強くてクソゲーム
■
第1話
「全て徒労だったな」
魔王はそう言いつつ、俺の腹部に大きな風穴を開けた。
俺は勇者だが、元はただの村人だった。
それが変わったのは、確かちょうど一年前――俺の村が魔王軍に襲われた事がきっかけだった。
友達や家族が魔物に襲われ、臓物を辺りに撒き散らすのを――卑怯にも――俺は震えながら見る事しか出来なかった。肥溜めの中に隠れ、息を潜めて嵐が去るのをひたすら待った。
身体中から異臭を撒き散らし、死体だらけの村の中に蹲っていた俺は助けに来た兵隊達になじられつつも、そこの隊長のおかげで生きながらえさせてもらい、王都にまで同行させてもらった。
魔王軍の襲来に怯える王都で、俺は勇者だけが引き抜けるという選定の剣を抜く機会を得て――それを引き抜いて勇者と呼ばれる事になった。
勇者になった俺は何度も魔王軍と戦い、ついには魔王城へと乗り込み、魔王と対峙する事になった。ほんの少し前までは、「これで全てが終わる」などと本気で思っていた。
魔王城の警備がやけに手薄だった。
魔王は――絶大な力を持つ魔物達の王は、勇者である俺と仲間達の接近を察知し、あえて自分のところまで通して自分の手で俺達を葬ろうとしてきた。
一対多。それも「時すらも支配してみせる」と謳われた強力な力を与えてくれる選定の剣を持った俺がいるのに、魔王は赤子の手をひねるように俺達を圧倒した。
俺達は全滅した。
俺の大事な人――リリスの死体も転がっている。
俺を庇ったばかりに、彼女は死んでしまった。
仲間達の中で最後まで生き残ってしまった俺は、激高して切りかかったがそこであっさりと魔王に殺される事となった。
腹部に大きな風穴を開けて、絶命した。
死の間際、俺は選定の剣にすがった。
時すらも支配してみせると謳われながら、ただ強くしてくれるだけだった剣に。
お前に真に時を支配する力があるなら、助けてくれ。
俺を過去に飛ばして、やり直させてくれ。
そう願いながら俺は、絶命した。
intmain(void){for(・ω・)
{printf("ループ1回目");}return0;}
気づくと肥溜めの中にいた。
最期の瞬間にいた筈の魔王城は無くなっていた。その代わり、肥溜めから見える風景は俺の生まれ育った村だった。
肥溜めから這い出て、燃え盛る村の中を巡る。俺以外に生存者はいない。皆、あの時と同じく魔物に襲われ、犯され、死んでいる。
今際の際の夢なのかと思ったが、悪夢の終わりは一向に訪れない。村人ではなく、勇者としての俺の原風景を見せられ続ける。
打ちのめされて、「早く楽にしてくれ」と思いながら村の中で蹲っていると幾つもの馬蹄の音が耳朶に届いてきた。
そして、俺を救ってくれた――大事な人の声も。
「生存者が――生存者がいるのですね!?」
「ええ、ですが隊長。酷い匂いなのであまり――」
「通してください!ああ……!貴方が……!」
遠巻きに俺を見ていた兵士たちを掻き分け、軽鎧を身につけた一人の少女が駆け寄ってきた。
少し涙を浮かべながら、俺の身体についた糞尿に構わず助け起こしてくれた少女は命の恩人に対するように「よく……よく生きていてくれました」「もう大丈夫ですよ」と話しかけてきてくれた。
魔王城で俺を庇って死んだ筈の少女が、目の前にいる。
「……リリス?」
「はいっ! え? あれ? 私、貴方と会った事がありましたか……?」
不思議そうな顔で俺を見てきた少女を抱きしめる。
生きていた――生きてくれていた。
かつて、生まれ育った村で絶望の淵にあった俺を助け出し、魔王討伐にも付き従ってくれたリリスが生きている。
あの時と同じ、死体の山の中で俺を助け起こしてくれて、あの時と同じように――しかし、少しだけ違う反応を俺に返してきてくれている。
良かった。
これがたとえ悪夢の中であろうと、リリスともう一度会えて良かった。
絶望の中で喜笑した俺は――後頭部に衝撃を受け、気絶した。
目が覚めると俺は牢屋の中にいた。
肥まみれの身体で突然リリスに抱きついた所為で兵士に殴られて収監されたようだった。頭が痛むうえに全身から酷い匂いがする。
だけど、まあ仕方がないかもしれない。
リリスは大貴族の末娘であり、王国にて一部隊を預かる身だ。十分過ぎるほど高貴な身分と言っていい。
