杏莉と夜の散歩
あの日から、オリヴィアは塞ぎ込んでしまった。話しかけても心はここに無く。以前の様に喜怒哀楽に溢れた返答は無くなっていた。
杏莉には何度かメールを送ったが返事は一度も無かった。僕も一緒に絶縁されてしまったのだろう。杏莉とは中学生からずっと一緒の学校で、仲が良いと一方的に思っていた。男子の中なら一番仲が良いのは僕だと思っていた。
「いつまでも切れない様な、腐れ縁になると思っていたんだけどな……」
オリヴィアの寝静まった夜、ずっと我慢していた缶ビールを飲む。お酒なんて子供の前で飲む物ではないとわかっているのだが、飲まずにはいられなかった。携帯電話のメール受信画面を眺めるが、目当てのメールは飛んで来ない。もやもやとした気持ちを抱えたまま寝られる気がしなかったので、気分転換に、夜風に当たる為に外へ出た。
行く宛も無かったので、杏莉の家へと足を運ぶ事にした。家の前の道路に座り込み、彼女の部屋を眺める。電気は灯っており、カーテン越しに机に向かっている人影が映っていた。
「こんな時間でも勉強しているのか、杏莉は偉いな。それに比べて僕は何をやっているんだろう」
道中のコンビニで買った、缶ビールのプルタブを開け、ぐびぐびと喉を鳴らす。暫くすると、カーテンの向こうの人影が動いた。立ち上がったかと思うと、電気が消えた。就寝したのだろう。ポケットから携帯電話を取り出し時間を確認する。朝の二時だった。
「いつまでも、こんな場所に居ても仕方ないよな」
暫くその場に座って居たが、酔いも覚めて来たので、腰を上げ帰路に着こうとした。その時、後ろから呼び止められる。
「坂口君、どういうつもり? 誘拐犯の次はストーカーになったの?」
「杏莉か、ごめんな。そういうつもりじゃなかったんだ。ただ、何しているのかなと思って」
杏莉は大きくため息を吐いた。
「世間ではそれをストーカーというのよ。オリヴィアちゃんはどうしたの?」
「家で寝ているよ。寝静まってから出て来たから」
「坂口君、あなた馬鹿なの? あんな小さな子供を置いて一人で来たの? オリヴィアちゃんの気持ちは考えられないの?」
僕は少しイラッとした。オリヴィアを悲しませた張本人に言って欲しくない台詞だ。
「馬鹿はどっちの方だ。あの日から、オリヴィアはずっと塞ぎ込んでいる。杏莉に嫌われたからと、悲しんでいるんだぞ!」
杏莉は頭を垂れ、頬を歯で噛みしめ、懸命に何か言うのを我慢していた。
「オリヴィアちゃんを悲しませるのは本意では無いわ。帰ったら謝っておいてくれるかな。ごめんって」
「なあ、友達作らないのか? 本当に寂しくないのか?」
それは言ってはいけない事だった。それに気が付いたのは口に出した後だった。杏莉は怒っていた。とても怒っていた。僕は謝る準備をしていると、それよりも早く杏莉は泣き出した。両手で顔を覆い、えんえんと声をあげる。
「あなたに何がわかるの。私だって作ろうとしたわよ。友達。でも、出来なかったのよ、作り方を知らないのだもの! 仕方ないじゃない!!」
杏莉の心からの叫びだった。
「友達だ。少なくとも僕は杏莉の事を友達だと思っている。勿論、オリヴィアも」
杏莉はより一層声を上げて泣いた。
「ああ、もう、泣かないでくれよ。僕は女の子に泣かれたらどうしたらいいか分からなくなるんだ」
杏莉の背中を撫でながら、泣き止むのを待つしかなかった。
「なあ、オリヴィアにもう一回会ってやってくれないか? それで、杏莉がオリヴィアの事を友達だって言ってくれたら。オリヴィアは役目が果たせるんじゃないかな」
「坂口君はそれでいいの? 今の生活を中々楽しんでいるように見えるけど」
「楽しいよ、でも、いつまでも続けていい事じゃないのはわかっているよ。それなら、オリヴィアにとって、一番良い別れ方が出来たらいいなって思うんだ」
杏莉はため息を吐く。
「坂口君って本当に馬鹿ね……。まあいいわ。明日でいいかしら? 今日はもう寝ないと辛くなって来たわ」
「ああ、遅くまでごめん。じゃあ、また明日な」
杏莉が家に戻るのを見送ると、僕も自分のアパートへと戻った。部屋に戻り、オリヴィアの寝顔を見る。幸せな気持ちを貰うと僕も夢の世界へと旅立った。
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