第四篇 桜舞う季節は新しいことが重なるようです

 ひゅー


 私は鵺の鳴き声と共に意識を覚醒させた。まるで鶏が朝を告げるよう。入り込んでくるひんやりとした風が心地よい。ちょうど日の出頃なのか少しだけ日の光が差し込んでいる。

 夜の作ってくれた美味しい晩ご飯を頂き、寝る支度をし、ぐっすりと寝た。自分では感じていなかったが余程疲れていたらしかった。

 入っていた布団をそろそろと抜け出し、寝巻きをただす。

 昨日与一先生から借りたものだ。かなり大きかったが一晩着ることには問題はなかった。


「雪菜、飯できたけど起きてるか?」


 ふすまの向こうから夜さんの声が聞こえる。


「はい。今行きます」


 私は昨日頂いた着物と袴を着た。かくりよの着物などは特殊らしく、丈夫で汚れないらしい。基本は毎日同じものを着るらしいが裕福な所のお嬢様なんかは毎日違うものを着ているとか。

 簪を使い髪を結う。

 小さい頃だか何回かしたことがあった。多少は不格好だろうがまぁいいか、と思い居間に向かう。


          ○


「今日から人間史を教えてくださる雪菜先生です」


 お昼時の一刻程前__おおよそ2時間前つまり朝10時。

 私は与一先生に教室として使われているらしい部屋に連れていかれた。そこにはすでに十数人もの妖怪の子供が待っていた。

 これが後もう三つぐらいあるらしい。

 ぱっと見てどんな妖怪かわかる子もいれば分からない子もいる。


「では、私はそろそろ行くのであとは雪菜先生に任せましょう」


 え、聞いてない、という顔を与一先生だけに見えるようにすると自由にしてください、とだけ言われた。

 与一先生が教室を出ていったことを確認し、あらかじめ言われていたように今日は特別なにもせずに自己紹介などをすることにした。


「与一先生に紹介されたように雪菜です。今まで来ていた夕子先生の孫です」


 小学生の子供と何ら変わらぬようなきらきらとした瞳を向けられる。

 今まで誰かから特別に注目されることのない人生を送ってきたこともあり、半端なく緊張する。


「皆さんも自己紹介をしてくれませんか?」


 私がそういうと右端の子が自己紹介をし始めてくれた。

 私はそれを必死で覚えていく。


「雪女の千晴ちはるです。よろしくお願いします」


 他の子達が個性的な自己紹介をする中、一人ただ名前だけを答えている。

 雪女と名乗る通り、透き通るような肌に黒の少しうねっている髪、吸い込まれそうな漆黒の瞳、紅でひいたような唇。前の席に居るため少し冷気が私の方まで届いている。可愛いと言うよりもかっこいい美人と言った感じだ。