鎧や武器を持っていなければ華奢な少女ではあるものの――単なるお飾りではなく――神の寵児である彼女は細腕で常人の数十倍の力を振るい、その走力は馬と掛け比べできるほど。要するに超人である。
しかしリリスはその立場と力を驕らず、弱きを助け強きを挫く公明正大な少女だった。勇者になったとはいえ、元はただの村人であった俺について……最期まで魔王討伐も手伝ってくれていた。
友達、そして家族を見捨てて生き延びた末になし崩し的に勇者になった俺と違い、彼女は最初から自分の意志で戦っていたように思う。
その姿は俺だけではなく、皆が勇気付けられていて……俺は度々、「リリスが勇者になってくれれば良かったのに」と言い、「何を弱気になっているんですか」と笑ってこづかれたものだ。こづかれただけで名工の鎧が軽くヘコんだが。
そんな幸福な一時の事を思い出していると、リリスが来た。
俺を庇って魔王に殺された筈の彼女はそして恐る恐るといった様子。
俺が入れられた牢の前までやってきて、申し訳無さそうな顔で謝ってきた後、俺を外に出してくれた。
以前と変わらぬリリスの態度。
俺は薄々、自分が置かれた状況――何が起こっているのかを察し始めていたが、言ってもさらに怪しまれるのがオチだろうからひとまず黙っておく事にした。
「まずは身体を清めましょう」
正直くさいですと言いたげながらも、苦笑気味に微笑しているリリスは俺を水場へと案内してくれた。周囲の視線が痛い。リリスはともかく、周りは俺を罪人として捉えているのだろう。
流水が酷い色に染まっていくのを自分で引き気味に見つつ、匂いと共に全身の汚れを洗い流す。これでようやく普通に戻れた。
身体を清めた後、食事を取らせてもらい、その後に――リリスは俺に村への救援が遅れた事への謝罪を述べた後、村であった事情を聞いてきた。
俺は、村での事は包み隠さず話した。
俺にとっては随分前に話した時と、同じように。
あの時は諦めと情けなさから出た言葉だったが、今回は目の前の少女を信頼していたからこそ出てきた言葉だった。
俺は村の皆を見捨て、家族すらも助けず肥溜めに飛び込み、息を潜めて恐怖で歯を鳴らし、魔王軍が去るのを待っていた。
周囲からは嘲りの視線と侮蔑の言葉が飛んできた。生きていて恥ずかしくないのか。家族も助けられない臆病者め。王国の恥。
しかしリリスは、厳しい目つきで周囲を黙らせ、本当に申し訳無さそうな顔で「よくぞ生きていてくれました」と言い、俺の手を握ってくれた。
リリスは他にも言葉をかけてくれた。
俺の心に突き刺さった棘を一つ一つ、丁寧に抜き去るように。全てが抜けたわけではないが、それでも随分と楽になったのを覚えている。
いまは状況が違うが、以前の俺は彼女に救われたのだ。
今も、いてくれているだけで救われている。
「魔王軍は……いまどうしているんですか?」
おおよそ分かっているつもりだったが、思わず聞いていた。
周りの兵士に「話す必要は無い」と止められつつもリリスは普通の村人に知られても問題の無い範囲で教えてくれた。
殆ど俺が知っているものだった。
以前も彼女は俺にそう語ったからだ。
間違いない。俺は過去に戻ってきている。
リリスを魔王に殺されるという最悪の未来から現在へと舞い戻り、復讐の――いや、救済(きゅうさい)の機会を得たのだ。
死の間際、願った事を思い出す。
選定の剣は確かに時を支配する力を持っていたのだろう。過ぎ去った筈の過去が――俺の行動で多少の変化はしつつ――再び眼前に現れたのだから。
リリスと再会できただけではなく、過去に戻れた事がたまらなく嬉しかった俺の前で、リリスは言葉を紡ぎ続けた。
「魔王軍の状況は概ねそういったものですから、心配しないでください。村には流石にお送り出来ませんが……ひとまず、王都へとご案内しますので!」
「ああ、ありがとう」
「王都にも難民が押し寄せていますが……我々が必ず、魔王軍と魔王を打ち倒します。選定の剣は無くなってしまいましが――」
「選定の剣が?」
リリスがためらいつつも頷く。
民にも知れ渡った公然の秘密であったらしい。
過去に戻ってくる前、俺は選定の剣を抜き放った事で勇者となった。そして選定の剣を武器に魔王軍と戦っていたのだが……それは元の時間での事だ。
