第4話 レン/玲

「ああ、よかった…!アリス…!」

「ただいま、ママ!!」

その後、父と合流し、また後で話をするということでレンと別れた。

父は私を見つけると馬を乗り捨てるように飛び降り、よかったよかったと私を強く抱きしめた。

私も少し泣いてしまったことはここだけの秘密。

そして、レンが父の乗り捨てた馬を連れて戻って来て名乗ると父は酷く驚いていた。

どうやらレンの父親と友人らしかった。

レン…というより玲は、私の正体にまだ気がついていないらしく、終始なにも言わず考え込んでいた。

後日アリスと共に挨拶に行くよ、と父はレンに言った。

それを聞き、レンは戻って来た騎士と家へ帰り、私は父と戻ってこれたのだった。


誘拐犯は皆捕まった。実行犯は五人。残りの三人は同じように数人ずつ眠っている貴族の子供を連れて来たようだ。そこを待ち伏せし、捕らえたという。

目的は私の推測とほぼ一致していた。貴族の見た目のいい子を攫い、身体を売らせ、金儲けをするつもりだったという。

悪が捕まり、めでたしめでたし。とはなかなかいかないようで、彼らは上の人間に指図されて実行したらしい。ヒンが私のパーティに紛れ込めたのもあるし、黒幕は貴族なのではと思っている。

