第3話 事件発生
目が覚めたら柔らかいベッドの上。
…ではなかった。
「え」
暗い場所に居た。床は冷たい。ドコダココ。
私は起き上がってあたりを見回す。目が慣れてくると、もう一人倒れている人がいることに気がついた。
男の子だ。しかも小さい。
「ちょっと!」
慌てて側に寄り、体を揺する。
「しんじゃって…はないか。おきて!」
三歳という仮面を脱ぎ捨て、私は彼を起こそうと必死になる。意識がない。寝てるのか?それとも。
「ん」
「おきっ……おきた?」
男の子が目を開ける。
澄んだ翠の目をしている。綺麗な顔立ちだ。
「って…なんだ…?」
「だいじょうぶ…?いたいところある?」
「あ…えと、大丈夫だよ〜…ってて」
少しの違和感を感じる。年齢は3歳か4歳。なのに、随分と大人びている。
彼は腕をさすり、笑顔を浮かべた。
「けがしてる」
「なんてことねーよ」
「うそだよ」
彼の腕には赤い切り傷があった。布があればよかったのだが。仕方ない。
私は近くに落ちていた石を使ってドレスの裾を破く。
「ちょ、え、おま」
わたわたと慌てる彼の腕に破った布を巻き、縛ってあげる。
力が弱いため頑張らないと固定されなかったが、これでまあ応急処置はできた。
私も小さいが、中身も小さい子を放っておくことはできない。
「これでだいじょーぶ」
「……おまえいくつ」
「さんさいだよ〜」
「……俺と同じか。」
まじかよ、と私は胸中で呟く。
随分と大人びた三歳だ。私もだいぶ子供っぽくはないけれども、この子はそういう域ではないだろう。
「ここ、どこ…?」
「わかんねえ。が、まあ…なんとかなるだろ。……泣くなよ?」
「なかないもんね」
泣く事はない。近いうちにこうなることは半分ぐらい予知していた。とりあえず戻れたらヒンとかいう野郎を問い詰めねばいけないことは予知できる。予知ではない、確定の事実。
さて、どうしよう。ここがどういうところかわからないため、出方もわからない。
「おまえ名前は?」
「アリスっていうの」
「アリスってーと…騎士団長のとこのか。へえ」
「わたしをしってるの?」
「まあね。有名だよ。騎士団長溺愛の子供が美少女で、しかも天才だって」
「てれる」
「おまえ本当に三歳?」
本音を言ったまでだ。
それを怪しむなんて、意地の悪い…ではなく、目がない。
「まあいいけど…ちょっと、俺がおまえを抱えるから、上の方見ろ」
「う、うえ?」
「おう」
ふわりと体が浮く。
上の方を見るものの、隙間もなければ光もない。どこかに空気を入れ替えたりする穴があっても良いのではないだろうか。
なかったら困る。死んでしまう。
「何かあったか?」
「なにもないよー」
「穴とか」
「ない」
「まじか」
私は床に降り立つ。
彼を見ると、腕を組んで考え込んでいる。
「そういえば、あなたのおなまえはなあに?」
「俺?」
私は頷く。他に誰がいると言うのだろうか。
「俺は、レンっていう。」
「レン?」
「…レン・ウルフェルス」
ウルフェルス…どこかで聞いたことのある名前だ。
しかし名字があるということは貴族だろう。この世界では平民は名字を持たない。
だとすると彼も誘拐された被害者だろう。
可哀想に、中身は16の私はともかく、こんなにかわ…んん、かっこいい男の子まで。
ヒンってやつ、許さない。
「まーでも…あぁ、なんでもない」
「え?」
彼は何を言おうとしたのだろうか。
私は首を傾げるが彼はそれ以上何も言わなかった。
「安心しろ。俺がなんとかしてやるからさ」
頭をポンポンと撫でられる。
小さいが温かい手はとても安心できた。
が。
「わたしもてつだうもんね。わたしだって、できることはあるもん」
彼一人に任せるわけにはいかない。なぜなら、私のほうが中身は年長だ。彼の方が今の私より大人っぽいとは言え、まぎれもない事実なのだから。
「…そっか」
「たとえばほら。ここは、もりのなかにあるはこのようなかたちのたてもののなかだよ」
「…森?」
そう、森だ。
なぜなら、かすかだが鳥や虫の鳴き声が聞こえる。
それに、気づいた時も思ったが空気が澄んでいた。
少しずつの私達の呼吸のせいか今は澄んでいるとは言い難いが。
箱のような建物、とは言ったがおおよその予想はついている。コンテナだ。
恐らく、そう大きくはない。最近は密輸が多くなっているから対策を立てなければと父が愚痴っているのを聞いたことがある。
コンテナで、私達は外国かどこか密輸という形で連れていかれる。
とすると。
「「出口はどこだ?」」
私と彼は同時に呟いた。
思わず顔を見合わせ、同時に吹き出す。
ひとしきり笑い合い、壁の一方ずつを一緒に調べることになった。
「レン、こっち、なにかあるよ」
「まじか。よっしゃ、手がかりだな!」
私は壁の下の方。それも端の方にある、潰れた一輪の花を見た。
「花、だな。」
「そう。ねえ、でもかんがえてみて。これ、つぶれちゃってる」
「ん…?」
「でもね、このはな、つまれてはないんだよ!」
引っ張って見たがどこかに繋がっている、もしくは挟まっているのがわかる。
前者後者どちらでもいいが。
「そうか、挟まってるのか!じゃあ出口はこの壁、だな!」
「そう!」
問題はどうやって開けるかだ。押しても引いてもビクともしない。鍵がかけられているのだろうか。随分と用意周到ですこと。
