最終話

「ちょっと武雄。大丈夫なの?」


「ほほう。それは楽しみなのじゃ。佐波山中華店のメニュー以外の料理で作ることで、この約束は決まりなのじゃ」


「メニューを除いた料理ですか? それだと洋食も有りってことですね?」


「その通りなのじゃ。中華料理以外が作れる自信がお主にあるのか楽しみなのじゃ」


 ププリスさんは洋食を食べたがっているのではないだろうか?

 だから中華料理で望んでも勝負は厳しいだろう。

 ププリスさんは少しにやけた表情で俺に言葉を告げる。


「中華料理で挑んではダメなのじゃ。洋食で挑む方が賢明なのじゃ。ヒントはあげたから洋食で勝負するのじゃ」


「勝負ですか…解りました。今から作ってみます」


「その前に記憶を消す魔法陣を書かなければならないから、一度お前達の世界に帰るのじゃ」


「わかりました。ほら、武雄帰るわよ」


「そうだな、でもまたドラゴンとかが襲ってくることはないですよね?」


 ププリスさんが机から水の入っているビンを俺に渡した。


「これは?」


「魔除けの聖水じゃ。蓋を開ければビンから臭いが出てきてモンスターを離れさせる効果があるのじゃ。希少価値が高いから一回限りしか使えないのじゃ。それを使って帰るのじゃ」


「いいんですか? こんな大事な物を俺達に渡してくれて」


「勝負をする前に死んだら意味がないのじゃ。だからお互いフェアな条件で戦うのがよかろう? 生存して料理を完成させたら余が店に来るのじゃ。制限時間は今から1時間なのじゃ。その間に魔法で武雄の世界の記憶が無くなる。つまり残り1時間で料理を作り、余の来るときにはテーブルに出しているのじゃぞ」


