後編

きっかけはある街での出来事だ。


そこはモンスターの注意報が出た町。

私達が到着したころにはモンスターによって町は全滅していた。


私達の仕事、それは凶悪なモンスターを討伐すること。残念だけれど滅んでしまったこの街に居る理由はもうない。

だけれど隊長は「生存者が居るかもしれない」と町を捜索し始めた。


私達も生存者を探したがその町は酷いありさまだった。

火を吐く、というモンスターの情報通り、町の建物はことごとく燃え、その中に居たであろう人間はすべて炭となっていた。


町には運よく全焼を逃れた家もあったけれどそれでも人は生きていなかった。


「この家はどうかしら。」


二階部分こそ燃えているけれど一階は無事な家があった。

入ると家の中には焦げ臭い匂いが充満していた。



「!」



廊下に人が倒れているこの街に来て初めて人の形をした物を見た気がする。

救護班を呼んだけれど、すでにこと切れていた。死んだ原因は煙を吸い込んだことで酸素をとりこむことが出来なかったからだそうだ。

見たところ私と同世代、もしかすると同い年かもしれない。焼けずに死んだのは良い事なのか悪い事なのか。この少女が死んだことには変わりはない。

他にも年の為と家の中を見て回ると少女の部屋に見慣れないものがあった。



「これは……?」



自分が見てきた何にも該当しない。



「それ、ドリギアじゃない?」



同じ隊のフレイが私の持っているコレを指さしてそう言った。



「ドリギア?」



「そう、ドリギア。ドリームギアの略ね。今大流行中なんだって」



頭に着けるらしいコレをフレイは頭に付けて「どう、似合う?」とポーズを決めている。

私がどう反応していいか迷っていると、



「とにかく、その子の友達が夢の世界で待ってるだろうから、ログインして「この子は死にました」って伝えてあげたら?」


とフレイがドリームギアを返してきた。

その後隊長が「引き上げる」と隊に通達してその村を出た。


その夜


フレイに言われた通りあの子の友達に「死んだ」と伝えるために「ろぐいん」とやらを試してみることにした。


「……どうやるんだろう。」


フレイのやっていたようにドリームギアを頭につけあのポーズをする。


「……違うな。」


ドリームというからにはこれを付けて寝るのだろうか。

半信半疑で寝床に着く。


「!!」


ふとした瞬間、辺りがとても明るくなった。朝かとも思ったけれど様子が違う。それでやっと自分がドリームギアの効果を受けていると理解した。


「死んだと伝える。」


それだけを考えるが問題が一つ。


「これからどうすればいいのだろう。」


人波に流されて建物には入ったけどそれからが分からない。

立ち止まって考えていると、



「あれ、エリーゼさん教室はいらないの?」



少年が話しかけてきた。隣にはやけに整った顔の男も居る。

二人が部屋に入っていったので続いて私も入る。


「?」


同年代くらいの生徒が30人位この部屋にいる。集まって何をするんだろうか。

取り合えず空いてる席に座る。


「ちょっとエリーゼさん、そこ私の席で…あっ男子!あんたたちがエリーゼさんの席に座ってるから座れないんでしょ!」


目の前の女の子が怒った男達はわらわら散らばり、席が空く。あそこに座れという事だろうか。

!、そうだ、私はこの子が死んだことを伝えに来たんだ。

さっきの少年が私の所に来る。


「エリーゼさん、ここ数日休んでたみたいだけど、どうかしたの?」


そうだ、この子に伝えよう。


「実は…「あっごめん、先生来ちゃった。」


少年が自分の席に戻り年配の男性が部屋へ入って来きた。それと同時に部屋が静かになる。


(な、なにが始まるんだ?)


男性はゆっくりと口を開く。


「えー、では教科書20ページを開いて。」


(!?)


私以外の皆が一斉に本を開く。


(……これだろうか?)


この世界に来た時から持っていたカバンを開くと本が何冊か入っていた。

今は立って話しかけに行くべきではない、これが終わった後に……


「えーでは今日はここまで。」


その言葉で一気に部屋の中が騒がしくなる。だが私にとってはそんなことどうでもよかった。


「……面白かった」


いままで隊員たちが話しているのを少し聞いただけだったこの国の歴史、あの土地はこういう由来がある、こんな人物がいた。自分が初めて知る事ばかりであった。授業の余韻に浸り、あの少年と喋らねばと思い出した時には次の先生が来ていた。

この日、すべての授業が終わる間、私は感動しっぱなしだった。

特に魔法の授業。今まで剣のみを学んできた自分にとってなじみのなかった魔法、フレイや同僚が使っているのを横から見てただ「壮観」だとしか感じなかったあの魔法があのような仕組みだったとは。


