頭の角は「悪」のしるし――短編集――
竹乃内企鵝
バンドやろうよ
ある日の放課後。
カーミラがやってきて、
「ねえねえ、リリスちゃん、ライブのチケットがあるんだ」
「ライブ?」
「うん、今超人気のロックバンド、内臓ヘモグロビンのライブ」
「なんか変な名前」
「ねえねえ、リリスちゃん、一緒に行こうよ」
「僕と?」
「うんうん。リリスちゃん、ロックが好きかなーって」
と、カーミラはにこやかに言う。
僕の隣にいるレズビアが、
「言ってくればいい。別にリリスのことを四六時中拘束しているわけではないからな」
四六時中拘束されているような気がするんですけど……。
「スウィングは?」
「スーちゃんは興味ないって。むかしスーちゃんが誘われてバンドのライブに行ったらしいんだけど、そこで揉みくちゃにされて、嫌になったみたい」
「たしかにそういうの苦手そうだよね」
「それにボーカルのひとが、『お前らノってるかー!』って言ったのに腹が立ったって」
「何で?」
「客に『お前』って言うなんて何様よ」
カーミラがスウィングの真似をして言った。
「マジで似てる」
「最近スーちゃんのものまねうまくなったんだ」
「今度僕も練習してみようかな」
「じゃあじゃあ、一緒に練習しよっ」
「うん、一緒にね」
「お前らもっと有意義なことに時間を使え……」
レズビアが呆れたように言う。
「えっと、そのライブっていつ?」
「明日」
「めっちゃ急じゃん……」
※ ※ ※
「お前ら、ノってるかー!!!」
「ウェーイ!!!」
じゃんじゃんじゃかじゃんじゃかじゃじゃん。
曲が始まるごとに僕は前に前にと押し出される。
で、揉みくちゃにされる。前にいる男の魔族の背中に、おっぱいが当たる。
彼の身体がぴんと緊張してこわばってる感じがするけど、これ、不可抗力だからね。しょうがないよね。
僕の身体も後ろから、左右からと押されてるし。
カーミラはとっくにどっか行っちゃった。
たぶん最前のほうにいるんだと思う。僕も彼女も背がちっちゃいから後ろのほうだとよく見えないんだよね。
「に~んげんどもの~ ないぞうを~ くらええええ~」
歌詞不吉すぎるけど、ボーカルの声は力強くて、勇気がわいてくるような気がする。
彼は吸血魔族のようで、丈の長いチェスターコートを羽織っている。
赤いロン毛で、色白の肌をしているイケメンだった。
イケメンと言っても(以下省略)。
ギターの魔族は触手がいっぱい生えたやつで、例の事件のトラウマが喚起されてきたけど、彼のテクニックを見てたらそんなことどうでもよくなった。触手と両手を利用した、人間には真似できない超絶テクだ。
ベースは女性で、背中にカラフルな鳥の翼が生えていた。舞台上を飛び回りながら演奏する姿は、まるで天から舞い降りた天使のよう(天使じゃなくて魔族だけど。脚が鳥だし)。
ドラムは一つ目をした巨人の魔族だった。まるでドラムセットが壊れそうなくらいに激しく叩いている。
やべえ。超楽しい。
僕は右手の人差し指を立てて上に掲げる。そういや、何でライブのときってこういうふうにするんだろ。
サビのところで観客たちがシンガロングする。
歌詞まったくわからないけど、雰囲気で歌った。
……
…
汗だくになって疲れたけれど、大満足のうちにライブは終わった。
そのあとカーミラと一緒に物販でCDとバンドTとバンドタオルを買った。
ただ、このTシャツ、着るとおっぱいのせいでめっちゃ伸びちゃうよね。それにバンドのロゴもびよーんってなっちゃいそうだし。ううっ、これは鑑賞用かな……。
※ ※ ※
「で、そのバンドのライブに触発されたというわけか」
と、レズビアが言った。
僕と彼女とカーミラとスウィングの四体で、堕落街にある練習スタジオに来ていた。
「四体でバンド組んだら面白そうだなって。そんで魔界デビューとかしちゃったりして」
カーミラがうきうきした様子で言う。
「いいねいいね」
と、僕も言う。
こうやってみんなで音楽やるってだけでわくわくするし。僕、カラオケ行く機会すらほとんどなかったから。友達少なかったしね!