「わかりました。残り1時間ですね。千紗行こう」


「武雄。あんたの腕にかかっているんだからね」


「では余は大広間に行って魔法陣を書いて発動させるのじゃ。またの武雄」


 ププリスさんはそう言って奥にある扉を開けて閉める。

 俺達も聖水のビンを開けてププリスさんの部屋から出て、ゲートのある入り口に戻る。



 ゲートから出てくるとマスコミのシャッター音と大量のカメラが俺と千紗に向けられる。


「テレビをご覧の皆さん見ていますか? 今佐波山中華店の裏口のゲートと呼ばれる穴から人が出てきました」


 マスコミがうるさい中で警察も来ていた。


「ちょっと君達、質問があるんだが署で聞いてくれないか?」


「武雄、ここは私がなんとかするから厨房に行って」


「すまない千紗。頼んだぞ」


「あっ、君待ちたまえ」


「質問には私が答えます」


「どうします警部」


「一人で連れて行っても問題ないだろう。さ、君同行したまえ」


 パトカーに乗せられる千紗を見て、少し悲しい気分になったが早く料理を完成しないことには問題の解決が出来ない。

 急いで裏口のドアを閉めてマスコミが入ってこないように鍵をかける。

 厨房に行くと佐波山店長が玄関の前でマスコミと話し合っている。

 時間を稼いでいるみたいで店に入れないようにしているようだ。

 急いで料理に取り掛かる。

 ププリスさんを満足させる料理は洋食しかない。

 真日流ちゃんが電話をしている。

 そして渋谷さんが厨房で料理を作っている。


「武雄ププリスさんの城まで戻ってきて、何を条件にされたんだぜ」


「はい。ププリスさんの好きな料理である洋食を作ることになりました」


「洋食と言っても何を料理するんだ?」


「それはまだ決めてません。でも作らないと始まりません」


「材料の買い出しは私が行きますわ。それと私の家のボディガードの方たちを借りて買い出しをサポートしますわ」


「ありがとうございます。メニューは…ハンバーグです」


「今日は異世界の食材の収入日の前だから異世界の食材はドラゴンの肉しか今はないが大丈夫なのかだぜ」


「ハンバーグの材料を買い出しに行かせますわ」


「玉ねぎとパン粉、牛乳にニンニク、赤ワインをお願いします」


「解りましたわ」



 30分が経過した。

 材料はそろったので今から料理を始める。

 真日流ちゃんは異世界の客人を説得して店からしばらく出ないようにさせる。

 渋谷さんは異世界の客に料理を作っている。

 ハンバーグを作ってププリスさんを満足させるのはこれからだ。

 まず包丁で玉ねぎをみじん切りにして、にんにくをすりおろす。

 ソースの材料と焼き油以外の赤のドラゴンの肉と牛乳と小麦粉に玉ねぎにんにくすりおろしをボールでこねる。

 あと20分しかない。

 フライパンに油をのせて火をつける。

 こねた赤い肉をハンバーグの形にしてフライパンに入れる。

 焦げないように様子を見ながら、中火で片面を焼く。

 3分ほど経過したのを時計を見て確認して、肉をひっくり返して弱火で5分炒める。

 あと12分。

 赤黒く焼けたハンバーグを取り出して肉汁の残ったフライパンに赤ワイン、中農ソース、ケチャップ、塩胡椒を入れて煮込む。

 ハンバーグを皿にのせてフライパンで煮込んだソースをかける。

 あと3分。

 マスコミの声が聞こえなくなった。

 ププリスさんの魔法が効いたようだ。

 渋谷さんが俺の作ったハンバーグを見て首をかしげる。


「武雄。うちは中華店なんだぜ。なんでハンバーグを作っているのか疑問だぜ」


 どうやら俺以外の人に記憶を消してもらったようだ。

 真日流ちゃんもマスコミもなんでここにいるのか解らない状態で玄関前から去っていく。

 千紗はどうなったんだろう?

 裏口からカチャリという音が聞こえた。

 おそらくププリスさんだろう。

 約束の1時間が過ぎたようだ。


「武雄。マスコミやお店の客から記憶を消してやったのじゃ」


「ププリスさん、ありがとうございます」


「この英雄ププリス・ルドルフ・フォン・ド・ブラキラスに不可能はないのじゃ」


「流石ですね。でも店のスタッフまで記憶を消すのはちょっとやりすぎかもしれません」


「細かいところまでは出来なかったのじゃ」


「あと千紗が警察に連行されました」


「この世界の警察もすぐに千紗を返すじゃろうて」


「おいおい武雄。どういうことか説明して欲しいんだぜ」


「話すと長くなるので後です」


「そうじゃの。武雄、約束のメニューは覚えているのかなのじゃ」


「はい。ハンバーグです」


「ほう。よく覚えていたの」


「えっ?」


「問題は味じゃな。あの時の味であればよいのじゃが。どちらにせよ楽しみなのじゃ」


「どういうことでしょうか?」


「後になれば説明するし、解るものなのじゃ」


 ププリスさんはニヤニヤしながらそう言った。

 この人はやっぱり苦手だ。

 その時裏口から千沙が走ってきた。

 どうやら警察から離れることが出来たようだ。

「武雄。今どうなっているの?」


「ププリスさんがこれから俺の料理を食べるとこ。失敗すれば記憶を戻される」


 ププリスさんが席に座ってテーブルの上に置かれたハンバーグ定食を見て黙り込んだ。

 もしかしてハンバーグじゃダメだったのか?