ふと気づくともう教室には数人しか人が残っていなかった。


「エリーゼさん、帰らないの?」


少年に声をかけられ自分が帰り支度していないことに気付く。

教科書をカバンに詰めて席を立つ。


そして少年について校門まで付いて行った。

歩いている間どう死を伝えればいいか悩んでいた私だが、

少年の「それじゃあ」に私が返した言葉は「また明日」であった。


少年が次の瞬間消えたことにも驚いたが、

「また明日」

そう言った自分に驚いた。

私はこの世界に明日も来たいのだろうか。

いやいや、と首を振って前を向く。


「……帰り方が分からない」


しまった。フレイに詳しく聞けばよかった。しょうがないドリームという位だ、何時かは覚めるだろう。

することの無くなった私は道に沿って歩いて行く。

それにしてもなんだこの道は。黒く石畳ではないが固い。横の白い線も気になる。この上を歩けという事だろうか。

ルールも分からず取り合えず白い線の上を歩く。


ブルルルル


後ろから轟音が聞こえた。敵か!?しまった、今は剣を持っていない。後ろを振り返りギョッとする。鉄だ、鉄の塊が猛スピードで突っ込んでくる。あの速さは避けられない!衝撃に備えてグッと実を縮めるがそれは横を通り過ぎていった。


「なんだ、今のは。」


人が中に居たような?

答えは直ぐに出た。

大きな通りを先の鉄の塊が人を乗せて行き来している。


「乗り物だったのか……」


そう呟いた瞬間視界が揺れる。

なんだ!何が起こっている!


パッと目の前が切り替わるとそこにはフレイが居た。自分の頬を引っ張っている。


「……いふぁい」


フレイは手を放し「レイが起きないからよ!」と言っている。

……そうか、もう朝か。

外を見る。もちろん鉄の塊は走っていないし地面も黒くない。


「隊長が今から出発するって。」


「……わかった。」


私は着替え、出発の準備を始めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



それから、私の生活は変わった。仕事は変わらないが仕事を終わらせる理由が出来た。



あれからもイケナイと分かっていながらエリーゼとして学園に行き続けた。

あれから分かった事は、あの子にはほとんど友達が居なかった事、あの世界は夢で人と繋がっていること、あの少年はユウという名前で、ついでに横のうるさいのはヤスという名前であること。

あの世界での生活は楽しかった。正に異世界、自分が日ごろ戦っているような凶悪なモンスターは居ない。学園の授業も面白いし、何よりユウと他愛の無いことを話す、そんな日常が好きになってしまった。



「変わったな。」


任務を終え隊員が集まってる中、隊長がふとそんなことを言い出した。


「そうですか?レイは何時も無口ですよ?」


フレイが口を挟む。


「そうじゃ無くてな。こう、元気になった?前までは任務でモンスターと戦う時にただ「仕事です」って感じだったが最近はもっと「意思」のようなものがある。「この任務を終わらせるんだ」ってな。」


「そうかな?」フレイは首をかしげている。


そんな隊の元に指令が入った。


「皆!聞いてくれ新たに指令が来た。場所はベクト。一番近い我々が行くことになった。」


隊員達は直ぐに仕事モードに変わり、


「それじゃあここに一泊させて貰うのがいいでしょう。ここなら何かあってもベクトまで直ぐに行けます。」


「それじゃあ、今から出発だ!明日にはこの町に着くぞ!」


朝方には着くと言われ、移動中にあの世界へ行く。

いつものように授業を受けいつものように他愛も無い会話、


「どうしたの?二人で。私の名前が聞こえた気がして」


「な、何でもないよ。ほ、ほら、もう下校する時間だよ?」


分からないけど何か隠してる?


「そうね、」


疑問に思いながらもカバンに教科書を入れる。


「また明日」



「それじゃあ」



いつもの会話をしてログアウトする。



「お、起きたか。」



隊員に飲み物を貰いボーっとする。

馬車に揺られ外を眺めていた。



「村が見えてきたぞ!」



そんな声が先頭の馬車から聞こえた。



村の入口にはもう人だかりができてる。泊まる所、大体同じ感じだ。隊長は前の方の馬車で大きく手を振っている。

となりのフレイも手を振ってる。



「レイも手を振りなさいよ。ほら!」



笑顔でフレイが手を振ると、「可愛い」だの「娘にしたい」だの聞こえてくる。この反応も大体何処も同じだ。

人混みをなんとなく見ているとここに居ないはずの人間が目に映った。



「!?」



紛れもない、あの世界で毎日会っているあの顔だ。

つい、ジッと見てしまう。ユウだ、間違い無い。

宿に着いて作戦会議を聞いていてもさっきの事が頭から離れない。



「いいか、今現在ベクトに被害は出ていない。周辺を徹底的に探し、被害が出る前に倒すんだ。」



「「「はい!!」」」



その後周辺の探索は空振りに終わったが、それよりも朝の事が気になっていた。

(今日確かめないと。)

だが確かめてどうする?何をいうんだ?