「…はな、か」
「え?」
「え?」
私は彼の呟きに驚いた。
今彼は私が見つけた花に言っているようではなかった。
なんというか、こう…懐かしいものを思い出すような言い方。
なぜだろう。
私もなにか懐かしいものを思い出した気がする。
「…なんでもないさ」
「そう」
その前に出口だ。
なんて思っているうちに、転機が訪れた。
壁が開いて人が入ってきた。
二人の少年を連れて。
「…っ!?」
入ってきたその人物は私の知っている人だった。
「あーーーー!!!ヒン!あなた、ふざけんなよ!!!」
私は彼を指差し、思い切り大きな声で叫んだ。
「知ってるのか?」
「わたしをさらったひと!」
ヒンは顔を引きつらせ、子供を放り込んで出て行こうとする。
その足をなんとか掴み、転ばせる。
「レン!!」
転んだヒンの頭をレンくんが強く踏みつけ、蹴飛ばす。
呆気なく気を失ったヒンを部屋の隅に引きずり、出口から外を覗く。
「すっげ、ほんとに森だ」
「ひとは?」
「誰も」
ということは全てヒンがしていたということだろうか。
はたまた、貴族を攫うために分かれているのかもしれない。
「俺、誰か呼んでくる」
「まってレンくん」
「ん?」
「わたしのなまえをだしたら、きしさまはきてくれるはずだから。」
「わかってるよ。大丈夫。」
彼は走って外に出て行った。
私は、重い入り口を最大まで開き、彼を待つことにした。
天は私に味方をしてはくれなかった。
ドレスを割いて作った紐を使ってヒンをぐるぐる巻きにし終わった頃、1人の人間が来たのだった。
騎士かと思ったが、そうではなかった。
「…ヒン…ミスしやがって」
入って来たのは柄の悪そうな男。
いかにもといった刺青に、悪い目つき。
レンや父と比べるのもどうかと思うが、顔立ちはイケメンとは言いがたい。
「お嬢ちゃん、痛い目見たくなかったら大人しくしてろよ」
これもいかにもといったセリフだ。
私は呆れて肩を竦め、首を振った。
「…おとなしくするわけないじゃん」
「そう…かよっ!」
男が掴みかかってくる。
私は予想してた動きと全く同じで、体を捻り、それを避ける。
再び掴みがかって来るものの、慣れた動きではないため、避けるのは容易い。
「いかにもさん、なにがもくてきなの?」
「いかにもさん…?目的なんてわかってるだろ。金だよ、金」
やっぱりいかにもといった理由だったか。大方、お前の娘は攫った!返して欲しくば金を払え!とかいうつもりなのだろう。
生憎、大人しく従う私ではない。
時間を稼げば、騎士が来てくれるはずだ。
捕まらなければいい。ただそれだけ。難しくない。
と思っていた時期があり、私は数秒前の私を殴ることになる。
火が、飛んで来たのだ。
その大きな火の球は、私の鼻先で霧散して消えた。
火は怖い。それは、人類の本能であり、簡単に命を奪う身近なものだ。
私は思わずぺたりと座り込んでしまった。
「…よし。今ので炙られたくなければ、大人しくしてろよ」
私は男に腕を掴まれてしまう。
バカだな、と思うものの、仕方ないよと宥める自分もいる。
ただ、これで終わる私ではない。
手を男へ向け、イメージを膨らませる。
「…!?」
イメージ通り、私の手から出た水は、男の顔へ噴射された。
緩んだ隙をつき、私は彼から離れる。
母の作ったバラを自分でも作って見たいと思って練習していたが、予期せぬ場所で使うことになるとは。
まだ水を出すというただそれだけしかできないものの、相手を驚かすぐらいは使える。
夢はもちろん氷の花束だ。母にプレゼントするのだ。
「てめっ…!」
「アリスー!!」
声がした。
レンの声だ。
私は声のした方向に足を回転させる。何度か転びそうになるも、私は大人の男と一緒に馬に乗っているレンを見つけた。
「レン!もうひとりもどってきちゃったの!」
「おま、スカート」
「にげちゃうよ!」
その言葉で、レンの乗っている馬以外が私が走って来た方向へと駆け出す。
レンが馬から降り、私へと歩いてくる。
「悪い、俺も残っとけばよかったな。」
「ちが」
「怖い思いさせただろ。ごめんな」
レンは近くに咲いていた花を私の頭に乗せる。
「これで許してくれねえか?」
どこで覚えたその誑かし技術は!!おとうさん許しませんよ!!
と、突っ込んでもよかったものの、私は所謂デジャヴ感を感じていた。
昔、同じようなことを誰かにされたような…。
「レン様。只今連絡がつきました。犯人は確保完了したそうです。輸送します」
「おねがい、おにいちゃん。あと、アリスのパパにもれんらくしてあげて?」
「既に済ませてあります。此方へ向かっておいでです。」
…レンのアレは演技に違いない。私は彼の正体に気づいた。そしてそれが私のよく知る人物だということも。
これで全て合点がいった。あとは、彼にいろいろと注意させなればならない。
「きしさま、パパがくるまで、まわりをみまわったほうがいいかも。まだいるかもだし…」
「そうですね。レン様、何かあればお呼び下さい。」
「はーい」
騎士が馬をいななかせ、森へと消える。
「…なにかあれば俺が守ってやるから」
「昔からそう言ってくれたら嬉しかったのにね、玲。」
彼——水上玲は唖然としていた。
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