また、あちらで逢いましょう。

@mousuguharudesu

前編

キーンコーンカーンコーン


授業終了のあの独特なチャイムが鳴った。


「では今日授業はここまで。」


その先生言葉で静かだった教室内は一気に話声で騒がしくなる。


「やっと授業終わったな!ユウ!」


腐れ縁のヤスが机までわざわざやって来た。


「「やっと」ってなんだよ、ここには勉強しに来てるんだろ?しかもお前、授業中に寝てただろヤス」


「そんなつまらないこと言うなよー、ユウ俺はな、ここに恋愛をしに来てるんだ!」


「なんじゃそりゃ」


「お前はいいよな?候補が居て。地味だけど。」


「もしかしてエリさん?違うよ、ていうか地味ってエリさんに失礼だろ?」


「でもあの人が話しかけるなんてお前ぐらいしかいないぜ?少なからず好意は持ってるって……おっと、噂をすれば」


「どうしたの?二人で、」


噂をすればエリさんが話しかけてきた。

エリさんはメガネをかけていて髪型はおさげで、なんというか「ザ・文系少女」というような人だ。


「私の名前が聞こえた気がして」


「な、何でもないよ」


ヤスが「ほらな?」と、ジェスチャーを送ってくる。

確かにほんの数週間前まではエリさんとは話しもしなかったから、それに比べれば俗に言う「発展」しているんだろうけど正直ヤスが勘違いしているだけだと思う。


「ほ、ほら、もう下校する時間だよ?」


エリさんは「そうね、」と言って変える準備をしに自分の席へ戻る。

カバンを持ったらヤス、エリさん、そして自分の三人でゆっくりと教室を出て下駄箱に向かう。部活動に入っていれば、これから放課後の活動があるけれどいわゆる帰宅部な三人はこれから帰宅だ。


靴を履き替えて校門まで歩く。「帰ったら何する?」なんてヤスが話し、それに適当に相槌を打つ。エリさんは少し後ろを歩いて黙って付いて来る帰りのいつもの光景だ。


校門に着くと「また明日」とエリさんが話しかけてきてそれに僕も「また明日」と声をかける。

「それじゃあ」とエリさんは後ろを向き、その瞬間フッとその姿を消した。

僕達もそれを見送った後直ぐにログアウト・・・・・した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


……夢から覚めた。

二階にある自分の部屋から食卓のある一階へ降りる。階段を降りる途中大きなアクビが出た。さっきまでヤスと喋っていたけれど現実の自分は寝ていた訳で夢から現実に切り替わった後、夢の中ではあんなにハッキリしていた意識も今は眠気が勝っている。


