エピローグ
如何に事情があろうとも、罪は罪。
アルト=クロードが新皇帝として戴冠し、セレスティーナ・フィエラを皇妃として迎えてから、最初に手をつけねばならなかったのは、フィエラ一家への陰謀、サジウス将軍暗殺、この大きなふたつの事件の関係者への処罰だった。
一度は取り潰されたフィエラ公爵家は、セティウス・フィエラが継ぎ、彼は未だ歳若いものの、新皇帝から最も信頼を受ける者として、宰相に立ち、同じ齢で義弟である皇帝を支える。この若いふたりに陰から助言し、時に導き手となるのは、セティウスにとって未来の義父であるダンテ侯爵。拷問による傷が癒えるまでの間の、ミーリーンの甲斐甲斐しい介護に、彼女の想いに気付かぬまま、自ら求婚したセティウスは、彼女の厳格な父からも寿ぎを得た。新皇帝の治世が落ち着けば、二人は晴れて祝福されためおととなる。
解雇されたかつての宰相家の執事や使用人たちも次々と戻って来て、家はかつての隆盛を取り戻し、前のあるじにも長く仕えた老執事は感極まって落涙する。
「セティウスさま。きっとこの日が来ると信じておりました。亡き父君も、母君と共に大層お喜びでございましょう」
前宰相の死因は自害……だが、そこに追い込んだのは、令嬢セレスティーナを亡き者とすべく図られた陰謀。実際に動いたのはシェルリアとオーラントではあるが、そのふたりを後押しし、修道院長を脅迫し、セティウスに無実の罪を被せたサジウスを、アルトは有罪とし、既に故人ではあるが、彼に与えられていた様々な名誉は剥奪され、彼の家族は辺境の地へ追いやられた。
また、サジウスが実質上独断で他国にいくさを仕掛けた事も罪とし、新皇帝は、正当ないくさではなかったとして、サジウスが滅ぼして属国としていたいくつもの小国の独立を認め、奴隷とされていた人々を解放した。圧倒的な戦力の差で、帝国側の被害は殆どなかった。サジウスが己の権威を高める為に、一方的な侵略を行っただけなのだ。人々は新皇帝の英断を讃え、これらの国々との友好は未来まで末永く継続することとなる。
さて、皇太子アシルの婚約者であった公爵令嬢セレスティーナを卑劣な罠に嵌め、仮の死を与えた者、そしてサジウス将軍を暗殺した者……シェルリアを心情的にはアルトは許せなかった。だが、セレスティーナの危地からの脱出を見逃した際の、オーラントとの約束を反故には出来ない。かつてセイレン王国で騎士団長を務めていたオーラントに、アルトは彼の望み通り、全ての罪を被せて処刑した。シェルリアは、女の身で元王族であるが故に、温情をかけ、生国へ帰って、夫の死を悼みながら慎ましく暮らすように、とした。だが……夫の処刑を見届けた彼女は、国へ帰ることなく、ひっそりと自害した。自分には、国へ帰る資格はない、セレスティーナには黄泉から謝罪したい……と書き付けを遺して。
「一歩違えば、わたくしもシェルリアのようになっていてもおかしくはありませんでした」
知らせを聞いた皇妃セレスティーナは、かつてあれ程に憎んだ女の末路に、一粒の涙を零す。
「そなたは優しい。己の復讐の為に、無関係な人間を殺める事はしなかった筈」
という夫の言葉に、セレスティーナは顔を曇らせ、
「判りません……彼女は、わたくしより多くのものを奪われた。国も家族も、そして女としての尊厳も、残虐に引き裂かれた。わたくしと彼女は、鏡に映ったようなものだったのかも知れません。わたくしが堕ちずに済んだのは、アルトさまがいて下さったから……」
「民に慕われていたと聞くシェルリアとオーラントは、サジウスさえいなければ、闇を知らずに平和な国で名君として過ごしたのかも知れないな」
と、アルトも遠い目になる。
かりそめの皇位を追われたアシルに、反省の色はなかった。皇族としての待遇のまま軟禁されたが、信頼していたアルトとシェルリアに裏切られた己の悲運を嘆き、怨み言を口にするばかり。生かしていれば災いの種になるかも知れないが、母との約束もあるので、アルトはこのまま彼を飼い殺しにしようとした。皇族としての衣食住に、女も与え、子が出来れば、自分の甥と認めようと。
だが、アシルはそんな温情にも納得せず、ある日皇宮から逃げ出してしまう。再び皇位につけるよう、幾人もの貴族に接触を試みるも、その度に通報されそうになり、遂に彼の行方は分からなくなった。
どうやら暫くは隠れ忍んでいたようだったが、元々生まれながらに全ての身の回りの世話をされて育ち、己の面倒などみる術を知らない。
飢えに耐えかねて遂に皇宮の門に現れ、名を名乗るも、彼の逃亡は下々には伏せられていたので、痩せこけて不潔、かつての皇帝と似ても似つかぬ姿に、門番は狂人と決めつけて殴りつけて追い払い、翌朝には動かぬ屍となっていた。
アルトは、この愚かな兄弟を、皇族として弔い先祖代々の墓地へ納めた。
「全ての元凶は自分が愚かだったせい」と言う母を罰するつもりはアルトにはなかった。国璽のすり替えは罪に問うべきであったが、そのおかげで何もかもがうまく行ったのであるし、これに関して厳しい目で見る者もないであろうと。
ようやく母子として過ごせるようになった今、もっと母を知りたい、という思いもあった。
だが母は、
「法を犯した者を、結果から贔屓目で見てはいけません」
と言い、アシルの死に涙し、アルトとセレスティーナの制止を振り切って、修道院へ入ってしまった。元皇族といえども、特別待遇はない。彼女は息子の死を悼みながら、質素な余生を送る。
―――
即位して1年。セレスティーナはもうすぐ初子を産む。当初は混乱していた国も、随分落ち着き、税が下がって庶民の生活も苦しくなくなった。
「御身体を第一にお考え下さい。あなただけの事ではないのですから」
「そうね……残念だわ。あなたとお兄さまの晴れ姿が見られないなんて……」
皇妃の私室で、セレスティーナと親友のミーリーンが語らっている。臨月を迎えたセレスティーナは、兄と親友の挙式に出席できない事を悔しがっているのだ。
愛おし気にセレスティーナは自らの丸いお腹をさすり、
「次期皇帝になるかも知れない子ですから、無事にお産みしなければね」
「そうよ。ああ、楽しみだわ、あなた似かしら、陛下似かしら?」
そこへ、皇帝の来室が告げられる。
「おお、来られていたのか、ミーリーン」
「陛下」
さっと立ち上がって礼をとるミーリーンに、アルトは苦笑して、
「もう我々は家族になるのだから、私的な場でそう改まらなくて構わないのに」
「いいえ、まだわたくしはセティウスさまの妻になっていませんから」
「もう、三日後にはそうなるではないの」
セレスティーナの言葉に、ミーリーンは頬を染める。
「なにもかも、夢のようで……こんなに幸せでいいのかしら」
「それはわたくしの台詞だわ」
と親友二人は笑いあう。
宰相セティウス・フィエラと侯爵令嬢ミーリーン・ダンテの挙式の日、皇妃セレスティーナは、次の世を担う皇子を無事に出産した。
公爵令嬢は棺に眠り、踊り娘は闇に嗤う 青峰輝楽 @kira2016
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