九話 変態の再来

「はぁ、来てしまったか……。」


 昨日の今日でここまでする実行力および、行動力は賞賛に値する。するのだが、憂鬱でならない。


 昨日の会議の途中で気づいた、フィンの策略。もっとも、あいつにまんまと動かされていたことが一番腑に落ちない。だが、そのほかにも腑に落ちないことはある。それは、ユーリとの再会だ。


 第一、あいつと俺が同じギルドに入る義理なんてない。ましてや、赤の他人であるあいつと同じ空間で過ごすというのも、いささか不満だというのに。なぜこんなにあいつのことが嫌いなのか、ということを話すと長くなってしまう。それくらいに嫌いなのだ。


 不服は良いとして、今俺たちはリコルディアのガーディアン、本拠地にいる。リベリアの件も、普通に許可が通ったらしく、すぐに荷造りをして出てきた。


 タケミカヅチには、一応警告を出しておいた。俺のような異世界の者が言っても効果はないのだろうが、言わないよりは良いだろう。『俺たちの邪魔はするな』とだけ挨拶代わりに言ってみたのだが……。まあ、今更考えても仕方のないことだ。


 とにかく、もう少し集中しなければいけない。ギルドの立ち上げとなると、それなりに難しい話が続くはず。そして、詳しいところを聞き逃すなんて事があると……。考えるだけで恐ろしい。


 とにもかくにも、小さな部屋に五人集められた俺たち。会議をした部屋と同様、椅子もテーブルもなかった。ナユタは先ほどから落ち着かないようで、そわそわしている。


 俺の腕に強烈な締め付けをしているリベリアと、それを引きはがす手伝いをしてくれている五六と四十川。とりあえず、こいつらが集まると何かと騒々しい。


 騒がしさに意識が遠のき始めた頃、扉の開く音がした。


「やあやあ諸君、久しぶりだな。」


 意味のわからない挨拶を放ちながら入ってきたのは、フィンだった。右手を振り、私はスターですとでも言いたげな振る舞いだ。全く、こんな奴にいままで誘導されていたなんて、本当に自分が恥ずかしい。


「あ、お久しぶりです。」


「ぅあぁいっ!?」


 いきなり後ろから声が聞こえたため、変な声と共に飛び上がる。この声は、と思いながら後ろを振り返った。案の定、そこにはどこにでもいる少年、山田がいた。


 いくら何でも、ステルス能力が異常すぎるだろ。


 そんなことに気をとられていたが、一つ淡い期待が浮かんできた。そう、奴がいないのだ。


「……ところで、残りの一人は……?」


 おそるおそる質問をする。ふふんと、もったいぶった笑いをしたフィンは、ゆっくりと扉の方を指さした。そこから現れたのは、騎士のような恰好をした男だった。その瞬間、俺の淡い期待は砕け散る。


 左右非対称の鎧、見た目は真っ白ですごく軽そうだ。斜めに流れるマントも同じように白い。白騎士、といったところなのだろうか。


 すごくむかつく。特に、似合っている辺りが。


「おお! 久しぶりだな、ユージ!」


「死ね! とりあえずその鎧をどぶの中に埋めてから、そのどぶの水を飲めるだけ飲んで溺死しろ!」


「名前間違えたくらいで怒るなよ。ちょっとした冗談だっつーの! ま、改めて。久しぶりだな、コー……ジッ!」


 少しためを入れながら飛びついてきた変態紳士。俺はそいつの顎と、腹を押し返す。だが、鎧の重さもあってか、重い。


 手をじたばたさせて暴れるため、その手を躱しながら押し返し続ける。


「論点はそこじゃねえ! そして、死ね! とりあえず死ね! 俺に抱きつくくらいなら、鋭利な針が何千本と生えてる鉄の柱に抱きついて死ね!」


ひゅどいひどいなぁ。もうふこひもう少しくらい喜んへも喜んでも、いいろ~。」


「うっせえ! はっ、な゛っ、れ゛っ、ろ゛っ!!」


 全力を出して押し返す。力を全て使ったからか、息が上がっていた。乱れた服を直し、もう一度ユーリを見て、精一杯の力を使ってにらみつける。眼の近くの筋肉が全てつりそうなくらいに。


 押し返され、その場に尻餅をついていたユーリは、俺のにらみを受けながらも立ち上がった。そして、前髪をかき上げ衝撃の言葉を放つ。


「そんなにいやがるなんて、ツンデレさんだねぇ。」


「デレた覚えは、ね゛えっ!!」


「へぶぁっ!」


 言葉を言い終わる勢いに任せて、完全にナルシスト状態の顔面を殴る。


 変な声を出しながら、後方に大の字で倒れようとしているユーリに、続けて追撃を食らわせる。追撃を食らわせる前に、二つ気づいたことがあった。いつの間にかリベリアが離れていたこと、そしてなぜか戦闘状態じゃないこと。