 いやよく覚えていたって言っていたから正解だろう。

 問題は味って言っていたけど前世の料理好きの俺はハンバーグ定食の味が今の俺の作った味と完全に再現されているかどうかだ。


「ではいただこうかの」


「………」


 俺は何も言わずにププリスさんが食べている姿をジッと見ていた。

 調理スタッフや佐波山店長、渋谷さん、真日流ちゃんに千紗も同じように黙ってププリスさんの食事を見ている。


「佐波山店長」


「武雄君。どうしたアルか?」


「俺のやったことは信用を無くしたに等しいことをしたんですよね」


「そうアルね。でも今は記憶が消えたことを喜ぶアル」


「ですけど料理の味が前世の俺の料理の味と違っていたらまた記憶が戻って店は大混乱になるし、下手したら閉店になるどころの騒ぎじゃないですよね?」


「武雄。お前は自信をもってハンバーグを調理したのか?」


 渋谷さんがそう言うと俺は無我夢中でハンバーグを作ったから味見までしていない。


「どうなんだ武雄」


「渋谷さん大丈夫ですのよ」


 真日流ちゃんが俺の代わりに答える。


「武雄さんは料理の才能があるから今回もなんとかなると思いますわ」


「そうよ。真日流ちゃんの言う通りよ。武雄はちょっとゲスいけど料理の腕は私が保証するわ」


 千紗お前一言余計なんだが。

 ププリスさんは半分ほど食べてフォークとナイフを手から離した。

 途中で食事が止まり、みんな重い沈黙が流れた。

 やっぱり駄目だったんだ。


「武雄。余は佐波山中華店に優しく対応しているわけじゃないのじゃ。厳しめに評価するのじゃ」


 容赦なしか、いっそ清々しく終わって欲しい。

 記憶が戻って異世界のお客の信用を無くして、佐波山中華店のメンバーが俺のせいでこれから辛い目に遭うなんてことになって店が潰れたら俺は一生後悔するだろう。

 ププリスさんは消した記憶を戻して世界中に異世界のことが解ってしまうんだろう。

 俺の名前が挙げられて世間は俺にどんな視線を送るのだろうか。


「武雄。余はお主の料理に言いたいことがあるのじゃ」


「武雄は悪くありません。お願いププリスさん、たとえ武雄の料理が不味かったとしても記憶を元に戻さないで下さい」


 千紗が涙目になってププリスさんの服の袖を掴む。


「小娘。余はまだ何も言っていないのじゃ。服から手を放すのじゃ」


「武雄はっ…武雄はっ!」


「千紗。いいんだよ俺が悪いんだから」


「武雄。記憶が戻ってしまったら世界中がパニックになるんだぜ。だが安心するんだぜ」


 安心?

 渋谷さんが安心と言っている意味がわからない。


「どういうことですか?」


「これくらいでお前が解雇されることはないんだぜ。異世界と俺達の世界で仲良く出来ればこんなことは大したことじゃないんだぜ」


 異世界と俺達の世界の共存か。

 そんなことがすぐに叶うわけないと思う。


「武雄君。佐波山中華店はこんなことではなくならないかもしれないアルが、しばらく世界は混乱するアルね。ただ時間が解決してくれるアル」


「それは無理かもしれないのじゃ」


 黙っていたププリスさんが席から立ち上がって離れた。


「記憶が戻れば店は最悪なくなるのじゃ。そして余の世界の人々もこの世界に戦争を仕掛けるかもしれないのじゃ」


 俺のミスで信用を無くして戦争になる?

 悪夢だ、この悪夢をププリスさんが元に戻して起こるんだろう。


「皆さんすいません。俺のミスで信用を無くして戦争になるかもしれません。千紗本当にすまない」


「武雄っ! まだそうなると決まったわけじゃないわ」


 ププリスさんが笑顔になる。

 悪魔の笑顔に見えてしまう。


「よくぞ前世で食べた思い出の料理を作ってくれたのじゃ」


「えっ?」


「記憶をなくしているのによく頑張ったのじゃ。お前のこのハンバーグの料理は信用に値するのじゃ。よく頑張ったのじゃ」


 ププリスさんが拍手をする。


「えっ! それって…」


「この味は過去の思い出の味なのじゃ。記憶を戻すのはやめておくのじゃ」


「やったわね! 武雄! これで戦争にならずにすんだわ」


 千紗が俺に抱きつく。

 ププリスさんは席に戻って食事を続ける。


「お主は余に信用できるほどの美味しい料理を提供したのじゃ。おかわりも忘れるでないぞ」


「武雄は無くした信用を取り戻したのよ」


 千紗がそういうと明るい笑顔になった。

 俺は脱力して一言ぼそりと呟いた。

「信用を得るって大変な事なんだな」

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料理以外才能がない俺が異世界の食堂で働いた場合 碧木ケンジ @aokikenji

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