いずれにせよ、真相は闇の中だ。


「怪我してない?ドレスがぼろぼろね。どうしたの?」

「レンのけがのてあてと、ヒンさんをぐるぐるまきにするのにつかった!」

「…ヒン?」

「アリスを攫った張本人だ。パーティに紛れていたらしい。」

「そう…」

父が説明する。母の表情が暗くなる。

「だいじょぶだよ!わたしはげんきだし、なんにもされてない!」

捕まったしなんか火で脅されたしほんの少しの乱暴はされたけど。心配をかけてしまうから言わないでおこう。

私が攫われたことで、結果的に貴族の犠牲者も出ず、真犯人では無いものの悪者を捕まえれただけよしとしようじゃないか。

…ただ、彼らが罰を受けるのは当たり前だが、死刑とかではないことを祈りたいものだ。

「アリスは大丈夫そうだよ。明日、ファルのところへいってくる」

「あら、どうして?」

「アリスと一緒に捕まっていた男の子が、ファルの息子だったんだ」

「あらあら」

明日か。明日…まあ、早い方が都合がいいしな。

「アリス、疲れただろう。まだ少し早いけど、もう寝るか?」

父に言われ、私は疲れていることに気づく。

そういえば、ただパーティでさえ疲れていたのに、疲れを取ることなく第二ラウンドだった。

安心したことで眠気も襲いにかかってくる。

ただ、お腹が空いた。

その旨を父に言うと、あとでメイドに食事を運ばせるからベッドの上ででも食べたらいいと言うので、その好意に甘えることにした。

本当は、家族で食事をしたかったのだけれど、座ったりするだけで寝てしまいそうだから仕方ない。

明日、レンに会う。

少し楽しみだった。


「——!」

「おはようございます、お嬢様」

メイドが礼儀正しく礼をするのが見える。

いつ私は寝てしまったのだろうか。

「昨日…」

「お食事をお食べになるとすぐお眠りしました。大丈夫ですか?私たちもお帰りを待っていました」

ご飯は食べたのか。よかった。

なにも食べていなかったもので、お腹がすいていたはずだった。

しかし記憶がない。どれだけ眠かったんだろう私は。

「本日はファルファス様にお会いになるとお伺いしました。準備をお手伝い致しますよ」

ファルファス…

あぁ、レンの父親か。まだ少し寝ぼけているのかな、うまく頭が回らない…

私の世話を全てメイドに任せ、私は立ちながらうたた寝をするという奇行に走ってしまった。メイドに起こされ、恥ずかしくてやっと目が覚めた。

父と母と一緒に朝ごはんを食べて、馬車に乗る。

馬車に乗るのは初めてだが、小説でよく見たような車酔いならぬ馬車酔いはなかった。高級車だったからかな。

馬車の中でも寝てしまっていた。が、目的地につき、父に起こされると眠気はなくなっていたのでよしとする。

「お待ちしておりました、アルフレッド様、アリス様。ご主人様の部屋へとご案内致します」

豪邸に着くとメイドがスカートの裾をつまんでお辞儀をする。

メイドに続き、一際大きな扉の前で、父は止まった。

「アリス。ファルは見た目は怖いけど優しいやつだ。怖がるなよ」

父がわざわざ忠告するぐらいだ。相当なのだろう。

私は小さく頷く。

それを見た父は躊躇うことなく扉を開いた。

「アルフ!」

「やあ、ご無沙汰だね。元気にしてたか?」

「もちろんだとも!アルフも元気そうでなによりだ!」

一目見て、私は成る程と思った。

大きな体。鋭すぎるぐらいの目。ボサボサの髪と髭は伸びっぱなしだ。

そして気になったのがその口元から覗く八重歯こと牙。あれは?

「そちらのお嬢さんが?」

「娘のアリスだ。どうやらお前の息子に世話になったらしくてね」

「そうか、昨日の…」

目を細め、その大きなゴツゴツとした手で撫でられる。

暖かい。父の言う通り、見た目は怖くとも優しい人物だろう。

見た目に拘ってはいけない。わかっていたことだが、改めて思い知らされる。

「お嬢さん、私の息子は庭にいる。遊んでおいで」

「…パパ、いい?」

「もちろん。帰るときになったらまた呼ぶから、好きなだけ遊んで来なさい」

私ははい、と返事をし、部屋を出る。

部屋の外にはメイドが待っており、見透かしていたかのように着いてくるよう私に告げた。

断る意味もないので、大人しく着いていくことにする。

「…きれいなおやしきだねぇ」

「はい。ですが、アリス様のお屋敷も随分とお綺麗ですよ?」

ニコニコと笑顔を浮かべ、メイドが答える。日差しが当たる場所に出ると、何処から取り出したのか日傘をさしかけてくれた。

「あちらの噴水の側にレン様がおられます。私共は控えておりますのでご用があればお呼びください」

メイドはそう言って私に傘を渡す。

言われた通り、私は噴水に向かって歩き出す。

確かにそこに、レンが居た。

一人でなにをしているのだろう。

噴水の水を飲んでいたのだ。側に、小さな剣が置かれている。

「レン」

声をかけると、レンは顔を上げて私を見た。

汗をかいてはいるものの、その美貌は変わらない。

「アリス。来てたのか」

「うん。」

レンは噴水のそばの屋根のある場所へと連れて行ってくれた。

なんて名前だろう。ほら、お金持ちの庭とかにありそうな、半円の屋根のある、ああいうの。

「で、えーっと」

「そうだ、レン」

同時に話始めてしまい、私たちは同時に言葉を止める。

「…レンからでいいよ」

「ああ、じゃあ」

一拍の間。

「お前、誰だよ」

「わかってないのかよ」

思わず声を低くして突っ込んでしまい、慌てて口を抑える。

メイドに聞かれてたらどうしよう。聞き耳は立てて居ないことを祈るしかない。

「私よ。華よ…もう」

「華、だって?なんでまた」

レンが目を見開く。なんでかは私が聞きたいぐらいだ。

「なんでって、何に対してよ」

「なんでこっちに来てんだよ」

「…ドッペルゲンガーに殺されたのよ。ナイフで、こう、グサリとね」

レンの顔色が少し悪くなる。

私はメイドを呼びつけ、お茶か何かを持ってくるよう伝える。

かしこまりましたと屋敷に戻るメイドを見て、次いで私が質問をする。

「レンは、どうして」

「俺もだよ。ドッペルゲンガー。ほんと、やなやつだよな」

ドッペルゲンガーに殺された人は、この世界に転生する、ということか?

