最終話 殺人鬼の仕事

 ウチの殺人鬼は優しすぎる。

 雨の日、玄関前で見張りをしていた殺人鬼が自分の近くに寄ってきた野良猫の頭上で両手を広げて、ずっと雨が当たらないようにしてたのを見た……って息子から聞いた。

 家の近くで車と自転車の衝突事故があった時は、倒れているおじいさんの元に駆け寄って担ぎ上げ、走って病院まで連れて行った……という話を病院の人から聞いた。

 僕は、野良の殺人鬼がウチにやってきたあの夜、なんで彼がされるがままで反撃しなかったのか分かったような気がした。

 ウチの殺人鬼は優しすぎるのだ。

 それは、家族の仲間としてはとても良いことだと思う反面、本来の仕事である"護衛"という面では、ちょっと頼りなく思ったりしないこともなかった。



 そんなある日。

 仕事が終わり、職場で帰り支度をしている時に妻から携帯に電話がかかってきた。


「あなた! あの子が……あの子がまだ帰ってきてないの!」


 いつも明るくのほほんとしてる妻の声が震えていた。

 それもそのはず。

 今日は珍しく残業があり、窓の外はもうオレンジ色に染まりつつあった。

 すなわち、もうすぐ野良殺人鬼が活動し始める時間で、僕も急いで帰らないとマズい状況なのに、息子がまだ帰ってないと聞いて頭の中がパニック状態になった。

 

「ねえ、聞いてる? とにかく早く帰ってきて!」

「……あ、うん、すぐ帰るよ。そうだ、殺人鬼さんは?」

「そうそう、私が探しに行こうとしたら、殺人鬼さんが凄い勢いで走ってどっかに行ったの! きっと、代わりに探しに行ってくれたんじゃないかって……」

「そ、そうか。とにかく、すぐ帰るから!」


 そして、僕は会社から飛び出した。



「ただいま! おい、アイツ帰ってきたか!?」


 玄関から入るなり、家の中に向かって叫んだ。

 返事は無い。

 ただ、キッチンの方から水の流れる音だけが聞こえてきた。

 そこに行くと、妻が同じ皿をずっと洗い続けていた。


「おい、まだ帰ってないのか!?」


 僕は、リビングの窓から見える空の色を確認しながら言った。

 もう、ほとんど夜になりつつあった。

 妻は、泣きながら首を横に振った。

 彼女の性格からしてきっと自分で探しに行きたいはずなのに、もし息子が自力で帰って来くることが出来た時に家に居ないといけないと思って、ここに留まっていたんだと思う。

 代わりに探しに行ったウチの殺人鬼がきっと……って、願うのと同時に、彼の優しすぎる性格が気になって仕方が無かった。

 もし、息子が野良殺人鬼に襲われてる場面に遭遇したとして、彼は助けてくれるのだろうか……。


「ちょっと、探しに行ってくる!」


 そう思ったら居ても立ってもいられなくなって──


 ピンポーン


「あっ!」


 チャイムの音が聞こえた瞬間、僕と妻は顔を見合わせて、同時に玄関へ向かって走り出した。

 そして、我先にと争うようにドアを開けた。

 

「あ……ああ……!」


 そこには、息子を抱えたウチの殺人鬼が立っていた。

 が、しかし、次の瞬間殺人鬼さんはフワッと意識を失ったように、こっちに向かって倒れかかってきた。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 僕らは焦りの声をあげつつ、なんとか二人で殺人鬼さんの大きな体を支えた。

 そして、息子と共に家の中へと引き入れて、ドアを閉めてしっかりとカギをかけた。

 殺人鬼さんの体をそっと床に寝かしながら、彼がギュッと抱き続けていた息子を抱えあげた。


「あっ、パパ~ママ~」


 息子は、僕らに向かってのんきな顔して言った。

ずっと気を失っていたみたいだが、外見に傷などは見えず、声の雰囲気からして元気そのものと言った感じだった。

 しかし、殺人鬼さんは……


「ねぇ、ボクね、ノラの殺人鬼に連れ去られちゃいそうになったんだけどね、ウチの殺人鬼さんが助けてくれたんだ! めっちゃ強いんだよ! 知ってた!?」

「えっ……? 殺人鬼さん、戦って助けてくれたのか?」

「うん! ボッコボコ! ノラの殺人鬼をボッコボコなんだよ!!」


 息子は、とても誇らしげな表情を浮かべて興奮気味に話してくれた。

 正直驚いた。

 まさか、あんなに穏やかなウチの殺人鬼さんが……。


「あれ? 殺人鬼さんどうしたの? 寝ちゃったの??」


 息子は僕の腕に抱かれたまま、床に倒れ込む殺人鬼さんを心配そうに見下ろしていた。

 無傷の息子に相反して、殺人鬼さんの体はボロボロ。

 それだけでも、どれだけ激しく争ったのか手に取るように分かった。

 そして、ピクリとも動かない。

 これはもう……僕の目から、あの日出掛かって流れなかった涙が──


『ゴロスゥゥ』


「……えっ?」


『ゴロスゥゥ』


 この音は……と、思うや否や、殺人鬼さんの右手がピクッと動いた。

 そして、左手も動き、右足、左足と順番に動いていき、そしてゆっくりと立ち上がった。


『ゴロスゥゥ。ゴロスゥゥ。ゴロスゥゥ……』


 鳴り止まない腹の虫の大合唱に、僕と妻と息子は思わず吹きだしてしまった。

 そして、照れくさそうに自分の頭をさする殺人鬼さん。

 

「そうだ! 昨日のカレーがまだ残ってたわよね……」


 そう言って、妻は喜びに満ちた背中を向けて台所へと向かった。

  

「ねぇねぇ、パパ! 殺人鬼さんホントに凄かったんだから!」

「おう、そうか。じゃあ、カレー食べながらゆっくり聞かせてもらうかな?」

「うん! 殺人鬼さんも早く早く!」


『ゴロスゥゥ』


 返事のタイミングで腹の虫が鳴って、僕らは大笑いした。

 そう。

 ウチの殺人鬼はとても優しくて、すぐにお腹がすいちゃうけど、なにより最強の殺人鬼だ!



(了)

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ウチの殺人鬼は優しすぎる ぽてゆき @hiroyu

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