「あらユーリ、起きたの?」


母さんが声をかけてきた。それに僕は「うん」と生返事で答える。


「聞いて?お母さん料理教室に通い始めちゃって」


母さんが魔法を使いかまどに火を点ける


「それはこの前にも聞いたよ、先生がイケメンなんでしょ?」


「それでね?今日はポーチドエッグを習ってきたの。」


「なにそのお洒落そうな名前?ポーチドって何?」


「それは……分からないけど、お母さん先生に「美味しい」て褒められちゃって」


なんとも嬉しそうに語っている。冷蔵庫から卵を取り出していたし恐らくその「エッグベネティクト」とやらを作るんだろう。

黙って食卓に皿を二つ出す。自分と母さんの分だ。

母さんは皿に出来上がったポーチドエッグとやらを乗せる。


「それじゃあ頂きましょうか。」


「味はどうかしら?」


「美味しいよ」


そんなやり取りをしながら食事をして食後に食器をシンクに持っていく。

魔法で水を出して食器を水に浸すと玄関からチャイムの音がした。


「あ、きっとヤスだ。」


玄関をでると案の定ヤスだ。


「あら、ヤシム君、今日はどうしたの?」


母さんも玄関まで出てきた。


「こんにちはおばさん!」


「それでどうしたんだ?ヤス。」


「おいおい、学園で話してたろ?今日はお前の仕事を手伝ってやるって。」


「ああ、そんなことも言ってたな」


「あら、そうなの?お昼、どうする?」


「うーん、昼になったら一度帰って来るよ。」


「そう気を付けて行ってくるのよ?」


「分かってるって。」


素早く準備をして僕は家を出た。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


今から何十年も昔。

ある研究者が一つの技術を開発された。

その名もドリームコネクト。人の夢と夢を繋ぐ技術だ。


この技術が開発されて数年後、一つの会社が立ち上がる。

名前は『レームノス』。現在の「夢の世界」を管理する会社。

当初は遠方との通信の為に夢と夢を繋ぐ会社であったため遠距離通話魔法「テレパシー」の発明と共に通信の条件として「睡眠」が必要なドリームコネクトは時代に消えていったかのように思われました。しかし十数年前、レームノス社は「夢の世界」の展開に成功した。

この「夢の世界」は瞬く間に大流行し、身分年齢関係なく誰もが利用するようになった。

この大流行には理由がある。


この世界の住人にとってこの世界は「危険すぎる」のだ。

国同士の戦争や巨大モンスターの猛威、それに魔王の出現や。果てには街のダンジョン化まで。

まあ、街のダンジョン化はとても珍しい現象だが、安全だと思っていた街が突然ダンジョンへ変質してしまっては仕方がない。

そんな世の中で脅威の無い平和な世界に行けるというのなら行かないはずがない。まさに「夢の世界」というわけだ。

こうして多くの人を呼び込み多くの利益を生み出した「レームノス」は大きく成長した。

だがこの流行は人々の生活に大きな変化を与えた。人々が働かなくなったのだ。

夢の中に脅威は居ない。夢の中では腹も減らず、その間動かないのでお金もほとんどかからない。人々は夢の中の安全な「異世界」に引きこもってしまったのだ。

これを重く見た政府は夢の世界に規制をかけて、ドリームコネクトを「夜の間のみ」として働くことを呼びかけた。

だがこれが逆に今まで「引きこもりの物」となっていたドリームコネクトのイメージが変わり、今まで使っていなかった人も夜の時間の有効活用として使うようになった。

人口が増えた「夢の世界」は多様化していき現在では娯楽以外にも「教育」、「研究」、「ビジネス」と色々な分野に利用されている。

今ではドリーコネクト用の端末も小型化され今のドリームギアの形まで収まったのだ。

最近はこのドリームギアも多機能化しつつあり、その機能は健康状態の確認や音楽の再生など多岐にわたる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


僕には父親が居ない。三年前に事故で死んだ。当時まだ子供が抜けきっていなかった僕は恥ずかしながら「異世界」に引きこもってしまった。

転機は二年前、昼の間の夢の世界が終了し僕はやっと現実に目を向けた。今まで支えてくれた母のため働き始めた。そんな僕にとって昼間は仕事、夜は勉強、とできる「夢の世界」は今でも欠かせない物だ。