「そんなにうまくいくわけないだろう」
「レズビィちゃん、やってみなくちゃわかんないって」
スウィングは髪をさっとかきあげ、
「ロックとか興味ないけど、あんたたちがやりたいっていうのなら、やぶさかではないわ」
「お前、集合の30分前からここでスタンバってただろ」
「しゅ、集合時間を守るのは貴族の義務よ。ノブレス・オブリージュってやつよ」
「スーちゃん、もしデビューできたら、印税がっぽがっぽだよ」
「い、印税……」
スウィングが目をときめかせる。
「で、私がボーカルだな」
と、レズビアが言う。
「ちょっと、あんた何いちばんおいしいポジション取ろうとしてるのよ」
「ふん、私は王族だからな」
「権力乱用じゃないの!」
「トカゲはベースっぽいから、ベースだな」
「ベースっぽいって何よ。それにトカゲじゃないわよ!」
「カーミラはギター、リリスはドラムだな」
「僕、デブキャラじゃないんですけど」
「誰もそんなこと言ってないぞ。自覚があるのか?」
「そういえば、リリス最近太ってきてない?」
「そ、そんなことないよ」
「食っちゃ寝食っちゃ寝してるからだ」
「ちゃんとメイドとして働いてるからね」
まあ、食っちゃ寝もしてるけど。今日の授業中も寝ちゃったし。
「ぽっちゃりのリリスちゃんもかわいいよっ」
「カーミラ、僕は太ってないからね」
と、彼女に教え諭すように言う。
「ちなみに、僕、ちょっとだけギターやったことあるから」
「本当か、それは? 少しやってみろ」
レズビアがギターを僕に渡してくる。
僕はそれを受け取り、肩にかける。
「でも、やったことはあるけど、できないよ。Fで挫折したし」
あ、おっぱいのせいでギター見えないんですけど。
「とにかくやってみろ」
「うん」
唯一できるCコードを押さえて、腕を大きく回して、ピート・タウンゼントのウインドミル奏法!
ぱんっ!
おっぱいと腕が激しくぶつかった。
「痛い……」
「お前、わざとやってるだろ」
「じゃあ、次はあたしがやる~」
今度はカーミラがギターを弾き始める。
がっ、がっ!
なぜか歯で弾いた。
「お前らいきなり高度なことやろうとするな。てか、それ借り物だからな。あんまり傷つけるな」
「スウィングもベースをやってみろ」
「命令しないでくれるかしら。まあ、私にかかればこんなもの楽勝よ」
スウィングは器用にベースを弾き始めた。
あ、普通に弾けてる。
「意外とうまいな。ベースが安定していれば、バンドもうまくいくかもしれない」
「まあ、私は小さいときからクラシックギターとかバイオリンとか歌唱とか習っていたから。……レズビアが私のこと褒めるとか、明日天変地異が起こりそうだわ……」
「そういえば、レズビアのボーカルはどうなの?」
と、僕は聞いた。
「ふん、愚問だな」
レズビアはそう言うと、歌い始めた。
「きた~のおおおおお~」
「ちょっと待って!」
「何だ?」
「レズビア様、僭越ながら申し上げますと……めっちゃ下手だよ」
「な!?」
レズビアは驚愕の表情を浮かべる。
「カーミラとスウィングはどうだ?」
「レズビィちゃん、頑張ろうとしてるのは伝わってきたよ」
「聞くに堪えないわ」
「ううっ……みんなひどいではないか」
「でもでも、声質はよかったと思うよ。かわいい声だし」
「さすがカーミラ。よくわかっているな」
「歌についてはまったく褒めてないと思うんだけど……」
「よし、とりあえず合わせてみよう」
「マジで?」
「何あんた強行しようとしているのよ」
「ほら、リリス、さっさとドラムのところに座れ」
「あ、やっぱり僕ドラムなんだ」
拒否権はないだろうから僕はおとなしくドラムのところに座る。
「おっぱい邪魔でうまく叩けないんですけど」
「縮めろ」
「無茶言うなよ」
「レズビィちゃん、あたしギターまったくできないよ」
「適当にじゃかじゃかやっていればいい」
「うん、わかった」
「よくないわよ! ふざけてるのかしら」
スウィングがぷりぷりした様子で言う。
「さしあたり、私のボーカルとスウィングのベースはなんとかできるレベルだからな」
「あなたはできてないわよ」
「やってみなくてはわからない。何事も挑戦だ」
「やる前から結果がわかってると思うけど……」
「いいからやるぞ。リリス、カウントしろ」
「わかったよ」
僕はドラムスティックを叩きながら。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
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「やめよっか」
「そうだな……」
「じゃあ、このあとカラオケ行こうよ」
「ちょっと待ちなさい。私はそれなりにやる気だったのよ! 練習しないうちから諦めるの早すぎよ!」
「無理なものは無理だ」
「リリスはどうなのよ?」
「僕、ドラムやりたいわけじゃないし」
「カーミラは?」
「今度はね、みんなでアイドルグループ作ろうかなって」
ちなみにそのアイドルグループの話は、致命的な音痴がふたりいるということで、すぐに立ち消えとなった。
頭の角は「悪」のしるし――短編集―― 竹乃内企鵝 @takenouchi_penguin
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