あれ、でも。

「3年前、ってことでしょ。同時期じゃない」

「そうだよな。あーあ、母さん大丈夫かな…」

「噂では、引っ越したって聞いたんだけど」

「…え?」

レンの動きが止まる。そこにメイドが現れ、紅茶と砂糖、そしてシフォンケーキを置いて行く。

私は椅子に座り、シフォンケーキを食べながら訊ねる。

「知らなかったの?」

「引っ越しの話は俺が死んだ時期は無かった。ってことは」

「引っ越しの前、よね。この時期のズレはなんなのかしら。」

「そこじゃない」

賢いわけではない。玲は、賢いわけではないがバカではない。たまに、誰も思いつかないようなことに気づくことがある。

「どうして生まれてくる方の時期を合わせられたか、だろ。死んだ時期は同じじゃないのに、どうしてだ?」

別に大した疑問でも無かった。これについては、まあ玲より私のほうが知識はあるだろう。

お決まりだな。

「なにか問題があって、それを二人で解決しろってことでしょ」

「なんでわかるんだよ」

「ファンタジー小説のお決まりじゃないの。」

玲は目を見開く。

しばらく考え、まるでバカじゃねえの、とでも言うような視線を向けてくる。

ええわかってますとも。私のこの推測は馬鹿馬鹿しい事だって。でも、それ以外に思い浮かばなかったんだもの。

「華ってこう…大事な時には使い物になるけど…どうでもいい時ってホント使い物にならねえな」

「なんですってぇ!?」

「褒めてんの」

私は言葉に詰まった。

彼はそんな私を見てケラケラと笑った。

「まあでも、お前の考えが当たってんなら、一緒には居られるだろ」

「…ええまあ、そうね」

「だったら大丈夫だ」

何言ってんだこいつは。私は彼を見る。

私の視線に気づいた玲は、顔を背けてしまった。

なによ、つれない。

私はシフォンケーキの最後の一欠片を口に放り込む。

「変わったね、玲は」

「そうか?」

「なんていうか、柔らかくなったって感じする」

そう、あちらの世界の彼は、もっとトゲトゲしていた。

私達と仲良くはしていたものの、あまり話した記憶はない。

こうして二人で話したのは確か小学生の頃だ。

よく遊んでいたのに、どうして変わってしまったのだろう。

「華?」

「そうだ、玲。あなたスカスカすぎよ」

「す、スカスカ?」

「わかりやすすぎなの!もっとこう…三歳らしくしなきゃ。」

「……お前上手いよなあ」

当たり前です。小さい子は好きだからね。

「アリス様」

「ひゃわぁっ!?」

「アルフ様がお呼びです。」

突然声をかけられ、奇声を発してしまった。

メイドさんは無表情だったが、玲はクスクスと笑っていた。

「…アリスちゃん、行っておいでよ。アリスのパパが待ってるよ」

ニッコリと笑顔を浮かべ、玲は私に言った。

その笑顔がとても綺麗で、私は小さく頷き、逃げ出すようにその場を後にした。


「レン様の楽しそうなところ初めて見ましたよ」

「え?」

「…申し訳ありません。独り言です」

独り言にしては私に向かって言っていたように見えたが。

「あんなじゃないの?」

「はい。いつもどこか寂しそうで。…昨日からは一心不乱に剣を振り続けております。」

寂しげな理由は大方理由がつく。

玲の母親のことだろう。

玲の母親は、昔から病気がちで引っ越した理由も恐らくそれもある。

玲はそんな母親によく懐いていた。

玲の父親は小学生頃の不倫がきっかけで別れてしまったらしいので、たった一人の母親に、周りが引くほど懐いていたって不思議はない。

要は、玲は母親が恋しく、心配なのだ。

だが忘れてはならない。玲も私も、ドッペルゲンガーに殺されたと言うことを。

ならばドッペルゲンガーが上手くやっているだろう。玲が心配することは、起きていないだろう。

確証はないが、漠然とそう思う。

しかしドッペルゲンガーを許したわけではない。

今の生活に不満はないが、私という存在を消したことに変わりはないのだから。

「ねえ、またきてもいい?」

「私達はもちろん歓迎致しますよ、アリスお嬢様」

メイドは優しげな笑顔を浮かべた。


「アリス、帰ろうか」

「うん。ねえ、また来てもいい?」

「ファル、いいか?」

「もちろん。我が家のように思ってもらって構わない。何せ親友の子だからね」

ファルさんは怖い顔をさらに怖くして笑う。

牙を剥く、という表現の方が近いかもしれない。

私は子供らしく、父に捕まり怯えてみせた。


「レン君とはどうだ?」

「なかよくなれたよ!」

帰りの馬車で、父は私に訊ねた。

仲良く、なれたと思う。

仲良くしたいものだ。同じ元日本人で、しかも幼馴染。秘密を共有できるというのは素晴らしいことだろう。

「そうか。付き合いは長いだろうから、仲良くしてくれたらパパも嬉しいぞ!」

「うん!」

私は大きく返事をした。

家に着くと、既に晩御飯の準備はできていた。

久しぶりに家族で食卓を囲み、夕食をとったのだった。

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どっぺる ソルティ @Pastel

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