早くオリヴィアちゃんに会わないと!」


 杏莉は僕の手を取り、ぐいぐいと引っ張っていく。あの館は直ぐに見つかった。以前と同じ黒い洋館、違うのは明かりが無い代わりに、音楽が流れていた。杏莉と一緒に玄関のドアを開ける。


「お帰りなさいませ、杏莉。また、ここで会える日が来るとは思っていませんでした」


 オリヴィアは大人の姿に戻っていた。ピシッと背筋を伸ばし、その姿は杏莉を思わせた。驚いている杏莉にオリヴィアは抱擁を交わした。


「私も年齢を重ねていたのですよ。杏莉が成長したように私も成長していたのです。子供の姿の時には言えませんでしたけどね」

「あの時はごめんなさい、オリヴィアちゃん、いや、今はオリヴィアさん? 私の一番の友達はあなたです。本当に傷つけてごめんなさい」

「もういいのですよ、謝って貰いましたもの。それより、昔のように一緒にお茶をしませんか? 良い香りのするローズヒップティーがあるのですよ」


 素敵な香りのするお茶を頂きながら、オリヴィアの焼いてくれたクッキーに舌鼓を打った。二人の積もり積もった会話を聞きながら、僕もお茶会を楽しんだ。だが、楽しい時間は早く過ぎるものだ。僕は手が消え掛かっている事に気が付いた。


「そろそろ、お別れの時間ですね、束の間でしたが、再び会えて楽しかったです」

「私も楽しかったわ、オリヴィア。また、会えるわよね?」


 オリヴィアは答えの代わりに、悲しそうな笑みを浮かべる。僕たちの体は殆ど消えかかっていた。


「大丈夫だよ、杏莉。僕にはあのネックレスがある。念じればもう一度会えるんだろう?」

「そうね、あれがあればこっちの世界に呼べるわよね」


 嬉しそうな杏莉とは対象的にオリヴィアは悲しそうな顔をしている。どうしてなのか不思議に思っていると、オリヴィアは胸元に手を入れ、ネックレスのチェーンを引っ張り上げた。それは僕が貰ったはずの太陽の頬だった。それが裏側の世界で最後に見た光景だった。








 あれから数ヶ月の月日が流れた。結局、あの後、現実世界へ戻ってきたのは僕と杏莉だけだった。僕が持っていたはずの太陽の頬は無くなっていた。オリヴィアはこうなることをわかっていて選んだのだろうか。


「健吾君、おはよう」

「杏莉、おはよう」


 僕が振り向くと、杏莉は恥ずかしそうにそっぽを向いていた。


「うう、恥ずかしい。名前で呼ぶのには慣れないわね」

「仲良くなろうと提案してくれたのは杏莉じゃないか。仲良しなのだから、恥ずかしがることはないさ」


 その後も、杏莉は、うううと唸っており可愛かったが、僕はこれ以上、誂うのを我慢した。ここで下手なことを言うと後が大変なのが目に見えているからだ。


「そういえば、今日の夜は時間ある?」

「今日はバイト入って無いから、いつでも大丈夫だよ。何の用事かな?」


 杏莉はふふふと笑うと、ハンドバッグをごそごそと探し、中から月のモチーフに青い宝石が嵌っているネックレスを取り出した。その宝石はどこまでも広がる青空のように綺麗な色だった。杏莉曰く、このネックレスは月の接吻といい、太陽の頬には会える魔法が、月の接吻には会いに行く魔法が掛かっているそうだ。

僕が驚いていると、杏莉は得意気に胸を張った。


「子供の頃の私に出来て、大人の私に出来ないハズは無いじゃない? 会いに行こうよ。オリヴィアさんに」




 杏莉はそう言うと月の接吻を太陽にかざした。その光景はまるで、お月さまが太陽にキスをしているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月が太陽にキスをして @monakatabetai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る