第三篇 同僚になる彼は夜叉のようです

「こちらの方がいいですかね」


 与一先生と私は現世でいうところの着物屋さんに来ていた。


 ひゅー


 何かが鳴いている。まあいい、放っておこう。

 さすがに洋服で教えるのは、ということで着物と馬乗袴うまのりばかまといわれる巫女さんが着ているズボンのような袴を買うことになった。

 これからは先生と呼びますから雪菜先生もそういう風に呼んでくださいね、と言われ与一先生と呼ぶことにした。


「あのー」

「でも、雪菜先生は淡い水色の方似合ってますね」

「おーい」

「桜色の方がいいですか?」

「聞いてます?」

「思いきって、赤っていうのはどうでしょう」


 にこやかな笑みを浮かべながらこっちを見ているが私の話を聞く気が一切ないのか、聞こえてないのか無視をされる。恐らくは前者だろうな。


「その前にさっきは聞きそびれましたけど私、どうやったら帰れるんですか?あと、さっきからひゅーって言っているのは何ですか?」


 おばあちゃんもかくりよで先生をしていたのならばこちらと現世を行き来できたはずだ。


「この鳴き声は鵺ですね。その話は帰りながら、ということにしましょう。その話はあまりよくないですから」


 にこにことしているくせに有無を言わせない威圧感がある。


「それよりもどちらがいいですか?」


 私の目の前に二種類の着物を並べた。

 一つは柔らかい桜色の着物。たもとに桜の花びらの柄があしらわれている。

 もう一つは薄い水色の着物。ほとんど無地で白い小さな花が左胸の方にある。


「えっと、どっちがいいですかね」


 個人的にはどっちも好きだ。だからこそ選べない。

「こういうのは直感で決めるんです。自分がこれと思うものにするんです」

「直感、ですか」


 じっと二つの着物を見比べてみる。


「こちらがいいです」


 私が指したのは水色の方だ。何となくこっちだと思った。


「なら、帯は山吹色で袴は濃紺ですかね」


 などと言いながら、手際よく着物一式を揃えていく。

 春音はるねさんと紹介された着物屋さんの女将さんを呼んで何かを耳打ちしている。大船に乗ったつもりで任せろ、とでも言いそうなほど大きく頷き、私の方を見る。


「雪菜先生、こっちに来てくださいな」


 そう言われ、店の奥まで連れていかれた。途中、どうしたら、と与一先生の顔を見たがいつものように微笑んで行ってらっしゃいというかのように小さく手を振っていた。

 あれよあれよという間に先生が揃えていたものを着せられ、また表に逆戻りをした。

 鈴はちゃんと取り出しておいた。


「うわぁ」


 丈は私のために作られたんじゃないかと思うほどぴったりで色合いがものすごく綺麗。


「やはり、雪菜先生は水色がよく似合いますね」


 普通の着物よりも袴な分、こちらの方が歩きやすい。


「髪飾りはどうしますか?」


 いつの間に並べられていたのか私の目の前にはたくさんの色とりどりなかんざしやゴムがあった。

 大きな装飾のついたもの、小さく控えめなもの、どぎつい色のものや淡い色のもの、全て一つ一つ違う。


「これはね、職人が一本一本作ったものだから全て一つ限りだよ」


 先生は直感が大事だといっていた。

 なら。


「これがいいです」


 私がとりあげたのは薄い山吹色の玉のようなものがついてある、可愛らしいものだ。


「さっきまで着ていたものはこちらに包んでおきますね」


 どこからともなく取り出した風呂敷に春音さんは丁寧に畳んで包む。


          ○


 着物屋さんを後にし最初に連れてこられた屋敷に戻ろうとしていた。


「それで、私どうやったら帰れるんですか?」

「簡単です。来た時と同じあの神社で鈴を鳴らすんです」


 私は拍子抜けした。

 こういうのってもっとなんだろう、こう、帰り方が分からない、みたいな。どうやって帰ろう、みたいな。

 小説だったらよくそうなるのに意外だ。

「ただし、逢魔が時__黄昏時とも言いますがその時に、です」


 逢魔が時と言えばおおよそ午後六時頃。

 さっきの着物屋さんにあった時計はとりを差していたので約六時。


「あ」


 帰れない。

 思わず、与一先生の顔を見るとあ、といった顔をしている。先生も時間を見ておくことを忘れていたようだった。

 さすがは逢魔が時。

 辺りがすっかり暗くなりかけていた。


「取り敢えず、今日は私の家に泊まりましょう。雪菜先生を運んだ子__よるというんですけどね、あの子は前の戦いで幼い頃に両親が死んでしまってうちで暮らしていますが気にしないでください。それと明日の朝から子供達に教えてあげてくださいね」

「わかりました。そういえば夜さんっていう方はなんていう妖怪なんですか?」


 あの時はばたばたしていて聞けていなかったが今なら聞けそうだ。

 与一先生のように耳や尻尾が生えていないので動物系というわけではなく、全くと言っていいほど人間と変わらなかったと思う。しかし、雰囲気が人間のものと明らかに違っていた。


「あの子は夜叉です。」

「夜叉、ですか。」


 夜叉__古代インドでは悪鬼、仏教では毘沙門天の眷属で北方を守護する鬼神と言われている。


「そうは見えませんでしたか?」


 勝手だがもっと怖いイメージがあった。ザ・鬼といった筋骨隆々で図体は大きく、頭に鋭い角が生えていると思っていた。

 しかし、夜さんは私を持ち上げるぐらいだからかなり筋肉はついているだろうが予想に反してほっそりとしており、世間一般でいう美麗に属するような見た目だ。


「ただいま戻りました」


 与一先生が言ったから気がついたがもう戻ってきていたのか。


「お邪魔します」


 そろそろと先生の後ろについて入る。

 するといつから待っていたのか夜さんが玄関を入ってすぐのところに立っていた。仁王立ちだ。


「遅い」


 黒い短髪でこれまた黒い切れ長の瞳、羨ましいぐらいに白い肌の色男。本当に夜叉なのかと疑いたくなる。

 与一先生も綺麗だか妖怪というのは美形が多いのだろうか。


「すみませんね。これから一緒に教えることになった雪菜先生です。この子が夜です。基本、妖怪において重要な妖術などを教えてくれています」


 先生の後ろでこそこそと隠れていた私をすっと前に押し出した。


「よろしくお願いします」


 私がそうやって頭を下げると、夜さんも軽く頭を下げよろしく、と言った。


「飯はもう用意してあるから早く入れ。雪菜サンも」


 さん付けではあるがあまりにもたどたどしい。


「夜さん、呼び捨てで構いませんよ」


 くすくすと笑いながらいうと睨まれた。

 笑われたのが余程恥ずかしかったのか頬が軽く紅くなっているため本来なら怯えるほど怖いだろうが全然怖くない。

 そんなに笑うな、と未だに笑っている私を諌めるように言って続けた。


「なら、遠慮なくそう呼ばせてもらう」


 そんな私たちを見ていた先生は早くご飯にしましょう、お腹すきました、と空気の読まないようなことを言った。

 私と夜さんは思わず吹き出し笑ってしまう。

 遠くの方でひゅーと鵺の鳴く。


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