そんな事を考えながら夢の世界に入っていった。


結局、登校時少年に会っても何も言い出せなかった。

一つ目の授業が終わり二つ目の授業が終わっても何も聞けない。

だがその日最後の授業の前、突然ヤスがこう言いだした。

「自分の街に第十討伐隊が来た」、と。

第十討伐隊とは自分が所属している隊の事だ。その後もフレイがどうした、剣姫がどうした、と話していたが、それよりもやはりあの少年はユウだったんだという衝撃で頭に入ってこなかった。



だがそれで何ができる?

もちろんあちらは気づかない。この見た目はエリーゼ本人の物であって自分の物では無い。

「自分がエリーゼだ」とあちらのユウに言うか?信じるはずがない。それどころか最悪この日常が壊れてしまう。

ユウと目が合い顔を逸らす。

どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい。



帰りに何かを聞かれた気がしたが、なんと答えたのか覚えてない。「ええ」とか「そう」とか曖昧な返事だった気がする。



何時も通り目を覚ます。だが今まで一番最悪な目覚めだ。


隊長が会議で、夜中に探索したチームがシルバーエイプの群れを見つけたと言った。倒さなければ。

早々に出発して目的地まで向かう。居た、シルバーエイプだ。



シルバーエイプの喉に剣を突き立てる。

—そうだ、ユウを見なかった事にしよう。

掴みかかって来る腕を切り落とし、逆にその首を落とす。

—ユウを見なかったことにすれば明日からいつもの様な日常に戻れる。

シルバーエイプの胸を突いた剣を引き抜くと血が噴水の様に飛び出した。


「お疲れ様。」


いつの間にか掃討戦は終わっていた。


「大体のやつは倒せた。今日は休んで明日、山の方へ逃げた残りを探そう。」


「疲れたー。あいつら毛皮が特殊なのか全然魔法効かないんだもん。」


「今日はレイの活躍が凄かったな正に獅子奮迅の活躍とはあの事だったな」


町に戻り明日に備える。


(今日、気持ちは整理した。日常に戻る事が出来るはず。)



横になり、目を瞑った。



いつも通り着席し心を落ち着かせる。

日常に戻るはず。


キーンコーンカーンコーン


授業開始のあの独特なチャイムが鳴った。


……だが「いつも」がやって来ない。


ヒソヒソ声が聞こえる


「おい、ヤス。ユウはどうしたんだ?」


「わかんねえ、家に寄った時は帰ってなかったみたいだけど。」


昼間のシルバーエイプを思い出し、頭に嫌な予感がよぎる。

勝手に体が動いていた。

教室を飛び出し、ログアウトしていた。


「おい、どうしたんだ?」


隊長を無視して宿を飛び出しこの町のギルドへ向かう。


「剣姫!?きゅ、急にどうされました!?」


「この行方不明の少年が居るはず…!」



「え、えーと、そのような依頼は届いてませんね。」


(思い違いだったか…?)


「あ、その子かどうか知りませんがクエストを手伝ってくれている子がまだ帰って来て…「その子はどこに行った!!」


怒鳴るように目の前の人物に問う。


「や、近くの山へ山菜取りに…でも他の冒険者も帰って来てないので多分一緒でしょう。危険があれば頼るように言ってあります。」


ギルドを飛び出して山へ向かう。


(間に合ってくれっ…!)


山の麓までたどり着く。


チカッ


(魔法かっ!戦っているんだ!

まだ生きている!)


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ザンッ


夜の山に肉を裂く音だけが響いた。


目をそっと開ける。

シルバーエイプは首を無くし

ズン、

と地面に倒れた。

シルバーエイプが倒れた後に一人の人影。


「あ、貴方は……」


昨日見た、確か「剣姫」とかいう第十討伐隊の人だったはずだ。

(た、助かった。)


「なんと、なんとお礼を言ったら……」


「いや、いいんだ。」


剣姫に助け起こされた。


「レイ!どうしたんだ?急に出て行って……シルバーエイプじゃないか!」


「隊長、この少年が襲われていて。」


剣姫に紹介されて頭を下げる。


「生きていて何よりだ!」


その後もギルドの人達も来て頭を下げていた。



翌日、第十討伐隊は出発しようとしていた。

剣姫に近寄り昨日のお礼を改めてする。


「あの、ありがとうございました。」


「無事で何より。」


「見ず知らずの人間を助けるなんてやっぱりヒーローだぜ!」


昨日の事をヤスに話すとこともあろうか羨ましがってた。殴ってやりたい。


「この恩は二度と忘れません。またどこかで会った時は必ず恩をお返します。」


そういうと、剣姫は悲しそうに笑って


「また、あちらで逢いましょう。」


僕には分からない、でも必ず意味のあるそんな言葉を残して去っていった。


今でも、「あちら」がどこの事を指しているのか、僕には分からない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

また、あちらで逢いましょう。 @mousuguharudesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