ヤスとギルドへ向かう。僕の仕事は冒険者ギルド、の下働き。冒険者ギルドに依頼されたが中々受注者の居ない、例えば薬草採取や害虫駆除なんかを冒険者の代わりにやるのだ。


「おいユウ、また近くで注意報が出たらしいぜ?」


ヤスがギルドの新聞を見ながら教えてきた。


「また?最近多いね。今度はどこ?」


「ベクトだってよ」


「ああ、ホントに近いね。」


「『シルバーエイプの目撃情報アリ』だってよ。」


「聞いた事ないや」


「でもここに載ってるってことは凶悪なんだろうな」


「そうだね。」


「おっ!討伐隊が近くに来るってよ。」


数ヶ月前にも討伐隊がそういえば近くまできたはずだ。


「今回は十番隊だってよ。っていうことは……『豪剣』とか『烈火』、あとは…『剣姫』とかか!見に行きてぇなー」


「はぁ、この前三番隊が近くに来た時にも同じようなこと言ってたぞ。『旋風』やら『雷剣』やら。」


「みんな国に認められた冒険者で、すんげえ強いんだぜ?どの隊が来たってスーパースターばっかだ、見に行きてーよ!」


ヤスと他愛の無い会話をしていると上司が来た。


「お待たせ、今日はユーリ君とヤシム君、二人での作業ね。じゃあこれよろしく。」


渡されたのは薬草採取の依頼がいくつかだ。


「ほら、最近はここら辺のモンスターも活発化してきて冒険者はそっちの方に手がいってて採取系にまで手が回らないみたいでさ。君たちもモンスターには気を付けてね。」


そう言って薬草採取へ送り出された。


「シルバーエイプって群れで行動するから厄介なんだってよ。」


歩きながらギルド新聞を読むヤスが呟く。


「まだ読んでたのか?それ。」


「いや、シルバーエイプが近くで出たら怖いじゃん。ん?なんだろ、あれ。」


みると前方に人だかりができていた。ちょうど村の入口あたりだ。

人だかりの一人に聞いてみる。


「なにかあったんです?」


目の前の男は興奮気味に


「この街に第十討伐隊が来るんだってよ!」


よこに居るヤスも「マジか!!知らなかったぜ!」と興奮している。


「さっきの新聞に載って無かったの?」


「いや、載って無かった気が…ホントだ書いてある。」


ガクっと脱力してちゃんと読めと突っ込む。


「いやあ、でもこの町に泊まるって事はここらで一番安全な街になったってことだ!」


男は「良かった良かった」と人だかりに戻っていった。


「まあいいや、行こう、ヤス。」


「ええー!一目くらい見させてくれよ第十討伐隊ー」


ブーブーとヤスが文句言ってる。僕たちは今働いてるんだぞ?


「はぁ、じゃあ一目な。見たら直ぐに薬草採りに行くぞ。」


「やりー!」


「その代わり僕の倍仕事しろよ?」


「ええっ!?」


そんな会話をしていると町に馬車が連なって入ってきた。確か……十何人もいるんだっけ?一つの隊に。


「おい見ろよ!『剛剣』だ!!十番隊の隊長だぜ!やっぱプロマイドよりも迫力があるなー!」


見ると赤い髪に鎧を着た筋骨隆々の大男が手を振っている。っていうかヤスは『剛剣』のプロマイドを持ってるのか。

周りも「ドラゴンを一刀両断したらしい」とか「剣無しでトロールに勝ったらしい」とか噂している。


「あれ!『烈火』と『剣姫』じゃねーか!」


二人の少女が並んで座っていた。右の子が手を振ってるな。

周りも「可愛い」だの「娘に欲しい」だの言ってる。


「どっちがどっち?」


「ホントお前こういうの興味が無いよな。右の活発そうな緋色の髪の子が『烈火』フレイ、天才的な火の魔法使い。左のクールそうな子が「剣姫」レイ、なんでも『剛剣』の弟子だそうだ。因みに俺はフレイファンだ。」


「知らないよ。ほらもう十分見たろ?早く仕事行くぞ。」


「ちょっと待てって。ほら!今『剣姫』が俺のこと見てる!」


ヤスの言葉に周りの男達は、

「ばかやろう!今のは俺を見たんだよ!」

「はあ?俺を見たんだよ!」

「いやいや俺だって!」

と勝手に盛り上がっている。


「いいから行くぞ。」


ヤスを引きずってその場を後にした。

この後ヤスに僕の倍の薬草を取らせたのは言うまでもない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それでさー!剣姫が俺のこと見たんだよ!」