 私がそんな印象を抱いている間にもどんどんと紹介が進んでいく。

 一通り聞き終えると質問攻めにあった。

 すべてに答える頃にはお昼を迎えた。

 今日は学期始まりみたいなものでこの時間までと聞いている。


「仲良くやっているようで安心しました」


 ひょっこりと後ろの扉から顔を出しながら与一先生が言った。


「でも、残念ながら時間です。続きはまた今度にしましょうね」


 えー、と文句を言いながらも大人しく帰る準備を整えている。

 ただし、私に話しかけながら。話をやめようとしない。本当に可愛らしい。


「さよなら、雪菜先生ー」


 子供達が帰る頃には疲労困憊状態になった。


「どうでしたか?私たちの教え子は」


 楽しそうな顔をしながら問いかけてくる。


「可愛らしいです。でも、ちょっとと言うかかなり疲れました」


 私がげんなりとしながら答えるとあはははと苦笑いを溢される。

 さっき与一先生がひょっこりと顔を出した扉がまた開いた。

 誰だろうと思いそちらに目を向けると夜さんが入ってきた。


「米が切れてたから買ってくる」


 なんの抑揚のないような業務的な口調だ。


「わかりました。よろしくお願いしますね」

「私も行っていいですか?」


 面白そう、という楽観的な考えだった。


「いいですね。夜、ここらの案内も兼ねて雪菜先生を連れていってもらえますか?」


 与一先生にはぁと軽くつき呆れた目を向けている。


「嫌だと言っても連れていかせるんだろ」


 はい、笑みをたたえたまま、気持ちいいほど言い切った。


「雪菜、あいつは放って行こう。奴に構ってたら昼飯が晩飯になる」


 そこまでを一息で言うと私の右手首をがつっと握って外に連れていかれた。


「どこまで行くんですか」


 未だに右手首を掴んだまま引っ張られるように歩きながら聞いた。


「雪菜がこっちに来たときに居た通りがあっただろ。あの通りだ」


 あの通りか。


「遠いんですか?」


 あのときは焦っていたし俵のように担がれていたこともあり正確な距離が分からない。今思い出すとかなり恥ずかしい状況だった。


「いや、ここだ」


 苦笑混じりに言われると的外れなことを言ったようで顔に熱が集まるように感じた。それを誤魔化すため視線を夜さんから外し通りを見た。

 妖怪がたくさんおり、通のあちこちで店を展開されていてかなり賑わっている。

 きょろきょろと辺りを見ながら歩いていると夜さんからふらふらすんな、と釘を刺された。そんなにふらふらしたつもりはなかったのに。

 ちょっと周りを見ていただけなのにな、という視線を向けると行くぞ、と有無を言わせぬ声音こわねで引っ張られた。

 米屋の親父さんに名前を名乗ると夜さんが何やら言われていたようだが無事、買い物、昼食を終えた。

 そして、お茶を飲みつつほっこりしている。

 ここの茶葉がいいのか、夜さんの入れ方がいいのかお茶がとても美味しい。お茶請けとして出されたあんの真っ白な大福も美味しい。

 大福をはむはむと食べているとそうだ、と与一先生が話し始めた。


「雪菜先生もここで暮らしませんか?」


 突然何を、と言おうとしたが食べかけていた大福が喉に詰まり言えなかった。

 苦しく、どんどんと胸を叩いていると隣で食べていた夜さんが背中をさすってお茶を差し出してくれた。

 そのおかげで何とか飲んだがげほげほとしていてもお構いなしに与一先生は続けた。


「かくりよと現世の行き来はかなり体力や霊力、妖力などの消費が激しいですし、逢魔が時しか鈴は使えませんからそうした方が何かと便利かと思いまして」

「そうだな。何なら週末だけ現世に帰ったらいいんじゃないか?」


 未だ、げほげほとしている私を放って話が進んでいく。

 私もそうしてもらえるとありがたい。朝からあるのに夕方からしかこれないのは色々と不便だと思い、どうするべきかと考えていた。

 ただ。


「いいんですか?迷惑なんじゃ……」


 ありがたいがそこまでしてもらってもいいのだろうかと思う。


「そんなわけありませんよ、ねぇ」

「おう。作る飯が二人分から三人分になったところで作ることにはなんにも変わんないしな。」


 与一先生はにこにこと穏やかな顔をし、夜さんはいつものように固い表情ではなく優しい顔をしていた。


「なら、お願いします!」


 私は勢いよく頭を下げた。


「雪菜先生もここで暮らすことが決まりましたし、行きましょうか」


 へ?という顔をすると決まっているでしょう、と言われた。


「そろそろ逢魔が時か」


 夜さんのその言葉でようやく気がついたがもうそんな時間らしかった。確かに夕陽が差し込んでいる。


「今から行かないと間に合いませんから」


 そういわれ私は慌てて準備をした。


          ○


 さわさわと草木が揺れている音がする。

 うっすらと目を開けると馴染み深い神社だった。ちゃんと戻って来れたのか。

 辺りは薄暗くなり、月がでていた。

 薄暗い辺りとは違い私の気持ちは明るい。

 さぁ、おばあちゃんに報告してかくりよで住む準備をしよ。


 ちりん


 軽い足取りで我が家に向かう。


 ちりん


 後ろではひらひらと桜が舞い、月の光に照らされている。






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あやかし世界に行くには逢魔が時に鈴を鳴らすことでした。 @natu-okita

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