俺はまだ王都に行っていない。
選定の剣はまだ、王都にある筈なのに。
俺にはきっと選定の剣が必要だ。あれが無ければ勇者になれず――リリスと共にいる事も出来ず――魔王を倒す事は出来ない。
そう思っていると、足元で金属音がした。
リリスと二人、見下ろすとそこに一本の剣があった。
「「あ、選定の剣……」」
後で聞いた話だが、周囲の人間には俺の身体から剣がこぼれ落ちてきたように見えたらしい。ズルリと、人体の中から。
俺は再び、牢屋に入れられる事になった。
選定の剣を強奪した罪で捕まった俺だったが、直ぐに釈放された。
血相を変えて俺を捕まえた周囲の兵士達をリリスが必死に説得してくれたためらしい。有り難い。また彼女に救われた。
また、食事の場に落ちた剣を誰も取り上げる事も釈放の理由だった。
「う、うわー……ホントに選定の剣を持てるんですね」
自分で擁護してくれておきながら、半信半疑だったらしいリリスが町娘のように可愛らしく「びっくり」と言っている。
ただ、俺も驚いている。俺が過去に戻ったとはいえ、選定の剣は王都にて抜き放つ勇者を待っている筈だ。
しかし、選定の剣は俺の手中にあった。
つまるところ、未来にあった選定の剣が俺と共に過去に戻ってきて、その影響で本来王都にあるべき剣が消えてしまったという事……なのだろうか?
選定の剣を抜けるのは勇者だけ。
それはこの国に伝わってきた伝承で、過去には選定の剣を抜いた者が国を興し――その血は現在もこの国の王族に継がれているらしい。
しかし現在の王族は誰も抜き放つ事が出来ず、名高い将軍や剣士も選定の剣を抜き放とうとしたが抜き放つ事が出来ず、最終的には普通の村人――俺が抜き放つ事が出来たのだ。
リリスは驚きつつも「そもそも興国の王も村人だったので、その事を踏まえるとおかしな事ではない……のでしょうか?」などと以前の世界では言っていた。
周囲の視線は――様々な感情が入り混じっていたけれども。
ともかく、選定の剣を抜けるのは勇者だけ。
そして、それを振るえるのは勇者だけ。
抜いた瞬間を誰も見ておらず、「盗まれた」という疑いがかかるのはおかしくは無かったが、例え盗人であろうとも剣を振るえる以上、俺は勇者として扱われる事になったようだ
俺は再び勇者に選ばれた。
嫌悪の視線を隠さない王族達と面会した後、俺は少量の資金を受け取って「魔王討伐」の任を与えられる事になった。
ホントに少量の資金だった。
こんなのじゃ冬も越せねえよ――と以前の世界から知っていたとはいえ――勇者というにはあんまり過ぎる扱いに俺は打ちのめされた。
打ちのめされたが、とある高潔な大貴族からこっそり資金援助をしてもらえる事になった。リリスの父親である。あくまでこっそりやらないと王族の面子が立たないとか何とかで。
その資金で剣以外の武器と防具、その他諸々の旅と戦いに必要な道具まで揃えてもらえた。ただしパッと見は粗末な装いに見えるよう、ツヤ消しとかされた。
「すまぬ……王に対しても配慮しなければならんのだ」
リリスのお父さんは本当にすまなそうに言っていた。以前の世界でも同じ事があったのものの、俺は世知辛い世の中と王の面子を立てながらも助けてくれる大貴族の気遣いに涙した。
ただ、これで良かったのかもしれない。
ピカピカの鎧は味方を鼓舞する効果が多少あるかもしれないけれど、少数精鋭で動くなら単に目立って見つかるだけである。
見た目はともかくモノは実戦的で最期の最期まで使えるものだったので、リリスパパが申し訳なさそうにする理由はあんまり無いのだ。
さらにリリスが――前の世界と同じく――同行してくれる事になった。
リリスパパは難色を示していたが、それでも最終的にはリリスに説得されて「娘を頼みます」と俺に託してきた。もっとこう、偉そうなワガママ貴族になっていいんじゃないかな……。
流石に二人だけで魔王討伐の旅をするのはありえないので――王族に配慮して――少数ながらも精鋭の強者達をリリスパパが集めてくれた。もうこの人が王になればいいんじゃないかな……。
そして、俺達は魔王討伐へと旅だった。
それは約一年後、魔王に殺されるまで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。