ヤスの机の周りに人だかりができていた。


「マジかよ!いいなー俺も行きたかったぜ!」

「私も剛剣様みたかったわ!」

「烈火たんの話もっとしてくれよ!」


とわいわいやっている。あ、解散したようだ。ヤスがこっちに来る。


「ヤスってここでは人気だよな」


さっきまで眺めてた感想を漏らす。


「お前もアバター変えたらどうだ?見た目があっちのままって言うのもどうかと思うぜ?」


確かにこっちのヤスはあっちよりも少し…いやかなりイケメンになっている。


「名前もお前がユウにするって言うから俺もヤスにしたけどよ、もっとカッコいい名前にすればよかったぜ、アーサーとか。」


「よせよ、ただでさえこのクラスにアーサー4人いるんだから。」


ヤスはウッ、と顔を歪ませる。


「とにかく!見た目も名前もあっちとほぼ一緒なのお前だけだと思うぞ?」


「僕だけかな?エリさんとかは?」


「エリさんは…あの見た目だしな、自分からあの見た目にしようとは思わないだろうし、そうかもしれないけど…とにかくお前とエリさんくらいだ!」


視線を感じてふと見るとエリさんがこっちを見てる。絶対にヤスの熱弁聞こえてたな。


「ほら、次の授業始まるぞ?」


「やべっ」


ヤスが自分の席にそそくさと戻っていった。


この学園の授業は大まかに分けて「歴史」「言語」「魔法」だ。歴史はこの国の歴史、言語は言わずもがな、魔法はその仕組みを教えてくれる。特に僕にとって魔法は将来お金を稼ぐために必要なものだと思うから。大切に聞いている。この学園の中では体が繋がっているわけではないので魔法は使えないけど。魔法の練習は昼間にやればいい。普段は貴族を教えるような先生が遠くから僕達を教える。こういう面でもこの「異世界」はとても便利だと思う。


授業が終わるといつものようにヤスが来る。


「なあ、久しぶりにボーリング行かねえ?放課後。」


ボーリングとは簡単に言えばボールを転がしてピンを倒す、この異世界で生まれたゲームだ。


「いいよ」と返答する。


いつも通りエリさんが付いて来て校門まで一緒に歩く。

今日は二人でボーリングに行くと話して「一緒にどう」と聞いたけど「そう」とだけ答えてログアウトしてしまった。

その後は二人でこの世界の街までバスという乗り物で行って、ボウリング場まで足を運ぶ。街には車という馬車よりも早い乗り物が走っている。大人の間ではこの車を運転するドライブという行為が流行っているらしい。


ボウリング場に着くと早速スタート。ボールを投げてあっちのゲートに並んでいるピンを倒す。投げたボールがいつの間にか手元に戻ってくるのは夢だからできることなんだろう。


「あ、この歌。」


店内で曲が流れる。聞いたことある気がする。


「ああ、ヤスが好きな歌手だっけ?」


この世界で活動してるアイドルの話を聞かされながら二人でボーリング対決をした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


……夢から覚めた。


ボーリングをした後、ヤスが「歌が歌いたい」と言い出したのでカラオケという歌を歌う専用の個室に移動して散々ヤスが好きなアイドルの曲を聞かされた。ぶっちゃけ目覚めが悪い。


「おはようユーリ。聞いて昨日はエッグベネディクトっていうのを習っちゃって。」


「今日も卵料理なんだ。ていうかベネディクトって何?」


「それは……分からないけど先生に美味しいって褒められちゃって。」


いつものように二つ、皿を出す。

母さんは皿に出来上がったエッグベネディクトとやらを乗せる。


「それじゃあ頂きましょうか。」


「味はどうかしら?」


「ベーコンが美味しいね」


そんないつものやり取りをした後は身支度を整えていつものようにお金を稼ぎにギルドへ向かう。


「ごめん、ユーリ君。君魔法使えたよね?」


「あ、はい、それなりに。」


「今日も忙しくてさ。山菜取り、君一人で行けない?」


「山ですか…深くなければ帰って来れますけど…」


「浅くは無いかも。ごめん、現地にもしかしたら他の冒険者も居るかもしれないし危険を感じたら頼ってね。」


「わかりました。」


それなりに報酬も上乗せしてくれるみたいなので頼まれた。

現地に着くとギルドの冒険者が居た。あの人達なら見たことがある。よくギルドで中の下くらいの難易度のクエストを受けていく三人組だ。


「すみません。ギルドから頼まれて山菜を取りに来ました。身の危険を感じたら助けを求めるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」