 だがそんなことを考えていても、追撃は容赦しない。宙にいるユーリを地面にたたきつけるかたちで、腹に膝から飛び乗った。


「ごはぁっ!」


 二撃目の攻撃にも、間抜けな声がもれる。


 俺がなぜここまでするか。それは、こいつのタフさを知っているから。フィンもタフだが、あれは訓練のたまものなのだろう。対してこいつは、中二病、ナルシスト、ドMの三重苦を抱えた難病者なのだ。


 ドMなだけあって、生半可な攻撃では快感に変換されてしまう。そのため、間髪入れずに容赦のない攻撃を続けているのだ。


 そして、俺がののしったとき、おそらくあいつのHPは回復していただろう。なんせ、ドMなのだから。


 一通りの攻撃が終わり、これでこいつも沈んだかと油断したとき。突然、腕の自由がきかなくなった。そう、奴はまだダメージを快感に変換していたのだ。


「ふっ……今のはなかなか良かったぞ。次は、こっちからだな……!」


「ひっ……。」


 背中に激しい悪寒が走った。頬を少し紅潮させ、不敵な笑みを浮かべる変態紳士。これから俺は、世間一般的には良くないとされることを強制的にされようとしている。それだけは何とか阻止しなければいけない。


 だが、腕の拘束は解けそうにない。


「くっくっく……はっはっ――」


 もうこれはどうしようもないと、覚悟を決めて目を瞑ったとき。まさにそのとき、不気味な笑い声はいきなりやんだ。


 何事かと目を開けると、ユーリの顔ではなく、大きな分厚い本があった。ユーリがその下にいることを理解するのに、時間はかからなかった。


「な、ななな、何なのだ!? こんな気味の悪い人間、見たことがないぞ!?」


 立っている位置、姿勢などから見て、おそらくこいつが助けてくれたのだろう。感謝する、リベリア。


 拘束も解かれたので、すぐにその気味の悪い人間から離れた。乱れた服を直し、汚れを払う。


「あー……いつも通りですね。」


「そうだね。というか、ホモも入ってるよね。確実に四重苦だと思う。」


「で、フィン。ギルドの件だが――」


「いや、ちょっと待て。もう少し説明してくれないのか!? そのよくわからない状況を! なぜお前は仲間と出会い頭に容赦のない攻撃をしたんだ!? そしてなぜ皆平然としているんだ!?」


 珍しいこともあるもんだ。普段全く慌てることのないフィンが、ここまで慌てるだなんて。まあ流石に、あれを自分も食らってしまっていたかもしれないという考えはあったのだろう。何せ、一回俺は本気でフィンを蹴ったしな。


「フィン、お前は俺たちを信じるんじゃなかったのか? 約束しただろう?」


「……それとこれとは違う……いや、違わないのか……?」


 自身の中での矛盾に気づいたようだ。このままさりげなく流せば、今回のことはなかったことになるだろうか。


 まだ混乱が解けなさそうなので、何となくナユタの方を見た。……微動だにしない。さっきまでの出来事がそんなにショックだったのか? まあ、初見でこれを見せつけられたのは、かなり精神的ダメージを伴うだろうが。


 固まっていたと思っていたが、口が細かに動いているのがわかった。何かを呟いている。


「え? イケメンさん、というか王子様が変態? いきなり強烈な二連撃を? まず、あの人誰? 何が何だか……。」


 ナユタも相当混乱しているようだ。というか、ユーリが王子様とは……。流石、外見だけは完璧な奴だ。


 フィンやナユタが混乱しているので、リベリアは大丈夫なのか心配になった。まあ、いきなり現れた変態に分厚い本をたたきつけるような奴だ。心配は要らないだろうが……。


 そんなことを考えていると、いつもより弱々しい拘束が腕にかけられた。


「レ、レージ……。この変な奴は何なのだ!? いきなり男の子おのこ男の子おのこに抱きつくなど!」


「そこかよ!」


 泣きそうな顔をしていたが、条件反射で突っ込みを入れてしまう。だが、そんなことは耳に入らないくらい錯乱状態にあるようだ。すごい震えている。


 ユーリは、相変わらず凄まじいくらいに場の状況を壊してくれる。しかも、いつ話が出来る状態に戻るかもわからない。だから嫌いなんだ。


「……先輩はハーレム状態っと……。」


「うおっ! まだいたのかよ……。ていうか、今なんか言ったか?」


「何でもないです。」


 山田はメモのようなものをとっているようだった。何を書いているが気になるところだが、とりあえずこの状態を何とかしなければ……。

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