「おう!任せとけ」

「守ってやったら金取るがな」

「ガハハハそりゃいい」


この人達には出来るだけ頼らないようにしよう、そう思いながら山に入っていく。


午前中の山菜取りを終えて、昼休憩を挟み山菜探しを再開する。もう目標の半分は集まったかな?背中に背負ったカゴも重くなってきた。

探している間に何体か弱めのモンスターに遭遇したけれど夢で習った魔法で撃退できた。とはいえ何度も襲われるのは厄介だし、もっと強いモンスターに遭遇したらあの人たちにお金を払わなきゃいけないからできるだけモンスターに会わないよう身をかがめて山菜を探す。


たっぷり4時間くらい経っただろうか?日も暮れ始めている。そろそろ帰ろう、かがみ過ぎて腰が痛い。カゴの重みから十分山菜を取ったことが分かる。もしかしたら少しなら家に持ち帰れるかもしれないな。

ホクホク顔で山を下りようとしたとき、近くから

ウォーッ

と何かの鳴き声が耳に入った。


まずい。モンスターだ。

だけど焦っちゃいけない。あまり登って無いから直ぐに山を出れるはずだ。見つからないよう身をかがめてゆっくり下山する。


ガサガサッ


藪を分ける音がする。


もしかしたらさっきの冒険者か?

顔を上げて確認する。


「!?ッ」


出そうになった悲鳴をグッと堪える。


ガサガサと藪を掻き分けて歩くソレは

大きなサルだった。


銀色の毛並み、これはまさしく昨日話していたシルバーエイプそのものだ。


逃げなければ。とにかく人を、人を探さないと。


シルバーエイプは群れが驚異なら一匹位ならあの冒険者達でも撃退できるはずだ。


山菜のかごは諦めて、音を立てないよう細心の注意を払って移動する。


シルバーエイプは気まぐれか自分の方に歩いてきている。四つん這いになり体制を下げてひたすら進む。土の匂いでむせそうになりながら。


(たしかここら辺に…!ここら辺に彼らがいたはずだ!)


少し顔を上げて人影を探すがどこにも見えない。


何時間も山を歩いたお陰でもう足に限界が来はじめてる。


なんとかここから逃げ出す策を考えていた時、突然ビチャ、と手に何かが触るのを感じた。


手が赤い、


自分が触ったものが何なのか、頭の中に悪い想像が浮かびながらそれでも確認する。


「わっ!?」

先程堪えた叫びと一緒につい声が漏れてしまった。


ソレは肉だった。血に浸り異臭を放っている。ふと見ると死体3つが転がっていた。さっきまで生きていた、知った顔3つが苦悶の表情を浮かべて事切れている。丈夫そうな鎧は切り裂かれその中身は貪られている。

胃が縮まり食道を逆流する物を感じた。

だがその時、背後からのドスドス、という足音が耳に入ってきた。

(バレたんだ!)

喉のもうそこまで来ていた物を飲み込み立ち上がる。

町にさえ、町にさえ戻れば討伐隊がいる。自分が出せる猛スピードで山を駆け降りた。

(ダメだ!足音が近づいてくる。)

作戦を変更してシルバーエイプに魔法を浴びせる。

自分が今使える一番の魔法。火の雨、水の弾、氷の槍、風の刃、シルバーエイプは鬱陶しそうに払いのけるばかりで有効打どころか傷一つ付かない。


もう追い付かれてしまった。

さっきの死体は鎧すら切り裂かれていた。あの死体の様に自分もあの鋭い爪でズタズタに切り裂かれてしまうのだろうか。


「ハハッ……」


諦めてそこに座り込み顔を上げる。

もうすっかり夜だ。いつもだったらとっくに夢の世界に入っている頃だ。


シルバーエイプが腕を振り上げる。

一思いにやってくれよ。

目を瞑って覚悟を決める。


ザンッ


夜の山に肉を裂く音だけが響いた。

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